【我はアスピク】-5-
来いよアスピク。文字数なんて捨ててかかって来い。。
「リムよ。さっきから読んでるソレはなんだ?」
アスピクは気になっていた。
配下であるリムが本のようなモノを読んでいたからだ。
魔物であるアスピクには、その本という定義が曖昧ではあるが、
それと良く似たものをアスピクが良く知る者が好み、
読み耽っていた事を知っているが故にアスピク自身も興味が沸いている。
そして今、この場には彼等魔物達。ついでにハイエルフが一人。
大樹の下で今後の方針を決めようと一家団欒の家族会議模様で円陣を組んでいる。
「暇だったからあの女神が置いてった、日記っぽいの読んでるのよ」
リムの言う日記のようなもの。
豪華な金の装飾が成されるが、内容は落書きと文字が合わさる絵日記である。
急いで書き殴ったような荒っぽい字ではあるが文字自体は大きく読みやすい。
そんな日記のようなモノに没頭するリムの様子を見てモブ共は声を荒げる。
「おいこら会議中だぞ」「リムよ、せめて行儀よく」
そんな発言もリムのジト目にキツク睨み付けられるだけでその後の発言は封殺された。
モブの扱いは雑に行われるのが常である。
「暇とはなんだ。暇とは。リムも考えい。
ただ潰すのではなく面白い潰し方は無いかと話し合っているというのに」
アスピクは特に気にする様子もない。
この会議自体、ただの建前なのだから。
なんとなく面白そうなことが見つかれば良い。
聖都攻略等、アスピクの構想は突っ込んで破壊するのみ。
それだけで事足りると大真面目にアスピクはそう考えているのだ。
ただ一つ。聖都のあの女神にだけは逃げられたくない。
それだけの為の作戦会議である。
そんな中で一人、ハイエルフは我関せずにモブ達を撫でまわしていた。
「そうねぇ。例のアレ。時期が早いけど解放してみるのも良いかもしれないわ」
相変わらずに本を読みながらの態度が悪いリムであったが
アスピクの興味を引く情報はきっちりと出すつもりであった。
二人組のモブは互いにコソコソ話しているようだったが特に意味はない。
「む、なんだその例のアレというのは?」
アスピクは興味津々でリムへ顔を近づける。
頭の上のスライムもプルンと震えてキラリとテカる。
モブ達もその背後からこっそりと近づいていた。
「私から言わせないで。言葉に出すのも悍ましいアレよ。見た方が早いわ」
リムがパチンと指を鳴らす。
戦闘モードではないリムには爪も無ければ牙もない。
姿だけを見れば可愛く見えるだろう。
そしてそんな可愛いと言えるリムの背後より一匹。
漆黒の魔物が姿を見せた。
それは人間台の大きさの魔物である。
虫の魔物である。黒光りし良くツルツルテカテカしている。
強靭な足を持ち、体は楕円形をしていた。長い触覚も付いていた。
とっても生命力が強そうだ。空も飛べそうである。
「こいつ等を大量に送り付けてやるわ。少しは混乱するでしょ」
そしてリムはカチンと爪を生やしてソレを鳴らす。
魔物は寂しげに帰っていった。
モブ共も寂しげにそんな二匹のやりとりを見ている。
「そうか、リムがそう言うのであれば期待しておくぞ。
それでその日記とやらには何が書いてあるのだ?」
一つの手札の紹介を終えた後。
アスピクの興味はリムの持つ女神が残した日記とやらに向けられる。
追従するようにモブ達も興味を向けるが日記を閉じられ
それ等の目に入る事はなくハイエルフの手に委ねられた。
単純なモブ達もそれを見たいが為にハイエルフの下へ引き寄せられた。
「意外と面白かったわ。手の内をバラすなんて。
何を考えてるのか、相変わらず頭おかしい…あの女神」
リムには判断がつかなかった。
その内容が本当なのか。本当だとしても教える理由は何なのか。
内容として単純に状況と心情を大雑把に纏め上げていた内容だった為に
リムの知る情報と合わせれば虚偽の内容は限りなく少ないと、
そう判断してしまう内容だったのだ。
「ふむ、なんて書いてあったのだ?」
アスピクはその内容が気になっているようでリムに問う。
直接見れば良いと思うのだろうがアスピクは蛇である。大きさも相当な巨躯である。
それが故に聞いた方が早いというのがアスピクの判断だ。
「長いから簡単に話してあげる」
長い話は理解出来ぬだろうとも察しているリムは内容を噛み砕いて構成。
必要そうな情報から面白そうな情報までを選びリムは語る。
日記とは言えないが大まかな経過を数日前に書き記した。
日記を残す事に意味が無い理由は私。クレリア自身が知っている。
理解出来るか否かは臆病者のリムちゃん次第。
この世界に生れ落ち、冒険者として過ごす生活を続けて数年。
聖都を拠点に成り上がるサクセスストーリーは省略。
100年以上前に暴れた魔王アスピクに私は挑んだ。
私は千回以上死んだ。詳しい回数は覚えてない。
殺され方も千差万別。物理的な行為ばかりだったが呪いでも何度死んだ事か。
アスピクは覚えてないだろう。気の長くなるような拷問の末。
私の正気をぶっとばし、100万回負けても負けないという境地に達した。
その結果、ついにそのアスピクを踏み殺して呪い諸共、異空間に放り込んで勝利。
何故だかこの時から空間系スキルが目立つようになった。
移動用のスキルとしてでしか使ってなかったのだが。
あの使い方をひらめいてから最強スキルの一角と化したが故の結果だろう。
人間でこんな方法の転移スキルを使えるのは私だけ。
精度も悪く、魔力の干渉でそもそもに使えないスキル等、実用性は殆どない。
自殺志願者が次々と真似て帰らぬモノとなったようだが
自分もそれで何度か死んだので気持ちは分かる。
中々死ねずに苦痛だけが延々と続くあの地獄を共有出来るものはいまい。
やがて転移スキルを使える者が少なくなった頃、今後の為に情報を規制した。
