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【一般冒険者の憂鬱】

何の変哲もない、特に普通であるただの冒険者視点らしい。

 一介の冒険者の前に風呂敷を背負う蛇の魔物が現れた。

 尻尾の先には蜘蛛のような姿をした何かが付いている。

 器用にも、その尻尾の蜘蛛を動かして、槍のような足を扱い、風呂敷包みを首元へ結んでいた。

 その背中であろう部位には、ふっくらとした中身の詰まった風呂敷包みが背負われる事になる。


 中へ詰めていた物は主に食料品である。

 金属質の首輪をテカらせて、首輪には複数枚の金貨が下げられている。

 蜘蛛の足を二本使い、その一枚を手渡していた。


 首輪と識別用のプレートが付いているという事は飼主がいるという事だろう。

 しかし周りを見渡せども、その蛇以外に関係する人など誰もいない。

 つまり、放し飼いである。魔物には常に飼主が付いている必要がある筈なのだが。

 ソレはまるで街中に溶け込んでいる野良の愛玩動物の様に。

 いや、単なる愛玩動物はそもそも買物なんてしない。

 ましてや蛇だ、体が長くて少々ごつい、尚且つ尻尾には蜘蛛の様な部位まで付いている。

 そんなモノがまるで人間の一員であるかのように我が物顔でソレは街道を這っていた。

 すれ違う人々も、その姿に視線を向ける事はするが大した問題ではないとすれ違っていく。

 それどころか、全く気が付かずに傍に寄り、踏みつけてしまう者まで居た。


 当然のように蛇は怒る。

 抗議の声を上げるかのように口を開けて音を鳴らす。

 踏んでしまった当人は慌てるものの、頭を撫でて謝罪の言葉を一言のみで事は済んだ。


 アレは、アレは一体なんなんだ?

 疑問に思い、好奇心に駆られて冒険者は後をつけている。

 隠れながらに尾行中、冒険者は自身の魔物についての知識を振り返る。


 魔物に買い物をする頭があるのか。

 あの魔物はどんな種類だったか。

 飼主がいるようだが、飼われている魔物はどんな扱いだったか。


 まずは魔物に知能があるかという話だが冒険者は考える。

 答えはそんな事ある訳ない。

 しかし目の前で行われていた取引は釣銭まで正確に行われ、一方的だったが会話もしていたようだ。

 蛇側も頷いたり相槌を打つかのように、喉の奥から音を鳴らしたり等もしていた。

 人間の言葉も理解しているのか?

 考える程に、冒険者の常識が崩壊していくかのようだった。


 次にあの魔物の種類である。

 蛇の魔物は冒険者も良く知っている。

 一般的な、何とかスネークとか呼ばれる系の小さめであるが魔法を使う種も多い蛇。

 ヴァイパー種と呼ばれる模様が綺麗で毒性を持ってたり等が多めな蛇。

 パイソン種と呼ばれる巨大な蛇。コブラ種とか言うエリを広げてヒューッと音を鳴らして威嚇する蛇。

 後はサーペント種と呼ばれる、亜竜の血が混じり、魔物としても相当に高い能力を持っている種。

 観察するに、この蛇の魔物はサーペント種という事で間違いないだろう。


 そしてサーペント種という事は中々に手に入らず、値段も白金貨以上という魔物であると聞いている。

 それが本当ならば、なんというレアモノだ。

 そんなものが常識外れて街中を我が物顔で闊歩している。

 それでいて街に溶け込める程に、認知度もあるというのか。

 もしかするとこの蛇の魔物は良い所の貴族様に飼われている蛇なのかもしれない。


 飼主の素性はどうあれ、その飼主は何処に?

 道中で子供達が魔物に寄っていくのは目撃したが、無視を決め込む蛇に飽きたのか直に散り散りになった。

 どうやらあの蛇には目的があるようだが、予想するにどうみてもお使いである。

 このまま尾行を続ければ、飼主が居るであろう場所まで辿り着くのだろうか?

