ジンロウゲーム~そして誰もいなくなる~
ひんやりとしたコンクリートに、外界との関わりを一切許さぬと鉄格子に閉ざされた牢屋。これが、今の俺の居場所だ。
――――俺が死刑判決を下されたのは、数週間前の事である。
叔父と叔母を殺し、それを目撃した近所のおばさんも殺した。
おばさんは何も悪く無いのに、その時の俺は、完全に冷静さを失っていた。後悔先に立たず。俺が正気に戻ったのは、おばさんを包丁で滅多刺しにしてからだった。……だが、叔父と叔母を殺した事に、俺は全く後悔なんてしていない。
あんな奴等は死んで当然だ。俺にとって害悪でしか無い。
小さい頃に両親を亡くし、あいつらに引き取られたのが、俺の不幸の始まりだった。
雑用を押し付けられ、逆らう事は許されず、罵声に暴力を浴びせられ、食事もろくに取れない、そんな生活の何が良い?外面ばっか良くしやがって、反吐が出る。俺がこんな所でいつ死ぬかも分からない恐怖に怯えながら過ごしているのも、全部あいつらのせいだ。死んでまで俺に迷惑掛けんじゃねえよ。
思わず溜め息を吐いて、自分の頬を引っ叩く。
あいつらの事なんか考えるだけ時間の無駄だ……。
そんな時だった。
「おい、さっさと出ろ」
そんな無感情な声が聞こえたのは。
牢屋から出ると、看守はついてこいと言い、俺の返事を待たずに歩き始めた。
しばらく歩くと、ある部屋の中に案内された。
「……何だここ?」
思わずそんな声が出てしまう程に、案内された部屋は刑事施設には不似合いな所だった。
今までの無機質なコンクリートでは無く、赤いカーペットが敷かれ、部屋の中央には大きな円卓が置かれている、いかにも洋風と言った感じの空間。
円卓の周りには、五人の男女が椅子に座っていた。
「席に着け」
短く俺に言うと、看守は部屋から出て行った。
俺は残された最後の椅子に腰を掛ける。
そして、俺は自然を装って五人の男女の様子を伺う。
一人は小太りの男。
一人は眼鏡を掛けた痩せ男。
一人は一見優しそうな黒髪ショートの女。
一人は金髪でいかにもヤンキーと言った感じの男。
一人はピアスを付けた怖そうな女。
一体、俺達が呼ばれた理由は何だ?
すると、隣に座っているヤンキーっぽい男が話し掛けてきた。
「よお、あんたは何してこんな所に来たんだぁ?」
喋り方までヤンキーだ。
隠すのも面倒だったので、俺は素直に答えた。
「人殺しだよ」
俺が言うと、ヤンキーはヒューと口笛を吹いて言う。
「何だあ?お前みたいなもやしでもそんな事すんだなぁ?けけけ!」
鬱陶しい。
「俺も人を殺したぜえ。同じ人殺し同士仲良くしようぜぇ?けけけ!」
ヤンキーは得意気にそんな事をほざいている。
お前と俺を一緒にすんなよ、生き恥だ。
すると、ピアスを付けた女が不機嫌そうに言った。
「ヤンキー、黙ってろ。うぜーんだよ」
するとヤンキーも女の方を見て言う。
「けけけ、お前みたいなプライド高そうな女は好きだぜぇ?」
「吐き気がする。その臭え口を閉じろってんだよ」
「言うじゃねえか。手と足が自由なら今すぐお前を襲ってやっても良いんだがなぁ?」
どんどんヒートアップしていく二人の喧嘩を止めたのは、小太りの男と眼鏡の男だった。
「君達、喧嘩は良くないよ」
小太りの男に続いて眼鏡の男も言う。
「そうですよ。今はおとなしく指示を待ちましょう」
二人が言うと、ピアスの女とヤンキーはばつが悪そうに黙り込んだ。
その直後だった、部屋に一つだけ取り付けられていたモニターが光を帯びる。