難易度の高い使用方法を簡単に使って死ぬだけの馬鹿が現れないように。
話が逸れた。
その後、神様よりアスピクを倒したその功績で女神やれよと言われ聖都の女神となる。
制限は多いが対象の願いをある程度叶えられるスキルを得た。
自分自身の願いは叶えられない。相当制限がかかるし、疲れるし使えねぇ。
ついでに不老の体を貰い永遠の若さを手に入れた。
こっちはかなり嬉しい。
数年が経ち復興中の都市を襲った死霊王は雑魚だった。
偽物を数百体と本体を踏み潰し、地面と一体化させて終わり。
雑魚とはいっても10回は死んだ。
その百倍は踏み均し、綺麗に整った地盤は観光地にした。
リムちゃんに会ったのは、この次だったと記憶してる。
魔物を生み出し続けるユグドラシルのレアな魔物と聞いていた。
大昔に国を幾つか滅ぼしたとも情報にあったが、どんな魔物かと思えば可愛いの一言。
踏み殺すにはしのびなくて挨拶だけにしといたけど色々と達観していた。
手を出さなければ温厚なタイプと判断。対話も可能。そして可愛い。癒しを得た。
倒さずに残しておいた方が新たに同種も生まれないようなので、
この手の類は友好的にしたほうが益になると神様に伝えたが
納得がいかないようで、あれこれ言ってきたが無視した。
その後、勝手に聖都の騎士団がリムの居城へ攻め入った。
私の私物から貴重なマジックアイテムも幾つか持ち出された形跡あり。
騎士団は全滅と聞いている。装備を全部無駄にされた。
どれもこれも今のご世代、国宝となり得る価値を持つモノばかりだったというのに。
神は直接干渉しない筈だが、何かしらの餌を吊り下げ彼等を誘導したのかもしれない。
教会の上層部共を呼びつけ理由を聞いたが誰も語らず。
怒りをぶつける矛先を誰にも向けられない。
しかしあの数の騎士団を全て葬るとは、流石はランクAの魔物なだけはある。
ちなみにランクAに分けられる魔物の定義。
そもそもに人間側が戦いにすらならないレベルで圧倒される。
そんな魔物に対して付けられる評価。
ダメージが全然通らない。
攻撃を防ぐ手立てが一切無い。
視界内に入るだけで人間側が終了。
数で攻め入ってもその全てが寝返る。
ほんの数時で万を超える軍勢を生み出す等。
ざっと例を挙げたがそんなレベルだ。
対抗する為の武器や能力が全く無い訳ではないが、
敵対するとなれば相応の犠牲を伴う事は間違いない。
かのアスピクもランクAに分類されし魔物の一つであったが、
それと同等のランクに分けられるユグドラシルの魔物もまた規格外の異常な魔物達。
そんな相手に聖都に巣食う虫共は喧嘩を売ったのだ。
案の定。怒りを買ったらしく、その後も聖都に魔物を送り続けるようになった。
自業自得だし自分の所為でもあるので干渉はしない。
神様が焚き付けてきたが言う事を聞くつもりは毛頭無い。
魔王扱いされてしまったリムには謝罪の手紙を送っておいたが効果無し。
その後、直接会おうにも姿は見せず。
気晴らしに襲ってきたゴーレムを大地に踏み固めておいた。
部屋の内装は良い趣味をしていたと思う。
お土産に対になってた面白い形のティーカップを一つ持ち帰った。
使ってないけど大事に自室に飾ってある。
蛇と蜂の組み合わせが謎だったけど絵柄はプリティー。
神様には会いに行ったけどリムはいなかった。それを納得させる口実にもなった。
大切なモノだったら謝るつもりだったけれど。
そもそもに何度会いに行ってもリムちゃんには会えない。
数年後。他のユグドラシル種も発見。二匹揃ってた。
どうやらこの種族は姿だけは可愛く揃っているらしい。
他の魔王共に比べて見た目通り、随分と臆病な性格のようだ。
だがこれでもランクAに分類される能力は持っている魔物だ。
言葉が通じたので手加減して何度も踏み付けた。
泣き顔が続き、ぐしゃぐしゃの顔になるまで観察。
十分堪能した後に交渉を開始。
魔物を増やさねば生かしておいてやる。
それであっさりと屈し、その後も定期的に会いに行って毎回虐めてしまう。
皮肉な話だがランクAの魔物故に戦いにもならなかった訳だ。
別に弱い訳でもなかったが、まあ相応の強さは備わっていたと思う。
同じランクがAでも、姿を一切見せずに魔物を聖都に送り続けるリムのような存在が一番厄介。
自分一人では対抗策が無い。自分以外を向かわせれば即落ち眷属化。
何度も会って話がしたく、リムの居城へ忍び込むが時間も無限ではない。
相変わらずにリムは姿を消す。空間を歪曲しての潜入は全て察知される模様。
スキルを使用せずの潜入も斥候系の魔物が多く壁が厚い。
個人的に付き合うには時間が圧倒的に足りない。
聖都に縛られ続けて自分自身の自由な時間は殆どないのだから。
お陰で暇だ。憂さ晴らしをする相手がいない。
その辺で粋がってる魔物が知恵をつけて魔王を名乗りを挙げたて来たら潰そう。
何年か後。豚顔の魔王が誕生したみたいだ。
小国が一つ滅亡したようだった。良い口実が出来た。
興味が無いので覚えてないが、1度は殺されたと思う。
物理的な相手ならアスピクの方が上だった。
無駄に話に耳を貸す分、楽に踏み殺せた。
ついでに沸いて出たトカゲの王も一度殺されてやってから
その後に沼地ごと踏み均した。地形が変わったが毎度の事なので諦めた。
しかし、こんな奴等を魔王クラスとか誰が決めたのか。
アスピクに比べれば普通に死ぬから問題無い魔物ばかり。
本来なら私が出張らずに他に任せれば良いのだが魔王が誕生する度。
死人が万単位で出ている訳で手早く対処する必要がある。
こんな世界で良くもまあ人間側が繁栄出来るものだ。
人間側にも魔王をなんとか対処可能な勇者が現れれば良いのだが。
どいつもこいつも揃ってヘタレてる。
国を作るのも別に良いのだが孤立する物も多く
