- 豚を焼く蛇 -
体がデカイと腹が減る。
そんな気分で激しく動いてしまっているが、意外とと言うべきか?
燃費が良くて、何も食べずとも体の調子は良好そのもの。
そんな体は意識をすれば、やっぱり大きすぎて、さらには重量がヤバイ。
何がヤバイかと例えれば、うっかりその辺の木にぶつかっただけで倒木させる蛇は異常である。
お陰様で動きが慎重かつ大雑把になり、物音を立て放題な蛇は、我が物顔でなわばりを広げていく。
動きに関しては、慣れれば少しはマシになるだろうけれども、
隠密行動には大幅なマイナス修正が掛かってしまう事だろう。
なので隠れる気が全く無くなってしまった蛇は行動範囲を広げて移動を続けている。
そして、何の為に動いているのか忘れてしまった所で思い出す。
良い匂いがするな?
そういえばこの辺りはゴブリンの集落だった筈だ。
とはいえゴブリンは不味い。積極的に食べる気にはならない。
丸ごと呑み込むなら別に良いとして、この匂いはなんだったか?
思い返せば、アイツ等って、火を使えるんだったっけ?
アレ等は確かと、鍋を用いてクソ不味い料理を作っていた事を思い出す。
思い出した所で不思議に思い、考える。
アイツ等は火を使える。何か道具も使う。
つまりそこそこ頭は良い。デカイ蛇さんがひょっこり現れる。
蛇さんは余裕で殲滅可能だと思われる。
楽に無双してしまうと、経験上…アイツ等は逃げる。
結果、集落を放棄して散り散りになるゴブリン達。
特にそこまで腹が空いていない蛇さんは何となく、
過去に食べた事のある…、クソ不味い鍋の味を思い出しただけだ。
颯爽と飛び出して、鍋だけ頂いて、誰も殺さず、走り抜ける。
これを達成すれば、相手側にとっても意味が分からずといった所だろう?
ゴブリン側の頭が良ければ対策はされるかもしれないが、
1度か2度ぐらいだったら問題無いだろう。
とりあえず思い出したからには、何かちょっかいをかけて反応を楽しみたい。
知識を深める実験的な意味合いも込めて、蛇は悪い笑みを浮かべてしまう。
抑えきれぬ衝動を得た蛇は、これ以上何も考えずに行動を開始する。
ゴブリン共~、この蛇様に飯を寄越せー。
等と心の叫びを巻き散らしながら、声を出せぬ蛇は鳴き声とも似た何かを響かせる。
ついでに大地を揺るがす震動を、わざとらしく鳴り響かせる事で蛇はさらに満足をする。
ノリに乗った蛇は意外と冷静で、この辺りに来るのは久しぶりだったなぁ…等と思いに耽る。
しかし思いに耽った所で、侵攻する巨大な蛇の姿は、自然災害とも似た何かだったりする。
ゴブリン集まる集落の近くで、このバカ騒ぎ。気付かれて然りだが、相手さんの対応はいかに?
冷静に観察すれば、非常事態を知らせるゴブリン達の様子が見受けられたが。
ソレ等は慌ただしく叫びながら、蛇に見向きもせずに既に動き回っていた。
蛇に気が付いたゴブリンも何匹か居たようだが、
ソレ等の数は少なく、卒倒するなり近くのゴブリンに掴みかかって指差すなりをしていた。
一応、このゴブリン達の騒ぎは蛇の影響もあるが、元から何かがおかしかったらしい。
既に何者かに、集落を襲われていたらしく、蛇が到達する前から戦闘態勢に入っていた模様。
なってこった。
これじゃあ、ゴブリン特製のクソ不味いお料理が食べられないかもしれないじゃないか。
怒りに身を震わせるがままに突撃を開始する蛇は、ゴブリン達は無視して自己をアピール。
強大な魔物の咆哮を耳にした全ての者は、何事ぞと巨大な蛇の姿に視線を集める。
ゴブリン以外の者も、蛇はその時に発見した。
蛇の視界に入るは、豚っぽくて大き目なその人型な姿。
革製な防具を身に纏ってはいるが、野生的で作りは荒く、尚且つ防具からはみ出た腹はぷっくりと大きめ。
所謂デブだ。しかしながらにその腹は筋肉質で、
ゴブリン側のなまくらな剣では貫き通せない程度には強靭だったりもする。
そんな美味しそうな肉体を防具の外にさらけ出しているアレはオークであるな?
思考の時間は、一瞬の静寂となり、次の瞬間に大きくなる騒ぎ。
見た所で、倒れ伏すゴブリン達の数匹はもう動かない。
オークが立ちはだかる数匹のゴブリンも依然として奮闘中だったが、
蛇が現れた事で、その流れは大きく変わってしまったようで、
オーク側が特に大きく狼狽していた。
ゴブリン側は、もうどうにでもなれ精神なのか、
蛇を無視して決死の覚悟でオークに挑んでいるようですね。
とりあえずの所で、ゴブリンとオークは対立している?
どちらにしろ、面白くなりそうだから観察していても良いが、
興奮気味に力を持て余している蛇さんは、空気も読まずに場を荒らしてくれようぞ!
