【普通でもない魔物とそこそこ普通な人間】
村の期待に応えるべく?
殺された仲間の為の復讐か?
どちらにしても魔物を退治するという目的は変わらない。
得物の調子を確認し、防具の調子も良好。
村を出たあの時と比べて戦闘行為を繰り広げたであろう傷跡が、
辺りに深く残っているのを感じながら青年は進む。
…
……
………
程なく青年は異形の魔物と相対する。
彼の知識の中には正確に合致する魔物の情報は無かった。
だが似たような魔物は幾つか思い当たる。
その記憶に当てはまる魔物の大きさとしては著しく大きい。
特異な進化を果たしてしまったのだろうか。はたまた別の理由か。
正確な理由は定かではないが、その魔物が他の似たような種よりも
一頭抜けた強さを持っている事は村から得た情報と合わせれば想像に難くない。
「ランクにしてE以上。被害を考えればD+も有り得るか?」
青年は騎士なる為に学び得た観察眼を用いて考察する。
面と向かって直に襲われないという事を加味しての考察だが、
人間程度の大きさの獣となれば確実にEランク以上。
目の前の魔物はそのEランクに分類されているリーチフォックスと呼ばれる魔物が一番近い。
それに加え巨大化。2対の鎌の部位の追加。
亜種か? それとも別の個体か。
もしかすると…村で対処出来ない魔物という事もあり、
対象はランクでいう所のCに達している恐れもある。
そうだとすれば今の自分一人に勝てる相手ではないのだが。
青年自身の経験と勘はこの魔物は少なくてもD以下の個体であると推測した。
その魔物はこの付近に2匹徘徊しているが、
各個撃破が出来れば勝てない相手ではない。
騎士となった自身の実力であるならば…この程度の魔物に負ける筈がない。
「…そろそろだな」
既に魔物は青年の気配には気付いている。
気付いていて尚、自身の領域に踏み込んでないが故に我関せず。
青年が独り言を呟いた程度で特別な反応を示した訳ではない。
近づいてくる人間を察知した魔物はその人間へ視線を向けた。
対する青年は魔物の縄張りとやらのギリギリのラインを見極め、
1対1の状況を作り出すべく状況を作り出した青年は、
怒りに任せ突っ込むだけの馬鹿ではなかった。
この手の魔物に不意打ちは余程の事がない限りは通用しない。
危険を察知する能力を持っているのか、
視界の範囲外から攻撃というものが意味をなさない事が多い。
飛び道具による致命傷を狙うといった行為も自身の技量では足りない事は理解している。
であるならば、面と向かい正面から出方を伺う方がやりやすい。
敵と認識し、何も考えずに突っ込んでくるようなだけの相手であるならばそれで終わりだ。
案の定、人間が縄張りに侵入した事で一直線に向かってくる獣の魔物。
前方へ突き出す鎌のような部位が厄介ではあったが使わせなければ何の問題もない。
一手目。
人間は後ずさり距離を置き、振り返る。
魔物は対象が逃げる素振りを見せたので勢いをさらにつけ、飛び掛かる。
二手目。
人間は魔物が狙い通りに飛び掛かってきた事に安堵し、己が技を如何なく発揮した。
魔物は激痛に身を捩らせる。腹部に突き刺さる剣と思い通りに動かぬ両の鎌を振り回しながら。
三手目。
人間は剣を失い、空いた両の手に魔物の鎌を根元から掴み、投げ飛ばす。
魔物は何故自身が大地に叩き付けられる側であったのか理解が及ばず、
逃げ延びる為にのたうち回るも決着は既についていた。
放っておいても致命傷ではあるが、完全に動きが止まるまでは安心は出来ない。
きっちりと止めを刺しもう一匹が存在するであろう方向へ青年は剣を引き抜いて向き直る。
一合の元に事を済ませられた事により、残る一匹とも1対1の形となった。
先程の魔物と比べるとやや小さめな体躯だが、人間台の大きさともなれば油断はならない。
グガアァァァーーー!!!
