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蛇だって太る

(痛い!痛い!)

 幼女に足蹴にされつつ、ヨルンは歓喜の鳴き声をあげる。

 別に甚大なダメージを受けている訳ではないので、ここは喜ぶ所なんです。

 マッサージも程良く体を痛くして、効いていると錯覚させる手法がありますからな。

 効果は微妙だと知りつつ、あの痛みと快感を求めて通う人達もいるらしいですし。

 整体だってゴリゴリ骨を動かして矯正する時には痛いものです。

 でもアリエルは、ただ単に蹴っているだけですけれど。

 いつも以上に長い時間の蹴り攻撃にて、普段通りにヨルンの思考が逸れました。


「まあ、でかくなるのは予想通りだったけど、流石にこれは…、おっきいわ」

(まだまだおっきくなる可能性はあるのだ)

 おっきいと言われたヨルンは気を良くし、胸を張って成長の余地はあると主張します。

 高みよりアリエルを見下ろすヨルンは、ふんすふんすと鼻を鳴らし上下にピストン運動を始めましたよ。

 これでもかという程に柔軟な蛇の体は、どこまで曲がるのか。

 外すのが大変そうですが、蛇の体を用いて色々な結び方をしたりも出来そうなぐらいです。

 アリエルは上下運動を繰り返すヨルンを見て言葉をしばし失っていたようですが、やがて口を開きます。


「フラワーサーペントから先なんて聞いた事ないわよ」

(ならばヨルンが進化してして見せようぞ)

 アリエルは否定するが、そもそもにヨルンは元がランクA魔物となっているのだ。

 一度体験しているのだから、今度もそうなるだろうという確信がヨルンにはある。

 とはいえ、今のこの姿でも相当なものだと溢れる力に溺れそうな思いをしている所なのです。

 もしかしてサーペント種はこの辺で打ち止めなんですかね?


「ま、期待はしとくわ。本当なら他の進化先が良かったんだけど。これはこれで…」

(期待するが良い)

 進化先があるのかと疑問には思ったが、ヨルンとしてはまだまだ先があると信じる事にして、

 今後も修練を積むと心に決意を固めて、期待をするアリエルに意思表示をするのです。

 しかし他の進化先とは、何があったのか。後で聞いてみたいものです。


「急に偉そうになっちゃって、態度もデカくなったじゃない」

(でかくなって、お腹もすいたのだ)

 という訳で、ご飯を催促するお時間です。

 基本的にヨルンの食べるモノは木の実だったり何か分からないタマゴだったり、

 どこか覚えのあるお野菜も、スープにしてたんまり頂いておりました。

 あとは魔石なんかを相変わらずに食べてレベルアップといった所ですかね。

 食費にしてみると、そこそこに掛かっているようでした。


「たい肥でも吸収してなさいよ。花なんだから」

(嫌なのじゃー。おいしいもの食べたいのじゃー)

 そして体も大きくなったヨルンは、さらに食料を要求する事でしょう。

 折角の人間界なんです、もっと美味しいモノを一杯食べたいじゃないですか。

 森の中で狩りをしながら自給自足の生活なんて戻れなくなるぐらいに良い物を食べたいんです。

 とはいえ、美味しいもので言ったら真っ先に思い浮かんでしまうあの甘いモノ。

 ネーサン特製の蜂蜜の味を思い出し、思わず涎が口元から溢れてしまいました。

 そんな様子を見て落胆するアリエル。

 ふと今の状況を考えてみると傍から見たら魔物が幼女を前に舌舐めずりをしているようにも見えますな。

 当のアリエルが考えている事は、別の問題しか頭にないでしょう。


「そんなにデカくなって、食費どんだけ掛かると思ってるのよ」

(しゅーん…、ヨルンは小さくなるのだ)

 素直に食費の事を引き合いに出されてヨルンは小さくなるのです。

 文字通りに体格を変化させるスキルを使い、アリエルよりも小さくなったヨルンの出来上がり。

 呆気に取られるアリエルの表情はなんとも表現し辛い可愛さだ。


「…なんで本当に小さくなるのよ」

(ヨルンは体格まで自在に変えられるのです)

 気の向くままに意識を向けてみれば、あら不思議。

 一度覚えた事のあるスキルは、いとも簡単に覚えなおす事が出来るみたいですね。

 こうして便利なスキルを覚えたヨルンは、体の大きさに困り、日常生活に支障をきたす事は無くなった。

 人前に出る時は小さい方が何かとお得ですからね。

 アリエルもスキルならばと納得し、これは便利ねと小さくなったヨルンを撫でまわす。


「食べる量減ったりするの?」

(いいえ、変わりません)

 変わるかもしれませんが断言しておきましょう。

 量を減らされたのでは、たまったもんじゃありませんし。

 幸いにもアリエルにとっては想定内だったらしく深くは突っ込まれませんでした。

 そんな幼女が触れて、やさしく撫でる手付きは今、

 ヨルンの花らしき部分であり、襟巻きのような部位を興味深く注視しながらに行為は行われている。

 ゾワゾワするこの感覚はヨルンにとって未知の領域。

 感覚器官としては何やら触る以外の事も感じられて尚、ボロボロにされながらも綺麗に再生する部位となっているようですな。

 そう思っていたらブチリとアリエルが一枚引き千切りました。


(あんまりだぁー!)

