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城下にて 1

 少年がリィンスタット王国の王宮に来てから一週間。ようやくここでの生活に慣れ始めた彼は、昼下がりの中庭でスケッチブックと向き合っていた。真剣な目で紙に鉛筆を走らせていく彼の目の前には、濃い黄色の毛並みをした大きな獣、リィンスタットの王獣であるリァンがいる。畏れ多いことに、黄の王の計らいでリァンの写生をさせて貰えることになったのだ。

 黄の王がそれを言い出したとき、リァンはとても不服そうに唸っていたのだが、王が半ば無理矢理説得してくれたため、こうして大人しく少年に付き合ってくれている。

 勿論少年は、高貴な王獣様にさせることではないと断ったのだが、どうやら黄の王自身、赤の王から頼まれたことだったらしく、ここでお前に断られるとリィンスタット王としての面子が丸潰れだと言い募られ、丸め込まれてしまったのだった。

 そんなことを言われても、乗り気ではなさそうな王獣の時間を貰ってスケッチをするなんて天罰がくだりそうだ、と尻込みしていた少年だったが、いざスケッチブックと向き合えば、そんな心配はすっかり忘れて筆を走らせることに集中してしまった。王獣たるリァンの美しさは、少年の心を奪うのに十分だったのだ。

 少年のストールから這い出たティアが王獣によじ登って、その背をぺちんぺちんと叩き出したときはさすがに肝を冷やしたが、それ以外は至って平穏な時が過ぎていった。

 基本的に常に少し離れた場所に控えているアグルムも、少年のことを気遣ってか、必要以上に存在感を出すことはなかったし、少年からすれば至れり尽くせりな環境である。それがまた罪悪感を煽ってくるのだが、そこはまあ卑屈な少年の特性なので仕方がないだろう。

 ほぼ天頂にあった日がやや傾き始めた頃、ようやくスケッチを終えた少年が、ふぅと息を吐いて筆を置く。王獣の姿を見る機会などなかなかないので、思わず時間をかけて丁寧に描いてしまった。だが、その分自分でもかなり満足のいくものが仕上がったので、良しとしよう。そう思って少しだけ頬を緩めた少年が、スケッチブックを閉じる。そして立ち上がった彼は、王獣に向かって深々と頭を下げた。

「お時間を取らせてしまって申し訳ありません。ありがとうございました」

 そう礼をすれば、王獣はちらりと少年に視線を向けてから、地を蹴ってどこかへと飛んで行ってしまった。一瞬、怒らせてしまっただろうかと心配になった少年だったが、リィンスタットの王獣はドライな性格だと聞いているから、あれが素なのだろうと思い直す。

「……怒らせちゃった訳じゃ、ないよね……?」

 恐る恐るそう呟けば、ストールからひょっこりと顔を出したトカゲが、こくこくと頷く。上位の幻獣であるらしいこの炎獄蜥蜴(バルグジート)は王獣の言葉が判るようなので、彼がそう言うのなら、実際そうなのだろう。

 そう考えて少しだけほっとした少年に、後ろに控えていたアグルムも頷く。

「リァン様は陛下と違って不必要に愛想をばら撒く方ではないからな。興味がない相手にはいつもあんな感じだ」

「あ、やっぱりそうなんですね……」

 黄の王に対するトゲを感じる言い方だな、と思った少年だったが、それについてはコメントしないでおいた。なんとなく、赤の国の宰相を思い出したのだ。

(……きっと、どこの国の王様も、家臣に迷惑掛けてるんだろうな……)

 これまた、北方国の王が聞いたら怒りそうな感想である。事実、金の国以外の南方国と黒の国はその気が非常に強いが、北方国と白の国の国王は、家臣の胃を痛めるような真似はしない。

