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水の呪い 6

 監視塔に辿り着いたレクシリアがまず行ったのは、人払いだった。監視を担当している騎士団員たちを一時的に下がらせ、塔にいる人間を自分とグレイだけにする。その上でレクシリアは、地図との位置関係を確認しながら、慎重に自分の立ち位置を選んだ。

「それで、どうするんです?」

「ああ、そういやあのときお前はいなかったな。地霊魔法の効果を矢に与えて飛ばすんだよ」

「……地霊魔法って、確か風霊魔法に弱いんじゃなかったですっけ」

「そうだな」

「相変わらず無茶苦茶言う馬鹿野郎ですねェ、あの王サマは」

 ガルドゥニクスと似たような感想を悪態を交えて述べたグレイは、盛大な溜息を吐き出した。

「それで、どうやって国境まで矢を飛ばすって言うんです? そのためには風霊魔法による補助が必須だと思いますけど、それだけの風霊魔法を使えば、折角付与した地霊魔法が掻き消されてしまうのでは?」

 グレイの言う通りだ。火霊が水霊を苦手とするように、地霊は風霊を苦手としている。故に、単純に地霊魔法を付与して矢を飛ばしても、王の望む矢を届けることはできないだろう。

 一体どうするつもりなんだという目で見てくるグレイを尻目に、レクシリアは矢をつがえた。

「まあ見てろ」

 グレイとしては、事前に説明しろという意味で言ったつもりだったが、主に説明する気はなさそうなので、大人しく彼を見守ることにする。実際、今回のように難しいことをする際のレクシリアの魔法の使い方は割と独特なので、精霊の姿を見ることができないグレイでも、ある程度何が起こっているかは把握できるだろう。

「地霊、俺が付与できる中で一番強力なやつを矢に付与してくれ」

 彼がそう言うや否や、銀の矢が橙色に染まり、輝きを放つ。

「おお、良いぞ。次は、火霊。薄皮一枚分、地霊魔法に被せろ。違ぇよそうじゃない。張り切ってるのは判ったから、もう少し火力落とせ。薄皮一枚分って言っただろ? 風霊魔法を殺さないくらい弱く、けど地霊魔法を守れる程度に強く。判るな?」

 レクシリアの声に合わせ、矢の周囲を炎色に光る薄い膜が覆った。それを見て、レクシリアが柔らかく微笑む。

「よーし、良い子だ。やればできるじゃあねぇか。その調子で、風霊の様子に合わせて微調整するんだぞ。地霊魔法が解けたら台無しだからな。あとは、……そうだな、一応これにも“虚影の膜(ミラージュ)”掛けとくか。火霊、水霊、頼んだ。ただし、ロストが視認できるあたりで幻惑魔法は解除してくれ。……なに? 嫌だ? あー、水霊のお嬢さん方があいつのこと大嫌いなのは知ってるが、俺のためだと思って頼まれてくれよ。な?」

 少しだけ困った顔をしたレクシリアに、恐らく水霊が渋々ながらも了承してくれたのだろう。暫しの沈黙の後、再び笑顔を浮かべたレクシリアが礼を言うと、矢が蜃気楼のように掻き消えて見えなくなった。

「よっしゃ、それじゃあ風霊、最後はお前らだ。座標の位置は把握してるな? 可能な限りこっちで角度と向きは調整するから、矢の加速と飛距離、最終的な到達地点の微調整は任せた。初速は落とせよ。城壁をぶっ壊す訳にはいかねぇから。ああ、頼りにしてるぞ。それから、矢を放つと同時にロストにそのことを伝えてくれ。ん? そうだな。それじゃあ矢の倍速で頼む。それも含めて教えてやれば、後は向こうで判断するさ」

 水霊に少々ゴネられた以外には特に滞ることなく、なんでもないことのように複雑な指示を出していったレクシリアに、グレイは途中から感心を通り越して呆れ果てた顔をしていたが、レクシリアがそれに気づいた様子はない。