俺達の視線は一斉にモニターに注がれた。
しばらく砂嵐が続いたが、モニター画面が狼の顔らしき影絵に変わる。
そして、機械音声であろう高めの声が部屋に響く。
『えぇー皆さん、今回はお集まり頂きありがとうございます』
……強制的に呼ばれたんだがな。
『さて、それでは手短に今回のゲームのルールを説明させて頂きますね』
ゲーム?何を言ってんだよ……。
『今回皆さんに遊んで頂くゲームは、人狼ゲームです!』
パッパラパーン♪と、ふざけたSEが流れた。
流石に苛立ちを覚えてくる。
『ルールは皆さん知っていると思いますが、簡単に説明させて頂きます』
一泊置いて、ルール説明を始める。
『ルールは簡単!村人は朝の会議で怪しい人を話し合い、一人選んでもらいます。人狼は夜の間に襲う村人一人を選んでもらいます。普通の人狼ゲームです……』
そして、とテンションを上げて続ける。
『そしてそして!なんとなんと!このゲームの勝者は釈放しちゃいまーす!』
釈放と言う言葉に、一同がざわつく。
「おぉい!それマジなんだろうなぁ!?」
ヤンキーが問いただすと、『勿論です』と返答する音声。
それを聞いて、皆の顔が強ばる。
『それでは皆さん、お手元のタブレットで自分の役職を確認して下さい!』
……このタブレットはその為か。
納得して、机の下の空きスペースにあったタブレットを手に取る。
手錠が少し邪魔だが、タブレットの操作には問題ない。
画面には、タップしてゲームスタートと表示が出ている。
この陽気さがいちいち癇に障る。
こんなゲームに付き合わされるのは面倒だしムカつくが、勝ったら釈放と言う誘惑は、そんな考えをねじ伏せるには上等過ぎた。
画面をタップすると、あなたの役職は村人!と言う表示に変わる。
どうやら、俺はただの村人のようだ。
チラッと周りを見てみる。
皆の顔に不自然な所は無かった。ポーカーフェイスがうまいな。
今の所、人狼が誰なのか、何人いるのかは分からない。
人狼ゲームは何度かやった事がある。
その全てで人狼を演じて来た。
人狼ゲーム初めての村人を、こんな形でやる事になるとは……誰も予想出来なかっただろう。
全員が自分の役職を確認したと分かると、モニター画面が高らかに宣言する。
『それでは、ゲームスタートォ!朝の会議を始めて下さい!』
――始まった。
だが、皆は喋り始める気配が無い。
……これはまずいな。
人狼はスタートが肝心。だが、皆がこう黙ってしまうと話を切り出すのが難しい。俺はあまり目立ちたく無いんだがな……。
俺がどうするか悩んでいる時、最初に静寂を破ったのはヤンキーだった。
「さぁぁて、んじゃお話しましょうかねぇ」
ナイスだ能無しヤンキー。
「……あの質問良いですか?」
その時、今までずっと黙っていた黒髪ショートの女が細い声で言った。
「私は村人何ですが……どなたか占い師の方はいますか……?」
自然に自分の役職をカミングアウトしつつ、人狼ゲームでも重要になってくる占い師を訪ねるか……出来るな。
占い師は占いによって人狼か村人かを知る事が出来る、正しくキーマンと言っても過言では無い役職だ。
「……俺はただの村人だ」
ここは便乗しておこう。
「俺も村人だぜぇ?」
「……私も村人」
「僕も村人だよ」
「……僕も村人です」
満員一致で村人。
勿論そんな訳が無いのだが、一体誰が嘘を吐いているのか見当もつかない。
……ってか、まさかの占い師はいないパターンか?
