心配する蛇
建物の中から見上げる夜空は美しい。綺麗だ。
星は光るだけでなく、流れて落ちて燃え尽きて。
中には燃え尽きず、地表に着弾する、所謂隕石までもが確認出来た。
まあ隕石とはいっても、その辺に転がっている小石程度の大きさなので気にする事でもないだろう。
しかしなんだろうか?
少しばかり、光ったり降ってきたりしている物の数が多い気がするような。
今の今まで気にした事は無かったが故に、これが普通なのだろうかとも思ってしまう。
なので聞いてみよう。
「ネーサン、何かやたらと夜空が光ってね?」
ヨルンの隣で同じように望遠鏡を覗いているネーサンに聞いてみた。
「光ってるわね。ここ最近だと3割増し。異常という訳でもないけれど」
言葉と裏腹に、ネーサンの表情は曇り気味。
意外というか、感情を顔で表しやすいネーサンはなんとも分かりやすいのだが。
次の瞬間にぽかーんと口を開けたネーサンと、少々の間の後に、揺れる大地と破砕音が続く。
「地震!?なんかぶつかった!?」
爆発と間違える程の振動がダンジョンを揺るがし続けた。
これが驚かずにいられるかと、ヨルンも振動に合わせて飛び上がった所。
「3時方向、距離3km、数にして3つ。いや、途中で割れて3つになっていた。
大きさは不明だけど、今の振動はそれ。隕石らしき物が大地に着弾した時の奴。
だと思うんだけど、見に行く?」
どうやら隕石がそこそこ近くに落ちてきたらしい。
これは良くある事なのだろうか?
またまた気になったヨルンはネーサンに聞き返すが、判断するのは聞いてからでも遅くあるまい。
「何かが降ってくる事自体は珍しくもないけど。
今回のはデカいわね。一瞬この辺り一帯が吹き飛ぶかと思ったわよ」
ネーサンが言うには、降ってくる事自体は珍しくもなんともないらしい。
察するに、降ってきた物自体が何だか凄かったらしいが。
生憎と、ネーサンの顔を見ていて、その瞬間を見逃してしまったヨルンであった。
「じゃあ見に行ってみようか。
準備はしっかりとして、その後にネーサン案内して頂戴~」
という訳で、落ちる瞬間は見逃してしまったが、落ちた物は見られるだろうと準備を開始した。
とはいっても何が必要だろう。戦闘準備か?
それとも人材揃えて発掘準備か?
「おっけい。とりあえず偵察に捕獲用爆弾虫向かわせとくわ。
宇宙生物がいたら解体ね。これから宇宙に行くんだし。
運が良ければサンプルが手に入るかもしれないわ」
口に出す前に、眷属を送り付けていたネーサンはやっぱり素早い。
そんなネーサンの言葉を聞いて、行動方針を行き当たりばったりに変えたヨルンは質問をする。
「あれだけ派手に落ちてきたのに生物なんているん?」
宇宙生物なんて、魔法のある世界だし別に不思議でもなんでもない。
気になるのは生き物だったとして、それが今も生きているかと気になった訳だが。
「たまにいるわよ?
鉱物っぽいんだけど、生物としての特徴を持った変なのが隕石に群がってるの。
食べても不味いし、反応も薄いから虫みたいなもんが殆どだけど」
ネーサンはごく普通にヨルンの質問に答えてくれた。
しかも食べた事があるような発言なのが気になる所。
「なーるほど。とりあえずは見て確認したい所だね」
とりあえず、突っ込んで聞いても良かったのだが、
ヨルンは蜂の羽音を耳にして止めておいた。
別にネーサンが怒っている訳でも無いのだが、どうにも羽音は怖いのだ。
「それじゃ、正確な場所は把握したから行くわよー」
その羽音は、ネーサンが出発するぞという合図。
眷属からの情報を手に入れたらしいネーサンは、ヨルンを抱き締め移動を開始。
「え、準備は?」
準備をすると言って何もしていないヨルンは少しばかり戸惑うけれども。
「心の準備は出来たでしょう?」
ネーサンからしてみれば何にも必要無いと判断の模様。
「確かに、この身一つあれば何もいらなかった」
納得したヨルンは飛行の際に邪魔にならぬよう体を丸め、その姿は蜂に運ばれる肉団子スタイルとなる。
その後にネーサンの6本の手足で蛇の体がガッチリホールドされれば後は飛んで移動するだけ。
「じゃあ出発~」
そして数秒の後、目の前には、宇宙から飛来したであろう物体が聳え立っている。
聳え立つという表現をしたが、特に驚く程に大きい訳ではない。
そこそこ太い、柱のようなものが大地に突き刺さっていたので、そう表現してみた訳だ。
「なにこれ?」
「柱ね」
「何の柱だろ?」
「ダンジョンの物と似ているわね」
その柱を良く観察してみれば、自身の持つダンジョンでも生成出来る柱と同じような物だった。
となると何かに接着されてるのかなと思い、地面を風で吹き払ってみると案の定。
「あれ、柱の下側、床になってね?」
「確かに、建物ごと降ってきたって事かしら?」
「折れた柱も、剥がれた壁っぽいのも転がってるし、どうもそれっぽいぞ?」
「やっぱり降ってきたアレはダンジョンだったと」
何となくだが理解をしてきたヨルンとネーサンは顔を見合わせた。
「これからダンジョンで飛ぼうって時に、ちょっと不吉な感じね」
「全くだ。しかし、そうだとしても、危険があるとは元より理解している」
ヨルン達もダンジョンをぶっとばして宇宙へ出ようとしていた矢先の隕石騒ぎ。
その隕石の正体は、壊れたダンジョンだった。
原因はまだ不明だが、運が良ければ情報は得られそうか?
