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収束 1

 騎獣に乗って到着したカリオスの部下、王軍第二師団に属する中隊の面々は、すぐに被害状況の調査に入った。

 まずは少年の無事を確かめ、彼に掠り傷程度の怪我しかないことを確認した兵は、それでもやや大袈裟なくらいに手当を施してくれた。勿論少年は、自分はいいからカリオスの方を手当てして欲しいと主張したのだが、カリオスと団員たちが口を揃えて一般市民である少年が最優先であると言うので、大人しく受けることにしたのである。

 結局、人的被害はカリオスがやや重傷を負った程度で済んだようだったが、治療を受けながら耳に入ってきた会話から察するに、森への被害の方は少々深刻らしい。魔力のない少年にはよく判らなかったが、森一帯に穢れのようなものが広がっているそうなのだ。どうやら、ヨアンに倒された魔物が残した怨嗟が呪いのようなものに変質し、ゆっくりではあるが森を侵食し始めているらしい。

「まあ、このまま放っておいたらこの森は死ぬだろうね。そうなる前に白の王あたりにどうにかして貰った方が良いよ。こういうのはあそこの領分でしょ」

 近くの木に触れてそう言ったヨアンは、これだから魔導は嫌なんだ、と小さく呟いてから巨大な貝の遺骸がある方へと足を向けた。そして、遺骸の前で足を止め、その場に膝をつく。少しの間じっと貝を見つめていた彼は、ふいに右腕を伸ばして、でろりと地面に垂れている軟体部にそっと触れた。

 まるで慈しむような手つきで何度か掌を滑らせたヨアンの唇が、僅かに動く。少年の位置からではその小さな声を聞き取ることはできなかったが、彼にはヨアンの口が、ごめんねと動いたように見えた。

 少しの間そうして貝に触れていたヨアンは、しかしすぐに手を離して立ち上がった。そして、自分の影をちらりと見てから口を開く。

「折角の大物だしね。ヴェル、食べて良いよ」

 ヨアンがそう言った瞬間、地面に落ちる彼の影からぶわりと黒いものが這い出てきた。

 少年の曖昧な記憶には残っていなかったが、それは、あのとき『グレイ』が右目で見た何かであった。

 蠢く影のような、不定形の何か。明確な形を成さないそれは、しかし漆黒のフードを被った人影のようにも見える。だが、かろうじてその形のようなものを認識できたのも一瞬のことだった。

 少年が驚いて瞬きをした次の瞬間には、黒い人影のようなそれはどろりと溶けるようにして流動し、そして見る見るうちに貝を飲み込み始めたのだ。

 漆黒の何かが遺骸を這い上がり、貝の全身を闇で覆い隠していく。何故だかその光景が酷く底冷えのするようなものに思え、少年は戦慄した。だが、そんな少年の耳をカリオスの穏やかな声が撫でる。

「大丈夫ですよ。あの黒い影のような生き物は、ヴェールゴール王国の王獣、ヴェル様です」

「お……、王、獣……?」

 あんなにも悍ましいものが、本当に王獣だというのだろうか。

 少年が知っている王獣はグランデル王国のグレンだけだったが、あの赤の獣はとても美しい存在だった。だが、この黒い生き物は違う。なんというか、何もかもを無にしてしまいそうな、そういった類の恐ろしさがあるのだ。

 そんな少年の思いを察したのか、カリオスは少しだけ苦笑してから黒の王獣へと視線をやった。

「黒の王獣は、死を司る王獣にして、死そのものの化身のような存在です。ですから、どうしても我々生き物はヴェル様を恐れてしまう。私とて、こうして間近で拝見するのは少々恐ろしいのですから」

「死、そのもの、ですか……?」

「ええ。ですが、王獣であるヴェル様が我々に危害を加えるようなことはありませんのでご安心を。今も、お食事をされていらっしゃるだけですよ」

 食事、と言われても、少年にはいまいち理解ができない。だが、これだけでは少年には伝わらないと判っていたのか、カリオスは更に言葉を続けた。

「王獣はそれぞれ、己が司る要素を糧に生きているのです。例えば、グランデル王国のグレン様ならば炎を、我が国のギルト様ならば未来を食べて生きていらっしゃいます。と言っても、実際に炎や未来を食しているのではなく、…………そうですね、炎の気や、未来という概念を食している、とでも言えば良いのでしょうか。いえ、これも正確ではありませんね。……言うなれば、例えばグレン様は、炎という概念が存在するという事実を糧にしているのです。理解できそうですか?」

「ええと、難しいですけど、なんとなく……。……ギルト様、なら、未来が存在しているから生きられる、ということですか?」

 おずおずと答えた少年に、カリオスが微笑む。

「ええ、その通りです。王獣様はそれぞれ、自身が司る概念が存在することで命を繋いでいる。ですから、仮にこの世界から炎という概念が消え失せてしまったならば、グレン様も生きてはいられないと、そういうことです」

 やはり深く理解するには難しい話だったが、話の表層だけならば少年にも噛み砕くことができた。

「では、死を司るヴェル様は、死を、食べている……?」

 半信半疑といったふうに呟いた少年に、カリオスはやはり柔らかく笑んで肯首した。

「はい。ヴェル様は今、死という概念を食されている。あらゆる生き物の死が、あの方にとっての糧なのです」

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