『会議終了まで後三分』
モニター画面から再びあの音声が聞こえる。
後たったの三分か……。
まあ、俺は最低限の会話に参加していれば良いだけだ。
極力目立つような行動を避けてれば疑われる事は無い筈だ。
「おいおい、全員村人の訳ねえだろうがよぉ」
ヤンキーがけけけと気色悪い笑みを浮かべて言った。
その言葉を皮切りに、話し合いは一気に進んだ。
「当たり前でしょ?僕が人狼でーすって素直に名乗り出る馬鹿がいる訳無いわ」
「んなこたぁ分かってるんだよぉ、じゃあ嘘つきはどこのどいつだぁ?」
お前か?お前か?と、次々に指差して人狼を炙り出そうとする……が、この行為がヤンキーの失態だった。
「自分が人狼じゃ無い事前提で話を進めてるけど、あんたはどうなの?」
「あぁん!?俺は村人だっつってんだろがぁ」
「嘘を吐くのが当たり前のゲームで、そんなのは何の証拠にもならないわ」
「……怪しいですね」
ピアスの女に黒髪ショートの女も便乗して、ヤンキーの形勢は一気に不利になる。このぶんだと、最初に消えるのはヤンキーかな。
『タイムアップ!それでは皆さん、投票して下さい!』
タブレットに番号が表れる。
机の前の番号の意味はこれか。
アデュー、ヤンキー。
俺はヤンキーの番号である五の数字を押した。
そして――
『投票の結果、五番の方が怪しいと言う事で処刑されまーす!』
「はぁ!?おいおいマジかよテメーら!俺は村人だぞぉ!」
ヤンキーが喚くが、結果が覆る事は無い。
その時、妙な音が聞こえた。
それは、ブゥゥンと大気を震わす機械音。
音がするのは、扉の向こう側からだった。
ぎぃと扉がゆっくりと開く。
そこにいたのは、妙な仮面を付けて……何故か、鈍く唸るチェーンソーを持った、大柄な男だった。
『イッツ処刑ターイム!逝ってらっしゃーい!』
まるで、アトラクションに乗った時とかに良く聞く見送りの言葉のようだった。
大柄の男はヤンキーの元まで行くと、再びブゥゥン!と勢い良くチェーンソーを唸らせ、それを――――――ヤンキーの首に押し当てた。
「あ゛ぁぁぁ!!――――ゲボッ!…………っ………………」
ヤンキーの叫び声はすぐに消えて、代わりに口から血の塊をぶちまけた。
首からは、鮮血が吹き出し、飛び散る。
ヤンキーの足元には、赤黒い血溜まりが出来ていく。
そして、男は血塗れのチェーンソーを引き抜き、何事も無かったかのように部屋を出て行った。
「――――う゛ぉぉぇ!……ゲホッ、ゴホッ……」
突如、強烈な悪臭と吐き気に襲われ、嘔吐してしまった。
息をすれば、血の臭いと胃液の臭いが俺を容赦無く襲った。
また吐きそうになるが、何とか堪える。
――何が……起きたんだ……?
落ち着くと、今更ながらそんな疑問が湧いてきた。
分かってる。本当は分かってる。
でも、それを理解する事を、脳が拒んだ。
ふと、自分の頬に何かが付いている事に気付く。
触ると、少しぬるい液体だという事が分かった。
触れた指先を見てみると、それは、真っ赤なヤンキーの……
「お゛ぇぇぇ!う゛っ……ゴホッ……」
あの光景を思い出し、また吐いてしまった。
「……あの、大丈夫ですか?」
声の主は黒髪ショートの女だった。俺を心配してくれているのだろうか。
……何だか情けないな。
「あんた、人殺してんでしょ?」
ピアスの女がそんな事を言う。
「いや、あの時とは状況が違うと言いうか……」
あの時は、気持ち悪いだなんて思わなかった。
いや、思ってる余裕が無かった。
肩で息をしながら周りを見ると、当たり前だが皆顔色が悪い。
吐いているのも、俺だけじゃ無かった。
『皆さん大丈夫ですか?』
モニター画面から全く心配などしてなさそうな声がする。
『言い忘れてましたね。このゲームでは勝者以外の人は死にます』
………………イカれてる。
「頭おかしいんじゃねえか!?」
気付けば、声に出して叫んでいた。
だが、音声は呆れ気味に言う。
『だって、ただで釈放なんかさせる訳無いじゃないですかー。それに、皆さんはどっちにしたって死ぬんですよ?早いか遅いかの違いじゃないですかー』
その言葉を聞いて、もう何を言っても無駄だと言う事を悟る。
そして、
『さあ、ゲーム続行!恐ろしい夜がやって来ました!人狼は村人誰か一人を選んで下さい!』
急に照明が消えて、視界が闇に染まる。
何も見えない。
って、ちょっと待て。
一人選べって……ヤンキーは人狼じゃ無かった。または人狼は複数人。
いや、それよりも…………一人選んで、どうすんだよ?
その一人は……どうなんだよ!?
『はーい!人狼の投票が終了しましたので、イッツ処刑ターイム!逝ってらっしゃーい!』
そして、聞こえた。
あの音が。
その鈍く唸る機械音は……さながら死神が鎌を引きずってくるようで、その音が一気に勢い付いて――――――
「お゛ぁ゛ぁぁぁ――――あ゛っ………………」
ドサッと、何かが倒れる音がした。
そして、ぎぃと扉が開閉する音が聞こえて、照明が部屋を照らした。
先程よりも強く臭う悪臭。
周りを見渡し、異変に気付く。
小太りの男の姿が無い。
じゃあ、消されたのは……。
『第二の朝の会議です!』
再び朝がやってきた。
だが、沈黙が続く。その沈黙は、最初のあの沈黙よりも重く、苦しいものだった。まるで、この空間を取り巻く時間の流れが遅くなってしまったかのように感じられた。
ただ俺は、この状況を理解出来ずに……いや、理解出来ないふりをして、自分が今この状況下にあると言う事実に恐怖するしか無かった。
死刑判決を下された時よりも、牢屋で自分の番が来るのを待つ時よりも、今この瞬間の方が……何倍も恐かった。
体感時間にして数時間は経ったと思う。ふと、モニター画面から声がする。
『因みに、話し合いをせずに、誰か一人でも投票しなかった場合は――皆殺しです』
語尾に星が付いたと思う。音声は、言った。
……皆殺し?