自分達だけでは守れないというのに私を頼りにされても困る。
とりあえず平和な日々が続いた。数十年ぐらい。
魔王を倒した後には暫く平和が訪れるってね。
リムの影も薄くなってきた。
依然として魔物を送り続けてはくるものの、それだけだ。
予言を律儀に妨害する可愛い嫌がらせは相変わらず。
抜き打ちで会いに行っても姿は見せない。
生活感は残っている。
一人の人間が生活しているような後が残っているのに。
何度訪問しても何度呼んでも何度ノックしても会えない。
腹いせに豚魔王よりも強かったゴーレムを大地に踏み固めた。
また一段と嫌われたかもしれないがリムの自室らしき場所で置手紙を発見する。
家にやってきて勝手に死ぬ冒険者がウザイ。なんとかしろ。
要約すればそんな内容だ。
リムとの対話には、まだ望みは残っていた。
出来る事は少なかったが何もしないよりはマシ。
幾つかの条約を結び、冒険者ギルドに徹底させるよう申し付けた。
全部置手紙でのやりとりだったけれど。交流が少しだけ出来た。
そんな苦労を得て出来た条約も守らない冒険者も多数出ているが
少しはマシになったとリムは伝えてきた。
しかし、自分が通うたびに堅牢になっていく要塞を家というリム。
自分には姿すら見せないというのに。
しかしその後はリムから意図的に魔物を送られる事は無くなった。
大きな進展だが神様に交流がバレた。今後の外出を厳しく制限される。
門限所か目的を告げ許可がおりねば外出すら不可能だ。
軟禁状態だが、それ以外は至って平和な日々が続く。
そんな平和な日々は長く続いたのか聖都も堕落していた。
各国の関係や秩序が打ち壊されたと情報が舞い込む。
魔人の中でも特に強い力を持った者が現れたが故の混乱から起きた話だという。
久しぶりに神様から聖都から離れる許可を貰ったので思うが儘に観光した。
アスピクが暴れた後に比べれば大分復興したものだ。
多少問題が発生し、荒れているが。それを差し引いても良い復興状態だ。
建前ほどほどの観光を終え、中々に本筋の魔人が見つからないと思えば少女姿だった。
意気投合してぶつかりあう。意図的に踏み殺せなかったのは初めてだ。
可愛い顔をしていたので少々手加減してしまったのかもしれない。逃げられた。
相手側も女神なんて呼ばれる自分を奴隷にしたいと手加減していたようだった。
その後、例の神様に何故か怒られた。
あのちんまい魔王を殺さなかった事を怒っていたようだ。
確かにアレの所業は人間側を敵に回しているが。
逃げられたのだ。逃がしたともいうけど。
どうやら私が一度も死なずに戻った事に不信感を抱いたらしい。
自殺してでも追い詰めろ? ふざけるな。
魔王の討伐は全て神様の命令で一応は動いていたが
なんとなく全てに飽きていた自分は決意を抱く。
あの大樹が表れる数日前。私は神を踏み殺した。
アレのお陰で私は何千と死んだのだ。
一度ぐらい殺しても良いじゃない?
「ねえ。リムちゃん?」
リムがそこまで内容を語ったその時。
不意にどこからか声が聞こえた。
「んあ?」
アスピクという強大な気配を前に感覚がマヒしていが故に
完全なる意識の外から聞こえた声にリムの口から変な声が漏れた。
「イィィィィーーーーヤッホィ!」
奇声とも似た声に反応出来た者はこの場にどれだけいたのだろうか。
あまりに突然の不意打ち。
隕石さながらの速度で上空より迫りくるソレを目撃したものはいたのだろうか?
ズドガァーーーン!
ソレはアスピクを中心に着弾し、巨大なクレーターが出来上がった。
リムのみは咄嗟の事態に対応し、衝撃の外へゆるりと逃げる事が出来たが。
その他のモブ共は宙を舞い、無様にも頭からの立地となった。
ハイエルフのみ微動だにせず、その衝撃を受けて髪の毛が逆立つ程度で済まされた。
「クレリア見参!」
アスピクの頭頂部を足場に乱入者はそう名乗った。
クレリアと言えば聖都で女神と称される者の名前と同一である。
しかし目の前に現れたこのクレリアという者。
女神というには普通過ぎた。
美形である。美人であるといえばその類に分類されるであろう容姿をしているが。
所謂ただの人間である。
この場に居合わせるハイエルフとその女性を見比べるのであれば
女神を呼べるのはこの様な状況下でも
可愛げのあるモブ達に手を差し伸べて戯れるその姿。
後光がさして見えるハイエルフと誰もが答えるだろう。
しかしながら、強大な魔力の影響を受けたこの領域で普通の人間は生きられぬ。
魔物が犇めく森の中でただの人間は生き抜けぬ。
故に目の前のこの人間の女性であろう者が常人でない事は確か。
だが、それ以前に魔物達は知っていた。
その者と面識があったのだから当然である。
彼女はまごうことなく聖都にて女神を演じるクレリアその者であると。
「げえっ…! 女神!」ぷるるるんっ
「どういう事なの…?」
「マジ? やっぱり頭おかしいわコイツ。」
「あら? ヨルンちゃんのお友達が増えました?」
「プペー?」
予想外の来訪者を前に各々の反応は様々だったが一名足りないモノがいる。
アスピクである。蛇の王であり魔王として恐れられたソレは今。
女神であるクレリアの登場により、踏み付けられ地面と一体化していた。
見事に埋め込まれたアスピクの頭より金色のスライムがどろりとうねる。
状況を一切理解していないスライムはその場より離脱。
同じスライムであるモブキャラのサプはそれを暖かく迎えいれるが
金色のスライムへ触れると同時に弾かれたように上空へ舞い上がる。
その様子は彼等にとっては日常となっていたが
来訪者であるクレリアにとっては珍しい光景だったのだろう。
呆けた顔で唖然とその様子を見ていた。
そして、少し遅れてアスピクが復帰する。
地鳴りを引き起こし。
大地を破砕し。
地表へ飛び出そうと足掻くが。
ドズガァーーーン!
