城下町デート 5
「ところで、なんでテディベアなんですか……?」
あの店を出た後、もう一件行きたいところがあると言って歩き出した王についていきながら、少年はずっと感じていた疑問をぶつけてみた。別に少年はぬいぐるみが好きな訳ではないし、そんな話をしたこともないのだ。
ちなみに件のテディベアは、少年では運ぶのが大変だろうという理由で、王が脇に抱えている。勿論少年は、まさか国王陛下に荷物持ちをさせる訳にはいかないと断ろうとしたのだが、例によってうまいこと丸め込まれてしまった。
「うん? ああ、何故も何も、贈り物といえばテディベアだろう?」
「そ、そういうものでしょうか……?」
グランデル王国ではテディベアを大切にする文化でもあるのだろうか。そんなことを思いつつ首を傾げていると、そんな少年に王は不思議そうな顔をした。
「何を言っているのだ。お前もあのときそう言っていたではないか」
「……はい?」
そんなことを言った覚えは全くない。一体いつの話をしているのだろうか。
少しだけ困惑したような顔をした少年に、王は何を思ったのか、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「いや、本当はもっと大きなものを贈るべきだと判ってはいるのだが、急ぎで用意するとなると、あのサイズが限界だったのだ。満足いく大きさではないだろうが、私に寄せたデザイン故、勘弁しては貰えないか?」
「は、はぁ……」
勘弁するも何も、少年は別にテディベアが好きな訳ではないし、大きさに対するこだわりもない。だが、やたらとサイズにこだわりを見せる王に、少しだけ思い出すことがあった。
あれは、王に眼帯を買って貰ったときのことだっただろうか。そのときに、テディベアの話をしたような気がしなくもない。少年は興味のない事柄に対してはとことん胡乱な上、当時の王の言葉など右から左だったので、詳細な内容までは覚えていないが、そういえばそのときも大きなテディベアがどうのこうの言っていたのではなかったか。そして、その言葉に適当に相槌を打ったような覚えがあるような、ないような。
曖昧な記憶はやはり曖昧なままだったが、王の台詞から察するに、多分当時の自分は適当に肯定の意でも示してしまったのだろう。正直に言えば、贈り物といえばテディベアだという意見も、大きいほど良いという話も、全く理解も同意もできなかったのだが、少なくともこの王は、それが最良だとして自分にあのテディベアを贈ってくれたのだ。それを思うと、どうにも否定の言葉は紡ぎにくかった。
「……もしかして、やはりこれでは気に喰わないか……?」
少年が困惑した表情のままだったからか、王の表情がみるみる内に不安そうなものへと変わっていく。
「い、いえ、そんな。あの、ええと、……とても、素敵な贈り物を、ありがとうございます」
「本当に大丈夫か? 迷惑ならば、遠慮なく突き返してくれて構わんのだぞ?」
「迷惑だなんて、そんな。あの……、大きなテディベア、は、とても素敵で、嬉しい、です」
慌ててそう言って微笑めば、王の表情が、ぱあっと明るくなる。
「そうか! 嬉しいか! それは良かった」
余程嬉しかったのか、王はテディベアを持っていない方の腕を少年の腰に回すと、そのまま器用に彼を抱き上げてしまった。驚いた少年が咄嗟に王の首にしがみつけば、王の笑みがより一層深くなる。
「ああ、お前は本当に愛らしいなぁ」
「え、ええ、あの、お、降ろして、ください、」
怖いやら畏れ多いやらで身体を強張らせた少年に、王が首を傾げる。
「私に抱かれるのは嫌か?」
「い、いえ、あの、嫌、ではないんです、けど……」
嫌ではないが、落ち着かないのだ。そう思った少年だったが、悲しいことに王にその気持ちは伝わらなかったらしく、王はにこにこと機嫌の良さそうな微笑みを浮かべ、少年を降ろすことなく歩き出してしまった。
そして案の定、王があまりにも楽しそうな表情でいるものだから、これ以上降ろしてくれと言い出せなくなってしまった少年は、大人しく王に抱かれたまま街を行くことになってしまうのだった。
そんな状態で、どれほど歩いただろうか。軽くパニックになってしまっている少年にはどれだけの時間が経ったか判らなかったが、とにかく王はある店の前で歩みを止めて、そこでようやく少年を降ろした。
