お茶会 1
少年がギルディスティアフォンガルド王城に招かれてから、きっちり三日後。彼は、王宮庭園で開かれた小規模な茶会に参加していた。勿論、参加したくて参加した訳ではない。金の王に是非と請われ、断ることもできずなし崩しに参加することになってしまったのだ。
女官に先導されて庭園に向かう道中は、断頭台へ向かう囚人のような心地でいた彼だったが、実際に茶会の会場を目にしたらその緊張は多少ではあるが和らいだ。
というのも、用意された会場は、会場と呼ぶには手狭な東屋だったのだ。
陽射しを遮るための小洒落た屋根の下には、小さな円卓と四脚の椅子が設置されており、茶会の会場というよりは庭園の景観を楽しむために用意された休憩所のようであった。
だが、いくら会場が小さかろうと、正面に座る金髪の幼王ギルヴィスを前に緊張するなという方が無理な話である。それに、東屋の中には少年と金の王の二人しかいないが、少し離れた場所には数人の近衛兵が立ち、こちらを窺っているのだ。絶対に無礼なことをする訳にはいかないといった空気を感じてしまうのは仕方がないだろう。
案の定がちがちになって俯いてしまっている少年に、ギルヴィスは内心で小さく溜息をついた。こうなることが目に見えていたから、できれば近衛兵も傍に置きたくなかったのだ。
(せめて近衛としてここに居たのがヴァーリアならば、キョウヤさんももう少し緊張せずに済んだのかもしれませんが……)
少年と面識のあるカリオスならこの場で護衛として適任だったのだろうが、現在彼は傷の完治のために療養中である。こんなことのために呼び出す訳にはいかなかった。
「そんなに緊張なさることはないのですよ、キョウヤさん」
そう微笑んだ金の王が、テーブルに置いてあるティーポットを取って、少年のカップへと紅茶を注ぐ。ふんわりと上質な香りが少年の鼻を擽ったが、そんなことよりも国王が手ずから給仕してくれたという事実が更に彼を委縮させてしまったようだった。
これはいけないと思った金の王が、慌てて少年へ向けた笑みを深めてみる。
「お口に合うか判りませんが、よろしければどうぞ」
その、花が咲き綻ぶような可憐な微笑みに、少年は思わず金の王を見つめてしまった。なにせ綺麗なものに目がない少年なので、幼王の花のかんばせをこの距離で拝むのは、少々刺激が強かったのだろう。
やや惚けたような顔で見つめてくる少年に、ギルヴィスは小さく首を傾げた。
「キョウヤさん?」
「っ、え、あ、あの、す、すみません!」
名を呼ばれ、はっと我に返った少年は慌てて謝罪し、目の前にあるティーカップを手に取った。
緊張で喉はカラカラだが、明らかに高そうな食器に飲みたいという欲求は全く湧いてこない。だが、国王がわざわざ淹れてくれた紅茶である。
(の、飲まないと、失礼だよね……)
仕方なく無理矢理喉に流し込んだが、案の定あまり味は感じられなかった。しかし、飲んだからには何か言うべきだろう。
「……お、美味しい、です。ありがとう、ございます」
全く気の利かない台詞を吐き出した少年に、しかしギルヴィスはふわりと微笑んだ。
「お口に合ったのなら良かった。お菓子もご用意しましたので、是非召し上がってくださいね」
そう言ったギルヴィスが、皿に綺麗に盛りつけられている菓子に手を伸ばす。上質なバターを含んだしっとりとした焼き菓子を取り、手でちぎった金の王は、上品な手付きでそれを小さな口に運んだ。まるで絵画のようなその光景に、少年がまた惚けたような顔をする。
「ふふふ、これは私のお気に入りのお菓子なんです。昨日帰られたヴェールゴール王も大層気に入られて、お土産にとお持ち帰りになったのですよ」
「そ、そうなんですか」
乾いた笑いを浮かべた少年に、ギルヴィスが少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「すみません。やはり、私と二人では居心地が悪いですよね」
「い、いえ! あの、全然、そんなことは、」
慌てて首をぶんぶんと横に振った少年に、金の王が苦笑する。
「いいえ、ご無理をなさらず。突然お茶のお誘いをしてしまったのはこちらなのですから」
そう言ってやはり困ったような笑いを浮かべたギルヴィスの様子を窺いつつ、少年がおずおずと口を開く。
「……あの、なんで、僕、お茶会にお誘い頂いたんでしょうか……?」
まさかこの幼い王が自分と交流を持ちたくて、などということはあるまい。そう思っての問いだったのだが、金の王はぱちぱちと瞬きをした後、少し困った顔をした。
「ええと……、……実は、お茶会にはもう二人ほど参加する予定なのです。その内のお一方が、是非キョウヤさんとお茶を飲みながらお話がしたいと仰られて」
「……はあ」
「少々到着が遅れているようですが、じきにいらっしゃると思います。……ただ、その方から誰が来る予定かは言わないで欲しいとお願いをされてしまいまして。こう、サプライズがしたいのだとか」
だからこれから来るのが誰なのかは教えられないのだと、金の王は申し訳なさそうな顔で謝罪した。だが、金の王が尊敬語を使う相手で、かつサプライズだのなんだのとを言い出す人間となると、嫌でも察しがつくというものである。
まあ、つまり、
「……もしかしなくても、その二人の内の一人って、ロス、」
「キョウヤ!」
思い至った名前を言いかけたところで、少年の後方から呑気な声が聞こえてきた。声の持ち主が誰かなど、振り返るまでもない。
そう、グランデル王国の国王、ロステアール・クレウ・グランダである。
「……やっぱり……」
とても疲れたような声で吐き出された呟きは、幸いなことに誰の耳にも入らなかったようだった。