クレリアは再び大地を踏み均す。
人間一人が生み出したと思えぬ程の轟音を立て。
アスピクは再度大地へ埋め込まれる。
アスピクが足掻く。
クレリアが踏み均す。
蛇王が足掻く。
人間が踏み均す。
魔王が足掻く。
女神が踏み均す。
身に覚えのある光景にモブ達は恐怖に身を震わせる。
ハイエルフは、ぼけーっとそんな光景を見続けていた。
リムはやっぱり頭おかしいわあの女神…と、それを口癖のようにまた呟いた。
そんな呟きがクレリアに届いたのか。
辺りを支配していた異常な音が一旦止む。
「頭がおかしいだなんて…あんまりじゃない?」
「こんだけの魔物が揃ってるのに余裕なアンタ…異常だと思わないの?」
リムの言う。こんだけの魔物。
この場には合計4体のランクAの魔物が居座っていた。
モブ達と称される2匹も一応はランクAと分類されし魔物ではあるのだ。
しかし何も知らない者が見れば可愛げのある魔物が3体。
ついでにハイエルフが一人。戯れているようにしか見えない図であるともとれる。
そしてアスピクは再び踏み付けられ続けている。
断続的に大音量の衝撃波が木霊していた。
これだけは誰が見ても異常な光景であると理解できるだろう。
「別に。そこのハイエルフだって余裕してるじゃん?」
「ああ…いや。この子はなんというか。」
踏み付け続ける当人はリムを一蹴。
ハイエルフを引き合いに出され見比べるも言葉に詰まる。
確かに横に居座るハイエルフも異常であると言えば異常であるのだが。
目の前で平然と行われている行為と比べれば異常の質は違うのだ。
「それより、アスピクの事を足蹴に平然としてるアンタなんなのよ…」
「割と必死よ? 踏んでも死なない相手なんて数えるぐらいしかいないし。」
女神は必死と言う。目の前で行われている行為が必死で行われているというのなら。
多少は滑稽であるともとれるだろう。
しかし地形が変わる程の踏み付け。
轟音を伴う衝撃を何度も何度も繰り返す様は滑稽で済ませるには収まらない。
「まあ良いわ。続けるならこっちも妨害するだけよ。」
「へぇ。臆病者のリムちゃんにしては攻撃的~?」
既に戦闘フォルムへと変貌していた臆病者と呼ばれたリムは挑発には応じない。
冷静な思考をもって眼前の敵と認識したクレリアへと己の最高の武器である針を向けた。
「当り前よ。アンタをひっ捕まえてヨルンちゃん返して貰わなくちゃならないし。」
「そのヨルンちゃん…だっけ?
あのユグドラシルなティアのアレの事?。
手を出さなければ交渉の余地は残すけど?」
物怖じもせずに正面からそれを見据えるクレリア。
女神の手札はリムとの交流が深いと思われる
同じユグドラシルの魔物であるティアだった。
ソレが女神に捕らえられているとリムは確信している。
故に針をおろし一旦の戦闘行為は先送りにとリムは判断した。
「チッ…そういう使い道をするか。」
「やっぱり話が通じる子ねぇ。
てか、ようやく話す事が出来てる?
長かったわぁ…日記見てくれたんでしょ?
少しぐらい思いは通じた?」
悔し気にクレリアを睨み付けるリムの目付きは相変わらずに悪い。
しかしクレリアはそんな様子を見て顔を赤らめるばかり。
女神にとってはリムとの対話は娯楽の一つとして全て受け止められるようだ。
そんな様子を過去の経験より
前々から感じ取っていたリムは口癖であるソレを再度言葉に出す。
「改めて頭がおかしいって思ったわ。」
リムはクレリアが苦手だった。
女神が向けてくる感情が敵対心ではなく
愛でる方向に向いているが故に苦手だった。
勿論。お互いに本気で戦闘となり不覚を取ったとなれば殺されるだろう者同士だが。
幾ら挑発しても敵意を持って接してこないクレリアを前に。
リムは答えの出ない演算を繰り返し。
結果、得体のしれない恐怖だけが湧き上がり、避け続ける事になっていた。
対するクレリアはチャンスをモノにしたと意識はリムに向く。
アスピクを前に消沈していた目をリムとの対話で凛々と輝かせているが
続かぬ対話に業を煮やしクレリアは口を開く。
「他には?」
「まあ…アレよ」
続く沈黙。轟音だけが響き続ける奇妙な沈黙の中。
リムは意を決した。もう、どうにでもなれと。
「何がしたいのよアンタ? 話しぐらいだったら聞いたげるけど」
「よしっ…後でゆっくりお話しでもしましょ」
一段と力を増したクレリアの踏みつけが地面を打ち砕く。
そして文字通り足場は砕かれ消失。
それによりクレリアはバランスを崩し多少よろめいた。
しかし足場が無いにも関わらずクレリアは空中でその体を持ち直した。
眼下に広がる大穴。底が見えない程の闇に包まれた穴が異様な存在感を持って現れた。
瞬き一つ程度の一瞬で広がったその大穴はクレリアが空けたものではない。
ソレはアスピクが地面を掘り進んだ故に出来た大穴だった。
大穴の上空で仁王立をするクレリア。
足場のなくなった空中にて停滞する人間。
これもまた異様な光景であったが元々が異様な存在であったが為に
この場にいる誰もが疑問に思わなかった。
ハイエルフに至ってはその場で真似をし始めた。
モブ達はそれを見て自分達も真似しようと試み無様にも大穴へ落下した。
仕方無しに救出活動を行うハイエルフとリム達を横目にクレリアはアスピクを探す。
だがその必要もなく、モブ達を吹き飛ばしつつ、岩石の散弾が女神を襲う。
アスピクは正面から現れた。
勢いを付け土砂すら纏わず、凄まじい速度で大地より打ち出される様は、
大矢の如しにクレリアへ一直線に向かう。
飛び散る岩石以上の速度を持って突き進む矢の勢いは衰える所か急加速までする始末だ。
威力の程は巻き込まれたAランクの魔物が高速で回転しながら、
上空高く星となる勢いで吹き飛ばされた事により相当なモノだと推測される。
しかしクレリアは一呼吸。
「どっ…っせいやぁ!!!」
気合を込めた恫喝と共に両足でアスピクを踏みつける。
斜め45度の射出角度を90度変換しアスピクは勢いそのままに地面へ激突。
地形が変わる程の衝撃で大地が噴火。
衝撃の余波にて熱を持った土砂は溶岩の如しに周囲へ溢れ草木を焼き尽くしている。
クレリアも無傷では済まなかった。
激突の衝撃に耐えきれなかった装備は半壊。
無傷な部分等見当たらない程度に服は破れ。靴は砕け散った。
しかしエロスは微塵も感じられないのは女神ゆえの力か、はたまた別の理由か。
轟音が止んで間もなくアスピクという弾丸が直撃した大地より、
鎌首を持ち上げる巨大な影がゆるりと曲線を描いて現れた。
クレリアも辛うじて戦闘の影響を免れた大地へ立地する。
仕切り直しである。
アスピクは無傷であった。ノーダメージである。
被害を受けたのは大地という足場。
そしてクレリアの纏う装備のみ。
沈黙が続いた。
大樹の元で互いに見合い続ける様をみて、
告白タイムが始まるものかとハイエルフは見守っていた。
上空に舞い上げられたモブ達が沈黙の中で大地へ帰還。
良い音を鳴らしつつ、大地を削ったモブ達が引き金になったのか。
大地を揺るがす重苦しい声が響く。
「久しいなクレリアよ。我は待ち焦がれたぞ!
