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ウロくんの王様講座

「やあやあこんにちは。え? なんで僕がここにいるのかって? いやぁだって、なんか王様の話を聞きたいって人がいるんでしょ? だから、こうしてわざわざお話をしに来てあげたんだよー。ほら、王様一人一人に、貴方が考える王とは、ってインタビューして回るわけにもいかないしさぁ。誰がそのインタビューするんだよって問題もあるし? だから、今回は特別」

 そう言ったウロがぱちんと指を鳴らすと、真っ白とも真っ黒ともつかないこの不思議な空間に、ぽんと可愛い音を立てて椅子が現れた。革張りの、見るからに上質そうな椅子だ。よいしょっと言って椅子に深く腰掛けたウロは、長い脚を組んでこちらに顔を向け、おもむろにその顔を覆っている仮面を外した。

 晒されたその顔は、こちらが正気を失うのではないかと思うほどに美しく整っている。あまりにも整いすぎていて、一種の恐怖すら感じるほどだ。

「本当はねぇ、僕はもっとミステリアスなままを貫く予定だったから、NG出そうと思ったんだよ。ほら、ここでこうやってお話をしちゃうと、僕がどんな存在か、あの世界がどんな世界なのか、なんとなく判っちゃう人もいそうだから。でもほら、僕優しいからさぁ。頼まれたら断れないんだよねぇ。と言っても、今回は僕がとつとつと王さまについて語るだけの特殊な構成だから、興味がない人は帰って良いよ。特に得るものもないだろうし」

 そう言って笑ってから、彼は優雅に脚を組み替えた。

「王という生き物について、ね。うん。確かにリアンジュナイルの王様は少し特殊だもんねぇ。まあでもそれは当然なんだよ。あの次元は重要な柱の世界だからね。万が一があったら困ってしまう。で、まあ、あの大陸の王様っていうのは、柱の世界を常に健やかに保つための大事な部品に相当するんだ。大事な部品なんだから、しっかり役目をこなして貰わないと困る。という訳で、円卓の王様は皆優秀なの」

 判るかな、と言ってウロは首を傾げた。

「王になったから優秀なのか。優秀だから王になったのか。勿論これは後者さ。王の名を冠したからといって、途端に優秀になれる訳じゃあない。けど、そんな毎回毎回優秀な人材がいるものなのかなぁ?」

 言いながら、ウロがこちらの反応を見るように再び首を傾げた。

「ふふふ。それがね、いるものなんだよ。何故って? それは君、あそこは柱の世界だから、としか言いようがないなぁ」

 楽しそうに笑ったウロが右の掌を上に向けると、その掌の上に神の塔の幻影が現れた。

「これね。あの世界の人間たちが神の塔って呼んでいる建造物。僕たちはこれを柱って呼んでるから、実際には塔じゃないんだけど、それはまあいいや。とにかく、この柱を保持するために、あの大陸はかなり優遇されているんだ。だから、優秀な駒は多い。となると、あと残るのは意識の問題だね。でもこれも簡単だ。王として相応しくない王は、即座に処理すればいい。今はもう滅多にないことだけど、この世界が出来始めた頃は、それはそれは多くの王が王獣に殺されたものさ。でも、そうやって不良品の処理を繰り返しているうちに、人間は王の条件を見出し、その条件を満たすようになってきた。こうして生まれたのが、王という生き物だよ。各国の色や、些細な違いはあれど、リアンジュナイル大陸の王の根幹はみんな同じだ。ただ、自分の国の民のためだけに邁進する、機械のような生命体」

 憐れなことだけど、仕方がないね、とウロは言う。

「たった一人、王さえその役目を完遂すれば、あとは高効率な自浄作用が働いてくれるんだ。王が完璧なら、それに庇護された民もまた完璧に近いものになるから。……ん? 完璧すぎる君主の下にいたら、寧ろ駄目になるんじゃないかって? あははは、お馬鹿だねぇ。そんなものは完璧な君主とは言わないよ。あの人が定義づけた完璧な王は、たとえ王自身がいなくなっても、残った民の力だけで生き残れるように導ける王のことだ。自分がいなければ回らない国しか作れないような王なんて不良品だから、それが判った時点で王獣に殺されてる。だからね、この完璧な王を仕立てあげることが、一番コストを抑えられる方法なんだ。十二人の完璧な王がいれば、基本的にあの大陸はどんな脅威にだって立ち向かえる」

 あとはねぇ、と、ウロが楽しそうに微笑んだ。

「多分、あの人の優しさなんだよねぇ。あの人、他人の感情とか理解できないし、あの人自身もほとんど感情の機微なんてないけど、でも、一応優しくしようと思ったんだと思うんだよ。かわいいよねぇ」

