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黒の暗殺者 1

 カリオスの下で彼の名を呼んでいた少年は、カリオスから返事が得られないことに酷く焦っていた。

(ど、どうしよう。さっき、すごい怪我をしちゃったのかな。それで動けなくなっちゃったのかな。僕を庇ったから、僕のせいで、)

 どうにかしなければと思うものの、少年の力ではカリオスを抱えて逃げることなどできない。

 気持ちが焦るばかりで何もできない少年は、ふと自分たちに大きな影が覆いかぶさったのに気づいて、その背筋を凍らせた。先ほどカリオスを傷つけた魔物が、二人を狙って覗き込んできたのだ。

 少年の心臓がばくばくと跳ね上がる中、魔物が二人を食らおうと牙を突き立てる。だが、その牙が二人を覆う雷の膜に触れた途端、魔物は悲鳴を上げて跳び退いた。どうやらカリオスが張った雷の盾は、魔物を倒すほどの威力はないものの、退けることはできるようである。

 しかし、この雷の盾もいつまで保つか判らない。いよいよ追い詰められてしまった少年が、こんなことなら最初に言われたときに眼帯を取っていればと後悔したそのとき、

「…………え……?」

 雷の盾越しに自分とカリオスを見下ろしていた魔物の身体が、突然ぐらりと横に傾き、大きな音を立てて地面に倒れ伏した。そのまま霧状になって霧散したそれに、少年は幻影の魔物が倒されたのだと察する。だがしかし、何がどうなった結果そうなったのかがまるで判らない。

(な、なんで……!?)

 突然のことに一瞬身を固くした少年だったが、すぐにこのまま倒れている訳にはいかないと判断する。何しろこの体勢ではほとんど空しか見えず、現状を把握することすらままならないのだ。そう考えて、なんとかカリオスの身体を支えながら上半身を起こして周囲に視線を巡らせた彼は、その目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。

 最早数えきれないほどの量になって辺りを埋め尽くしていた魔物たちが、次々と倒れて消えていっているのだ。少年の少し前にいる魔物が倒れたと思えば、今度は斜め後ろで、更に次はやや離れた位置で、といった風に、不規則に魔物たちが地面に伏しては、霧となって消えていく。少年の目には、あちらこちらで生じるその現象が、同時多発的に起こっているもののように見えた。

 だが、その現象を引き起こしている原因については、皆目見当もつかない。もしやあの貝が生み出す幻には欠陥があって、そのせいで勝手に消えているのだろうか。しかし、その割に消えていった魔物たちから不調の兆しのようなものを見て取ることはできないし、魔物たちの方もやや困惑したように視線を巡らせているようだった。

 もちろん少年がそう考えている間にも、連続的な魔物の消滅が止まることはない。何が起こっているのかを把握しきれないでいる少年は、しかしこの現状は紛れもない好機であると判断し、目を閉じてぐったりとしたままのカリオスへと視線を移す。だが、カリオスの背中の傷を見て、少年は小さく悲鳴を上げて目を見開いた。

(ひ、酷い怪我……!)

 カリオスの背には、鋭い何かで抉られたような傷があったのだ。

(き、きっと、さっき僕を庇ったときにやられたんだ……)

 少年には医療の知識などないので判らないが、出血量から察するに傷は浅いとは思えず、このまま放っておけば命に係わるのではないだろうかと思えた。

「カ、カリオスさん」

 震える声でカリオスの名を呼んだ少年だったが、彼からの返事は得られない。それどころか、彼の苦しそうな呼吸はどんどん浅くなっているような気さえした。

(ど、どうしよう。カリオスさん、すごく苦しそうだし、やっぱりこのままにしておくのは危険だ……。でも、どうやってここから逃げれば……)

 そう、いくら謎の減少で魔物が減ってきているとは言え、敵はまだ半数以上残っている。そんな中、カリオスを引き摺って逃げるなど不可能だろう。自分一人だけ逃げるという手段も選択肢としてあるが、身を挺して自分を守ってくれたカリオスを見捨てて逃げられるほど、少年は勇敢ではなかった。

 迷った挙句、結局一人で逃げることも二人で逃げることもできなかった少年は、その罪悪感からか唇を強く噛んだ。だがそのとき、不意にすさまじい悲鳴が少年の耳を叩いた。

「っ!?」

 金属を擦り合わせたような不快なそれは、少年の背筋を凍らせるほどに怨嗟と呪いにまみれた声音で、まるで聞いたことがない言語のような音が捲し立てるように吐き出されている。聞いているだけで震えそうになるような恐ろしい悲鳴に、少年はほとんど反射的に声の方を振り返った。すると、二人の後ろ、それなりに離れたその場所で、巨大な貝が大きく殻を開けて、その軟体をでろりと地面に伸ばしてのたうっているのが目に入った。貝は苦痛に呻くように何度も地面を叩き、その衝撃で大地が揺れる。だが、それも短い間のことだった。

 何かを呪うような耳障りな叫び声を上げた貝がその軟体を一際強く地面に打ち下ろしたかと思うと、それを最後に、貝はぴくりとも動かなくなった。そして同時に、まだ多く残っていた幻たちが全て霧散する。

 少年には、何も判らなかった。何も判らなかったが、それでも、幻を生んだ本体である貝が死に、カリオスを追い詰めた幻たちが消えてなくなったのだということだけは、察することができた。

 そして後に残ったのは、死体と、めちゃくちゃに荒らされた森と、少年と、未だにぐったりとしているカリオスだけである。

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