今一度貴様とやりあえるこの時を!」
「私はイヤ。全然昔と違うし。悠長に喋ってるし。気持ち悪い」
「連れない事を言うな。100年以上も我は待ったのだぞ?
しかし気持ち悪いとはなんだ? 我を食べる気か?」
「誰が食うか! というか意味通じてんの? 訳が分からん」
「ヨルンの奴は気持ち悪いと言いながら他の魔物を食ってたからな!」
今更ながらに補完しよう。
アスピクの知識は友と呼ぶヨルンの影響による面が大きい。
故に、言葉の意味を違える事が稀に良くある。
気持ち悪いの一言でもアスピクにとっては
ヨルンが戦闘行為によりモザイク必須の状態となった魔物を食べる時に。
気持ち悪い…と呟いていた。
その言葉を違えて、食べる時に使う言葉か!
そう今回は間違えていたようだ。
月日を重ねれば、そのような間違いも徐々に修正されていく事だろう。
だがそんな説明もクレリアには不要。
何かを察したかのように思考からさっくり切り捨てる。
「まあ…いいか。それで何。ヨルンって? リムちゃんも言ってたけど」
「なんだ知らんのか。ユグドラシル・ティアとなった我が友の名前だ。
始祖竜が名付け親だったがな。
我も一緒に決めてやったのだが結局向こうの名を選ばれたわ!」
忌々しげにアスピクは声を荒げた。
どうやら名付け親となれなかった事に不満があったようだ。
しかしこの場にいる者がその情景を知る訳でもなし。
そんなアスピクの発言に気になる所があったクレリアは問い返す。
「はあ? 始祖竜? そういえばそんなのいたっけ。…で? どういう関係?」
「あ奴等は。親子だ。守護者がそう言っていた!」
相変わらずにアスピクは誤解しているようだが。
一応間違いでもない所がなんとも奇妙だった。
そんな言葉を聞いてクレリアは動揺を見せる。
「………ねえ? 本当なの?」
「無論だ! ちなみに我の子でもある。らしいぞ!」
続く言葉を聞いたクレリアは暫く独り言のように何かを呟いた。
人が変わったかようにぼそぼそと続ける様子を目の当たりにした他の面々は各々が疑問を抱く。
ハイエルフ以外はその始祖竜がどのような存在なのか知っているが故に、
アスピクの発言で消沈してしまったのかと主に推測された。
続く沈黙の中、モブ達は顔を見合わせるばかり。そしてハイエルフに撫でられる。
そんな中でアスピクが業を煮やし、面と向かい馬鹿デカイ声で恫喝した。
「どうした。はっきりと言うがよい! 答えてやるぞ?」
「アンタに言ってる訳じゃない。ちょっと待って。
じゃなくて、アンタ雄なの? 雌なの? むしろ始祖竜と…でもなくて。
あー。混乱する! 話通じるなら一旦休戦でいい?」
「我は構わんが。どうした。そんなに気になるのか? ん? んん?」
ほんのり腐った妄想の混じる思考を始めた女神は混乱の極みに達した。
停戦を申し出てて気持ちの整理を付けようとする。
そしてアスピクは快く受け入れたが
殴りたくなるような笑みを浮かべ素の状態で挑発行為を行った。
作為を持った意図的な行動ではないがクレリアへ火をつけるには十分な行動。
ズドグォーーーン!
世界の理が歪む程の力が籠ったドロップキックがアスピクの眉間に炸裂した。
衝撃の余波に巻き込まれたモブ達は地面を転がり大樹へと突き刺さる。
ハイエルフが救出活動へ向かい力任せに引き抜いた。
モブ達は親に寄り添う子供の様にハイエルフに寄り添った。
そしてリムは全体の様子を静かに何かを諦めたかのように観察していた。
やっぱり頭おかしいわアイツ等…
リムのその口癖はアスピクにまで向けられた。
今…目の前で繰り広げられる争いが単純なぶつかり合い。
分かりやすく。干渉し難い状態が故に。リムに余裕が現れ始めた。
あの程度なら対処出来ない事もない戦いだと理解したからだ。
「それにしても…守護者がどうとか」
そしてリムは疑問に思った。
ヨルンの持つ守護者とやらと自分は直接話した事がある。
アスピクもまたその守護者と話した事があるだろうというのは自然な事だ。
しかし…アスピクが知る、ヨルンの持つ守護者の情報というのは。
対話も出来ない、今の時点で得られる情報が混じってる?
リムの疑問は解消されぬままに事態は動く。
絶え間なく続いてた轟音が止んでいる。
数十メートル級な体躯を持つアスピクの体当たり。
方や見た目が平凡な人間である女神と呼ばれたクレリアの踏みつけ。
なんとも奇妙な構図であったが
この世界において並ぶものが少ない高次元な戦いであるのは確か。
大地は削れ。草木は焼失し。空はその色をどす黒く変えている。
一体どこをどうすれば、単純なぶつかり合いのみでこんな現象が起きるのか。
全くもって不思議だが、眼前でそれが引き起こされているのだから認めるしかない。
別次元な戦いだった。
この場に集う魔物達の知識の中でもこのような戦い等、一切覚えがなかった。
「千日手ね。本気で踏みつけてる筈なんだけど」
「我の体当たりを此処まで耐え抜くとは! やるではないか!」
息も切らさず互いにダメージを受けた様子はない。
しかし周囲の地形を見渡せば辺りは一面別世界。
大樹の元で繰り広げられた戦闘の傷跡は
魔界といっても差し支えのない程に混沌としていた。
「今度こそ休戦。少し話でもしない?」
「うむ。賛成だ。地形が持たん!」
やがて二人の間には奇妙な友情が芽生える。
アスピクの考える聖都攻略等、クレリアと戦う為だけに考えていた事。
特にそれ以外に何も考えていなかったが故。
目の前にクレリアが現れた事でアスピクは満足していた。
さらに全力でぶつかり続けた事で気が付いた。
アスピクの女神像が思い描いていた女神と全く違った事に。
そのお陰によって、その他全ての事を忘れてしまったようだ。
つまり聖都の意向により生まれ落ちては殺され続けた女神への憎しみは消化し。
ただただ、暴虐無人に振る舞うだけの迷惑な魔物へと変貌したのだ。
蛇王と女神は平和的でもない対話を始めようと大樹を前に腰を据えた。
その刹那。空間一帯が震えた。
ピュウゴォオォウ!!!
