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無意識の分岐点


「ローランド。お前、恋人も婚約者もいなかったよな?」


 訓練を終えたばかりのローランドの背に、兵長から声が掛けられた。

 嫌みかと思って振り返ってみれば、何やら名簿のようなものを持っており、隊員たちの家族構成や人間関係でもまとめているのだろうと勝手に推察した。


「いませんが。紹介でもしてくれるんですか?」


 ローランドは肩を竦め、軽口を叩く。

 平民出身であるローランドには婚約者などという大層なものは聞き馴染みさえないし、軍人になってからというもの女と接する機会は目減りし、もう何年もおんなひでりが続いている。女好きな他の同僚と比べれば悲嘆するほどではないとはいえ、恋人が欲しいと思う日はあるのだ。

 そんな心境で、ちょっと言ってみただけ、といった軽口は兵長に曲解して捉えられたようで、鋭い眼光でローランドを見てくる。


「娘はやらんぞ」


「いりませんよ」


 兵長の娘はまだ二歳だ。そういう意味で紹介してもらっても困る。仮に結婚するとしても最短で成人後の一七歳、十五年も待たねばならない。二四歳のローランドだったら四十も目前ではないか。勘弁してほしい。

 その気がないローランドの即答に、愛娘の可愛さを理解していないと憤慨しながらもどことなく兵長は安心したようだった。どれほど娘に入れ込んでいるのだろう、とローランドは空笑いだ。部下の白けた視線に気が付き、兵長は咳払いをしてから身辺調査の理由を口にした。


「ならお前、一月ひとつき後の王宮のパーティーに出席な」


「は? あの、……出席とは?」


「招待客として出席だ。警備じゃねえぞ」


 警備だとしても驚きだというのに招待客として参加することになるとは思ってもおらず、ローランドは目を白黒とさせた。

 王宮の警備は、王都の巡回警備をしている平民出身の下っ端には絶対に回って来ない仕事だ。花形は軍師としての戦略立案本部への配属や王族の護衛隊への所属だが、王宮のパーティー会場の警備も偉い方々に目に留まる可能性があり、一定の地位や身分、あるいは功績が必要な仕事とも言える。


「いやいや、俺は根っからの平民ですよ? マナーとかなんもわかりませんって……」


「大丈夫だよ。端にいればある程度の不作法は許されることになってる。お前は他の独身の連中と固まって美味い飯食って喋ってりゃいい」


 意味がわからず、ローランドは首を傾げた。ローランドのような下っ端の兵士が賑やかしのために呼ばれるということは、そんなに大仰なものではないだろうか。これが男爵や準男爵というのならまだ話はわかるのだが、わざわざ王宮で行なう理由が想像できない。


「第一王女アンジェリカ殿下の婚約者を決めるパーティーでな、求婚者をつどうことになってる。参加者の独身、婚約者のいない男は貴賤を問わず全員求婚者扱いになるそうだ」


「……それ、俺なんかが出ちゃいけないやつじゃないですか?」


「俺もよくわからんが、上はできる限り独身の男を集めて放り込みたいらしいぞ。軍部から殿下に見初められる幸運なやつが現れれば、予算も増えるかもしれねえしな」


 貴族の派閥争いや軍上層部などで駆け引きがあるのだろう。それは平民出身の兵長とローランドにはわからない何かだ。考えても仕方がないことである。

 背景にあるものがなんであれ、これは上官命令のようなものだ。仕事と変わりがない。慣れない場に出ることになるが、普段食べることのできない料理やワインを口にできると思えば、役得と言えるかもしれない。少なくとも今後話のタネにはなるはずだった。


「まあ気負うこともねえさ。既婚者や婚約者持ちは警備に回されて、俺も他のやつらも会場に入れることになってる。何かあったら言って来い」


「ありがとうございます」


「おう。また直近になったら連絡があると思うが、一月ひとつき後の週末の夜は空けとけよ。あ、あとあれだ、式典用の正装使えるようにしとけ」


 兵長はローランドにそう告げ、次の隊員のもとに向かおうとして、足を止めた。


「ああ、忘れてた。もし選ばれたら将来の王配だけどいいよな?」


 第一王女は立太子済みで、次期女王になることが決定している。その婚約者になるということは、王配になるということでもあった。

 実現したら一大事になることを忘れていた兵長は、事もなげに告げてくる。まるで他人事といった様子で確認のために聞いているのだろうと思わせる事務的な態度だ。だが当人であるローランドも他人事のように頷いた。


「いいですよ」


 自分の容姿や才能は自分がよく知っている。柔らかくも硬くもない焦げ茶の髪と同色の目に、王都の巡回警備で焼けた肌。不細工でもなければ整ってもいない地味な顔立ちで、身長や体格は人よりも大きい方だが軍部の中ではそれなりだ。飛びぬけて大きいわけでもない。

 軍人としても目覚ましい功績もこれと言って存在しない。近年は戦争もなく平和な日々が続いているため、戦績を立てられないということもあるが、何せ下っ端。何せ巡回警備兵。大事な仕事ではあるが、目覚ましい功績を上げる機会の少ない仕事でもある。


 総評としてローランドは「特筆すべき点のない地味な男」だった。


 印象に残らない容姿はパーティーで注目されるわけもなく、事前調査で目を付けられるほどの功績もなく、ローランドが次期王配の地位を手に入れるようなことは万が一にもないだろう。

 会場にいる軍部所属の人員を増やし、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるを体現させようとする物量作戦に相応しい数合わせ(テコ入れ)要員だ。

 美味しい料理を食べ、上等なワインを飲み、夜の女神と噂されるほど美しいらしい第一王女を目視できるほど近い距離で拝見することが出来る。

 おそらく一生に一度しか来ない機会だと思うと、少しだけ楽しみになった。

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