 冒険者は好奇心の赴くままに、後をついていく。


 やがてその蛇は冒険者ギルドの入り口で立ち止まる。

 立ち止まったものの、中に入る気配はない。

 左を見て右を見て、ドアを眺めているようだった。


 やがて首を伸ばしドアへ顔を押し付ける。

 2度、3度と繰り返すものの開く気配はない。

 それもその筈で鍵がかかっている、施設のドアはちょっと特殊な開け方がある。

 見る限りに蛇の魔物は、開け方を知らなかったらしい。


 観察する蛇の視線はやがて、ドアのノッカーへと向く。

 そう、ソレだ。冒険者は心の中で蛇を応援していた。

 背中の荷物に邪魔されながらも必死でがんばるその蛇の姿を見てそうしたくなったのだ。


 実は目の前のドアは普通のとは違う、珍しい方式であり、ノッカーを鳴らす事で鍵が開く魔力式のドア。

 この冒険者も今の蛇と同じ行動を取った覚えがあるが故に応援したくなったのだ。

 中々上手く出来ない蛇は尻尾の蜘蛛を使い鳴らそうと試みた。


 そして、鳴らす前に鍵が開く音がする。

 直後、ドアが勢い良く蛇側に開かれた。


 たまに居るんだよ、蹴破る勢いでドアを開く馬鹿な奴が。

 表に誰かがいるかもしれないという可能性を廃して、依頼への不満点なんかをドアに怒りをぶつける荒くれなんかが主だろうか。

 かくいうこの冒険者も被害者の一人である。

 乱暴に開かれたドアにより、弾き飛ばされ、床を転がる羽目になった彼はその後、

 無言の腹パンで数名の同業者を逆に這いつくばらせた事を思い出す。


 目の前では蛇が一匹、風呂敷の荷物を飛散させ地に伏してで伸びていた。

 不意打ちでのドア攻撃の威力は想像を絶するものがある。

 打ち所が悪ければ鼻が潰れ、吹き飛ばされれば段差による落下で追加ダメージを受ける可能性もある。

 そしてこのドアは都合の悪い事に、枠が金属製で魔力を流す為か重量もあったりする。

 そんなものを真面に受けてしまった蛇のダメージは相当なものだろう。

 何せ今回も、機嫌を悪くした荒くれ共がドアを蹴破った威力がそのまま直撃したのだから。


 平伏す蛇を見て、荒くれたちが騒ぎ出す。


「オイ、魔物がいるぜ」

「冒険者ギルドの真ん前じゃねーか」

「一体どーいう事だぁ。アアッ?」


 3人の見るからにな荒くれは鬱憤の捌け口を見つけたようで、絡み始めたではないか。

 後に理由を聞けば荒くれ共の機嫌が悪いのは、持ち込んだ蛇皮の素材が全て痛んでおり、

 使い物にならず買い取って貰えなかったことにあるとか。


 対する蛇は荷物をせっせと、自らの体を使い、飛び散った荷物をかき集めていた。

 目の前の荒くれを無視するかのように、広げた風呂敷の上に荷物を纏め、一息ついた時だった。

 荒くれの一人が、見計らったかのように荷物を蹴り上げ、辺りに飛散させてしまった。

 その時点で、ぐしゃぐしゃに潰れてしまった食料品の入った袋は、もう使い物にはなるまい。


 荒くれ達の行為に怒りを覚えるのは至極当然の事。

 顔を男たちに向けて、睨み返す蛇には人間並みの感情が備わっているようにも感じる。

 等と観察している場合ではないだろう。


 後をつけて観察しておいてなんだが、自らも冒険者の一員であるからして、

 冒険者ギルドの前に現れた所でなんら不自然な点は無い。

 それに厄介な事になる前に諫めれば、飼主より謝礼の一つぐらいはあるかもしれない。

 そんな邪な思いが無い訳では無いが、どちらにしろ魔物が街中で暴れてしまったとなれば誰もが損をする結果にしかなるまい。

 考えるが早いか、荒くれを静止しようと冒険者が飛び出した。


「お前達、また揉め事か? 何をしている!」

 それはファンタジー宜しく、狙いすましたかのようなタイミングで颯爽と現れるイケメンの如し。

 お約束と違うのは、庇う対象が町娘や幼子でもなく、ヒロインでもない。

 何処か変わっている蛇の魔物を背に、恰好をつける別にイケメンでもなんでもなかったフツメンが助けるシチュエーションだった。


「ゲェ、お前はあの時の」

「誰だっけ?」

「邪魔すんじゃねえ!」

 相対する荒くれ達は、腹パンを過去に受け、地べたに這いつくばらされた記憶を覚えていた。

 しかし今回はされる理由も無し、彼の姿を見て敵対の意思を示すかのように身構える。

 荒くれ達はこの街では程よく悪評高く、腕前はそこそこ、悪運は中々に高い冒険者として知られる3人組の男達。

 特に悪事に手を染めている訳では無いが、素行が悪いと評判な男達である。

 仕事は平均以上にこなすが故に、信頼性はある程度備わっている冒険者としてやってきてはいるのだが。

 彼等のドアバンの餌食となった冒険者の数は数十件にも上っている。

 その件について、彼等はギルド職員よりお叱りの言葉を何度も受けてはいるのだが、今回の被害者は魔物であった。


 目の当たりにした事態に、相対した冒険者は考える。

 この蛇の魔物は今は大人しくしているが、魔物を背にしていて自分は大丈夫なのだろうか。

 首輪をしていて、商店街では買い物までしていた魔物だ。

 簡単な会話なら理解してくれるのかもしれないが、試してみるか?


「蛇さん、暴れちゃだめだよ?

