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6・ゾンビと文学


 ひとつの事件が日本を揺るがした。

 きっかけは1冊の本である。

『7人のゾンビ』

 独特の視点で描かれた7人の苦悩と後悔と希望は、少しずつゾンビが増えていく現代の問題と移り変わる時代をドラマチックに、鋭く切り込んだものと評価された。


 日本の歴史上初めての、ゾンビ作家が芥川賞を授賞した記念すべき書籍。

 独特の視点というのも現役ゾンビの見た視点であった。

 芥川賞を授賞したゾンビ作家の記者会見の映像は日本に衝撃をもたらした。


 ゾンビは知能が低いと言われる中、そのゾンビの書いた本が文学的と認められたのである。

 この1件で文学はゾンビに敗北した、と大袈裟に嘆く人達もいるが、ゾンビにとっては希望の光明となった。

 出版不況とも言われる昨今、『7人のゾンビ』は売り上げも好調。ただ、購買者の多くはゾンビではあるが。


 睡眠と食事を必要としないゾンビには暇な時間が多い。ゾンビにとってはひとりで行う娯楽、読書やゲームに餓えている。

 また、ひとりで黙々と行う作業はゾンビの得意とするところでもある。

 ゾンビになる前から小説やマンガを描いていたものもいる。

 この『7人のゾンビ』が出版されてからはゾンビ作家の書籍が増えた。


 1度ヒットしたならば2匹目のドジョウを狙い似たようなものが増えるのは仕方無いことだろう。

 やたらと乱作されたゾンビ作家の作品は、面白いものもあるにはあるが、ゾンビが書いたというだけで過去の作品のパロディのようなものも多く出た。

『ゾンビ・ホライズン』『オーバーゾンビ』『転生したらゾンビだった件』『ゾンビですが、なにか?』『RE:ゾンビ』『ゾンビさんは友達が欲しい』『猫とゾンビ』『ゾンビ転生、魔王の副官』『LV999のゾンビ』『魔王に転生したら部下が全員ゾンビだった』『ゾンビさえいればいい』『終末ゾンビ紀行』『ゾンビ先生』『あの日見たゾンビの名前を僕たちは誰も知らない』『打ち上げゾンビ、横から見るか? 下から見るか?』『君の肝臓が食べたい』などなど。