「ここにも用事があるのだが、立ち寄っても構わないか?」
「え、あ、はい」
そんなこと、所詮は庶民にすぎない少年にいちいち確認を取る必要はないだろうに。しかし王は律儀なのか、少年が頷くのを確認してから、例によって少年の手を取って店の中へと入って行った。大きな手に手を握られてしまった少年は、拒絶することもできずに店に連れて行かれる形となってしまう。
そうして足を踏み入れたのは、どうやら服飾が専門の店のようだった。ぬいぐるみを買った店とは違い、こちらはもっとシンプルな造りの店だ。しかしながら、並んでいる衣服の縫製はやはり丁寧で、この店もまた高級店であることが窺えた。
前の店同様、快く迎えてくれた店主と二言三言話したあと、その店主から綺麗に装飾された包みを受け取った王は、笑顔でそれを少年に差し出した。
「……ええと……」
さすがの少年も、二度目ともなれば多少の頭は働く。この状況は、先程と全く同じだ。つまり、もしかするとこれも、
「……僕に?」
半信半疑でそう問えば、王は笑みを深めて頷いた。
「今月の分の誕生日プレゼントだ。受け取って欲しい」
「…………はい?」
言われた意味が全く判らず、思わず訊き返してしまった。
「……ええと……? 今月……? いや、というか、誕生日プレゼントは、そのテディベアをさっき頂いたのですが……」
「うん? ああ、あれは先月の分の誕生日プレゼントだろう? これは今月の分だから、別物だ」
「…………えっと……」
困惑する頭で、それでも懸命に考えてから、少年なりの結論を出す。
「……グランデル王国では、毎月誕生日を祝うものなんですか?」
「いいや? そんな習慣は、この国どころかこの大陸では聞かないな。キョウヤの国ではそうだったのか?」
「え、いえ、違いますが」
少年の返答に、王は心底不思議だというような表情を浮かべた。これではまるで少年の頭がおかしいかのようだが、おかしいのは絶対に国王の方である。
「ええと、毎月祝う慣習はないのに、なんで先月のプレゼントと今月のプレゼントなんですか?」
その問いにも、やはり王は不思議そうな顔をした。
「何故も何も、冬生まれらしいということ以外、正確な誕生日は判らないと言ったのはお前ではないか」
いやまあ、言った。確かに言ったのだが、だからなんだと言うのだろうか。
どうにもこの王の言おうとしていることが理解できない。もしかして、自分の頭が悪すぎるせいなのか。そうかもしれない。
そんな少年の困惑が伝わったのだろうか。何度か瞬きをした王は、少年の頭を撫でてからそのつむじをにキスをした。
「すまない、私の言い方が悪かったか。最初はな、誕生日が判らんのならば、冬の間毎日お前の誕生を祝えばどれかしらは当たっているだろうと、そういう発想でいたのだ。だが、この名案をレクシィに言ったところ、そんなことをしては、される側のキョウヤが恐縮しきってしまって可哀相だろうと怒られてな。何度かに及ぶ問答の末、毎月祝うに留めるということで手打ちにしたのだ」
(う、うわ……)
つまり、ロンター宰相の働きがなければ、少年は冬の間は毎日毎日贈り物を贈られるはめになっていたということである。それは想像もしたくない。
(宰相様……本当にありがとうございます……)
ここに居ないレクシリアに深い感謝の気持ちを抱きながら、少年は胸の内でほっと息をついた。本音を言えば毎月というのもやめて貰いたかったが、レクシリアとの問答を経た上でこれということは、もうこれ以上妥協はできないということなのだろう。
「受け取って貰えるか?」
笑顔で差し出される包みに、少年は覚悟を決めた。
「……はい、ありがとうございます」
別に、嫌な訳ではない。これは本当だ。ただ、誕生を呪われたことこそあれど、祝われたことなどなかったから、どう反応して良いのか判らないのだ。喜ぶべきなのかもしれないけれど、自分の誕生など祝福されるべきものではないから、それはそれで後ろめたい。だからといって王の気持ちを拒絶する訳にもいかず、結局少年は、随分と下手くそな笑顔のような何かを浮かべながら、謝礼の言葉を吐き出すことしかできなかった。