この世のモノとは思えない轟音が鳴り響く。それは唐突だった。
アスピクとクレリアがこの場にいる全ての面々の視界より消えた。
代わりに彼等の目に映ったその姿はアスピクよりもさらに強大な巨躯。
一目見て誰もが思った。ドラゴン? 始祖竜? どうしてココに?
その始祖竜の強靭な前足の下。
アスピクとクレリアが押さえつけられていた。
常人ならあの巨体が伸し掛かっただけで即死であろう。
しかし蛇王も女神も並ではない。
死にはしなかったものの。
明らかなるダメージを受けている素振りが見受けられた。
「キサマ等…我ノ背デ…好キ勝手暴レヲッテ…」
その怒りの混じる声に、この場にいる全ての者が畏怖した。
ユグドラシルの魔物達でさえ。突然目の前に舞い降りた始祖竜を前に竦むばかり。
その言葉の意味を感じ取れたものは誰もいなかったが始祖竜は続ける。
「ヤリアウナラダケナラ…勝手ニヤレバ良イガ」
ギリギリギリッ…と始祖竜の爪の下。
持ち上げるかのように押さえつけられた両名が動く。
しかしアリの一歩にも及ばず持ち上がらない。
「コノ惨状ヲ広ゲルノデアレバ…私ガ相手ニ。ナルゾ?」
ズシンッ…と大地が凹む。
アスピクとクレリアは諦めずに足掻くも力の差は歴然としていた。
グリグリと爪で大地の下にそれ等を埋め込む作業を始祖竜は繰り返し。
見かねたリムが声を掛けた。
「アナタが始祖竜?」
この場に直接、始祖竜と対面した経験がある者はアスピク以外に誰もいない。
故に皆が目の前にいるこのドラゴンが始祖竜であると推測する。
モブ達はハイエルフの後ろに隠れコソコソ様子を伺っているが
流石のエレナも始祖竜を前に恐怖の感情が込みあげ。
モブ達をその両手に締め上げ始めてしまう。
そして続く始祖竜の返答により
力の籠った抱擁に胴体があらぬ方向に曲がってしまった
モブがいるが直に再生するので問題は無い。
「ソウダガ。オマエは確カ…」
「リムよ。こうして始祖竜を目の当たりに出来るなんて。僥倖…なのかしら?」
そんな中、物怖じせずに対話を開始するリムはモブ達とは格が違った。
状況を理解するべく歩み寄るリム。
その目には足元に埋もれるアスピクの姿がある。
「ウム。眠リニツイテタ所デ、騒ガシカッタノデナ。タダノ憂サ晴ラシダ」
「それは…申し訳ありませんでした」
始祖竜の言葉にリムは頭を下げ心からの謝罪を述べる。
アスピクと女神を同時に足蹴にする始祖竜を前に迂闊な事は出来ない。
リムは考えるが。割と絶望的でもない状況だという事にはすぐに気が付いた。
「ヨイ。キニスルナ。姿ヲ現シテ詫びルノハ私ノ方ダ」
「しかし…このような状況を作り出してしまった
私達の所為でこんな事になってしまい」
始祖竜はそう言うものの。建前上の姿勢は崩さずリムは下手に出る。
背後では緊張に耐えかねたモブのスライムがハイエルフの服を溶かし始めた。
服だけを溶かすスライム。そんな都合の良い能力を持つスライムは。
その行動が認知された瞬間弾かれたように上空へ射出された。
彼にとって日常であるかのように当たり前の如く空を飛ぶ。
しかし今回に限っては金色のスライムが追撃のラッシュを仕掛け
森の奥深く、闇へと消えていった。
そんなやり取りを横目に始祖竜は続けた。
「リム。ダッタカ? 何カ聞キタソウナ顔ヲシテオルナ?」
「はい。色々とお話を伺いたい所ですが…一つだけ」
木々が倒れる音が木霊する。
止んでいた魔物の鳴き声が聞こえてくる。
活性化を始めた魔物達が森に消えていったスライム達を襲い始めたのだろう。
それは主にランクAの魔物であるモブスライムの能力であるのだが
別にモブの能力なので語る必要はない。ただの賑やかしの一環である。
モブ達は雑に扱われるのが常なのだから。
「察スル所。ヨルンの事カ?」
「そうです。度々話に出て気になっていたもので…」
そんなモブ達が引き起こす喧騒の中。
始祖竜との対話は問題無く行われる。
内容は蛇の魔物であるヨルンの事についてだった。
「…一応ハ。我ガ子。トウイウ事ニハ、ナルカ」
「マジで。本当だった。あ。いや。ありがとうございます」
そしてリムの望む答えはあっさりと返ってくる。
ついつい素で返答してしまう所がこういう対話に慣れていない証拠である。
300年の時を生き抜いたとはいえ。
リムは他者との対話など、格下としかした事が無いのだから。
折角なので語るとするが。主にリムはソロでの活動が主体だった。
圧倒的な反応速度を持ってしまったが故に付いてこられる者は少なく。
本来なら優秀である筈の配下達もアイテム代わり。
雑用を行わせるだけの存在であり。
自らも旅路は一人が楽であると
この世界に生まれ落ちてから延々のぼっちであった。
そしてクレリアが言うようにリムは臆病者であり
危険があれば基本的に逃げの一手を選ぶ性格だった。
そんな中で交流を持ったユグドラシル・ティアという魔物との一時は、
性格的な問題でリムの口から語られる事は特にない。今後も機会は無いだろう。
そう、リムは実の所。対話は苦手な部類なのだ。
「ウム。カマワン。
リムよ。世界樹カラノ評価は最上位ダ。奢ラズ精進スルノダナ」
「はい。ありがとうございます。それで…そろそろ。足元のソレを」
「オット。ソウダッタ。。。」
こうして望む答えを得られたリムはアスピクの解放を願った。
