蛇神様
ヨルンは天空より、流星の如く始祖竜の鱗が、大地へ着弾してきたあの時の状況を、
同じ始祖竜であるレヴァンテインに話し終えた。
と言っても、海岸沿いで何となく、空を見上げていたら落ちてきたとだけしか話せない。
感じた事と言っても、ソレが始祖竜の鱗であり、それ以上の事は何も起こらず、
ヨルンの保護者、同じく始祖竜枠のユミルに報告した所までの説明ですね。
一通りの話を終えて、レヴァンテインの竜頭は上を向き、下を向き。
ヨルンの顔を頷き込んで、ふむぅと一息。
相変わらず、始祖竜はデカイなぁと思いながら、彼等の本体を見る機会はまだ先かなと、考え始める。
そんな時だった。
隣の部屋で、大音量の爆発音と、それなりな振動が巻き起こりました。
一体何ぞやと思いましたが、隣の部屋では確か、アジダハーカという魔装竜が安置してありましたっけ。
思考より先に、ヨルンと守護者にレヴァンテインの視線は扉の向こうへ。
様子を見てきますと、そう言って守護者が向かっていきましたが、思い当たる原因が一つだけあります。
アジダハーカには自爆装置が仕掛けてありましたっけ。
それでいて、偽物の鍵を差し込むと自爆するとかなんとか。
何も知らない者が盗もうとすれば、ドカンと一発派手に散る訳ですよ。
そう考えると、その現場を見たかったものですが、そもそもにこの場所はダンジョンの奥深く。
さらには入場には手間が掛かって、尚且つ難易度も最難関?
そんな場所に侵入してくる輩なんているんですかね。
一瞬、アリスやその他面子が自爆したなんてシーンが脳裏を過ぎりましたが、
そんな事は無く、ダンジョンコアの情報によれば、皆は元気にパーティ中だ。
そしてパーティ中故に、仲間達は一か所に集まり、飲んで食べての大騒ぎ。
つまりはエルドラドの防衛戦力は0である。トラップも全然仕掛けてませんからね。
さらには各所扉は空きっぱなしで、今ではダンジョン入り口まで、直通のワープポータルも開いている。
現状把握を終えた所で、出した結論としては、特に侵入者が入り込んでいても、
その可能性は普通に有り得る圏内ではあると判断しました。
問題はソレが誰なのかという事だが、そこまで考えたとしても、
ヨルンとしてはそんな事はどうでも良かった。
「さてと、何かあったみたいだけど、そんな事よりレヴァンテインさん。
ヨルンはこの後、ギヌンガさんに会いに行こうと思うのだけれど、その前に。
フィンブルが、オリジンスキルの事を聞くならレヴァンたんから聞いてねって言ってたの」
記憶の奥底から発掘してきたオリジンスキルという単語。
我ながらに良く思い出したなとヨルンは自分自身で感心するが、
それ以外の質問は何も考えていなかったという、後は流れでどうにかするスタイルであった。
流れと言えば、持参したお菓子を渡してないなとも思い出し、
都合良く用意されていた台座や盃に盛り付け始めるヨルンさん。
金でも銀でもプラチナで出来ていようとも、ヨルンにとっては家具一式。
何かを話そうとしていたレヴァンテインも、ヨルンの行動には戸惑ってしまったようだった。
しかし汚れや傷等の、その辺の扱いについてはヨルンも考えています。
実に単純な、全ての問題を解決する方法は、柔らかな布を被せるだけ。
妙な形をした盃には、個別包装された、蜂蜜色の飴玉をなみなみと詰め込んだ。
こうして蛇の慣れた触手使いによって、テーブル代わりの黄金家具の上には、
それ等に負けず劣らずといった感じの高級なお菓子が陳列される事になる。
「そしてコレ等はみんな、ヨルンからの贈り物である。
和菓子という物が多めで、米や麦、豆類を多く使った食べ物をたっぷり用意致しました」
一通りの準備を終えて、ヨルンは巨大な竜姿を前に、堂々と胸を張る。
一方で、レヴァンテイン側の反応はと言えば。
「ホホゥ、コレが…、フィンブルが言っていた、例の食べ物とやらか。
成程。和菓子と言うモノは知ってはいるが、食べた事は無くてな」
並べられた菓子を見つめる巨大な竜顔は、普通に食べたがっていた。
エフェクトとして涎でも垂らしていれば、もっとそれらしく見えるのですが、、
レヴァンテインはヨルンの顔色を伺っている。
何か聞きたい事がありそうな顔をしています?
