3・ゾンビと生活費
ゾンビになるとこれまでの人としての生活と大きく変わる。
このことが精神を病み鬱病となるゾンビも多い。
かつての人であったころの生活を続けようとして、上手くいかず、そこにストレスを感じてしまう者もいることだろう。
しかしゾンビの生活がプラスとなることもある。
まず食生活が大きく変わる。ゾンビである以上、私もたまに生肉をかじりたくなるときもある。
しかしゾンビには基本的に食事は必要が無い。そのため食費がかなり安くなる。
私は1週間の仕事が終わったときには、自分へのご褒美として1本90円のカルパスを買って食べる。
少しずつかじり口の中にカルパスの肉汁がじわりと染みるとき、私は幸せを感じる。
これ以外に私は食に対して望むものは無い。
これが1週間に1度の食事、私の食費は月に360円しかかからない。
ゾンビになることで体質が変化し、酒やタバコをやめたゾンビも多い。そのため人でいた頃よりもゾンビになった後の方が健康になり、身体の調子がいい、というゾンビも多い。
次に風呂について。
ゾンビは汚ない、臭い、というのが現状の一般的な見られ方である。
このため電車でもゾンビ専用車両ができた。
ゾンビと同じ電車に乗ることが不快だという人が多いのは、仕方の無いことかもしれない。
多少身綺麗にしたところで、このゾンビは汚ない、ゾンビは臭いと言われる現状は変わらない。
ならば逆に清潔さを保つ必要は無いのではないか?
私はこのことに気がついてから、風呂を使う回数を減らすことにした。
今では週に1回シャワーを浴びるだけ。
洗濯も2週間に1回、纏めて片付ける。
この生活で驚くほど水道代が安くなった。
暑さ、寒さに対して、ゾンビとなってからは昔ほどエアコンを使わなくなった。特に冬場は暖房器具を一切使わない。
暑さ寒さを感じないわけでは無いが、ゾンビとなってからは温度の変化に鈍くなっているようだ。
暑くても寒くても、特にどうということは無い。
ゾンビになってからは電気代も安くなった。
都内ではゾンビが増えてきてからは、夏場にエアコンを使うところが減少し、ヒートアイランド現象が以前よりも緩和されているという。
ゾンビになってからは病気もしなくなり、病院にも行かなくなった。今では健康保険を払っていない。
この健康保険分が給料から引かれないというのは、けっこう大きい。
同様に年金も払ってはいない。
これまで納めていた分の年金は、私がゾンビになった時点で国に徴収されてしまった。
現状の政府を見ていると私が老後、年金を受け取れるとは思ってはいなかったが。
このことに不満を感じたゾンビ達が、これまで納めた分の年金を取り戻そうと裁判を起こしている。
2審で敗訴しており、来年には最高裁で結果が出るだろう。
この裁判の結果次第では私にも幾らか戻ってくるのだろうか? 2審で陪審員の全員が人間でゾンビがひとりもいなかったので、あまり期待はできないが。
年金、健康保険、介護保険など、ゾンビとなってからは払わなくて良いものがある。
そして食費に電気代、水道代は人である頃よりも格段に安くつく。
またゾンビになってからは夜に眠ることも無い。
私はこの夜の時間を有効活用すべく、内職を始めた。
お気に入りの音楽をヘッドホンで聞きながら、プラスチックのパーツに金属のピンを差し込む。
一晩寝ずに内職をすればかなりの数を仕上げることができる。
疲労することも無く、寝る必要も無いゾンビの肉体だからこそできることである。
工場の仕事は時給480円だが、ゾンビになる前と比べて生活に必要な出費がかなり少なくなった。
結果、ゾンビになる前より収入は少ないが、ゾンビになってからの方が貯金は増えているのだ。
私と同じ工場で働いている同僚、女性でゾンビの森田さんはこう言う。
「ゾンビになってからは1個も化粧品、買ってないわ。ゾンビが化粧したって、ねぇ」
もとキャリアウーマンの森田さんは、明るく笑う。
「昔はダイエットとかやってたのよ。でも今は食欲そのものが前ほど無いし、お酒もやめたし。ゾンビになる前はずっとイライラしてた気がするわ」
私も同じ感想だったので、森田さんも同じだったのか、と少し驚いた。
ゾンビになる前は仕事に追われ、時間に追われ、生活に追われ続ける毎日だった。
ゾンビになってからは、自分のペースで生きている、という感じがする。
「不思議ね。ゾンビになってからの方が、毎日が穏やかで充実してる気がするもの」
1度ゾンビになるとそれまでの人間関係がまとめてリセットされるような感じがある。
これはこれで孤独や寂しさを感じることもあるが、これまでのしがらみが消え失せてスッキリするような、そんな解放感がある。
「もうちょっとお金がたまったら、海外に行こうかな。1度オーロラを生で見てみたいのよね」
ゾンビになっても楽しめることはいっぱいある。
森田さんはゾンビライフを満喫しているようだ。