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世界で一番幸運な男・前編


 一月ひとつき後、王宮では華やかなパーティーが行なわれた。


 ローランドが初めて入ったホールには、王国の権威や財力を見せつけるようにシャンデリアの光がパーティー会場を真昼のごとく照らしている。会場は各地から集められた料理や酒、歴史ある一流の楽団と道化師、国内外からの招待客、彼らを持て成す従僕、そして警備兵で溢れ返っており、兵長の姿も見かけた。

 主催者たる女王が現れる前にも関わらず、熱気に包まれており、ローランドを含む平民出身の兵士たちは気圧され、端で固まって眺めているばかりだ。


「すげえ人だな……」

「ああ、圧巻っつーか、壮観っつーか……」


 見たこともないような着飾った美男美女に、やたら煌びやかな服装に身を包んだ異国人、軍部でもトップクラスに立つであろう何度かしか見たことのない大将たちの姿まである。

 選ばれた男が王配になるのだから、おそらくこの場は権力闘争の陰謀が渦巻いているのだろう。魑魅魍魎という言葉が思い浮かんだが、触らぬ神に祟りなしとローランドたちは邪魔にならない場所を陣取って料理やワインに手を出すことにした。


「このワインやべえぞ。すげえ美味い」

「安酒でアル中気味のお前に味の良し悪しなんかわかるわけねえだろ」

「うるせえ。それだけ飲んでんだからわかんだよ」


 他愛もない話をしていると酒が進んだ。場の空気に酔っていたのかもしれない。始まる前から何をやってるんだ、という兵長からの視線を受けても、ローランドはまったく気にならなかった。


 それから程なくして、主催者たる女王と、主役である第一王女が現れた。


 女王の「面を上げよ」という声で頭を上げ、一瞬にしてローランドは目を奪われた。夜の女神と謳われる第一王女の美貌から視線を剥がすことが出来なかったのだ。

 口に出せば不敬になるが、第一王女の母親である女王は非常に地味な顔立ちをしている。王族でありながら華やかさが皆無な自身の顔を気にしていたのか、王配を選ぶ際、女王は顔で選んだともっぱらの噂になるほど整った顔の男を選んだらしい。


 その顔のいい王配と地味ながらも整った女王のいいところだけを継いだのが、御年一九歳になる第一王女アンジェリカである。


 一言で表すのならば「艶やか」に尽きるだろう。濡れ羽色の髪が緩やかに流れるきめ細かな白い肌も、ドレスを押し上げる大きな胸も、程良く肉の付いた長い手足も、猫の目のような愛嬌と色気を感じる深い紫の瞳も、赤く色づいた柔らかそうな唇も、上品でありながら大変男が好む造形を誇っていた。

 見つめすぎたせいか、ふとローランドは第一王女と目が合った、ように感じた。それだけでぞわりとした何かが背中を駆け抜けていく。その感覚を振り払いたくて身動ぎしても、妙な感覚は消えてくれなかった。


「わたくしが夫となる人に求めるのはただ一つ」


 妙な感覚と戦っている間に、女王と第一王女の挨拶は終わっており、さっそく本題に入るようだった。声だけでもくらくらとさせる魅力のある第一王女が結婚相手に求めるものなど、ローランドにはまったく想像もつかない。有り余る財や権力を保有する王家のことを考えれば、財や容姿などではないのだろうな、とはなんとなしに思ったものの、それ以上の考えは湧いてこなかった。


「――運でございます」


 ローランドは間抜けにも口を開けたまま首を傾げた。運を持っているものを探す。この場で何かを行い、運を見るのだろう。そしてそれ以外の条件には見向きもしない。それは――平民出身のローランドでさえも、本当に第一王女の婚約者になる権利があるという意味だった。

 それが会場中に伝わった瞬間、誰もが興奮を滲ませた。勝ち目がないと踏んでいた没落貴族も、あり得ないと高を括っていた平民も、攻めあぐねていた異国の貴族も、この瞬間だけは誰もが平等だった。


「方法は、じゃんけん(・・・・・)


 第一王女の言葉にローランドは驚いた。――じゃんけん。児戯、あるいはちょっとした何かを決めるときに行われる、あのじゃんけん?