ですがヨルンとしても反応出来そうな話が出来そうなので、とりあえず繋げてみましょうかと会話を始めた。
「知っている、という事は、売っている場所がある?」
「流石に、そこまでは知らん。そう自由に見て回れる訳では無いのでな。
ただ冒険者といった類の者が、そう呼ばれる物を持っていた事を知っていた程度だ」
「外の世界はある程度見て回ってるんだ。人間達の事も気にかけてはいるのかな。
とりあえず、お茶も用意したから、どうぞじっくりと味わって下さいな」
その言葉を皮きりに、ふむぅ…仕方ないなと言わんばかりに羊羹を口に運んだ竜の顔が綻んだ。
蜂蜜のコクのある風味を存分に味わえる、暴力的なまでに巨大な餡子の塊は破壊力抜群。
流石の始祖竜も、その上質な甘味の前には表情を崩さずにはいられなかった訳だ。
甘味関連は砂糖の代わりに蜂蜜が多めなので、何度も食べれば飽きも来そうですね。
その辺は甘味以外の物も用意してあるので調整済みです。
お煎餅に揚げ餅等がその枠で、これもまた始祖竜仕様で大きめに仕上がり、
飛び道具にも使えそうな程の出来になっておりました。
まあそんな勿体ない事をするのは、どこか別の世界だけでの話にしておいて、
食べ物は粗末にせず、ヨルンもお一つ、丸ごと巨大煎餅を呑み込んで、
一発芸として、コブラな蛇を披露してみせました。
眼状紋的な模様を、蛇の体を広げれば、ヨルンはその瞬間だけコブラ種となったのだ。
次の瞬間には、体の中で煎餅は砕けて元の細長い蛇になってしまうんですけどね。
多少はウケたようだが、はて、ヨルンはどんな話をしにきたんだったか。
「それで、なんだったか。オリジンスキルがどうとかという話だったな?
フィンブルも関わってその様子となると、何も知らん…らしいな。
この後、ギヌンガに会いに行くとなるならば、知っておいた方が良いか」
ヨルンがお菓子の準備に夢中になり、忘れかけていた話はレヴァンテイン側で覚えていてくれていた。
どうやら詳しく説明してくれるらしく、いつの間にやら持っていた、
ヨルンのオリジンスキルの謎が明らかになる時が来たという事か。
という訳で長々と説明を受けた訳ですが。
「…まさか、途中で寝てしまうとは。
フィンブルと似たような奴がココにもいたとはな…、さて、どうしたものか」
ヨルンは眠ってしまったのだった。
そして話が終わった頃合いに、そろそろ起きられるかなと思った所。
首を掴まれ持ち上げられて、両の頬へ走る衝撃がヨルンを覚醒させた。
「こうして頭を上げさせ、引っ叩けば起きます」
どうやらアジダハーカ爆破案件の確認から帰って来た守護者が、
眠っていたヨルンに往復ビンタをぶちかましたらしい。
「相変わらず話を聞きながら、夢の中でその情景を体感していたようですが、
目が覚めれば忘れるのであれば、先ずは話を聞き終わってから存分に呪術で復習するようにと、あれほど…
と、何時ものように怒るには、レヴァンテイン様の前ですのでこの辺にしておきましょう。
さてと、確認ですが、改めて要点だけを説明します」
ヨルンを怒る役を買って出た守護者を前に、始祖竜のレヴァンテインは納得してくれたらしい。
納得ついでに竜の前足がヨルンの頭を撫で回し、守護者の簡易版の説明で場は収まった訳だが、
どうやらヨルンは世界の信頼を得た結果、神の一柱として世界に認められ、
世界の意思の元へ迎え入れられる権利を得ていたらしい。
ヨルンの前情報では、世界の意思に、神の声。そして守護者と3択で選べる転生特典がありましたっけ。
そして世界の意思とやらにはネーサンも直接会いに行けるような事を言っていました。
ついでにヨルンは女神様にも会ってますし、一部の神様は既にこの世には居ないような事も聞いています。
考えれば考える程にあれやこれやと予想が出来ますが、今必要な事な情報はと言えば。
「ヨルンは蛇神様となりました。称号にも追加しておきます。