 こうして全ての準備を整えた彼が、弓を限界まで引き絞る。同時に風が吹き、矢に周囲の風霊が集まってきた。

 徐々に荒び始める風が、ひと筋伸ばされたレクシリアの髪を躍らせる。だが、その風がグレイの元まで届くことはない。恐らく、効果範囲を限りなく狭めることで、魔力の消費量を極限まで抑えているのだ。

(毎度のことながら、腹が立つくらい精密な魔法だ)

 前にグレイ自らが刺青師の少年に教えたように、精霊の力に頼る魔法は、魔術と違って細かな調整ができない。だが、レクシリアはそれをこそ得意としていた。

 この男は、細かな出力を得意とする魔術においてすら熟練の魔術師にしかこなせないような緻密さで、魔法を操ってみせるのだ。恐らくレクシリアは、精霊との対話が非常に上手いのだろう。それを証拠に、複雑な魔法を使うときの彼は、今のように精霊と会話を交わしながら魔法を構築することが多い。彼曰く、人間には精霊の言葉が判らないから正確に会話ではないらしいのだが、そんなことはグレイの知ったことではなかった。とにかく、レクシリア・グラ・ロンターという人間は、何故だか知らないが万物に好かれやすい性質なのである。それは精霊たちも例外ではなく、彼らはレクシリアの我儘ならかなり柔軟に対応してくれるらしい。だからこそ、彼は相反し合う四大精霊の魔法を、全て同時に扱ってみせるのだ。

(あのポンコツも反則だけど、この人も大概おかしいんだよな。やっぱムカつく)

 グレイがそんなことを思考してる間に風霊魔法を構築しきったらしいレクシリアが、すっと目を細めた。そして、お手本のような美しさで弓を引いていた指先が唐突に離され、風の力を存分に纏った矢が勢いよく解放される。その衝撃で周囲に強い風が吹き荒れ、グレイは目を細めた。

 幻惑魔法の効果でレクシリアの放った矢が見えることはなかったが、この時点で既に、人間の目が届く範囲を越えたどこかに飛んでいってしまっているのだろう。

 ふう、と息を吐いたレクシリアが、弓を下ろしてグレイの方へ顔を向ける。

「これで良いだろ。戻るか」

「さすがは八割人間ですねェ。弓の腕もさることながら、四属性の魔法を同一対象に同居させるその手腕、お見事ですと言っておきましょうか」

 厭味をたっぷり含んだ語調でグレイが言うと、レクシリアはあからさまに嫌そうな顔をした。

「悪かったな、八割しかできない男で」

「何を言ってるんです。アナタの場合、大抵のことを八割方こなしてみせるんですから、寧ろ褒め言葉でしょう」

「お前に言われると器用貧乏だって馬鹿にされてるようにしか思えねぇんだが」

「アナタみたいな貧乏がいて堪りますか。ご自分の実力をよく判っているからこそ、人払いをしたんでしょうに」

 グレイの言葉に、レクシリアが肩を竦める。

「オレは宰相なんだから、荒事には向かないと思われてる方が良いんだよ」

「ふぅん、そうですか」

 そう返したグレイだったが、それが理由ではないことくらい判っている。

(大方、ガルドゥニクス団長の立場を考えてのことなんだろうな。そこまで気にすることでもないだろうに。まあでも、この人お人好しだからなぁ)

「しかし、ロストがわざわざ俺に助力を頼むってことは、あいつ割と苦戦してるんだな」

「アナタに地霊魔法を使わせるんですから、恐らく相手は水系統の魔導なり何なりを使ってくる相手なんでしょうね。確かに、そうなると陛下は不利かと」

 そう言ったグレイに、レクシリアが頷く。

「まあでも、この程度の助力しか求められないってことは、なんとかなるんだろ」

 大して心配した様子もなくそう言ったレクシリアに、グレイはまた呆れた顔をした。

「……これだから宗教国家は」

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