邪竜と蛇
邪竜の欠片についての報告を受けたネーサンは、ヨルンが念話を専用回線で送りつけた後。
気が付けば隣にやって来ていたレベルで自然に会話を始めていた。
「何アレ、キモイ。黒くて太くて長くて蠢いて、沢山ある触手とか何なの?
その辺のラノベヒロインとか中にぶち込んだら薄い本が簡単に出来上がりそうじゃない。
服だけ剥いだ後に体だけ乗っ取られて、変なオーラ纏いながら向かってくる何かになりそうね」
開口一番でキモイと言い放ち、観察を続けながらネーサンが続ける会話は何となくおかしいが、
ノリと勢いで続く会話は嫌いではない。
「いいや、生物に反応して触手の先が開いたらそのままガブッと丸呑みにするやつじゃん?
そのまま生贄を与え続けたら、体が出来上がって行って、禍々しい邪竜のお姿を見られるとか」
こうして続く会話は特に意味はない。
単に妄想をぶつけ合っているだけなので、楽しんでいる以外には特に何もないのだ。
「そんなに綺麗に行く訳ないじゃない。
きっと切断されたり叩き潰されたり、肉塊になった何かを貪って、徐々に形を作っていく何かよ。
普通の人間なら精神的にダメージを受ける容貌になっていく系ね」
そして、止める者が誰も居ない状況での雑談は続いて行く。
ネーサンと合わせて、あえて視線は向けないが、アリスやその他が会話に参加してくる様子はない。
むしろ人払いを行って、誰も居ない状況が作られましたが、まあ良いでしょう。
思う存分に触手トークが出来るというものですと続けていましたが、
気になる事もあるという事で、会話もそろそろ終わりに近づける事としましょう。
「それにしてもこの触手、花も潰せずな所を見ると、
案外優しく無害な、良い触手かもしれないな」
良い触手とはなんぞやと思いつつ、そこそこ重要そうな言葉でもあるなとも強調し、
対するネーサンの反応はと言えば、普通に近づいて触手を針でツンツンし始めましたね。
「まあそれもありえるけど、コイツはアレよ。
何かに反応して怯えてるような、少なくとも反応している何かがあるわね。
その対象が何なのか分からないけど、邪竜が怯えるって何なのかしら」
プルプル震える触手を前に、遠慮なく突っつくネーサンの様子を観察するヨルンは思う。
怯えているとの言葉と、今の状況から感じる事と言えば、怯える対象はネーサンなのでは?
等と思ってしまうとヨルンは針蛇に進化してしまうので、別の記憶を掘り起こしてみるのだが。
「ん~、守護者が邪竜を調教してたって話は聞いてたけど、詳しい事は聞いてなかったかな~」
昔々の記憶ですが、守護者は一言で邪竜を調教しているような発言をしていた覚えがあった。
ちょっぴり興味は湧いていましたが、結局深く聞く事も無かった邪竜関連。
思えばその邪竜に関わる機会があるとすれば今なのではないか?
ネーサンの反応を伺いつつ、今度は守護者を呼び出してみようかと迷ったが、
向こうも向こうで最近はエルドラド関係を纏めるのにそこそこ忙しい。
こっちは特に急ぎでもなく、邪竜に関しての知識はネーサンも持っているので。
「そういえばそんな事言ってたわね。でもソレとコレとは全く別の話よ。
理由としては…そうね、見た方が早いから先ずは一発ぶち込むけど」
邪竜の欠片と言うモノに対して、容赦なく針を深々とぶっ刺すネーサンでした。
「コイツ等に意思は無いの。ただのパーツ。そして何かが起きれば決まった反応するだけ
活動を始めたからって慌てる必要も無く、とりあえず攻撃をぶち込めっていうのが対処法。
でも今回のコレはちょっと変ね。意思を持ち始めた第二段階、という訳でも無さそうな、
反応して怯える様子に、この触手。暴れてるけど周りに被害が全然出てないってのも変ね」
こうして無事に大人しくなった邪竜の欠片はやっぱりどこかおかしいらしい。
顎に手を当て考えるネーサンだったが、そう時間もかけず、
指を一本立てるとヨルンに振り向き、尻尾をたゆんと震わせ可愛らしい一面を見せた後のやり取りは予想通り。
「理由として思い当たる点は一つ」
「ヨルンちゃん絡みね」
「何か変な方向に作用してしまったのか、そもそもコレは邪竜の欠片なのだろうか」
「ヨルンの欠片だったりして」
「十分にあり得るから困るが、こんなもん知らんのだった」
どうやら情報は打ち止めのようなので、守護者に連絡だけ取ってみる事にしました。
まあ遠距離通話は可能なのでそこまで手間も掛かりませんものね。
そうして現在の状況とネーサンも交えて情報交換を行った結果。
「という訳で守護者からも返事を貰ったけども、邪竜の欠片(調教済み)だから、
適当に回収しといて、後で取りに行くだってさ。ついでに邪竜もお披露目するらしい」
こうして通話を終えたヨルンは改めて思う。
顔を上げればネーサンも同じような顔をしているのも分かってしまう。
「それね、毎度思うけど、脅威を感じない内に邪竜の対処が完了してるのも肩透かしよね。
ラスボスとか裏ボスとか乗り越えて、イベント出現でゲームオーバー的な存在らしいのに。
でもまあ、ヨルンちゃん自身がそのレベルに到達しているし今更か」
ヨルンの気持ちを代弁してくれたネーサンは、そのヨルンも邪竜みたいなものだと付け加えた。
どういう意味かと問いただせば、今更ソレ聞く?