「そもそも対策は、これ以上の準備は無理ってレベルまで詰め込んだし」
「あとはなるようになる。だけど」
「一体コレは何なのかしらね?」
「とりあえず素材だけ調べとくか」
準備は元々万端状態。自信も満々なヨルン達が欲しいのは残骸ではない。
期待はしていないし、運が良ければ何かがあるだろう程度の意識で調べようとしてみた所。
「というかもう調べたけど、私達のダンジョンと似たような、というか劣化品。
素材は私達でも入手可能なものばかり。良い所を探してみようにも、コストは高い。
でもコレはダンジョンコアがあれば全部作れるから、修理は宇宙でも楽に可能のような。
だけど規格は統一されてないから、作成者本人以外が扱うのは難しい。
他者を関わらせなければ問題はない範囲だし、評価としては高いけれど。
宇宙用のダンジョンだとするなら…、私達と同じ方向性よねコレ」
ネーサンが粗方調べつくしてしまっていた模様。
どうやらヨルン達よりも先に、ダンジョンで宇宙に旅立っていた者がいたようだ。
いったい何時の頃の産物なのだろう。
気になった所で、詳しく調べたい気にもなってくる。
ならば探すべき所を考えれば、ダンジョンですしと触手を指して話を進めます。
「ところでネーサン、柱が上に出てるけど、床もあるし。
ちょっと考えてみたけど、ダンジョンなら地下にも伸びている可能性は?」
「全然ありね。あの振動は普通じゃなかったし。
単なる落下時の衝撃と考えなければ、もしかすると?」
予想が正しければ下には何かがある。
叩いてみても空洞音等はしないし、勇者の類が良く使う系の爆弾程度では先が開ける等もないだろう。
ダンジョンだもの、そう簡単に壊されてはいかんのだ。
でもまあ、今目の前のコレは既に大半が壊れてるんですけども。
そうなると、ヨルン達がやるべき事はやっぱり。
「出発前の厄介事は勘弁だが、詳しく調べるべきか」
「別に無視しても良いけど、運が良ければ良いデータが手に入るかもだし」
願掛けのように運が良ければを強調するネーサン。
ヨルンも運が良ければとの意識を続けてはいるが、
そもそもに運が良かった所で何が見つかるのだろう?
「全力で探索。危険があれば破壊。その他、予想外の事態に対しては」
「退避ね。拠点も近くにあるし、万が一にはユグドラ砲で大地ごと消し飛ばせばOK」
考えうる限りの事態を想定し、対処法を確認する。
ユグドラ砲とはなんぞやとは思ったが、そういえばダンジョンにそんな名前の武装もしたっけなとも思い出す。
この確認事項に関しては、大きな声で、周りにも聞こえるように行いつつ。
「サプには連絡をした。リフにも待機して貰ってる」
サポート役を呼ぶ事も忘れずに、小声で行った。
さらには守護者にも意識レベルで一切の声にも出さずに連絡しておき。
隣のネーサンと目と目を合わせて頷く。
全力で探索。つまりは能力の制限無しで本気で取り組むのだ。
「じゃあ2人で探索と行きましょうか。入れそうな入り口は無いけど、この真下ね」
ダンジョンの床か天井か、はたまた壁だった所か?
