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城下町デート 2

 王と少年が降り立ったのは、城下町の中でも一際の賑わいを見せている商店街の一角だった。王の言葉通り、この国の国民たちにとって王が空から降ってくるのは割とよくあることらしく、大騒ぎになることはなかった。これは少年が後から聞いた話だが、あまり大騒ぎをするとロンター宰相を始めとする臣下一同に居場所がばれやすくなるから配慮してくれ、と日頃から王に頼まれているらしい。

 だがしかし、そうは言っても王の来訪は王の来訪である。大騒ぎにこそならないが、ちょっとした騒ぎにはなった。

 しかも何故か少年の存在は既に国民の知るところとなっていて、その上国王の恋人とかいう勘違いも甚だしい認識をされてしまっていたせいで、少年までも国民の注目の的になってしまったのだ。

 他人が苦手な少年にとって、注目を浴びるなど死ぬほど避けたい事態であったし、もしかするとお前みたいな汚い奴が国王陛下の恋人を名乗るなと罵られてしまうのでは、という心配もしたのだが、国民は皆、少年を歓迎しているようだった。

 そういえばレクシリアが、王が選んだ人間を民が貶める訳がない、と言っていた気がする。つまり、王の選択に間違いなどある筈もないから、王が選んだのならば民は何の疑いもなく受け入れる、ということなのだろうか。

 とにかく、国民たちに悪気がないのはなんとなく察せられたのだが、それでも群がられるのはあまり好ましくはないのだ。恋人様恋人様と言って、やたらと店の売り物をプレゼントしてくれようとする人々に対応しきれず、少年は思わず王の服の端をきゅっと握り締めた。

 そんな彼に何を思ったのか、王は不意に、自身が纏っていた外套で少年をすっぽりと覆い隠してしまった。

「キョウヤが可愛らしくて話しかけたい気持ちは良く判るが、この子は人見知りでな。できればそっとしておいてはくれんか? それに、そうあれもこれもと商品を渡されては持ち切れんだろう。こうして贈り物をしてくれようという気持ちは嬉しく思うが、私への贈り物など税金だけで十分だ」

 そんな王の言葉に、国民たちがどっと笑う。

「いやですわ陛下。税金は結局私たちのために使われるんですから、全然贈り物になっていないじゃありませんか」

「いやいや、国民の血税で豪遊させて貰っているとも。それに税金の全てが国民のために使われていると思ったら大間違いだぞ? 税で私腹を肥やすというのは貴族の常套手段だからな」

 至極真面目な声で王がそう返せば、またもや皆が笑う。

「それでは陛下への贈り物は税金ということにするとして、恋人様への贈り物ならいかがですか?」

 またもや上がった声に、王は軽く難しい顔をしてみせた。

「キョウヤへの贈り物は私がするから良いのだ。私の楽しみを奪わないで貰おうか」

「はははっ、陛下は意外と嫉妬深くていらっしゃる!」

「でもそういうことなら仕方ないわねぇ」

「そうだなぁ。それじゃあそろそろ諦めて仕事に戻るとするか。あんまり騒いでると、怒りのロンター宰相様に陛下が見つかっちまう」

 やいのやいのと楽しそうに騒いでいた国民たちだったが、意外なことにそれ以上は王や少年に構うことなく、あっさりと解散していった。

 国民が随分と親し気に王と会話をすることにも驚いた少年だったが、こうして簡単に引き下がったことにも驚いてしまう。

 少年は知らないことだが、赤の国における当代の王と国民は、他国と比べると異常なまでに距離が近く、だからこそ王の来訪をそこまで特別視していないのだ。

 国王陛下は、本当に必要なときに求めたならば、必ず直接会って話を聞いてくれる。だから、国王陛下と言葉を交わすことは、特別なことでもなんでもない、国民に等しく与えられた権利なのだ。

 その信頼があるからこそ、国民は皆、王を引き留めようとはしない。グランデル王国における当代の国王とは、玉座に座る統治者ではなく、国民たちの手を直接取って導いてくれる先導者のようなものなのだ。

「やれやれ。私も物珍しさが薄れたのか、最近は国民たちがここまではしゃぐこともなくなってきたのだが、今日はお前がいるから珍しく大盛り上がりしてしまったな」

 そう言った王が、外套の覆いを外して少年を解放する。少しだけ眩さを感じる目に映った景色には、二人を囲む民の姿はもうなかった。その代わり少年は、立ち並ぶ店で働いている店員や、行き交う人々の柔らかな視線を感じた。それはこちらを凝視するような不躾なものではなく、悪意の籠った恐ろしいものでもない。ただ、見守るような視線が、時折こちらに向けられるのだ。

 なんだか温かな何かに包まれているような気持ちがしてしまって、それはそれで居心地が悪い。

 そんなことを考えていた少年の手を、王がそっと握った。少しだけびっくりして身体を震わせた少年の頭を撫でてから、王がそのまま歩き出す。

「レクシィに連れ戻されるまで、デートを楽しむとしようか。なに、あれもそこまで無粋者ではないからな。なんだかんだ言っても、多少の時間はくれるはずだ」

「は、はぁ」

 デート、と言うが、一体何をするというのか。そもそも、王と一緒にいるせいで誰かとすれ違うたびに声を掛けられたり頭を下げられてしまうので、デートを楽しむどころではない。国民も心得ているのか、引き留められたりすることはなかったが、それでもやはり注目を浴びているのは落ち着けなかった。いや、そもそもそうでなくたって、王とのデートを楽しめるとは思えないが。

 大人しく王に手を引かれていると、彼はとある店の前で立ち止まった。

「ここに寄りたいのだが、構わないか?」

 適当に城下を見て回るのかと思っていたのだが、どうやら目的地があったらしい。

(え、本当にここに入るのかな……)

 少年としては別にどの店に入ろうがどうでも良いので頷いて返しつつ、まじまじと店の外観を見た。

 女性受けしそうなデザインで纏められた看板と、表から見えるショーウィンドウに並ぶ可愛らしいぬいぐるみたち。

 きっと、ここはぬいぐるみを扱う店舗なのだろう。といっても、一般の子供向けの店というよりは、どちらかというと貴族の子供や女性が来るような店のように見える。よくよく見れば、ショーウィンドウに並んでいるぬいぐるみたちも縫製がしっかりしており、高級そうだった。

 なんにせよ、この大柄で逞しい国王にはあまり似合わないお店だなぁと少年は思った。

「邪魔をするぞ」

 そう言いながら扉を潜った王に引かれて入店した少年は、目の前に広がった光景に小さく感嘆の声を漏らしてしまった。

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