怒りを表す為の遠吠えか。
青年が今までに聞いた覚えのない音量にたじろぐも逃げる訳にはいかない。
防御を考えるまでもない相手だとは思っていたが故に盾は使わずにいたが、
今までにない威圧感を覚えた青年は盾を構えてしまう。
その手に持つは所謂カイトシールドと分類される盾であったが、
一般の物と比べて特殊な金属が多めに使われており、
騎士であったが故か今は無き神殿騎士の紋章が描かれていた。
見た目は多少派手だが堅牢な作りで実用に足る性能の盾であるのは、
魔物が振るう鎌の攻撃を何度受けても壊れる様子が一向に無い事から明らかである。
無論、扱う当人の技量もあればこその話ではあるが。
しかし幾重にも及ぶ攻撃を防ぐ人間側にも限界があった。
留まる事を知らない魔物の連撃に、疲れが見え始める青年。
相手の武器がある程度の伸縮が可能な大鎌という事もあり、
盾で防ぎきれずに籠手の部分を狙われる。
頭部への攻撃に何度か刃を掠められ頭髪を散らす等のミスが増え始めてきたのだ。
ピシュン パァンッ…
パシュン カランッ。
シュンシュン ペツッ…ザグッ…!
パツパツ… パチンッ...
風を切る音が鳴り響き続ける。
時折響く金属音。何かを割く音は人間側の皮膚が割ける音ではなかったが、
辺りには血の跡がちらほらと現れ始めていた。
HP等という数値があるのならば、
確実に減り始めていっているであろうこの状況。
青年の心にも反撃の糸口が見つからず焦りが見え始めてきた頃。
不意に魔物攻撃の手が緩む。
遂に巡ってきた好機か?
しかし青年の経験から説明出来ない違和感が不安となって脳裏に湧き出る。
踏み込んで良いものか?
その一瞬。迷ってしまったが故に青年は大きく後ろに下がった。
その刹那。爆発と見紛う程の衝撃と熱量が青年を襲う。
魔法か、はたまた魔物としての特性を生かしたブレス攻撃だったのか定かではなかったが…
こんな攻撃方法も持っているのかと青年は戦慄する。
直撃こそ受けなかったものの、爆風の余波だけで体が揺らぐ程の衝撃。
まともに受けていたら相当な被害を受けていたであろう。
盾を構え再び青年は魔物へ向き直る。
そして青年は見てしまった。
自身が倒した筈の魔物を…もう対峙していた魔物が食らっていたのだ。
これは…一体?
爆風の衝撃で回復しきっていない体を一括し、
明らかなる隙を見せているチャンスであろうこの瞬間に青年は突撃する。
ザンッ…!
人間側が振り下ろした剣は魔物の肉を断ち骨を両断した。
魔物の首は胴体よりズルリと大きくズレてだらしなく大地へ落ちる。
しかしその首の落ちた魔物は既に事切れていた魔物の片割れ。
青年が狙った側の魔物は、もう一匹を盾として人間側の剣筋に割り込ませたのだった。
それに伴い生じた一瞬の隙を魔物は逃さない。
盾により塞がれる視界の空いた片側。
その隙間より振るわれる大鎌。
人間は避ける事適わず腹部を裂かれた。
魔物の情報より、軽装なチェインメイルの防具を選んでいた事が仇となったのか。
騎士として与えられた最大限の装備をしてくるべきだったか?