心の叫びとしては、チェーストォー!
等と気合を入れつつ、蛇の体をバネに変えての大ジャンプ。
着地地点はオークの真上に、避ける事敵わずな豚さんの驚愕の顔が視界に入る。
その場から動くことも無かった、オークの心情はどんな感じだったのか?
というか、何で動かなかったんですかねえ?
漫画や映画の演出じゃ無いんですから、動けばこんな時間の掛かる攻撃なんて避ける事が出来たでしょう?
知ってるんですよ、オークって体が大きい割に意外と動ける種族って事を。
お陰様で初撃というか、単なる圧し掛かり攻撃で絶命しちゃったじゃないですか…
でもまあ、外しても問題無しな展開でしたし。
オーク側が避けた所で、追撃すれば問題無し。
迎撃に掛かってきた所で、まきついてしまえばそれで良し。
もしも、予想外な実力者だったとしても、やっぱり問題は無い。
多分ですが、このオークは小物だったんですね。
そしてソレを相手に手こずっていたゴブリン達はそれ以下な訳だ。
しかしながらに、強者を相手にソレを倒す計画を持って行動していたのだから評価をしよう。
ゴゴゴゴゴッゴッゴゴォー!
落石の罠が起動していたらしく、オークの居た場所。
つまりは自分の居座る位置に巨石が勢いを付けて転がって来ていたのだ。
ふむ? よくよく見れば、オークの足には深い傷跡が幾つも付けられていていますね。
もしかすると、蛇の踏みつけでポッキリと折れた訳では無かったのかもしれません。
意外とがんばるじゃないか、やられ役だとばかり思っていたのに、良い抵抗をしおる。
そんなゴブリン達の評価も程々に、目前に迫る巨石は星食いにて頂いてしまいましょう。
キュオーンっと蛇のお口に吸い込まれた巨石は別段美味しい訳ではない。
こんなものでお腹を一杯にしてしまっても何だろう。
吐き出してしまえ。って事で被害の無さそうな岩壁に向かって吐き出せば、
ドッゴォーンと良い音を立てて、衝撃と地鳴りが巻き起こる。
多分自分を狙った訳でもなく、オーク狙いの巨石攻撃だったので蛇さんは何も言うまい。
乱入したのは自分ですし、獲物も奪ってしまいましたし、命の危険もありませんし、特に怒りも何も感じません。
それにゴブリンは怯えるだけで、これ以上にちょっかいを掛けて来る訳でも無し。
動けるゴブリン達は退避して、中途半端な円陣を組んで遠巻きに見てるだけですから、
観察するには都合良く、丁度良いと言えば丁度良い布陣になりました。
そしてさらに丁度良く、転がる火の付いた棒っきれ。
ゴブリン達が武器の一つとして使用していた物でしょう。
さらには都合良く、燃える物はそこらかしこに転がっていた。
そんな転がっている物の詳細としては、木製で乾燥している櫓のような物。
ソレは再利用するにしても、もう使い物にならない程、バキバキに壊れていますし、燃やしても良いでしょう。
という訳で、火種を放り込む事の、上手い具合に燃えました~。
この火力ならアレをやれるのではないか?
予想以上の火力に何かを思いついた蛇は、豚を焼くことにした。
器用に全てをこなす必要はない。
火を大きくして、豚を投げ込めば良いだけの事だ。
そして自身の耐久テストもしてみたが、やはりというべきか。
このぐらいの火の勢いならば、自身に影響を与える事は特に無い。
一方で、火に包まれた豚の表面はこんがりと焼けている。
このまま焼き加減はウェルダンにしてしまおうか。
ミディアムは難しそうだ。今ならばレア程度な火の通りで丁度良さそうだが?
変な考えをしてしまったが、そもそもにコレはステーキを焼いている訳ではない。
豚の丸焼きだ。それも雑な焼き方の丸焼きだ。
そしてコイツは豚扱いだが、魔物で人型だ。
しかし豚っぽいので豚の丸焼きとして扱おう。
どこか遠い世界で、ちゃんとしたお店で作る、ヘルシーに仕上げた豚の丸焼きとは全く違うが、
不格好に焼けたこの豚の丸焼きは、まあまあ美味い。
もしゃり、もしゃりと、炎の中で食べ進めてはいるが、これが中々にイケるではないか。
自分も焼かれてはいるがダメージは無いし、焼きながら食べるお肉も良いものだ。
そう…、焼いた肉を食べているのだから、こうなると塩が欲しい。
専用のタレとまではいかないにしても、何か無いものか?
忘れかけていたゴブリン達を思い出しながら見下ろしてみるが、蛇の意思が伝わる訳でも無し。
やがて豚の丸焼きも無くなった頃、気合を入れて一喝すれば、広がっていた炎の全てが鎮火。
とりあえず満たされた気分になったので余は満足である。
堂々と前に進めばゴブリンは道を開け、その他の子鬼も呆けた姿で棒立ちだ。
そんな姿を確認した蛇は思う。
こいつ等が火を使えるなら、獲物を取ってから、また来てみるか…と。
* * *
ゴブリンやオークはそこそこ頭は良いらしい