「それで、この後はどうする?」

「え、あ、えっと……」

 特に何もやる予定がない少年が言い淀んでいると、アグルムが少しだけ目を細めた。

「……城下にでも出掛けてみるか?」

 その提案に、少年が少しだけ驚いた顔をする。

「え、で、でも、僕が外に出るのは、あまり良くないんじゃ……」

 王宮内は兵も多く安全だが、城下街となるとそうはいかない。それに、人の多い場所に行けば行くほど護衛もしにくくなるだろう。少年の置かれた状況を考えれば、このまま王宮に留まって動くべきではない筈だ。

 そう思った少年だったが、アグルムは首を横に振った。

「王宮にずっとこもっていても暇だろう。それに、陛下はお前を監禁したいと思っている訳ではないんだ。だから、こちらの護衛の手が回る範囲でなら、好きに出掛けてくれて構わない。勿論、一人で何処かへ行かせる訳にはいかないし、あまり遠くへ行かせる訳にもいかないんだが」

 その点については悪いと思っている、と謝罪してきたアグルムに、少年が慌てて首を横に振る。

 少年からすれば、その心遣いすら過剰なほどである。本来であればやはり少年を王宮に閉じ込めておくのが最善の策だろうに、できるだけ自由を与えようとしてくれているのだ。感謝こそすれ、責めようなどという気が起きるはずもない。

 しどろもどろにそう伝えれば、アグルムは少年のストールから顔を出しているトカゲに視線をやった。

「感謝するなら、グランデル王陛下にしろ。炎獄蜥蜴(バルグジート)がいなければ、お前を王宮の外に出す訳にはいかなかっただろう」

「……あ、あの、炎獄蜥蜴(バルグジート)って、やっぱりそんなに凄いんですか……?」

 お日様を浴びてころんころんと転がっている姿を思い出すと、とてもそうとは思えないが、確かに砂蟲(サンドワーム)に対して噴射した炎は凄まじかった。

 そんな少年の問いに、アグルムが怪訝そうな顔をする。

「お前、炎獄蜥蜴(バルグジート)がどういうものかも知らないで飼っているのか」

「う……、す、すみません……」

 うなだれた少年の頬に、トカゲがすりすりと鼻先を擦りつける。どうやら慰めようとしているらしい。

「別に謝る必要はない。……そうだな、判りやすく言うと、炎獄蜥蜴(バルグジート)が本気を出せば、街半分くらいの広さなら焼け野原にすることができる」

「ま、街半分!?」

 確か、グレイから教わった極限魔法の規模が、街ひとつ分くらいだった筈だ。となると、炎獄蜥蜴(バルグジート)はその半分程度の威力を発揮できるということになる。極限魔法を使えるのが四大国の国王しかいない事を考えると、これはかなり凄いことなのではないだろうか。

炎獄蜥蜴(バルグジート)は炎しか扱えないから水系統の相手とは相性が悪いが、それでも幻獣としては破格の生き物だ。たった一人の人間につける護衛として、これ以上はないだろう。……グランデル王陛下は、相当過保護なお方なんだな」

 その言葉に、少年がトカゲを見る。視線を受けて、こてんと首を傾げたトカゲは、とてもではないがそんなに凄い生き物には見えなかった。

「……ティ、ティアくんて、本当に凄い子だったんだね……」

 そう言った少年に、トカゲはやはり首を傾げただけだった。本人にはあまりその自覚がないのかもしれない。

「という訳で、こいつと俺がいれば、城下に出るくらいならば問題はない。……どうする?」

 少年は別に、外に出たいとは思わない。元々王宮に閉じこもることになるだろうと覚悟していたのだし、それを不自由だとも思わなかった。だが、だからといって国王やアグルムの気遣いを断るのは、気が引けるというものである。

「……あの、じゃあ、折角なので、お願いしても良いですか……?」

「勿論だ。それでは早速出掛けるとしよう。……ティア、だったか。お前の力にも期待しているからな。こいつの護衛として、よろしく頼む」

 アグルムの言葉に、トカゲが任せとと言わんばかりに胸を張る。

 こうして、二人と一匹は城下へと足を運ぶことになったのだった。

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