「ほら、もう生えて来たわよ?」

 痛みは然程ではありませんでしたが、不意打ちというのは驚くもの。

 怒りの感情が籠った花粉がついつい噴出。

 ボフッという効果音と共にヨルンの花より粉状の何かがアリエルを包みます。


「グギャワー!」

(スッキリ)

 おおよそ幼女の放つ声とは思えない程の勢いで悲鳴が聞こえましたがヨルンは知りません。

 致命的な毒性はヨルンの観察眼によれば特に無さそうなので放置安定です。

 やがて粉モノに塗れたアリエルが酔っ払いとも似た仕草でグルグル目になりへたり込みましたよ。

 どうやら意識を混濁させる系の効果があるようです。

 精神に干渉しちゃう系の呪術を組み合わせて効果が増す系ですね。

 折角ですから幼女が回復するまでじっくりその様子を観察させて頂きましょう。

 起き上がろうとするも立ち上がれないその姿。

 ヨルンの体を支えに、ヨタヨタと立ち上がり、そのままお尻からすってんころりん。

 中々に強力な花粉のようでした。

 アリエルでコレなのだから一般人相手だと、そのまま他界してしまうレベルかもしれませんね。

 なるべく花粉の発動は控えようと心に決め、幼女を助けるべくヨルンは癒しの呪術を試みた。


(アリエル、大丈夫?)

「これは、強烈だわ。思った通りね」

 回復したアリエルは特にヨルンを糾弾する事無く、これでもっと稼げる等と、何やら考えがある様子。

 この商魂に逞しい気概がアリエルの持ち味なのですな。

 ヨルンも助けになるのであれば皮の一枚や二枚ぐらい脱いでみせましょう。


「まあ今まで通り、ヨルンには稼いでもらうけど、暫くは色々調べるわよ」

(はい、願ったり叶ったりだよ)



 そういう訳でヨルンはフラワーサーペントとなった自身の体を調査しにサイレンの元へ向かったのだった。



「来たか、早速…解剖」

(やだー!)

「する訳ないからさっさと調査をお願いするわ」


 調査費用:金貨50枚


「高い」

(金貨がいっぱい必要)

「これでも、まけて…やってる。ほうだ」


 サイレンが言うには調査するにも魔石が必要らしく、ランクがCの魔物ともなれば費用もそれなりにかかると、この値段らしい。

 予想ですが原価として金貨10枚ぐらい掛かって50枚ぐらい請求してるパターンですよね。

 そんなヨルンの予想は、ほぼほぼ当たっていたらしい。


「金貨5枚にしなさい」

(10分の1)

「ダメだ…せめて、15枚」


「初めからそう言ってれば良いのに。10枚で済ませなさい」

(アリエル厳しい)

「オマエ…少し、ぐらいは、此方の…、事情も」


「施設内でアンデッド発生させといて何言ってんのよ。

 話は聞いてるわ、ヨルンが処理したんでしょう」

(ヨルンは複雑です)

「それについては、謝罪、しよう。

 値引きは、今回だけ、だぞ?」


「謝礼の話はどうなったのよ?」

(貰う予定だったの?)

「そっちは、ヨルンに、直接渡して…やる」


「それなら、まあ良いわ。はい、金貨5枚よ」

(10枚じゃなかったっけ?) 

「もう、それで…良い」


 これにて交渉完了のようで、金貨5枚を渡してヨルンの調査がされます。

 最近のアリエルは、何かとはっちゃけて暴走しているようにも思いますが、

 多分ヨルンと愉快な仲間達が影響を与えてしまっているのでしょう。

 元からアリエルはこんなだった気がしますけどね。

 という訳で、サイレン式調査術によるヨルンステータスのご開帳。

 