なんて返されたので、ネーサンの突っ込みをこの身に受けながら、問答する事の数十分。
国を滅ぼした数。人間界の英雄やら勇者やらを軒並み滅したアスピクの遊び相手。
女神とも繋がっていて尚、我儘も押し通し、ちょっと動くだけで世界中が毒に塗れるヨルムンガンド。
心当たりが多すぎますね。反論も出来ません。となれば話題を変更。
この流れで気になる事と言えば、ネーサン側のチート具合はどうなのと矛先を向けてみようとしたが、
丁度良くというべきか、ヨルンの背中にポータルを開いてやってきました守護者御一行。
後で取り行きますと言っておいて、1時間以内にやってくるとはこれいかに。
とりあえず、守護者御一行なので守護者とその他、サプにリフが付き添っていた。
そして邪竜であろう、見るからにな竜が2足歩行でポータルより、その姿を現した。
ですがその大きさは邪竜と言うには小さいと誰もが感じた事だろう。
頭部を撫でまわすのには、丁度良いサイズであるのは間違いない。
「邪竜ってより幼竜じゃん」
折角なので犬を撫で回す気分で頭を触手で撫でまわしてみれば、その反応はまさに犬。
鳴き声は上げないものの、ペットを扱っているかのような感覚を覚えました。
しかし話に聞けば、このファンタジーな生き物は邪竜らしい。
「その辺に沸いて出て来て女神に踏まれて死ぬ程度の魔王よりは、強いってのが分かる分、なんか複雑ね」
そして、目の前の邪竜に対して感じる気持ちはネーサンも同じらしい。
ヨルンに続いて邪竜の正面に立ち、まんまるなお腹を撫で回すネーサンの表情は複雑だ。
「ネーサンの例えで魔王の価値観が壊れるのは良いとして、邪竜…か」
とりあえず魔王という名前が安く見られそうな表現は置いておいて、邪竜について考えたい。
邪と付くからには心が歪んでいるとか、他者を害するとか、つまりはそういう事なのだろう。
とはいえ、邪竜という名は他者が勝手に名付けたものなのかもしれない。
しかし邪竜として生まれたのであれば、どう育てた所で邪に育ってしまうのかもしれないし、
そもそもに見た目通りに幼い竜というのが間違いで、何かのきっかけで本性を現すとかも普通に有り得る。
「どうしたのよ、考え込んで。解剖でもして中身でも見てみる?」
こうして数秒の間を邪竜の顔を見ながら考えているとネーサンの針が鋭く光り、
邪竜のお腹に一筋の線を走らせる。中身を見るの意味が違うとの突っ込み待ちですね。
肯定すれば、お昼ご飯が邪竜丼にでもなりそうなので程良く否定しておきましょう。
「それも良い考えだけど色々問題出そうだし止めとこう。
それで、邪竜なんだけど、一応コイツも始祖竜と同じぐらいの時期の竜種らしいよね」
ネーサンを諫めつつ、邪竜についての記憶が程よく蘇る。
しかし有益な情報を得ている訳でもないので、邪竜の情報を集めるとなればこれから説明を受ける事になるだろう。
「へぇ、そんな情報は私は初めて聞いたけど、ヨルンちゃんには何か考えがあったりするの?」
ネーサンの聞こうと思ったら逆に聞かれてしまう。
となると守護者に助けを求める流れになるのだが、
一先ずはヨルン自身の持っている情報を思い返してみる。
「前にユミルが自分の体を分けてフィンブルやレヴァンテインとギヌンガの4つの竜となり~、
その後に邪竜が生まれたとか聞いてる。んで邪竜が暴れ回って世界が大変な事になったから、
始祖竜達全員で邪竜をボコしたっていう昔話がありました。
つまりは覚えてれば邪竜はギヌンガを知っている。何でも良いから分からんかな?」
なんとなく流れで考えてみたものの、言葉に出した所でやはり無理があるのではないか?