しかし、神と言ってもやられる時はやられる世界の神なので、特に普段と変わりありません」
守護者が答えてくれたので、そういう事でしょう。
ヨルンはどうやら蛇神様となっていたらしい。
思えば他者に、自身の能力にあやかった加護も与えられますし、今更でしたね。
改めて理解をした所で、神になった事で何がどう変わるのか。
「とりあえず、他者のスキルを無効化する系統のスキルが、今のマスターには一式揃ってます」
「そして、自らが作り出したスキルを他者に与える事も可能だ」
「という訳で、スキルリンクを解禁しました。以後、使用時には守護者にお申し付けを」
「世界の法則に沿った、無理の無い範囲での物しか作れないという事を覚えておくが良い」
「ちなみに異界のおやつ、というスキルを守護者側で作成済み。そこそこ融通が利いて、便利なのですが」
「他者にスキルを与えるとなると、相当な制限が掛かる。
下手をすれば、自身が平気でも他者が使えば命に係わる事もあるのでな。
例えば、その異界のおやつだとかいうスキルも、
他者に与えて使わせると、単なる毒物が出来上がる事もあるかもしれんな。
それだけなら良いが、突然変異を起こして新種の生物を作り出す事も、過去に我は見ているぞ。
アレは…この世のモノとは思えぬ程の、舞茸から作成者の手足が幾重にも生えて来る光景は何とも…」
「つまりは、マスター専用に作ったスキルは他者には上手く使えないので止めましょうですね」
一通りの説明を終えた守護者と始祖竜は蛇を見据える。
ちゃんと聞いていたのか、そう訴えている両者の瞳は、疑いの眼差しですが、今回のヨルンは寝てませんよ?
そんな意思を込めて見返す事の、口を開きましたが。
「分かった。実験が必要そうな案件については保留。
今はオリジンスキルがどういう物かを理解しました。
レヴァンテインさん、ありがとね!」
お礼も済ませた所で、新たなスキルに関しては実験あるのみ。
お暇が出来た時の優先事項としておきましょう。
こうして全員がそれぞれの意味を込めて頷いた時、竜の頭が別の方向を向く。
「うむ。ところで、先の爆発についてなのだが?」
どうやらレヴァンテインは話をする前に起きていた、爆発音の件を聞きたいようだ。
確かに思い出してみれば気にもなる。
守護者をみやれば、ああそうでした一言、少々の間をおいて話し始める。
「前知識として、自称で神を名乗る者が我等の陣営にちょっかいを出していました。
その自称で神と名乗る変な奴がまた出没して、またまた自滅したようでした。
どうやら他者の肉体か精神を支配し、操る芸当が出来るらしく、
それ等を何度倒しても、やってくるタイプの面倒な相手のようです。
これ等の情報については、リフが拷問と改造ついでに調べ上げた情報ですね。
そして都合良く、あのサプが本体の居場所を突き止める事に成功したので、もう終わりでしょう。
魔法都市のピュートンティアとやらで現、魔術ギルド長をしていたようです。
次の行動の選択肢が増えましたが、始祖竜ルートと自称神ルートを比べるとしたら?」
どうやらヨルンは殆ど関係していないが、何度か聞いた事のある自称神の件がまだ続いていたらしい。
どうにもしつこい相手のようだが、話に聞く分には別にどうでもよさそうな案件ですし、
魔術ギルド長と言えば、元魔術ギルド長ならヨルンに魔法を教えてくれたおっちゃんがそうでしたっけ。
つまりはヨルンとの関係は、顔を合わせた事はあったような無かったような。
記憶にも残らない程度の、自称神なんて特に気にもならないレベルですね。
「勿論、始祖竜ルートを迷わず選ぶのだった」
聞くまでもなく次は始祖竜であるギヌンガに会いに行くの巻が始まるのです。
こうしてヨルンの意思を確認した守護者は、予想通りといった反応を示して、
指先から光を放ち、合図を一つダンジョンコアへ指示をした。
「ですので、この自称神ルートの件については、過剰戦力を用いて早急に処分致します」