――――――――――――――――――――――――



 名前:【ヨルン】ランク:C 種族名:『フラワーサーペント』

 Lv:13 HP512/512 MP512/512


 攻撃:(C)280

 防御:(D)426

 魔法:(C)476

 速度:(A)339


 ・ユニークスキル:『触手?』『***』『***』『***』『***』『***』『***』『***』

 ・攻撃『尻尾関連+6』『体当たり+3』『転がる+3』『牙+3』『蛇眼+3』『威圧+3』『***』

 ・特性『体格変化』『熱源感知』『暗視』『隠蔽』『幻惑』『幸運の卵+7』『***』

 ・通常『追跡+3』『暗殺+3』『受身+4』『見切り+3』『脱皮+2』『毒持ち+5』『***』

 ・耐性『状態異常無効』『属性耐性+1』『魔法耐性+1』『腐食耐性+1』『呪術無効』『***』

 ・EX『ヨルンに聞け』


 追記:異常であるの一言に尽きる。

    何故か触手がユニークスキルとして目に付いたが特殊な能力があるのかもしれない。

    スキルの数が異常であり、全てを把握する事は困難。

    ランクとしてCに分類したが+を付けても問題ないだろう。

    ユニークスキルの詳細次第でBに匹敵する可能性も有り。

    闘技施設内で相手となる魔物はもういないので、今後ヨルンの魔物部門への参加を禁じる。



――――――――――――――――――――――――



 とまあ、こんな感じらしいです。

 ステータスが同じC帯で、過去に見た子達と比べ少ないのが気になりますね。

 スキルに関しても不明な部分があるらしく、ユニークスキルなんてほぼ開示されてません。

 御大層に調査なんて銘打ってますが、守護者に比べればまだまだですな。

 追記の最後に魔物部門での参加は禁じられましたが、

 ここ最近のヨルンさんは人間相手にボコスカやってたので実質な損害はありません。

 そんな中で、例のスケルトン事件ですけど、ヨルンのお咎めは全く無しです。

 むしろ感謝されてしまったので、逆に不安になるこの頃でした。 


 ともあれそんな不安なんて周りは気にしちゃいない。

 アリエルは食い入るようにサイレンの調査結果を見続けて、質問を繰り返しています。

 何せユニークスキル欄が、ほぼ不明なんですもの。

 ヨルン自身も幾つあったかすら覚えてませんからね。仕方ないね。

 サイレンの方はと言えばちゃっかりとヨルンの花びら一枚を切り取って着服しておる。

 直に生え変わりましたけど、切られたり千切られたりと痛いのです。

 人間感覚でいう所の、髪の毛を抜かれた以上で爪を剥がれた以下の痛みって所ですかね。

 どちらにしても一言断るぐらいはして貰いたいものです。

 ヨルンさん怒って花粉バラ撒いちゃいますよ?


 ボフンッボフン。


 なんて思ったら花粉が漏れちゃいました。

 どうやら感情の高ぶりで放たれてしまうようです。

 ヨルンさんやっちゃいましたが、流石は魔物を相手取る職業に付いているサイレンさん。

 変な掃除機を彷彿とさせる魔道具で、飛散する花粉を根こそぎ吸い取ってるじゃないですか。


(花粉出ちゃった)

「気を付けろ、今の…オマエは、相当、危険だ」

「サイレン、それ幾ら?」


 便利そうな物はとりあえず欲しがる、それがアリエル。

 サイレンさん相手だと大体こんな感じなんです。

 そうして金額を提示するサイレンさんなんですが、金額は多分相当に割り増してます。


「金貨、50枚。だが…重いぞ。魔石も、必要で…携帯には、向かん」

「じゃあ要らないわ」

(ヨルン気を付ける)


 金銭のやりとりも程ほどにヨルンは思う。

 彼等に流されるがままに行動していれば、とりあえず人間世界で生活していく分には問題無いだろうなと。


 やがて普段通りのやり取りを終えたアリエルはヨルンを従え街中を闊歩する。

 ヨルンは流石に大きい体では目立つので、小さく短く姿を変えて、アリエルの邪魔にならぬよう追従するのだ。

 そんな蛇としての生活も特に不自由無く、安定している。


 何も問題の無い日々を過ごす事の一か月が経過した。


 比べてみる事の一月前と今のヨルン。

 成長したヨルンの姿は明らかに違うモノとなってしまう。

 単純に分かり易く、一言で表してみるならば。

 

 太った。


 減ってしまった運動量。

 増えてしまった食事量。


 こうなってしまったというのも、なんというか敵がいないのだ。

 日々のトレーニングは続けているものの、平和な生活を送り続けるヨルンは堕落していた。

 それでいて幸せな毎日を送るヨルンは今以上に強くなる気が失せていた。


 このままではイカン。

 魔人と戦う所ではない。

 自分一匹だけの思考では、だらけ続けるだけだ。

 思い立ったがヨルンは動く。


 誰かに相談してみるべきか。

 思い立ったが今。相談出来る相手と言えば、誰が適任か考えてみよう。


 先ずは一番身近な所にいるポンコツなアリエル。

 そして魔物の事なら大体知ってるペストマスクで怪しいサイレンさん。

 呼べばやってくる、とりあえずヨルンより大分強いスライムのサプ。

 後は相談してしまうと後に引けなくなりそうな魔王的なネーサン。

 選択肢を増やすべくヨルンは考える。

 他には誰がいたか、魔石を貪りながら考える。

 考えるだけ考えたヨルンは、結局何も思いつかずにとぐろを巻いた。


 こうなれば考えるよりは行動である。手当たり次第に声を掛ける!

 だけど今は夜中であるからして、おやすみの時間です。

 明日頑張ると決意を固めつつ、心地良い眠気に誘われるがままにヨルンは微睡んでいくのだった。



   *   *   *

そろそろヨルン頑張る。

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