始祖竜の足元を指さし訴える。
始祖竜はそれを忘れていたかのように気が付いた。
どうしたものかと首を傾げるドラゴンがいたが。
誰も助言するものはいなかった。
そして暫く考え込んだ始祖竜はゆっくりと口を開いた。
「アスピクよ。戦ウナラ…
ヨルンカラ場ヲ作ッテ貰エ。煩クテカナワン」
助言の後にアスピクは解放された。
いそいそと穴から這い出るアスピクの威厳は地に落ちた。
再生ヴィランはどれだけ強化されようとも漫画の1コマで瞬殺される事がある。
状況が状況ならばアスピクでさえも、そのような運命をたどる事にもなり得るのだ。
「女神モダ…キサマ等ガ本気デ暴レタラドウナルカ。理解シタ。
コレ以上続ケルナラ。互イニ滅スル。覚悟スルコトダ」
続けて女神もドラゴンの足の下より開放される。
クレリアには初めての経験であっただろう。
逆に踏み付けられる事の恐怖をその身に刻み込まれ。
ボロ切れを纏った姿で穴より這い出る様は敗者の姿だった。
アスピクもクレリアも納得のいかない顔をしていたが。
親を前にした子供の様に始祖竜の眼前で互いに正座をする。
アスピクは蛇であるので蜷局を巻くように鎮座している。
喧嘩両成敗を行った始祖竜は場が落ち着いた後に重苦しく口を開く。
「フム。ソウイエバ。オマエは聖都デノ女神ダッタナ。クレリアよ」
「うっ…何?」
巨大な魔王と小さな女神が隣同士で並んでいる奇妙な光景の中。
始祖竜は女神を名指し話をする。
「聖都ガ綺麗サッパリ無クナッテイルヨウダガ…ナニガアッタ?」
「ハァ? 何言ってんの?」
始祖竜の口からはあっさりと聖都が無くなったと言い渡された。
今この時。確かに聖都は文字通りに無くなっていた。
蛇の魔物であるヨルンと。女神の残した箱庭の効果により消え失せたのだ。
クレリアにはそれを知る術がなかったが目の前で圧倒的な存在感を誇る始祖竜が言うのだ。
思う所はあるらしく、クレリアは焦燥する。
しかし流石に、それは信じられないと確認するべく聖都に戻る意思を固めるが。
続く始祖竜の言葉により女神はさらに耳を疑った。
「干渉スル気ハ無カッタガ…
神ガイナクナリ枷モナクナッタ事ダ。誰モ文句ハ言ウマイ」
「えっ…それって。つまりー」
「オマエノオ陰ダ。クレリアよ。私ハ少ナイナガラモ自由ヲ得タ」
「ど…どういたしまして?」
女神の日記とやらには神を踏み殺したとの一文があった。
それは当の女神の様子と始祖竜の発言により真実なのだろうと
日記を読み解いた者は納得した。
それが何を意味するのか真なる意味を理解する者は少ないだろう。
そもそもに神という存在を認識出来ているものはこの場においても少ないのだから。
少なくても、女神と呼ばれるクレリアと始祖竜は神の存在を知っている事は明らかだ。
彼等の話を聞いてリムは考察した。
もしも自分が神の声を聞けるようなスキルを得ていたのなら。
その存在を知る事が出来ていたのだろうかと。
そして聖都の事などはどうでもよいと、始祖竜の話は続く。
「何モ知ラヌヨウダシ。ハナシテオカネバ…ナルマイ。
クレリアよ。今後ニツイテダ。ヨルンの話モシテヤロウ」
「ふぁ…ふぁい。。。」
きっちりと正座したクレリアは始祖竜を真っ直ぐに見る。
生徒と先生の関係とも似た何かが完成した。
どうやら話は長くなるようだ。
始祖竜は一度話を始めると止まらない性格をしているらしい。
やがてアスピクは寝息を立てて居眠りを始めた。
リムはクレリアの横に立ち。話を聞き始める。
当のクレリアは聖都が気になるが始祖竜を無視出来ずに貼り付け状態となった。
いつの間にか戻ってきていたモブ達はハイエルフと戯れている。
そんな中、金色のスライムだけはお腹が空いたので気ままに散策を始めた。
空を見上げれば青空と闇夜の境界がくっきりと残されている。
スライムは疑問に思うがそれだけだ。
辺りに犇めく魔物は最早敵ではなかった。
アンデッドな魔物が多く見受けられ同種であれど見境なく戦闘行為を行っている。
それ等は外見的な問題もありで食欲は沸かず
何か良いものは無いかと探すものの目ぼしい物は見当たらず。
仕方がないので満足行くまで散策し。
大樹の傍にいるであろうアスピクの元へ向かうと丁度話を終えた所だったようだ。
アスピクは白目をむいた生首だけを晒し胴体は地中へ埋まっていた。
ハイエルフとモブ達はトーテム状となりて重なっていた。
クレリアは既にいなかった。
始祖竜とやらは大樹で爪研ぎのような事をしている。
後は誰だったか。
少し考えて。そうだあの蜂娘だ。
そう思い辺りを見渡すもやはり発見できず。
蜂蜜を貰うのをスライムは諦めてアスピクの頭部に張り付くのだった。
(蜂蜜食べた後だとこっちは不味ぃ…)
アスピクの頭皮は薄くなる。
それが刺激となり意識をほんのり取り戻し。
虚ろな意識の中でアスピクは思う。
難しい話は分からん!…と。
こうしてアスピクは単純な思考で考える。
ヨルンが聖都を消し去った。
クレリアが確認に向かった。
神は死んだとかどうとか言ってた。
始祖竜はなんか少しだけ自由になったと喜んでいた。
他にも色々と言っていたようだが覚えておらん。
ふむ。ヨルンの奴は聖都に行っていたのか。
アスピクはさらに考える。
つまり女神と会う訳だ。
始祖竜も戦うならヨルンに頼めと言っていた。
これは楽しくなるやもしれん!