ヨルンは蛇の体で丸を作り、ネーサンがその丸の中心を針で突っついた。
振動を体全体で感じれば、どうやらこの真下が一応の所で空洞にはなっているようだ。
単純に分厚く、単純に物理で壊すにゃ相当の労力が必要なのは間違いない。
ネーサンの針を見てみれば、そのダンジョン壁の厚さが目盛りとなって表示されている。
少しの間、針が揺れ動き、ヨルンの体も針に合わせて移動する。
ある程度調べた所で、壁の厚さはどこも大して変わらんと、ヨルンは行動を開始する。
「それじゃそろそろ、ヨルン錬金、床を開閉式プラットフォームドアに改変」
ダンジョンであるならば、同じダンジョンの主であるヨルンに改変出来ない道理はない。
蛇の体は大地にめり込み、枠を縁取りそのまま貫通させる所まで。
その後に隠し蝶番を設置し、取っ手を付ければ簡易なドアの完成です。
「こういう所、マメよねぇ…」
「人様の物かもしれないのを、むやみに壊す気はないのだ」
その一部始終を見ていたネーサンは呆れ顔をしているようにも見えたが、
同時に関心したようにも思える仕草も見せていた。
取っ手を弄り、枠をなぞって撫でまわし、ついでにヨルンの体を摘まみ上げ。
「既に壊れてるっていう突っ込みはするだけ無駄ね」
蛇の頭を小脇に抱えると、意を決してそのドアを開けました。
土煙が舞い上がり、視界は不良。
魔力の反応は全くなく、罠の類も周囲には確認出来ず。
「なるべく景観を壊さない。それがヨルンのこだわりなのだ」
「まあ、そのなるべくの枠を越えたら大変なんだけど」
特に何もないなと安心したヨルン達はいつものようなやりとりを続けながら土埃を消す作業に勤しんだ。
流石に土埃を吸い込むのもなんなので、風を操り、大雑把に吹き飛ばし。
ある程度の視界が確保された頃には、ヨルンもネーサンも、土埃塗れとなってしまう。
ジト目で睨まれ、ヨルンもやり過ぎたと言い訳を考えつつ顔を反らしてしまった所。
「そんな事よりネーサン、開いたけど、コレは当たりというか、何というか拍子抜けというか」
見えてきた空間へ意識を向けさせる。
「そうね、やっぱりダンジョンの部屋だけど、土砂も入り込んで、探索の余地は無いわね」
体を一振り、土埃を吹き飛ばしたネーサンの判断はヨルンも同意するが。
「さて、アレはなんだろう?」
「見るからに、アレよね」
視界に入るは、見るからにな宝箱。
ゲームで良く見る、豪華に金ピカ装飾の箱である。
「罠という可能性は?」
宝への期待はないが、お約束でそう言ってみる。
「普通に罠。生きてるわ」
はい。ネーサンの一言で罠確定。
「ヨルンもそう思ってたけど、お宝じゃなかったか。残念だ」
視界に入った時点で分かっていた事だが、お宝はあり得ない。
しかし生きているソレ自体がお宝という可能性もあるにはある。
「どうする?」
ネーサンがヨルンに意見を求めてはいるが、解体したいのだろうか。
針を構えて臨戦態勢となるネーサンは普通に怖い。
「生きているみたいだし、助けておく?」
戦闘か、救助か、それとも放置か。
単純な3択の中ではどれが良いのだろう。
何となく救助を選びたい気にもなってくるが、ネーサンの表情は固くなる一方。
「でもね、アレ相当に強いわよ。襲われたりなんかしたら、この辺一帯が更地になるぐらいにね」
どうやらヨルンも感じている事だが、アレは相当に強いようだ。
種類としては、擬態可能なミミックだとかその辺だろう。
「確かに強い事も分かるんだけど、助けを求めている声が聞こえている気がするのだよ」
とりあえず、強いのは分かっているが、ヨルンは感じている。
怯えの感情と、あの箱は魔族であり、助けを求めて動けずにいるという事を。
「まあ、ヨルンちゃんの好きにしたら良いけど、私は近寄らないわよ」
決意を固めたヨルンの姿を見たネーサンは身を引いた。
「うむ、こういう役はヨルンがやる」
そしてヨルンは進む。ずりずり這い寄り宝箱に圧し掛かる。
鍵穴はあるが、機能を果たしておらず、上蓋を力任せに動かせば普通に開くようだ。
ならば開けてみようと、宝箱を開けるテーマをヨルンは考えた。
テケテケテケテケ、テケテケテケテケ、テケテケ、テケテケ~
テケテケ、テケテケ、テン、テン、テン、テン!
