だから私はニートになりたい
ぼんやりとした憂鬱な気分で目を開いた私を雨の降る音が出迎えた。
ザーッとシャワーを最大出力で噴射した時のような水の音と、ぽたぽたと一定のリズムで屋根から垂れる水の音が重なって、雨の日独特の音楽が奏で上げられる。
それにしても、今日の朝はいつも以上に憂鬱だ。この雨の中、私の家から約10km離れた学校へと登校しなければいけない。ああ、ニートになれば毎日のように学校と家を往復する必要がなくなるのになぁ。学校と家を往復すると約2時間かかる。時給800円のバイトしていると考えると、1日1600円、1か月で3200以上の金に換算できるだけの時間が、この無駄な往復によって犠牲にされているのだ。……ニートになりたいとか言っておきながらバイトの話をするなんて少し矛盾しているな。
私は外に出て、自転車にまたがり、学校へと向かった。自転車をこいでいると、私が通っている道と交差する細い道から車が飛び出してきた。車は急ブレーキをかけて、私から1メートルほど離れた位置で止まった。
危ない危ない。危うくぶつかるところだった。
車の中には、オッサンが少し機嫌悪そうにしかめっ面をして、私のほうを凝視していたが、私の通っている道路のほうが優先となっているので、私が特に悪いわけでなく、むしろこの車のほうが、「止まれ」の標識を無視して突っ走ろうとしていたことのほうが問題であると言える。
急ブレーキをかけて止まったその車は私が通り過ぎると同時に、アクセルを深く踏み込んだのか、エンジン音をけたたましく鳴り響かせて去っていった。エンジン音とともに、急発進して、ものすごいスピードで走り去っていく。この車の去っていく様は、まるで何かに追われていて、その何かから全力で逃れるかのようであった。
ああ、ニートになりたい。ニートになれば、さっきのように交通事故で怪我したり死んだりする可能性がほぼ0になるじゃないか。家に引きこもっていれば、火事だとか隕石が落ちてくるだとかでもない限り、絶対安全じゃないか。学校なんか毎日通ったり、さらに数年後には就職して、働いたりすることが糞みたいに面倒だ。どうせやりたくもない仕事に行くために通勤して、命を落とすぐらいだったら家の中で好きなことでもして、短い人生を謳歌したほうが幸せなのではないだろうか。
収入はあるが、人生の大半の時間をを労働に奪われて、好きなことが満足にできずに終える虚しい人生か、自分の好きなことをして楽しい思いができるが、無収入であるがゆえにホームレスになる危険性と常に隣り合わせなニート人生か。どちらも糞みたいに人生だなぁ。ああ、将来ひもになりたい。ひもも寄生相手から嫌われたら終わりなのだが。
現在は20XX年の10月。私は大学受験を控えた高校三年生。まだ大学生でもないくせに、大学中退するかもしれないと考えている。さらに、「人生これからだ!」とでも言いたくなるような18歳という年齢にして、ニートになりそうだの真面目に働いて鬱病になって早死にするだの自分でも笑ってしまうほど、私はネガティブ思考だ。
気づいたころには、私は脳内で「ニートになりたい」と繰り返し思いながら、自転車をこいでいた。