その言葉に、皆の顔が恐怖に染まる。
当たり前だ。誰だって死ぬのは嫌だからな。
「僕は村人だ……他の村人は誰だ!?」
慌てたように眼鏡の男が言った。
焦るのも無理は無いが……。
……落ち着け。
落ち着いて今の状況を整理するんだ。
村人は人狼と数が同じになったら負け。
消去法で考えると俺達四人の中の一人だけが人狼って事になるんだが……。
「……私は村人です」
「私も村人だよ!」
「俺も村人だ」
「あぁもう!!これじゃ埒が明かないよぉぉ!!」
眼鏡の男は頭を掻きむしっている。
切羽詰まるとは、正にこの事だろう。
「人狼はさっさと名乗り出ろよぉぉ!!」
血眼になって俺達一人一人を睨み付ける。
そんな眼鏡の男に、黒髪ショートの女が人指し指を向けて言う。
「……あなたが人狼じゃ無いんですか?」
「違う!!僕は正真正銘、嘘偽り無く、村人だ!」
「でもあんた、傍から見るとめっちゃ怪しいよ?」
ピアスの女の鋭い一言と共に、
『ターイムアップ!それでは投票して下さい!』
これは会議終了のタイミングが悪かった。
眼鏡の男の番号は……一か。
一番を押そうとして、手が止まる。
……この番号に投票すれば、あの人も……。
でも、俺が投票しなければ……皆殺し。
本来、命は比べるものでは無いのだろう。
だが俺は、眼鏡の男の命と自分の命を天秤にかけた。
そして、自分の命の方が……圧倒的に重かった。
『投票の結果、一番の方が怪しいと言う事で処刑されまーす!』
「な、何でだ!?僕は村人だって言ってるだろぉぉ!?」
扉の向こう側から、またあの音が聞こえた。
俺は目を閉じる。
もうあんなのは見たく無い。
チェーンソーの唸り声が大きくなる。
そして――眼鏡の男の断末魔が、部屋に響き渡った。
だが、『恐ろしい夜がやって来ました』
ゲームは、終わらなかった。
――え?って事は……あの二人のどちらかが……。
『人狼の投票が終わりました!イッツ処刑ターイム!逝ってらっしゃーい!』
唸り声が聞こえる。
俺の方には来ない……。
そして聞こえた断末魔。その声は……。
照明が部屋を照らした。
「ッふふ、あはははははは!」
高らかな笑い声を上げる――――黒髪ショートの女。
「イエーイ!私釈放~!良いでしょ~?」
先程までとは雰囲気が全く違う黒髪ショートの女。
『おめでとうございまーす!勝者には釈放のプレゼント!』
「っふふ、それじゃグッバーイ!」
女は手を振って部屋を出て行く。
そして、放心状態の俺に、死の唸り声が近付いてくる。
「……っへへ、っくふふ、あっはははは!」
不思議と、俺は笑う事しか出来なかった。
女は部屋の外で待機していた看守についていく。
釈放がよっぽど嬉しいらしく、笑顔が絶えない。
そして、ある部屋に案内される。
部屋に入ると、一人の男がいた。
この男がモニター画面の音声の主らしい。
「改めて、おめでとうございます」
「本当に釈放してくれるの?」
女は無視して問いただす。
「勿論ですとも」
その返答を聞いて、女は満足そうに息を漏らす。
瞬間、破裂音。
短く、大きな破裂音。
「――え?」
女は膝から崩れ落ちる。
「な、……で……」
「何でって……釈放ですよ。あの世でゆっくりくつろいで下さい」
それを聞いて、女の瞳からハイライトが消える。
「……やれやれ。こんなゲームの何が面白いんだか……金持ちの思考は読めんな」
静かな部屋にポツリと、そんな声がした。
思いつき第三弾です。
ありがとうございました。