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2・ゾンビと仕事


 私はとある商社で営業をしていた。

 だが、ゾンビとなったことで仕事をクビになってしまった。


 ゾンビというのはかつての肉体より動きが鈍くなり反応も遅くなってしまう。

 なにより人からは嫌悪されるのがゾンビだ。

 ゾンビになってしまった私がかつてのように営業の仕事ができる訳も無い。

 見た目で引かれて、さらに会話のテンポも遅い。営業としては致命的である。

 そのために10年勤めた会社を辞めることになった。


 ゾンビに感染するのは本人の不注意とされ、私は自主退職という形だった。実際は会社から追い出されるように辞めたのだが。

 このため退職金も無い。

 私は途方に暮れた。


 ハローワークで失業給付を申請し次の仕事を探しても、ゾンビとなった今ではかつての経験を生かす術も無く、再就職は難航した。

 エクセルやワードが少し使えるくらいでは、ゾンビを事務に雇ってくれるところは無かった。

 都内で独り暮らしをしていた私だが、ゾンビとなった身では田舎に戻ることもできない。

 1度、実家に戻ってみたのだが、そのときの家族や親戚が私を見る目が、昔と大きく変わってしまった。

 父や母も私を汚ないものでも見るような目で見る。

 田舎には私の暮らす場所は何処にも無かった。

 身内がゾンビになるというのは世間体が悪いことだから、これは仕方の無いことだろう。

 まるで出所したばかりの前科者のような気分を味わうことになった。

 妹だけは昔と変わらず、私の身に起きた不運に涙を流してくれたのが、幸いだろう。


 妹は田舎に戻ってきたら、うちに来るといいとは言ってはくれたが。

 しかし、妹の旦那に妹の息子。私にとって義理の弟と甥になる二人が眉をひそめるのを見れば、妹の家族に迷惑をかける訳にはいかない。

 ゾンビになった私はもう地元に戻ることは無いだろう。


 再び東京へと戻り、気持ちを切り替えて就職活動をすることにした。


 視点を変えればゾンビを求人する職場は意外に多い。

 なんといってもゾンビは人件費が安い。

 過去にゾンビを安い給料で使っていた工場の社長がアルバイトのゾンビに噛まれた事件。

 この事件からゾンビの給料について行政が見直すこととなった。


 人として扱われないゾンビは行政が決める最低賃金に抵触しない。高騰する人件費に少子化で人手不足となる現状を打開すべく、ゾンビは新たな労働力として注目されている。


 東京都の定めるゾンビの最低時給は420円。

 多少、動きは鈍くて反応も遅いが普通の人の約半額で使える労働力は、単純作業の多い現場で重宝されるようになってきた。

 未だ客商売、店員などではゾンビは嫌われているためその分野では少ないが。

 意欲的な牛丼のチェーン店が深夜の時間帯の人手不足を補うべく、実験的にゾンビを雇う試みが始まっている。


 私の新しい仕事は工場での仕事。

 慣れない分野ではあるが、ゾンビとなった今では単調な作業はそれほど苦にはならない。


 私が工場で作っているのはお菓子だ。可愛いゴリラの絵がプリントされた有名なお菓子。

『ゴリラのマーチ』


 この『ゴリラのマーチ』はゴリラの絵のクッキーの中にチョコが入っている。

 ゴリラの絵がプリントされたクッキーを焼いて注射器のような機械で中にチョコを入れる。

 このとき表側から針を差すとプリントされたゴリラの絵に穴が開いてしまう。

 そのためチョコを入れる機械に投入するときは、ゴリラの絵がプリントされてない裏側から針を刺すように、クッキーをひっくり返さないといけない。


 私の仕事はベルトコンベアに乗って流れるゴリラの絵がプリントされたクッキー。

 これをひたすらひっくり返すことである。

 左から右へと流れる様々なポーズをとるゴリラ。そのゴリラの絵が入っていない裏側を上にして次の行程に流すのだ。

 ベルトコンベアの前に立ち、流れるゴリラを指で摘まんでひっくり返す。指で摘まんでひっくり返す。

 単調な仕事だがこういった現場ではゾンビの求人がけっこうある。

 これで私の時給は480円である。


 この工場はかつてはセンサーで動き自動的にひっくり返す機械があったのだが。

 そんな機械を修理したり、また新たな自動化する機械を開発するよりも、ゾンビを雇う方が安いのだ。

 他にも化粧品のビンにシールを貼る仕事。

 これもベルトコンベアに乗って流れる化粧品のビンをひっくり返す仕事である。

 ビンのシールを貼る機械がふたつあり、その機械の間に立ち、流れてくるビンをひっくり返すだけの簡単な仕事。

 ビンの表と裏にシールを貼る機械、その間にゾンビがいるのだ。

 ゾンビが手際よくビンをひっくり返すことで、ビンの表と裏にシールラベルが貼られる。


 他には制汗スプレーの材料投入。これは機械の材料投入口に原料の入った缶をセットするのが本来の使い方なのだが。

 その缶をセットする部分が破損して缶をセットすることができなくなった。

 ゾンビに片手持ちのスコップを持たせて原料の粉を機械の動きに合わせて、スコップで掬って機械に投入するのである。

 メーカーに頼んで機械を修理するよりも、こうしてゾンビを雇った方が安上がりになるのだ。


 日本の工場では古い機械は、その機械を作ったメーカーが既に無くなって、部品を入手することも修理することもできない機械を無理に使っている。

 機械が老朽化で動かなくなったとき、その機械の行程を改めて人が手作業で行っているところが多い。

 こういった現場では人件費の安いゾンビが重宝されるようになった。


 ゾンビは反応が鈍いとされ、ゾンビとなった時点で自動車運転免許は剥奪される。

 タクシーやトラックのドライバーを仕事としていた人にとっては、つらいことだろう。

 ゾンビとなったことでかつての経験や資格やスキルが無くなったとされる絶望感というのは、経験した者にしか解らない。


 理解してくれる者は少なく、行政がフォローしてくれることも無い。

 しかし仕事を選ばなければゾンビを求人する会社や企業は意外とある。

 これまでと比べて収入は大きく減ってしまうが、これを新しい挑戦と前向きに考えて欲しい。


 それに収入は減ってもゾンビは人よりも稼ぎやすい。私はゾンビになってからの方がゾンビになる前より、貯金は増えたのだ。

 この部分は人よりもゾンビの方がお得である。



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