 ほんのりと頬を朱に染めたウロが、ほぅと熱の籠った息を吐いた。

「完璧な王がいる国は、多くの民にとってとても良い場所になるでしょ? だからなんだよ。あの大陸は、とても目をつけられやすい。事が起これば、円卓の国々の総力を以て対処して貰わなくちゃならないし、場合によっては辛勝になる。そうなれば、きっと多くが死ぬだろう。そういう、とても大変な役目を担わせているから、その分良い思いをするべきだと考えたんじゃないかな?」

 そう言ったウロの指先が、幻の塔をなぞり、底の知れない昏い瞳がこちらを見た。

「王一人の犠牲でその他の多くに幸いがもたらされるのならば、これほど素晴らしいことはないだろう」

 深淵を宿す目が、ゆるりと弧を描く。

「まさに、神の所業さ。あの人に悪気は一切ない。それどころか、一種の慈愛すら抱いていると思うよ。そして事実として、これ以上に人々が幸せになれる選択肢もない。あの人は絶対に間違わないからね。そして、王は正しく贄となった。……うん。だから、王という生き物は、あの世界の贄だと言うのが正解かな」

 そう言ったウロの手が、神の塔を握り潰した。ぐにゃりと歪んだ幻が、砂が崩れるようにしてさらさらと消えていく。

「それとも、君たちが気になるのは個々の話かな? でも、それは本当に大差ないんだよ。全員漏れなく、根底にあるのは奉仕の念さ。根が同じなんだから、育つ枝葉も似たり寄ったりになるでしょ? ……まあ、そうだねぇ。頑張って些細な違いを抽出してみるとしたら……、」

 そう言ったウロが、脚を組むのをやめて、居住まいを正した。

「王とは」

 その言葉を発すると同時に、ウロの姿が歪み、みるみるうちに赤の王の姿になる。そしてその口から、赤の王の声が滑り落ちた。

「民の総意を具現すべき存在である。民が平穏を望むのならば平穏を。争いを望むのならば争いを。そこに私の意思は介在せず、異を唱える権利もない。それで国が滅ぶとしても、それもまた民の意思だ」

 表情らしい表情もなくそう述べた赤の王の姿がぐにゃりと歪んだかと思うと、今度は青の王の姿へと変わった。

「王に足るこの血筋を守り、より王にふさわしい者を後世に残すべきが王です。魔法のような生まれもっての能力には、どうしても血統が関わってくる。私たち王族は、可能な限りそれを混じりけのない純粋なものとして保つべきです。その行いこそが、次代の優れた王を生むのですから」

 冷たさすら感じさせる静かな声がそう言えば、青の王の流麗な姿が歪み、次は大柄な男、橙の王の姿が現れた。

「いついかなるときも先陣を切り、立ちはだかる壁を破壊するのが王だ! 乗り越えるなど生ぬるい! 困難を完膚なきまでに叩き壊し、儂の生きざまをこの背で語る! それを見て初めて、民は心から儂を信頼し、付き従ってくれると言うものだ!」

 そう言って豪快に笑った橙の王の姿が、またもや歪む。そして今度現れたのは、緑の王だった。

「あらゆる言葉に耳を傾け、一人よがりにならないことが、王に求められることですわ。民を信じ、民の意見を常に取り入れ、民と共に国を良くしていくのです。王というものは、たった一人で最良に至れるものではありませんもの。民と共に歩み、互いに高め合うからこそ、真に王に相応しい人間になれるのです。だからわたくしは、王は決して一人になってはいけないものなのだと思いますわ」

 しとやかな声がそう言えば、目を伏せた緑の王の姿が歪んだ。次いで像を結んだのは、黄の王だ。

「常に笑っておちゃらけるくらいの余裕を見せるのが王でしょ。民との距離はなるべく近く。多少馬鹿に見えるくらいが丁度良いかもな。俺が笑ってるだけで誰もが安心できるようになったら、それこそ王冥利に尽きるってもんだ」

 そう言って黄の王の姿が軽薄な笑顔を見せれば、次に現れた萌木の王は、黄の王とは打って変わった、落ち着きのある穏やかな微笑みを浮かべた。

「疑うことこそが、王の本質なのではないかな。少なくとも、僕は誰も信じない。勿論、僕自身のこともね。生き物なんて、大なり小なり過ちを犯すもので、たとえそれが神であろうとも、きっと変わらないだろう。だから、僕は常に全てを疑ってかかるよ。思考をやめないことこそ、国を導くために最も重要な手段だと考えているからね」

 耳触りの良い柔らかな声がそう言えば、今度は口元を扇子で隠した薄紅の王が現れる。

「王は、この世で最も美しくあるべきよ。美しさは矛であり、盾であるのだから。それに、この美しい姿を見て、民は妾に仕えることにこの上ない喜びを感じるの。民の命を預かるのが国王なのだから、預けてくれる民には、少しでも良い思いをさせるべきでしょう?」