 雨後のタケノコのように出たゾンビ作家の作品は批判も多いが、今ではひとつのジャンルとして成り立つ。


 何よりゾンビには睡眠が必要ない。その上、生きる上で生活費は安いので原稿料が安くても、収入が低くても問題とならない。

 眠ることなく創作活動を続けられるゾンビにとっては、作家という仕事とは相性が良い。

『感情に乏しいゾンビに人の心の機敏など、解るはずが無い』

 このように主張する者もいる。

 しかし、ゾンビ作家の書くものは読者もまたゾンビが多い。

 一定の購買者がいることは出版社にとって魅力があるのだろう。

 かつてのブームが過ぎたとはいえ、ゾンビ作家の作品は今も出版されている。


 小説家、マンガ家を目指す人の中には創作活動のための時間を増やすために、自らゾンビになるものもいる。

 出版社の側も作家がゾンビであれば原稿料が安くても文句は言わないので、ゾンビ作家を歓迎するところも増えた。

『7人のゾンビ』が芥川賞を授賞した後、ゾンビになる人が少し増えた。


「どうしたものですかねぇ」

 市川君が困った声で呟く。

 私たちは居酒屋で呑んでいる。

 合コン以来、そのとき集まったゾンビの中で気のあった私を入れた6人。

 このメンバーで月に1回集まって飲み会でもやろうということになった。

 この居酒屋は看板も小さく、ゾンビしか来ないゾンビ専門の居酒屋である。

 店長夫婦もゾンビの小さな居酒屋で、普通の人は足を踏み入れない。

 カルパッチョやローストビーフといったゾンビ好みのつまみが充実している。

 そこに珍しくゾンビになっていない客がひとりいる。

「俺をゾンビにして下さい」

 と言っている。


 この居酒屋に来るメンバー、そのひとりの後を付けてついてきてしまったらしい。

「俺は小説家になりたいんです。だからゾンビにして下さい!」

「いや、政府広報でも言ってるけど、軽々しくゾンビになるのはやめた方がいい。ゾンビになるのは自殺とおんなじだから」

 思い止まらせようと説得してみるのだが、思い込みが激しいのかあまり効果が無い。

 この小さな居酒屋の中でただひとりの人間、彼は生ビールを飲み干して言う。

「今のままじゃ死んでるのと同じですよ。生きてくために、生活費と家賃稼ぐためにアルバイトして、それで疲れて他になにかする時間も無い。金も無い時間も無い。毎日ただ生きてるだけ、資料を調べてる間に疲れて寝落ちして、目が覚めたらまたアルバイト。そんな毎日はもうウンザリなんです」

「まぁ、確かにゾンビになれば疲労も睡眠も無縁になるけれど」

「だから、俺を噛んでゾンビにして下さい。お願いします!」

「えーと、ご両親はそのことでなんて言ってるんだい?」

「親は関係無いですよ。これは俺の問題なんだから」

 ゾンビになりたがる人は増えたが、実際に捕まるとこれはこれで面倒なことである。


「ゾンビが人に噛みついてゾンビ化させると、感染罪で捕まってしまう」

 私の言うことに市川君が大きく頷いて続けて。

「俺もゾンビ刑務所にいたんだ。幸いにも被害届を取り下げてもらえたんで、2年で出所できたけれど、それでも2年ゾンビ刑務所に入ってた」

「そんな訳で俺たちは友人をゾンビ刑務所送りにしたく無い。インターネットであなたをゾンビにしますってのも増えたけれど、あれ、違法だからね?」

「見境なく暴れるゾンビに運良く遭遇するのを、期待するしか無いんじゃない?」

 私たちの言うことに小説家志望の彼は不満そうだ。


「ゾンビがやたらと人を襲う事件なんて、滅多に無いじゃないですか。あってもゾンビを不法労働させてた男がゾンビに噛まれたとか、ゾンビ狩りっていきがってたチンピラが反撃されたりとか、人の方が問題がある」

「それでも今の社会は人が作ってるし、ゾンビになると選挙権も参政権も無くなるよ?」

「そんなモン最初から要らないですよ。俺みたいな貧乏人はハナから政治とは無縁です」

「ゾンビになれば人としての権利を失うことになるよ」

「それでもゾンビになった方が暮らしは楽になるじゃないですか。年金も健康保険も払わなくていいし」

 こちらの説得も聞いてくれる気は無いようだ。


 カツオのたたきをつまみながら、ゾンビになってからの苦労話などを語る。集まったメンバーでそれぞれが小説家志望の彼の考えを変えようと、いろいろ話してみる。

「私はゾンビになって日が浅いけれど、思ったよりも悪く無いかなぁ」

「ちょっと夏樹さん」

 市川君が合コンに連れてきた女の子。あのときは泣きそうな顔で、お酒が入ったら本当に泣き出してしまった夏樹さん。

 上目使いで市川君と私を交互に見上げて、恥ずかしそうに。

「だってゾンビになったら私のこと心配して優しくしてくれる人に出会えたし」

 その話は今はちょっと引っ込めてて欲しかった。

 小説家志望の彼は夏樹さんを見て。

「なんか、いいですね。ゾンビ同士の付き合いって」

少数派(マイノリティ)が肩を寄せあってるだけだって。そこは人と変わらないよ」


 とにかく彼には、ゾンビになるにしても1度家族と話し合ってからにすること。あと、うちのメンバー以外のゾンビを頼って欲しいと言っておく。

「それでもどうしてもゾンビになりたいって言うなら、仕方が無い。私が噛むことにするよ」

 私が言うと市川君が慌てて、

「いや、それなら俺がやりますよ。俺はもう前科持ちだから」

「いや、このメンバーで1番年長なのは私だから」

「いやいや、もう迷惑はかけないって誓っているんで、そういうのは俺に任せて下さい」

 こんな私達のやりとりを小説家志望の彼は不思議なものでも見るように見ていた。


 彼と会ったのはその1度きりでその後どうなったのかは解らない。

 名刺を渡して連絡先も伝えたのだが、彼から私には電話もメールも無かった。

 彼は今はどうしているのだろうか。



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