黒の暗殺者 3
そんな少年の視線を鬱陶しく思ったのか、応急処置の手を止めないままヨアンが少年を見た。
「なに?」
「え、あ、いや、な、なんでもありません」
「何か気になってるからそういう目で見てるんでしょ。気になることがあるなら言って。俺に答えられることなら答えてあげる」
そんなことを言われても、少年は国王相手に堂々と質問をするような度胸など持ち合わせていないのだ。だが、淡々としたヨアンに気圧されてしまった少年は、結局おずおずと口を開いた。
「……えっと、あの、さっきの魔物を倒したのは、ヴェールゴール王陛下なのでしょうけれど、……あの、どうやって、倒したんだろうって……」
「どうもこうも、殺しただけだよ」
何を言っているんだ、という顔をしてそう言ったヨアンに、少年が困惑したような表情を浮かべる。それを見かねたのか、カリオスが助け舟を出すように口を開いた。
「ヴェールゴール王国は、優れた隠密技術を持つことで知られています。その国の国王陛下ともなれば、その技術や能力はリアンジュナイル大陸一、……いえ、この世界一と言っても差し支えないでしょう。つまり、ヴェールゴール王陛下は、あの魔物を暗殺したのです」
「あ、暗殺、ですか……?」
そのやり取りに、ヨアンが納得したような顔をした。
「ああ、そういう質問だったのか。うん、そこの師団長の言う通り。俺には魔物の本体がどれかとかわかんないし、取り敢えず片っ端から暗殺した。で、途中で本体に当たったから残りの幻が全部消えた。そんな感じ」
「で、でも、僕、あのとき、ヴェールゴール王陛下の姿なんて全然見えなくて……。そもそも、魔物は、同時に何体も倒れたりしてたし、……あ、もしかして、広範囲に効く攻撃魔法を遠くから打った、とか、でしょうか……?」
少年なりに頭を回転させた結果の発言に、しかしヨアンは首を傾げた。
「いや? 俺はそういう魔法得意じゃないから、一体一体地道に殺してっただけだよ。第一、そんなあからさまな魔法なんか使ったら一発で存在がバレちゃうじゃん。あんた隠密の意味判ってる?」
何故だか判らないが貶されてしまった少年は、何が悪いのか判らないまま、すみませんと小さく謝った。そんな彼を見て、カリオスが慌ててフォローに入る。
「ヴェールゴール王陛下、もう少し言い方を考えてください。キョウヤ殿も、そう委縮することはないのです。ヴェールゴール王陛下は歯に衣着せぬ物言いをされるというだけで、悪気もなければ責める気もないのですから」
そう言って少年を慰めたカリオスが、続けて言葉足らずなヨアンの説明の補足をしようと口を開く。
「ヴェールゴール王陛下は、身体強化魔法を得意とされていらっしゃいます。今回の戦闘でも、それを使用されたのです。キョウヤ殿は魔物が同時に倒れたと仰いましたが、厳密には違う。ヴェールゴール王陛下が、同時に倒れたと錯覚してしまうほど速く魔物を倒しただけなのですよ」
そんなことが人間に可能なのかと驚く少年の正面で、ヨアンがうんうんと頷く。
「そうそう。あとは敵に気づかれないように存在を消してた。だからあんたが俺を認識できるわけがないよ。事実、俺が正面に立ってても声掛けるまで気づかなかったでしょ」
言われた内容を理解し、少年は僅かに戦慄した。
つまり、このヨアンという男は、相手に認識されずに相手を殺すことができるのだ。そんなもの、敵に回した時点で終わりのようなものではないか。
その考えに至った少年は、そして同時にある可能性に気づく。彼がそれほどまでに優れた暗殺者だというのならば、本格的な戦争が始まる前に帝国をどうこうできてしまうのではないだろうか。
しかし、少年がおずおずとそのことを尋ねると、ヨアンは難しい顔をして首を横に振った。
「それは無理。今回帝国を偵察してきて判ったけど、俺に帝国の上層部は殺せない。俺は殺せる相手なら絶対に殺せるけど、殺せない相手は殺せないから」
相変わらず難解な言い方をするヨアンに、いまいち理解できなかった少年が何も言えずにいると、それを察したらしいヨアンが少しだけ思案するような表情をしたあと、口を開いた。
「俺は暗殺とか諜報は得意だけど、正面切った戦闘はあんまり得意じゃないんだ。だから、相手に存在を認識させない状態で殺す。逆を言うと、存在を認識されちゃうと、格下じゃないと殺すのは難しい。つまり、俺の攻撃が当たる前に俺の存在に気づけるような相手は殺せないってこと。で、帝国の上層にはそういう奴らがいた。まあ、正確にはその上層部の人間の魔導契約相手に気づかれるだろうなって感じだったんけど」
やや顔を顰めてそう言ったヨアンに続けて、補足するようにカリオスが口を開く。
「ヴェールゴール王陛下が一度キョウヤ殿から離れたのは、魔物から離れて身を潜めるためだったのでしょう」
言われ、ようやく少年は納得した。あのときヨアンは少年を見捨てたのではなく、態勢を立て直していただけなのだ。
「しかし、あの魔物はヴェールゴール王陛下が一度引くほどの脅威だったのでしょうか? 陛下が直接的な戦闘を好まれないのは存じ上げておりますが、それでもわざわざ一度撤退する必要があったとは思えません」
訝し気にそう言ったカリオスに、ヨアンはすっと目を細めた。
「……念のため、ね。帝都にヤバいのがいてさ。あれが一枚どころか何枚も噛んでるみたいだったから。まあ、その辺は次の円卓会議で話すから」
暗に面倒だからそれ以上は訊くなと言うような態度のヨアンに、カリオスもそれ以上問いただすような真似はしなかった。




