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お茶会 4

「……つまり、その化け物とやらは、この状況を楽しんでいる、と?」

 ギルヴィスの静かな問いに、蘇芳は頷いた。

「ああ、そう言うとしっくりくるな。そう、楽しんでいるんだ。帝国も連合国もひっくるめて全て盤上の駒とし、その駒を好きに動かして遊んでいるだけ。そういう表現をするのが一番近い。多分な」

「スオウ殿の見立て通りに考えるのならば、それは圧倒的な強者ということになります。それこそドラゴンのような。けれど、ドラゴンのような高潔さは兼ね備えず、誇りに囚われることもない、いっそ無邪気とも言えるような何か……」

 呟いて思案するギルヴィスだったが、まるで見当がつかない。

「しかし、圧倒的な強者ならばリアンジュナイルなど一瞬で滅ぼせそうなものですが……。……仮にその化け物とやらが遊んでいるのだとしたら、簡単に片付いてはつまらない、ということでしょうか」

 だが、その考えが正しいとすると、連合国が辿る未来は滅びの一途である。過程を楽しむために手を抜いているのならば、帝国の目的を完遂しようと手抜きをやめた瞬間、連合国は滅ぼされてしまう。圧倒的な強者が敵であるということは、そういうことだ。そこに抗う余地など、欠片もない。

 さすがに顔色を悪くした金の王だったが、しかし赤の王にその様子はない。思案するように暫く黙って目を伏せていた赤の王は、いや、と呟いた。

「本当に遊んでいるのだとしたら、ギルヴィス王の言葉通りなのやもしれん。だが、現在持っている情報だけでその確証を得ることは難しいだろう。寧ろ向こうにはこちらに直接手を出せない理由があり、だからこそ帝国を使うという回りくどいやり方をしているという可能性もあるのではないだろうか」

 可能性という言葉を使った赤の王だったが、憶測を述べているにしては余りにも確かな声だった。どうやら、赤の王にはこの一件の別の側面が見えているらしい。

 それに気づいた金の王は更なる議論を持ちかけようとしたが、赤の王にやんわりと制されてしまう。

「これ以上は我々二国間だけで話しても仕方がない。続きは次の円卓会議で、ということにしてはどうだろうか」

 そう言ってちらりと少年を見た赤の王に、ギルヴィスもはっとする。

 赤の王の言う通り、この場でこれ以上この話を掘り下げるのは好ましくない。なにせ、一般人である少年がいるのだ。すでに手遅れかもしれないが、彼にこれ以上の心労を負わせる訳にはいかない。

 一方の少年は、どんどんと規模を大きくしていく話題について行ききれてはいなかったが、それでもリアンジュナイル自体が未曾有の脅威にされされていることだけは理解できた。そして、否応なくその中心に立たされているのが自分なのである。怯えるなという方が無理な話だろう。

 自分に危害が加わるかもしれないという恐怖と、自分が攫われることでこの大陸全土を滅ぼしてしまうかもしれないという恐怖が、せめぎ合う。どちらかというと、少年にとっては後者の方がより恐怖すべきことだった。自分の存在が何かを損ねてしまうのは、もう嫌なのだ。

 そんな少年を安心させるように、赤の王がその頭を撫でる。

「大丈夫だ、キョウヤ。お前が憂うことは何もない。全て私に任せておけ。私が必ずお前を守るから」

 酷く優しい声が少年の鼓膜を震わせる。王の少し高めの体温に触れるのは、相変わらず苦手だ。けれど、何故だかその体温に安心してしまう自分がいた。

 緊張に強張っていた少年の身体からゆっくりと力が抜け、彼はほんの少しだけ王の胸に体重を預けた。そんな少年を見て愛おしげに微笑んだ王が、黒髪にキスを落として言う。

「それに、こんなことがあった後だからな。キョウヤの安全も考えた上で、とびきりの誕生日プレゼントを用意したのだ」

「…………は?」

 思わず素っ頓狂な声が出てしまったが、少年は悪くないだろう。

「……えっと、誕生日……?」

 言われた内容が理解できずに問い返せば、赤の王は何故だか少し嬉しそうな顔をした。子供が親に欲しいものを買って貰うときのそれに似ているような、そんな顔だ。

「ああ、誕生日プレゼントだ。今月の分がまだだったろう?」

「え、あの……」

 まだ続いていたのか。

 ひと月ほど前に二ヶ月分(この時点ですでに謎だ)の誕生日プレゼントを押し付けられ、それで終わりだと思っていたが、まだ誕生日プレゼント爆撃があるらしい。

「今月の分、というのは? もしかしてキョウヤさんには誕生日が毎月あるのですか?」

「え、いや、あの、」

 あってたまるか、と思った少年が、驚いた顔をしている金の王に弁明しようとしたが、その前に赤の王が口を開いた。

「いや、キョウヤは冬生まれらしくてな。正確な誕生日までは判らないようだったので、冬の間は毎月祝うことにしているのだ」

 そんな意味が判らない話をされても困るだろうと思った少年が慌てて金の王の様子を窺ったが、何故だか幼い王は酷く感動したような顔をして赤の王を見ていた。

「さすがはロステアール王。恋人に対する配慮と愛と優しさに満ちていらっしゃる」

 きらきらとした眼差しで赤の王を見つめるギルヴィスに、少年は思い出す。

(そう言えば、この王様もこの人の信者だって、グレイさんが言ってた……)

 いよいよ味方がいなくなった少年が藁にも縋る思いで己の師匠に目を向けたが、彼女は何本目になるか判らない酒瓶を空にすることに集中しているようで、少年の方を見ることすらしてくれなかった。

「という訳で、私はプレゼントを持って来よう。なに、すぐそこの近衛兵に預けてあるだけだからすぐ戻るさ。寂しがることはないぞ」

 別に誰も寂しがったりしないのだが、何故かそう言って少年を元の椅子に座らせた赤の王は、少年の手を取って甲にキスを落としてから意気揚々とその場から離れた。反論することすら許されなかった少年は、呆気にとられながら、その背中を見送ることしかできなかった。

(…………まあ、膝の上から逃れられたし、良いこと、なのかな……)

 ぼんやりとそう思ったのは、現実逃避に他ならなかったのだろう。

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