お茶会 2
「ロステアール王、ようこそお越しくださいました」
立ち上がった金の王が、胸に片手を当て、赤の王に向かって軽く会釈する。
「こちらこそ、お招き感謝する。少々遅れてしまったようで、申し訳ないことをした」
「いえ、お陰さまでキョウヤさんと少しお話することもできましたから」
そう言ってギルヴィスは微笑んだが、実際は少年が緊張しっぱなしだったせいでろくに会話などできていない。
「それは良かった。ギルヴィス王とキョウヤは年が近いからな。会話も弾んだことだろう」
(何言ってんだろうこの人……)
はっはっはっ、と呑気に笑う赤の王に、少年は思わずそう思った。確かに歳は近いと言えなくもないのかもしれないが、それ以前に身分がまったく近くない。それでどうして会話が弾むと思うのだろうか。
ちらりとギルヴィスに目をやれば、案の定彼もやや困ったような微笑みを浮かべている。
「ああそうだ、今日はもう一人連れて来ていてな。現在グランデルの賓客として迎え入れているスオウ殿だ」
そう言った赤の王の背後、やや離れた場所に居たのは、三日前にグランデル王国を強襲したあの女性だった。そして、王宮庭園を物珍しそうに眺めている彼女の姿を視認した瞬間、少年は珍しく驚きを表情に出した。
「お、お師匠様!?」
滅多にない少年の大きな声に、赤の王と金の王がやや目を開く。そんな中、少年へと顔を向けた蘇芳は、へぇと声を洩らした。
「金の国の天ヶ谷鏡哉っつってたからもしやとは思ったが、やっぱりお前だったか。暫く見ない内に図体だけはまあまあ成長したな」
そう言いながらすたすたとやってきた蘇芳が、国王二人に許可を取ることなく椅子を引いて着席する。そしてそのまま彼女は、テーブルの上の焼き菓子を掴んで無造作に口に放り込んだ。
「え、あ、あの、お師匠様、ちょっと、ぶ、無礼なの、では、」
「あぁ? 良いんだよ。アタシは賓客だからな。接待される謂れはあっても怒られる謂れはない」
やはり自分で勝手に紅茶を注いでぐいっと飲んだ彼女は、ギルヴィスに向かってティーカップを振った。
「紅茶も悪くはないんだが、酒の方が良いな。用意してくれ」
不遜が過ぎる態度に、さすがのギルヴィスも一瞬呆気に取られてしまったが、それでもさすがは一国の王といったところだろうか。彼はすぐに柔らかい微笑みを浮かべて卓上のベルを鳴らし、やってきた侍女に上質な酒を用意するようにと告げた。
「すまない、ギルヴィス王。スオウ殿はどうにも自由なお方でな」
こそっとそう謝罪してきた赤の王に、ギルヴィスは首を横に振った。
「いいえ。グランデル王国の賓客であれば、我が国の賓客も同然ですから」
どうやら金の王に怒る様子はなく、周囲の近衛兵たちも目を剥いたようではあったが、手を出す気はないようである。しかし、少年の方は落ち着いてなどいられなかった。
「お、お師匠様、も、もう少し、遠慮を、」
「うるせぇなぁ。お前はいつから師匠に指図できるほど偉くなったんだ? ん?」
「え、ええ……」
青褪めた少年がわたわたしていると、その隣に着席した赤の王がその頭を撫でてきた。恐らく赤の王本人は落ち着かせようとしたのだろうが、突然触れられた少年は驚いてびくっと肩を跳ねさせたので、逆効果である。
だがそんなことは気にしない赤の王は、少年の頭を撫でたまま口を開いた。
「まさかキョウヤがスオウ殿と知り合いだとは思わなかった。一体どういう関係だ?」
「え、あ、えっと、……お師匠様は、僕に刺青を教えてくれた、先生、です」
「ほう」
少し驚いた顔をした赤の王に、蘇芳が肩を竦める。
「つっても世話をしたのは数年だけどな。死にかけのところを拾って、生きる上での最低限を仕込んでほっぽり出したから、会うの自体……、…………何年ぶりだ?」
首を傾げた蘇芳に、少年が小さく声を出す。
「五年ぶりです」
「ああ、そんなもんか」
大して興味がなさそうに言った蘇芳が、女官の運んだ酒をぐいっと煽った。酒瓶から直接呑むのはどうなんだと思った少年だったが、彼女に何を言ったところで無駄なのはよく判ったので、そっと目を逸らすだけに留めた。
「なるほど、つまりスオウ殿は、キョウヤの命の恩人なのだな」
確認するように見て来た赤の王に、少年がこくりと頷く。
「お師匠様が、ひとりでもやっていけるようにって、僕に刺青を教えてくれたんです。あのお店も元々はお師匠様のお家だったんですけど、貸して貰いました」
「まあ長生きしてる分、拠点なら至るところに持ってるからな。ひとつくらいは良いさ」
そう言った蘇芳が、また酒を煽る。どうにもお茶会とは言い難い光景になってきたように思えるのは、少年の気のせいではないだろう。