 うまく飲み込むことができず混乱している間に、第一王女は自身の拳を高々と上げていた。


「わたくしに勝ち続け、最後まで残った方を婚約者といたします」


 いくら運が見たいとはいえ、そんな忘年会の余興みたいな方法で一生の伴侶を決めてしまうのはどうなのだろうか。

 ローランドは自分に参加資格があることなどすっかり忘れ、不敬にも第一王女を心配してしまった。


「ですが、それだけでは紳士淑女の皆様はお手隙でしょう。どうぞ皆様も、ご参加ください。すでにご結婚やご婚約の済んでいる方や淑女の皆様が勝ち残った暁には、この会場内の未婚男性に限りわたくしの婚約者を指名していただきたく思います」


 本来、直接関わることのできなかった貴族たちも指名権という形で参加する権利を得た。瞬く間にざわめきがどよめきへと変わっていく。

 人々は熱狂していた。下位の者ほどそれは顕著だった。当たり前だ。独身の男が勝ち上がれば、それは第一王女によって選ばれたことになるだろう。

 だがそうでない場合は――()のだ。第一王女の婚約者を、選ぶ側に回れるのだ。

 それは一体、どれほどの快感だろうか。侍る権利すらないはずの者が殿上人である第一王女の伴侶を決めるのは。


 平民出身であるローランドにはこの状況が信じられなかった。王族の、それも未来の女王として君臨する第一王女の婚約者を、王族ですらないたった一人が決めるだなんて馬鹿げている。平民からすれば女王は神にも等しい。神の未来を人が決定することなど、あり得ないではないか。


「なるほどなぁ……じゃんけんとはまた……そういうことか。こりゃあ上層部が俺たちみたいな平民まで呼ぶほど余程形振り構ってられねえ状況なわけだ。警備兵もやたら多いのも、何かあっちゃいけねえから増やしてんじゃなく、不正を見張る……いや、場合によっちゃ不正をでっち上げるためか」


 隣に立っていた同僚が、ぼそぼそと言葉を呟き始めた。誰に聞かせるわけでもない独り言。ローランドにはその内容がまるでわからなかった。


「……どういうことだ?」


「わかんねえのかよ。すっとぼけてんなぁ。酔いが回ってんじゃねえか?」


 同僚はそう言ってカラカラと上機嫌に笑った。自分の考えを聞いてもらいたかったのか、身振り手振りを交え、嬉々とした表情で話し始める。


「軍部のお偉いさんたちにこの話は漏れてたってんだよ。いや、一部の有力貴族には()()()()が、正しいんだろうな。第一王女殿下に直接直談判しても、女王陛下や王配殿下に誘いをかけても無駄。となりゃあ、貴族たちは裏じゃ買収やら根回しやらしてこの場に臨んでんだろうぜ。これも貴族たちの実力を見るため、ってことなのかねぇ」


 運を見るという言葉は、そのままの意味ではなく、婚約者となる男には裏を読んで行動する実力が求められていた。運も実力の内、ではなく、実力で運を偽装できるほどの影響力を見定めている。


 同僚が言いたいのはおおよそそんなところだろう。ローランドは元より言葉の裏を読むということは苦手だったが、今日は一段と鈍っていたようで、同僚のような考えは少しも思い付かなかった。


 ローランドは離れた場所に立つ第一王女を見た。先ほどと変わらず、美しい人だった。


 第一王女は自らを餌に貴族たちを見極め、その影響力を取り込もうとしている。政略結婚とは得てして個人を犠牲にするものだとローランドも聞いていた。

 ならば決断は王族としては正しいことなのだろう。そんな第一王女を君主として仰げる未来を喜び、心より敬うべきなのだろう。

 だというのに、否、だからこそ、ローランドは悲しくなった。国民に尽くしてくれる第一王女が利害関係のみで婚約する未来を想像して、たまらなく悲しくなるのだ。アルコールが入っているせいか、じんわりと涙まで出て来た。


 ――どうか殿下が幸せになれますように。


 無力なローランドはただ、そんなふうに祈ることしかできなかった。

2018.06.02/誤字訂正(ご指摘ありがとうございました)

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