しかしプレートアーマーの状態でこの魔物達と挑んでいれば、
素早さが犠牲となり、片方を瞬殺する事適わず2対1を強いられさらなる不利な戦いを余儀なくされていたかもしれない。
どちらにしても、これは自身の失態だ。
受けたダメージはこの獣のような魔物が同胞の死体を盾として扱う知恵を持っているとは
微塵にも思っていなかった自身の招いた結果である。
流れ出る血を少しでも抑える為に傷口を抑えながら魔物を睨み付ける。
勝算は最早、無きに等しいレベルにまで落ちた。
剣の一振り。二振り。
行える行動など、それすらも出来るか危うい状態だ。
策があるとすれば、相打ち覚悟にチャンスを待つ可能性があるぐらいなものだ。
魔物側は対象の流れ出る血が致命的な傷である事を理解していた。
あとは対象が動かなくなるのを待てば良い。
それだけである。危険を冒してまで近づく必要はない。その筈なのだが。
この人間は自らの手で止めを刺さねばならない。
怒りの感情を治める為に、目の前の人間の命を刈りたくて仕方がない。
首か。足からか。両腕を落とした後に噛みついてしまおうか。
魔物の思考はどうすればこの怒りが収まるか。
そして一体何に怒っていたのだろうかと。
今はもう動かぬ片割れの死体を貪りながら魔物は考える。
魔物はそう時間をかけずに目当ての内臓を胃の腑に治めると次は人間に狙いを定めた。
青年は覚悟を決めた。
魔物は確実に、自身を殺しにやってくる。
チャンスは一度しか訪れない。
せめて…生まれ育った村人達の為に、そして親しかった友人を殺したコイツには。
なにより今頭の中に浮かぶのは。
この土地の持ち主であり、尚且つ幼馴染であり。
強くなる為に村を出る決意をし、
騎士となって彼女を守る存在となる為に傍を離れたあの時の記憶。
その守るべき者だった彼女はもういない。
村へ戻ればこの有様だ。
獲物を見据える魔物の目が赤く光る。
人間へ止めを刺す為に力任せに大鎌を振るう。
その速度は大鎌自体を見ても捉えきれる速度ではなく。
手元という手元もありはしない、触手の様な部位より繰り出される攻撃。
今まさに青年へ向け、大鎌が振るわれるその時。
「ラノアーーーーッ!!!」
青年は叫ぶ。己が守るべきだった者の名前を。
続く言葉は力を貸してくれ…だったのか。
その思いが通じたか。魔物の耳には少なくても届いてはいた。
一瞬、魔物の動きが鈍くなった気がしたのは気のせいだったのか?
青年の頭の中には、そのようなあったかも分からない一瞬の時など気に止める余裕もなく…
騎士の剣は魔物の心臓を貫いていた。
まるで時が止まったように動かぬ時間が続いた後。
青年の体は、力を失った魔物の重量を支えきれずに押し倒された。
そして魔物の血と人間の血が大地を染める。
勝ったのか?
青年は2匹の魔物を打倒した実感を得ていた。
敵は討てた…村も救えた。
しかし。自身の受けた傷は想定外だった。
直にでも治療をせねば命に係わるだろう。
…いや、もう手遅れかもしれない。
意識だけがハッキリとする中。
声を上げる事も出来ず。
村の者達には事が終わるまで手出しは無用とも言ってしまった。
覆いかぶさる魔物をどうにか押し退け、青年はようやく半身を起こす事が出来たものの…
それ以上の行動は難しく、いよいよもって危ない状態だと青年は思う。
全ての選択が自業自得だな。
せめて…ラノア。最期にキミの姿が見たかったな。
その呟きは誰かに聞こえたのか。
誰に聞かせる訳でもない自身に向けられたか細い声だった。
それが引き金となったのかと感違いしてしまうぐらいに偶然の時。
青年が討伐した筈の、獣のような魔物の体が光に包まれた。
ほんの数秒の光の後。元の魔物の姿形はどこにもない。
代わりに残されたのは一人の人間の女性の姿だった。
青年は状況が呑み込めずにそれを眺めていた。
「…ラノア?」
良く見れば青年の記憶に残る、女性の姿が横たわっていた
その胸に、自身が持っていた騎士の剣が突き刺さっている事を除けば。
記憶に残る幼馴染と一切変わらぬその姿が目の前に現れたのだ。
一体…これは?
ど う い う こ と だ ?
まさか?
今の魔物が?
まさか?まさか?
自分の手で殺してしまったあの魔物が?
その魔物は今どこに?
まさか?まさか?一体?どうして?
嘘だ? だって… コイツは村人を殺して回っていた?
なんで? 自分も襲い掛かられた?
そもそもに。なんでラノアが目の前にいる?
この剣は自分のモノだ。
ラノアに刺さっている。
魔物に刺した筈なのに。
ラノアに刺さっている。
自分が刺した。
自分が殺した?
魔物を殺した。
ラノアを殺した?
一体何故…自分は今。悪い。夢でも。見ているのか。
認めたくない。現実に起きてしまっている?
出血により朦朧としてる所為だ。
幻でも見ているのかもしれない。
乾いた笑いは誰の声だったのか。
そして間もなく青年の意識は沈んでいく。
青年が意識を失うその時、自身を見下ろす蛇のような影を見た。
不思議な安心感を得た青年は目を覚ます事も無く…
全ては良い夢だったと染め上げられてくのだった。
* * *
ヨルン「癒しとはなんぞや」
ネーサン「癒された」
モブ達「………」