そしてヨルンが興味を示さなかったイベントは強制終了のお知らせが、テロップとして視界の端に流れた気がしました。
顔も知らぬ自称神。長々と食い下がった気がしますが、ふと脳裏に過ぎるお約束な一つの展開。
「ん~、良くある、フラグで不利な展開にとかは?」
なので確認を取ってみる事の、少年誌で良くあるピンチな展開を軽く守護者に送り付けてみれば、
帰ってくるのは阿鼻叫喚な地獄絵図なビジョンが何十にも映し出されてヨルンは完全論破される事となる。
「リムのG計画を発動。その後にアジダハーカとアスピク、他エルドラド全勢力をぶつけます」
その内容も改めて、守護者から口に出され、視覚的にも映画館さながらの巨大スクリーンに映し出されて、
レヴァンテイン側の反応も、正しく目が点になって見ていたレベルでしたね。
リムのG計画とは、ネーサンが丹精込めて育てた黒光りしてカサカサする、小さいモノから巨大なモノまで。
アレな虫達を億を超える数で送り込むという内容である。
しかもソレ等は魔物としての戦闘能力まで備わっているのだからタチが悪い。
虫やその他の生物としての習性を利用して退治する事も出来ず、数は現地でどんどん増えていく。
間違いなく滅ぶ。この国はおしまいだ。救済も何もあったものではない。
G計画。それはネーサン主催のお祭りイベント。
発動すれば、人間達はその世界を守る為に防衛軍を作って、
初期のステージから装備持参で最高難易度設定でお願いしますなといったレベルらしい。
全ステージ合わせて120ぐらい頑張ってね、との事。
ヨルンの考える限りにはどう考えても勝ち目は見えず、ネーサンイベントには隙も無ければ慈悲も無い。
よしんば切り抜ける可能性があったとしても、相当な被害は出るでしょうし、
下手にネーサンの怒りを買えば、追加ダウンロードコンテンツにより、
Gは変異し、さらに狂暴性を増したりもするとの事。
述べれば切りの無い絶望に加えて、守護者はなんて言っていましたっけ?
「G計画から、その後は必要?
アジダハーカも爆発してなかったっけ?」
エルドラドの全勢力をぶつけますとも言っていた。
ネーサンのG計画については女神様でも泣いて謝って懇願するレベルの酷さだったのに、
その後に控えるのは、魔人も真顔で土下座するレベルの本気勢力まで向かわせるつもりらしい。
「アジダハーカについては修復可能。
G計画で生き延びたのなら、ご褒美に欲しがっていたものをプレゼント。
予備の戦力も山ほどにありますから、今の所はこのような流れになります」
悦に浸る守護者の様子を見るにどうやらヨルン達の敵と呼べる者が、
その自称神に向けられているらしく、徹底的に叩き潰すスイッチが入っているようでした。
始祖竜のレヴァンテインも、映し出されるシミュレーション映像を、
お菓子を摘まみながら見ている事ですし、干渉をする気は無し。
また一つ、人間達の国が滅びようとしている中でヨルンは思う。
一応の区切りであるヨルンが生まれてから10年まで、残りの期間はどのぐらいだったか。
好き放題に生きているヨルン達は、敵が現れるかどうかの検証中でもあり、こうして戦力も増強している訳なのだが。
その気配は一切感じる事無く、今の今までを過ごしてきた。
勇者と呼べるような者が立ち塞がって、人間界の危機を乗り越える。
ヨルン達の前に、そういった類の者は現れる事は無いのだろう。
そう心の中でフラグをあえて建築しつつ、
ヨルンはふと感じる何かが、自らの内で燻っている事に気が付いた。
あの女神様が、自分達をこうまで好き放題に放逐しているのには理由はあると言ってたっけ。
ならば、その時が来るまで自分達がするべき事を、やれるだけやっておかなくてはなと。
ヨルンは改めて女神様の、お前達にも働いて貰う。
という言葉を心に刻んでおく事にするのだった。
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