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戦線 -青の王- 2

 間髪入れずに水霊に指示を出し、自分を包む水塊を空に滑らせる。厳密に言えば、宙に小規模な川を生み出して王を押し流しているようなものだ。空を飛ぶ術を持たない王は、こうして移動するよりほかなかった。

 だが、それが成された瞬間、沈黙を貫いていた大地が再び唸りを上げる。槍のように尖った岩や巨大な手を模した岩などが次々と王に襲いかかり、彼を貫き潰そうと波状攻撃を繰り出してきた。

(贄が力になるタイプの概念神など、一番面倒なものを引っ張ってきましたね……! 水霊魔法とすこぶる相性の悪い地属性に加え、恐らくは数多もの贄を食らって肥大化した力となると、最早万に一つも勝ち目はない!)

 そして、自分の相手がここまで対青の王に特化した敵である以上、残りの三王の相手も十中八九それに準ずる敵だろう。そしてその場合、この神同様にこの世界にいることを許容している可能性が高い。ならば尚更急ぐ必要がある、と青の王は水霊を叱咤した。

 だが、水霊では空中での移動に限界がある。王ならではの魔法の才でどうにかごまかしつつ先を急ぐ青の王だったが、敵の猛攻を躱し、防御し、その上で移動まで行うというのは、やはり無理があった。

 宙を滑る川の流れは精細さを欠き始め、相殺するために向かわせている巨大な水弾は徐々に威力を失い、岩の一部の攻撃が水を突破して王の傍まで届くに至っている。魔法だけでは処理しきれない事態に、当然ながら王は水霊魔法を乗せた槍をも駆使して直接岩を砕いていく。だが、それも焼け石に水にしかならない。

 そうして確実に追い詰められていく中、とうとう王が槍を操る手を止める。そして、心底から苦々しい表情を浮かべた彼は、半身を大地に埋めたまま地面を掘り進んでこちらを追いかけて来る地の神を睨みつけた。

 王は、限界を悟ったのだ。

 このまま予定していた通りに動くだけでは、すべきことを完遂するよりも敵が自分を殺す方が早いと、理解したのだ。

 強者であるからこそ、己と相手との間にある力の差を正しく認識できる王は、それ故に決断も早かった。

 この地点はまだ道半ばだ。可能であるならば、もっと先に進んでから打つべき一手であることは明白である。だが、理想を実現するだけの力が己にないのであれば、そんなものにしがみつくのは愚の骨頂だと王は吐き捨てた。

 再び槍を構え、水霊と共に大地の猛攻を受け流す王は、己が背を向けている彼方に向かい、魔法の名を叫んだ。

「――“押し寄せる無限の流れ(クロッソ・オルアイン)”!」

 同時に、王から溢れた魔力の流れが、凄まじい速さで空を切り、彼方へと奔っていく。

 異次元の存在である以上、魔物にはこの魔力の流れを見ることはできないはずだが、神を名乗るこの生き物は目に見えないそれを感じることができたのだろうか。王から流れ出る魔力の行方を目で追った地の神が、怪訝そうな表情を浮かべる。

『追い詰められた子が何をするかと思えば、よもや疲労で狙いを誤ったなどとは申すまいな?』

 落胆したような声音を受け、しかし王は言葉を返さない。尚も続く攻撃に、言葉を返す余裕がなかっただけなのかもしれない。

 とうとう逸らしきれなくなった岩の軌道が王の肌を削り、その身に無数の傷を刻んでいく様を見て、地の神は心底つまらなそうな顔を浮かべた。

『……このまま嬲るように殺すのは、私の望むところではない。私は人の子を守るものとして、可能な限り安寧を与えたいだけなのだ』

 そう言った地の神が、ぐいっと首をもたげる。すると、神の周りの大地が盛り上がり、これまでのものとは比べ物にならないほどに巨大な槍を形成した。鋭利なそれは切り裂き貫くことを前提とした造りだが、あまりにも巨大な様は、最早押し潰すことに特化していると言っても過言ではない。王が持つ人の槍では到底防ぎようがなく、避けることすら不可能だろうと思わせるほどの規模である。

『……ああ、あまりにもつまらぬ幕引きであるな』

 憐憫を湛えた目が、傷だらけの王を見やる。そこにあるのは間違いなく落胆と同情であり、この存在が人とはかけ離れた何かであるということを改めて突き付けているようであった。

 直後、一切の猶予なく無慈悲な巨槍が王に向かって放たれる。

 あまりにも巨大なそれに、王は何の反応も見せない。いなすことは愚か、避けることすらできないのだから、当然のことだ。

 憐れな人の子の命を刈り取る神は、だがしかし、そこで不意に不可解なものを目にする。

 今にもその身を無残に押し潰されようというこの状況で、王の目が未だ光を失っていないのだ。

 神がそれに気づくのと、地響きのような音が鳴り響くのが、ほぼ同時だった。

 突然のことに僅か困惑する神の視界の端で、放たれた巨槍が王にぶつかる直前、大地を突き破って突如間欠泉の如く噴き出した凄まじい水量が、神の槍を空高くへと打ち上げた。

 そのまま際限なく溢れ出る水が、巨大なうねりとなって青の王を取り込み、勢いのままに大地を抉りながら高速で流れ出す。その様は、さながら新たな大河が大地に生み出されたようであった。

 暫し呆気に取られたように溢れる大河を見ていた地の神は、数瞬後、初めて見せる凶悪な顔を浮かべ、大河に突進していった。

 獲物に逃げられたことを、ようやく理解したのだ。

 一方、神の視界からはとっくに消え失せた青の王は、追い詰められた状況を離脱できたことに僅かに息を吐き出した。

 王が繰り出したあの魔法は、己の魔力で生み出した水ではなく、既存の水源を最大限まで活用する魔法である。つまり王は、帝都の東に流れる大河の水をそのままこの場所にまで引いてきたのだ。

 決して低級の魔法ではないが、既存の水源を利用する場合、この魔法のような大規模な現象を引き起こすものでも、魔力消費をかなり抑えることができる。元々それを折り込んだ上で大河近くの戦地を選んだのだから、当然の策と言えば当然の策だった。

(……まあ、本当はせめて大河が目に見える位置で使いたかったのですが)

 予定していた場所よりもかなり離れた位置で魔法を使ってしまったため、魔力消費が増えたのは勿論、大河を呼び込むまでにかかる時間は長くなり、運べる水量も減ってしまった。それでも、あの巨大な地の槍を弾ける程度の魔法にはなったのだから、御の字と言えるだろう。離脱に至るまでに想定以上の傷を負いはしたが、こればかりは相手が格上であった以上仕方がない。

 しかし、円卓でも一、二を争うほどにプライドが高い彼にとって、敵前逃亡というのはこの上ない屈辱だ。内心でドス黒い感情が渦巻く短気な王は、だがそれを理性で押さえこみ、己を運ぶ激流に視線をやって、努めて冷静に声を掛けた。

「さて、後は向かうべき場所に向かうだけです。引き続き気を引き締めてください、水霊」

 そんな王の声に、彼を包む水がちゃぷりと跳ねた。

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