思ったよりすんなり開いた宝箱は光を放つ。
放たれた光に身を任せ、何となくガサゴソと中身を漁る振りをしつつ、
宝箱のテーマを終えるその瞬間に、その宝箱自体を頭上に掲げてみれば。
「テッテレテテーン! ゴマダレは入ってないのサ」
箱が宝箱のテーマの続きを歌ってくれた。
「ノリの良い箱を手に入れた!
助けを求めていたみたいだが、わりと元気だったぞ!」
という訳で宝物を手に入れた時のコメントもしつつ、
ヨルンは一旦頭上からノリの良い宝箱を置く事にした。
「いやあ、本当にピンチなんで助けて欲しいんだわ」
そして喋る箱が語り掛けてくる。
解析してみたが、能力的な事は分からない。
鑑定してみれば、宝石沢山で相当に価値のある箱だと分かりました。
価値が高すぎて、値段が付けられない程の大きさの物ばかりで装飾されているので、
お金に目がなく、金目の物を見れば、その目がお金マークになりそうな者でも、
この宝箱を見れば価値観をぶち壊される可能性がありますね。
でもまあ、ヒビ割れ上等。汚れに塗れた宝石も混じってますし。
もしかすると、回復魔法でもかけたりすれば治ったりするんですかね。
あんまりジロジロ見ていると何か言われたりしそうですし、行動を開始したい所だが。
「うむ、元より助けてあげるつもりで近寄ったのだ。
事情は後で聞くとして、今は我等が拠点に君を連れていく事にするが、それで良いかな?」
「良いですとも、今の自分、なーんにも出来ねーしサ。
急いでアレコレ騒いだ所で、迷惑なだけっしょ」
物分かりの良い箱だった。連れて行っても問題ないようだ。
次なる問題は、この箱を連れ帰って問題が発生するか否かだが。
また変なのを連れ帰ったと、守護者に怒られるだろうか?
ネーサンに目配せすれば、何時でも殺る準備は万端だと針を光らせている。
あからさまな脅しで威嚇しているが、今すぐにヤルという雰囲気でもない。
「では予想外な拾い物をした所で、他に忘れ物がなけりゃ、戻るとするけど?」
なので帰る前の確認作業。視界に入るは瓦礫ばかり。お掃除するなら大変だ。
「見ての通り、自分、箱なんで、必要な物は粗方詰め込んでるんだゼ?
忘れ物っていう程のものは、みーんな宇宙の彼方なんだよナァ」
宇宙から落ちてきた箱も、特に必要な物は忘れてきたと、此処には何もないとの事。
「ほえー、やっぱり宇宙から降ってきたのね。
そんな様子を見てたから、こうしてやってきた訳だけども」
ヨルンは関心しつつ、空を見上げるしぐさをしつつ、
念話で待機組に直通のポータル開くよと連絡をする。
「見てた? いやぁ、自分死んだかと思ったサ、本当。
ああ、そのー、自分、アドラって言いまサァ。
名前めっちゃ長いからコッチでしか呼ばれねぇシ」
そういえば自己紹介はしていなかったなと、名乗られて思い出しました。
とりあえず、ノリの良い隕石箱の名前はアドラと呼べば良いようだ。
「ふーん、そんじゃアドラさん。
自分はヨルン。そしてこっちは自分はネーサンって呼んでるけど」
という訳でヨルン達も名乗り返す事の、ネーサンにも促した。
「リムよ。さっさとポータル開いて戻る。仕事が増えたんだから」
一応ネーサンも自己紹介をした所で、ポータルを安全に開ける準備が整ったようだ。
「おぉ、ネーサン怖い顔しないで欲しいサ。可愛い顔が台無しだゼ?」
何やらアドラが早速ネーサンと呼んで可愛い言ってますね。
背後でドスドスッと何かが刺さる音がしましたが、
ポータルを開いている最中だったのでヨルンは何も見ていない。
宇宙へ旅立つ前のこの一夜は予想外に騒がしくなってしまった。
このアドラという箱は一体何者なのか。
詳しく話を聞ければ良いのだが、宇宙にいたようだし、
何か役立つ面白い話が聞ければ良いなと、
反応の無くなった箱を感じて、ヨルンは心配するのだった。
* * *
喋る箱を手に入れた
次回の更新はまたちょっと間が開きそうです