気力を取り戻したアスピクは大地より競り上がる。
金色のスライムは王冠となりてアスピクの頭部へ鎮座する。
「ユミルよー!」
蛇王の威厳を取り戻さんが為。
アスピクは全力で始祖竜へ体当たりを行った。
ドズズズズーン!
凄まじい轟音と衝撃。
始祖竜の頭部は大樹へとめり込んだ。
完全に不意を突かれる形となった始祖竜だがそれで参る訳ではない。
頭部が完全にハマり、状況的に見れば滑稽で無意味に破壊力抜群の尻尾を振り回す。
始祖竜としても大樹を壊したくないが為に慎重にならざるを得ないらしく。
強引に頭を引き抜くことを躊躇していた。
体が小さければそんな様子も可愛くもみえたかもしれない。
「今のは我を足蹴にしたお返しだ!」
そんな始祖竜の尾をアスピクは力任せに巻き付いて引っ張りあげた。
体全体を用い、蛇としての体を存分に発揮。そして始祖竜の体躯が浮いた。
重さにしてどの程度の重量があるのか定かではないがアスピクに比べれば
さらにその上をいく重量であると推測されるその体を
力任せに大樹よりゴリ押し、引き抜き、そして投げ飛ばしたのだ。
「ユミルよ! 我はヨルンに会いに行くぞ!
クレリアともまたやりあうかもしれんが。構わんだろう?」
「スキニシロ…私ハ寝ル。。。」
始祖竜は諦め交じりにアスピクを放置した。
アスピクは始祖竜がだらしなく寝転がり続ける様をみて満足した。
周りの魔物達はそんな光景に畏怖し、再度アスピクを認め直す。
モブ達に選べるは選択肢は少なかったがアスピクに付き従うのは変わらなかった。
周囲を確認したアスピクは気が付いた。
リムの姿が見当たらないではないか。
その事についてアスピクはモブ達に問うた。
「リムなら、先に聖都へ向かいました。」
「そうか、我が聖都に向かう前に斥候となったのだな!
どれ我等も続くぞ! 消えたという聖都とやら。この眼で確認してくれるわ!」
こうしてアスピクは聖都へ向かう事を決めた。
その頭部で王冠がきらめく時。
相変わらずに頭皮が薄くなるものの。
その頭部は日々癒され強化され続けている。
アスピクはロングヘアーとも似た頭部を形成していた。
いずれ収拾が付かなくなる事だろう。
しかし誰が気にする訳でもなくアスピク自身も思う所は何もない。
故に邪魔にならなければ良いのだ。
アスピクは咆える。
意味もなく咆え、聖都へ向かう。
移動方法は徒歩だ。
何日かかるか分かったものではないがそれ以外に方法がない。
アスピクだけなら空でも飛んでひとっとびであるが
仲間がいるのでそうもいかない。
モブ達は足が遅いという弱点を背負っていたのだ。
一時間程度進んだ辺りで飽きたアスピクはクレリアが空間を歪曲させ移動していた事を思い出す。
配下であるモブ達に方法を聞くも彼ら自身も使えぬスキルであり無論分かる訳でもなし。
しかしアスピクは諦めない。
無理を通せば道理が引っ込む。
彼の友であるヨルンが何の気なしに使っていた言葉だがアスピクは気に入っていた。
ヨルンが使えるのであればアスピクが使えない道理はない。
守護者から得た情報を元にすれば無理ですらない筈だとアスピクは頑張った。
結果。アスピクは空間支配という自らが編み出したスキルの使い所が無かったことに気が付いた。
女神が空間を操るのスキルを使った時。それを我が物として操れるよう昇華したスキルであった筈なのだが。
あの時の感覚を再びこの身で再現するとなれば。
アスピクは考える。
守護者は言っていた。
本を開いて、二つのページを張り付ける。
張り付けた部分へ自らが飛び移る。
歪曲させるコツさえ掴めればソレでいけると。
そんなイメージだと言ってはいたが。
アスピクが考えるだけ無駄である。
多分出来る。それで十分なのだ。
そしてアスピクは空間を歪曲させる事に成功した。
粗削りだがスキルを取得。その後に使用をしたが肝心の精度が今一だった。
転移先は大樹の傍。
何をどうしてそうなったかアスピクは理解していない。
準備もせずに上空に現れてしまった所為で自由落下に身を任せ。
アスピクは始祖竜の頭部へ着弾した。
「アスピク…ナンノツモリダ?」
「知らん! テレポートとやらを試そうとしたらココにとんだ!」
アスピクはドラゴンを押し退け起き上がる。
樹皮をバキバキに圧し曲げながら声を荒げるアスピク。
そんな巨大な蛇の下。
始祖竜であるユミルは一度堪えた怒りを今度は解放する事になった。
「ソウカ…一度消シトベ!」
「ヌワー!!!」
アスピクは死んだ。
始祖竜の放ったドラゴンブレスによって消失。
そう思われたがアスピクはしぶとかった。
半死半生となりながらも原型を留め大地へ倒れ伏す。
「キサマヲ殺ルと…面倒ダカラナ。
聖都ニ行キタケレバ送ッテヤルガ…聞コエテナイカ。」
アスピクはこの日。2度目の敗北を喫した。
しかし折れぬ心を持ちてアスピクは立ち上がるだろう。
モブ達がどこからともなく現れた。
無残な姿を晒すアスピクを前に始祖竜は語る。
聖都に連れてくから、この馬鹿を諫めろと。
馬鹿は死ななきゃ治らないとは言うが。
アスピクはそもそもに普通の方法では死なず。
殺した相手を呪い返し。その後に復活してしまうのだ。
別の治し方を探す必要がありそうだ。
モブ達は無理難題を押し付けられ途方に暮れた。
ハイエルフはモブ達を宥めつつ、アスピクを抱き起こす。
そんな中。金色のスライムは思う。
(熱くなった鱗が美味しい)…と。
* * *
どこで区切ったら良いか分からず続いた。反省はしていない。
1話前の予告通り女神さんが戦闘しました。
頭がおかしくなってきたのでまた数週間後の更新となりそうです。