 ボクの後ろに隠れてなさい」

 冒険者はそう言うと、蛇の魔物は冒険者を見上げ頷いたではないか。

 このやり取りは冒険者が観察していた店屋のおばちゃんとの時と同じく、

 言葉を理解し話を聞いてくれているであろう仕草に思われた。


「オイコラ、魔物なんか庇ってんじゃねーよ」

「てめーが飼主か?」

「邪魔な物置いてっから躓いちまったじゃねーか!」

 冒険者がこの蛇の魔物は安全だと判断した所で、荒くれ達は冒険者に迫りくる。

 3体1ではあるが、別に争いに持っていく必要もなく、争い事になったとしても返り討ちにする自信のある男は、

 事を穏便に済ませるべく対話を開始しようとするのだが、どうやら事態は荒くれ達にとって悪い方向へ向かって言ってしまったようだ。


「またお前等か」

「やると思ってました」

「話を聞かせて貰いましょう」

 そう言ってやってきたのは冒険者ギルド長のヴァンガルと、その他職員達だった。

 これは自分が出てくるまでもなかったなと思う冒険者は、自身が庇った蛇の魔物と顔を見合わせる。

 どことなく人間臭い仕草をする奴だなと思うも、言葉を理解しているのだ。

 考え方も人間に近いものがあるのかもしれない。

 そんな考えをしている冒険者の耳には、言い訳を繰り返す荒くれ達の声が聞こえ始める。


「アレだよ」

「ほら兄貴、言ってやってくれよ?」

「そこの蛇の荷物が邪魔で躓いたんだよ」

 冒険者に荒くれを庇う理由など無く、冷たい目で彼等3人を一瞥するとギルド長に冒険者は正直に伝える。


「ドアに蛇が吹っ飛ばされて、荷物を蹴り飛ばされてましたよ」

 その言葉を聞いた荒くれ達は声を荒げて、襲われそうになった等と言い訳を繋げるが目撃者は他にも多数いた訳で当然通らない。

 何より信じるに値する情報以外にも、蛇の魔物がどういう立場だったのか、その時点の冒険者には知る由も無かったが、

 信頼性は荒くれよりも蛇が勝っていたようだった。むしろ荒くれ達の信頼度が低すぎたというべきか。

 荒くれ達の主張は特に通る事無く、荷物の弁償という事でギルドに同じものを届けるようにと処分を下された。


 こうして特に事が荒立つ事無く、荒くれ達も素直に従った訳ではあるが。

 蛇の魔物は自然にギルドの奥の部屋、職員のみが入る事を許される空間へ招かれていた。

 ついでに詳しい話を聞くべく、助けた冒険者も招かれてしまったのだが、彼にとっては驚かされる話ばかりを聞かされる事になった。


 まずは蛇の魔物飼主の話。

 アリエル・フロマージュ、冒険者達を相手にして商品を取り扱う店の主であったと冒険者は知っていた。

 この国で冒険者をしているのであれば、アリエルの取り扱う商品を見て回らぬ物等いないぐらいには有名であったのだから、

 名前を出せばソレであると冒険者の中では常識の一つともなっている。

 そんな冒険者の中で有名であるのならば、良く話のタネに出されるのも必然であり、

 詳細を知らずとも話を聞く事ぐらいの機会なら幾らでも存在していた。

 例えば一つ、アリエルの開いている店の商品が高いと、ボッタクル商店等と言われたが故に、