何も考えて無さそうな、邪竜の顔を見ながらヨルンは顔を近づけて、次の瞬間。
「邪竜のお口の中。あったかいナリ」
邪竜に頭を丸ごと齧られたヨルン。
ソレを見た、リフやらサプやらが慌ただしく邪竜を引っぺがそうと試みる事態が発生した。
守護者が止めないという事は、特に何も問題は無いのだろう。
ヨルン自身も特に何ともないので、邪竜のお口の中で好き放題に動けるヨルンは触手を捻じ込んで、
周囲が騒がしくなりつつも、喉の奥の奥まで進ませてしまいましたとさ。
そして邪竜の中で見れたモノは、ヨルンの心が擽るものも多数見つかり行為はエスカレートし続ける。
「やんわりプニプニ。広さも中々。いっぱい詰め込めそうだ。
でも邪竜なだけあって、普通の生き物とは全然違うな。
腹の中に触手や目玉付いてるし、しかも胃袋の中だけで消化吸収までやっちゃいそうっていう。
意外と綺麗なのに、ねっとりと糸が引いているのは奇妙だけど、お味見すれば~
おおっと、暴れ始めたけど丁度良い揺れ具合でお昼寝するにも良い感じだ
ていていっ、頭突き体当たり~、揺れがましたぞー。
おにぎりを食らえー、すぐに溶けたー、わー、コワイー」
こうして好き放題に観察を終えたヨルンは満足した。
ヨルンが近づけば、怯えた様子を見せる邪竜は見た目以上に可愛い所がある。
ネーサンと守護者は揃って、まあこうなりますね(こうなるわね)と口を揃えて頷いていた。
サプとリフの後ろに隠れる邪竜を視界の端に、ヨルンはもう一つの邪竜関連を捉えて思い出す。
とりあえず回収した邪竜の欠片は、そこの幼竜に返せば良いのかなと。
ヨルンの疑問を受けた後、守護者が指示し、半泣き顔の邪竜は、その半身を大口開けて頬張った。
喉を膨らませ、腹の辺りに落ち込んだ邪竜の欠片は程なく、その膨らみを萎ませた。
暫く後に、変化を見せる邪竜の容貌に、ネーサンも含めたユグドラシル勢が感嘆の表情を各々がとる。
体中より黒く、紫交じりの瘴気を身にまとった竜の姿は、雰囲気的に邪竜っぽい。
蠢く触手の陰に、聞こえてくる生々しくも聞き入ってしまう、肉が裂けて再生する音。
やがて、瘴気が晴れ、見えてきたその姿は少しだけ変わっていた。
幼竜だったその姿は幼竜のままだったが、その背に姿に似合った立派でもない、
ちんまりとした、ちょっぴり恰好良い、竜らしい羽が生えたのだ。
ソレを確認した邪竜は、その小さな翼を動かした。
翼をはためかせ、空を飛び、滑空し、機敏な動きを見せてくれましたね。
小さい変化に思えたが、どうやら今までの幼竜姿では飛ぶ事が出来なかったらしく、
意外と本人というか邪竜自身では、我を忘れる程に喜ぶ程の変化だったようだ。
その辺りまで見ていたヨルンは理解した。つまりはアレか。
邪竜の欠片を食べさせていけば、邪竜が成長していくと?