 そう言って扇子を閉じた女王が、艶やかに頬笑む。その姿が溶ければ、次に現れたのは紫の王だった。

「……干渉しないのが王。私は民を守るから、民は好きにすれば良い。私は個々の自由を尊重する。だから、民のやることに口を出す気もない。……けど、守りにくいことをしようとしたら別。そういうときは、ちゃんと止める。王というのは、そういうものだと思う」

 起伏の少ない声で言った彼女の姿が歪む。そして次に像を結んだのは、黒の王だ。

「戦争になったとき、一番死にそうな場所に行くのが王。黒には王族が存在しないから、王が死んでも代わりが用意しやすい。だから、一番死んでも良いのが王なんじゃない?」

 面倒くさそうに言った黒の王の姿が歪み、今度は白の王が現れた。

「国民の皆さんを導き、指南するのが王だと私は考えております。一人一人と向き合い、平和のためにそれぞれに何ができるかを教えるのです。その行いは、やがて世界中に平和を運んでくれるでしょう。それこそが、白の王である私の役目だと信じております」

 白の王がそう言って祈るように目を閉じれば、歪んだ姿は次いで金の王へと変わった。

「新たな可能性を見出したとき、誰よりも先んじてそれに触れるべきが王です。それが毒となるか薬となるか、自らの身を以て試し、薬となるのならば、どんなものでも取り入れましょう。変化を恐れず味方につけてこその王なのです」

 幼い顔に自信をいっぱいに浮かべて言った金の王の姿は、最後に銀の王の姿へと変化した。

「王とは、秩序と伝統を守る存在である。過去を尊び、古くより存在する基盤を最大限に活かすことで、より良い国家へと昇華させるのだ。伝統には伝統足り得る理由があり、新しきものでそれを踏み躙るなど、もってのほかよ。歴史を守り続けることこそ、王の役目と心得よ」

 厳かに告げた銀の王の姿が、溶けるように揺れる。ゆらゆらと王の像が解け、ノイズのようにブレたかと思えば、一瞬にしてウロの姿が戻ってきた。

「うーん、こんなところかなぁ。どう? 満足して貰えた?」

 くすくすと愛らしく笑うウロが、椅子の肘掛を指先で叩く。

「ん? ああ、今のは全部本当のことだよ。一人一人の意識をきちんとトレースしたから間違いない。何せ根幹が同じだから、一番形の異なる枝葉を探すのは結構大変だったんだけどね。……え? 赤の王? ああ、彼のあの考え方は、確かにあの人が望むそれとは著しく異なっているねぇ。現状は民の意思が保全に向いているから成り立っているけど、ひとたび破壊に傾けば、史上最悪の王にもなり得る。でも、あの王様だけは簡単に処理できるものでもないから、やっぱり厄介だろうなぁ。まあ、お陰で僕も遊べてる訳なんだけど」

 そう呟いたウロが、椅子から立ち上がった。同時に、彼が座っていた椅子がさらりと崩れて消える。

「さ、話はこれくらいにしておこうか。ネタバレが好きな人はそんなにいないでしょ? ……え?」

 悪戯っぽく笑ったウロは、次いでこてりと首を傾げた。

「こうして話しているのは大丈夫なのかって? ああ、天秤の話だね」

 ふふふ、と笑んだウロが、まるで虫けらでも見るような目をしてこちらを見た。

「君たちの世界は柱の世界じゃないからね。よっぽどのことがない限り、あの人は干渉しないよ。そうだなぁ、たとえば僕がここでこの世界を壊そうとしたら、もしかすると動きはするのかもしれないけど……。……いや、どうかなぁ? 末端の世界なんて、その辺に転がっている石ころみたいなものだ。柱さえ無事なら、代わりはいくらだって作れる。だから、やっぱり干渉しないんじゃないかな?」

 でも、とウロが言葉を続ける。

「だからこそ、この世界は平穏だよ。僕もあいつらも、わざわざ石ころをどうこうしようなんて思わないからね。狙うならやっぱり、あの人が嫌がる場所に限る」

 そう言う彼の目は、間違いなくこちらへの興味を一切感じさせない。だからこそ、自分はこの場に存在することができているのだろう。彼がひとたびこちらに興味を示せば、その瞬間に頭がどうかしてしまうのではないかという恐怖が全身を襲った。

「ふふふふふ。どう? 謎は解けた? それとも、また新たな謎が生まれたかな? でも残念、今回はこれで終わりだ。僕は初めから結末が決まっていることを知っているけど、君たちはそうじゃない。なら、これ以上は無粋だもんね?」

 そう言ったウロが、ぱちんと指を鳴らす。それを合図に視界が真っ白になり、抗えないほど強烈な眠気が襲ってきたのを感じる間もなく、意識が遠のいていく。

 

 ――結末のその先で、もし君たちにまだ興味があるようなら、話をしてあげないこともないよ。

 

 霞む意識の端で、そんな声が聞こえた気がした。


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