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8・ゾンビと映画館


 映画を見に行くことになった。

 駅前で待ち合わせをする。浮かれて少し早く来てしまったが、彼女も予定の時間より10分早く到着した。

「早いですね」

「そうかな?」

 合コンで出会った女の子、夏樹さん。

 ワインレッドのサングラスをかけている。私もオレンジの色の入った度の無い眼鏡をかけている。


 コンビニにいた店員の真似だが、色のついた眼鏡で目の色を誤魔化して口を閉じれば、意外とゾンビであることを誤魔化せる。

 これがゾンビの中で流行している。

 そのためか眼鏡をかけた人がゾンビに間違われて人権侵害だ、名誉毀損だ、と騒ぐ事件も起きた。

「行きましょっか」

 夏樹さんは私の手を取って歩き出す。


 私は夏樹さんよりも20は歳上であり、付き合っているという感じはしない。

 並べば親子のように見えるだろう。

 ゾンビになったことで高校を中退し、家族と離れて暮らす夏樹さんは、私に恋人というよりは父親の役を求めているのではないだろうか?

 これは市川君とも相談したのだが。

 市川君は、

「ゾンビの恋愛って前例が無いですからね。俺は歳の差なんて気にしなくていいと思いますよ」

「夏樹さんは頼れる保護者を必要としてるだけなんじゃないか?」

「たとえそうであっても、それはそれで頼られてるってことでしょ」


 どういう訳だか私がゾンビの相談役という役回りになることが多くなった。

「歳をとってゾンビになった人って、頭固くて話を聞かない人が多いですから」

「それでなんで私なんだろう?」

「今はまだゾンビ専門のカウンセラーとかいないですし、警察も人間優先でゾンビにとってはあてにならない。頼れる年配のゾンビって貴重なんで」

 まさか、ゾンビになることでモテ期が来るとは思わなかった。


「ソマリアでは112歳のお爺ちゃんと17歳の少女が結婚した例がありますよ。年の差95歳差。20歳の差なんてたいしたこと無いですって」

 市川君は妙なことを知っている。


 駅の改札を抜けてホームに向かう。

 駅のホームでは先頭車両のゾンビ専用車両に乗るため、ホームの端に行く。

 駅のホームではゾンビと人が自然と別れる。現代はこうしてゾンビと人がお互いに気を使い、住み分けを行う。

 人権だ権利だ平等だ、と喚く人の方がいさかいのもとになる。今はゾンビがいるのが当たり前の時代、日本は人とゾンビが共存する社会へと緩やかに変化していく。

 海外ではゾンビの参政権を巡って暴動が起き、人対ゾンビの図式で険悪になっている国もあるが、日本は平和な方だろう。


 夏樹さんと手を繋いで歩くというのは少し気恥ずかしいが、夏樹さんが嬉しそうなのでこれはこれでいいか。


 電車に乗り映画館のある繁華街へ。人の多いところでは眼鏡をかけたゾンビもチラホラといる。

 目的の映画は早々に実写化した『7人のゾンビ』

 監督からスタッフのほとんどをゾンビが務めることで、日本映画の中では異例の人件費の安さとなったらしい。

 この映画のチケット売り場でもめているカップルがいた。


 ゾンビが入れる店は増えたが暗くなって閉じ込められるという映画館では、ゾンビ専用、人間専用と別れているところが多い。

 または時間で分けて、人回、ゾンビ回、と交互に入れ替えたりする。

 チケットを買おうとしているカップルは高校生くらいだろうか。

 珍しいことに男性は人間で女性はゾンビのカップルのようだ。

 二人で並んで映画を見るつもりが人とゾンビで分けられることに不満のようだ。

 どうやら諦めて離れていくカップルが気になってその二人を追いかける。

「夏樹さんは少し待ってて」

「私も行きますよ」


 先程のカップルに追い付いて男性の方に声をかける。

「失礼、ちょっといいですか?」

「なんですか?」

 警戒する二人に私は予備のサングラスを取り出す。

「どうしても二人で映画を見たいなら、ひとつ、ゾンビの振りをしてみては?」

 色のついた眼鏡をかけてゾンビに間違われたことを怒った人がいた。ならば人がゾンビの振りをすることでゾンビ用の映画館に入ることもできるだろう。

 私はケースに入ったサングラスを彼に差し出して説明する。

「良かったらこれ、お貸ししますよ」

「え、いいんですか?」

「ええ、どうぞ」


 彼はケースを開けてサングラスを取り出して、サングラスと私と夏樹さんを交互に見る。

「なんでわざわざ追いかけて、俺に?」

 ただの余計な親切心が出てしまっただけなのだが、彼には胡散臭く見られてしまうのだろうか。

 私は自分の色つき眼鏡をずらして、

「まぁ、ゾンビのイメージアップの一環というところで」

 このカップルとは少し話をして、一緒に映画を見て、サングラスを返してもらった。

 チケット売り場で人がサングラスをかけてゾンビの振りをして、ゾンビ用のチケットを買い、ゾンビ用の映画館に入ることを止める人は誰もいなかった。

 人とゾンビの違いなど、この程度のものだ。

 なぜか夏樹さんはずっと私と腕を組み、なんだか自慢気な顔をしていた。


 このカップルとは映画のあと喫茶店で映画の感想など話をした。

 サングラスのお礼ということで私と夏樹さんは奢ってもらった。

「彼女とは幼馴染みなんです」

 ゾンビと人のカップルは変わっている、と思っていたが彼女がゾンビになる前からの付き合いだったらしい。

「私がこんなんになったから、私とは別れてって言ったんだけど……」

「やだよ。こんなことで別れるなんて」

 なんとも微笑ましい感じの二人である。この先、いろいろ障害はあるとは思うが。

「そんなのは、そのときに考えますよ」


 若い世代にとっては、既にゾンビがいることが当たり前の現代。ゾンビだ人間だと煩く言うのは頭の固い年寄りだけなのかもしれない。

 そしてこの若い世代が大人になったとき、自然と人とゾンビが共存する社会へと変わっていくのだろう。


 今はまだその変化の途中で、解決しない問題があり、争うこともあるが。

「意外となんとかなるもんですよ」

 夏樹さんは気楽に言ってチーズケーキを美味しそうに食べる。

 ゾンビだからって生肉かじるだけでは無い。

 たまには甘いものも食べたくなるのだ。


 映画、『7人のゾンビ』は前評判どおりと言うか。

 悪くはなかったのだが、原作の小説の方をおすすめする出来映えだった。




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