「成長する事は間違いありません。
が、現状ではどう頑張っても7割以上の力を取り戻す事はありません。
理由は簡単。主が多数の邪竜の欠片をその身に取り込み、
守護者が変換したので、その3割は既に主自身の物となっている為です
ついでにリム側で5割を所持。その内1割をゴーレム作成に使用済み。
邪竜に与えた欠片はコレが最初です。上げようと思えば直ちに5割にはなるでしょう」
さらっと衝撃的な発言がされましたがヨルンは特に動じません。
今に始まった事ではない告白に慣れてしまったが故ですね。
「全く記憶にございません」
当たり障りのない発言をしつつ、守護者の返答を待つヨルンは邪竜の様子を伺った。
視線を合わせる度に、リフとサプを盾にヨルンの視線を遮ろうとする邪竜の動きにはデジャブを感じる。
表情豊かに、怯えの意思も備わっている邪竜の扱いは今後どうなるのか。
「ついでにお知らせ、始祖竜から賜った竜石も既に3種、
邪竜から取り出した竜石も合わせた合計4種を取り込んだ主は、
竜種としての力を4種類宿し、元素魔法以上に強力な魔法を操れるようになっていたようです。
存在を知らなかったが故にノータッチでしたが、レヴァンテインとの話で知る事が出来ました」
「ヨルンの知らない事が次々と湧いて出て来る月間が発生したようだ」
邪竜の欠片は既にヨルンの身に。竜石もこの身に宿し、色々と強化されているらしい。
身に覚えがない理由は、守護者とヨルンは一心同体。
自己強化についてはヨルンも行っているのだが、守護者側でも行っているので単純に2倍なのだ。
覚えがなくても致し方なし。突合せを行う時期は気分次第なので、こういった事態は良くある事なのです。
「守護者としても、単純に自己強化をしていたつもりだったので、正確な効果は不明。
特に不都合は無いものと判断し、ひたすらに強化を重ね続けているので、今後もこうご期待」
「蛇神様となっても成長は止まらない」
つまりは蛇神様になってもやってる事は変わらない。
そもそもに神様と呼ばれる事もないし、変わらないのも当然だ。
「ちなみに邪竜も一応、神様扱いされて、一部に信者が存在している模様」
そして蛇神様と言う単語に繋がって、邪竜は神様扱いされているという話が始まった。
「まあ邪教の類ね。魔物のスタンピートを扇動したり、ろくでもない事をしているアレよ。
実際に魔物を操る手段を幾つか持っているから、被害も実際に出てるし」
この話題に関してはネーサンも参戦してきた。
ついでにサプとリフも距離が近くなり、何かを話したそうにしている。
折角なので、両者の頭を撫でつつヨルンの傍に引き寄せれば、
安心したかのように喉を鳴らして擦り寄る2名は癒し要因であった。
「ああいうのって、資金繰りとかどうなってるんでしょうね。
私達の所にも、それらしき者達がやってきて、魔造金貨の山を持ってきた事がありましたが?」
「今のこの世の中を一度破壊して、魔が支配する世界を、との事でしたが。
女神の目があるので私達は別に何もしてませんでしたけど」
「そもそも私達、あの頃はお金なんて使い道は無かったですし」
「ヨルン様がいれば他は必要ありませんもの」
癒しな生物達を堪能したヨルンはネーサンに目配せを。
特に意味を持たない視線だったが、先の会話の中でも気になるワードはあったようで、
ネーサンは尻尾を擦り、顎に手を当て少し考える素振りを見せた。
「へぇ、まだ変な勢力が残ってたりするんだ。
というかソレ何時の話よ。最近の事だったら、ちょっと気にした方が良い案件だけど」
「いいえ、アスピクがその辺りの勢力を叩き潰しこれでもかという程に粉砕したので、
何かが残っていたとしても脅威になりません。
なんでしたら、アスピクに聞けば武勇伝等は聞けるかと」
不穏なフラグを口に出したネーサンに、脅威は排除されたと断言する守護者。
この流れであれば、守護者の言う通りに脅威は全く無い筈である。
ですがそれはつまり、こういう事だろう。
「ヨルンの知らない所で、一つのファンタジー要素が蹂躙されていた」
邪教だとか、狂信者だとか、扱いやすいスパイスの一つとして良く登場するイメージだったのだが。
話に出るだけで実際に対処済みとなると、何とも寂しい気持ちになりますね。
ですが実際に相手にするとなると、この辺の気持ちはネーサンが代弁してくれました。
「王道だけど、関わるとなると面倒だものね。
別に何を言われた所で気にもしないし、暗躍した所でウザいだけだし。
生き残りでも沸いて出て、私達に寄ってきたら、全部邪竜の餌で良いんじゃない?」
こうしてネーサンの締めの言葉で場は丸く収まった。
邪竜がソレ等を食べるかは別として、目の前の邪竜は何ともかんとも、邪なのかと判断に困る容貌だ。
こんな容貌で生贄モグモグしてたら、ヨルンの心はときめいてしまうかもしれない。
でもまあ、これからヨルン達と関わるのだから、邪竜については後々分かっていく事だろう。
そして、意識せずとも分かりそうな邪竜の事は置いておき、
未だに分かっていないギヌンガ関連の情報はついてはどう調べ上げようか。
滅びた国や魔人達の蔵書を調べ上げ、何も無かったら次はどうするか。
邪竜からの事情聴取という手も増えたんだったか。
何も見つからなかったのならばいっその事、
何も考えずに例の計画を始動してるのも良いかもしれないな。
問題点は、目的地がどこなのか。
単純明快にして最難関な問題を抱えたヨルンは、なんとなく頭の上に乗せた、ギヌンガの鱗を眺めながら思う。
パズルのピースは、もう揃っているような気がするんだけどな…と。
* * *
幼竜だったの巻