 本当にそう看板に出して集客を試みたアリエル商法は冒険者の記憶にも新しい。

 冒険者は、ドアバン事件の詳細を話ながら思う。

 彼の知る限りにアリエルは大物であり、その所有物である魔物を助けようとしたのは正解だったんだなと。


 そんな冒険者の横で、蛇の魔物はとぐろを巻いて舌をチロチロ出していた。

 こんな魔物でも大人しければ可愛いのかもしれないな。

 なんとなくそんな感情を覚えた冒険者は頭を撫でたい衝動に駆られるが、自制し話を聞く事に専念した。


 次の話に進むと今度は、この蛇の魔物自身の話であった。

 ヨルンと名の付いた魔物。名前が付いているという事は、それだけで普通の魔物より強いという事だ。

 真なる名付けには相応の費用が掛かるが故に、魔物を飼っていても呼び名は決まっていても名付けの儀式とまでは行けない者も多いと聞いている。

 でもまあ資金面の心配はいらないんだろう、冒険者は羨ましい事だなと直に納得する。

 そして冒険者ギルドに、なんで魔物が居るのかと聞いてみれば、新人冒険者の試験管役をしているとか。

 魔物のランクにしてDという強さを持つ蛇のヨルンは、目立った問題を起こす事も無く大人しい。

 言葉も聞いて理解してくれるが故に扱いやすく、魔物の恐怖をある程度植えこんでくれる存在として役に立っているらしい。

 魔物がそんな事をしているのかと冒険者の常識が一つ壊された。


 会話も弾み、次の話はこのヨルンという蛇は何をしていたのか。

 詳細を語るにも、今までに冒険者が目にしていたような事をしていただけなので簡潔に説明すれば、

 お使いである、パシリである、ドアを開けられなかったのも普段はアリエルが付いていたからである。

 今回が蛇一匹だったのにも特に深い理由等は無い。

 魔物を野放しにするのは褒められたものではないだろうが、

 姿を見せれば街中の子供達が寄っていき、体に乗せて遊んでいるその姿を見れば警戒心も薄れてしまうというもの。

 飼主はあれど流石に密着するのは危ないと、それ等の親は言うものの隙を見ては近寄っていく子供の群れ。

 当の蛇は体を登頂されながらも振り払う訳にもいかず大人しく見守るばかり。

 親も親で蛇が怖くて近寄れず、子供を引きはがす事も出来ずに、あたふためく姿を晒すのも少なくないとか。

 そんな親の様子を見て、子供たちはさらに楽しくなるのだろう。

 遊びはエスカレートし、蛇の尻尾の先に付いている蜘蛛の下敷きになって、助けを求める真似事等まで確認済みらしい。

 毒を持っていると知れば、心情穏やかではなくなりそうなぐらいの行為も平然とやってのける子供達の行動は末恐ろしい。

 中には耳を疑う行動まであるようで、蛇のお口をこじ開けて手や頭を突っ込んでいる姿が目撃されたとか。

 何をするか分からないのが子供なのだが、にわかには信じ難い話である。

 真偽の程は確認していないがギルド側も話にだけは聞いてしまっているとか。

 流石にそこまでの行為はごく一部の者だけらしいが、少なくても何処か子供に好かれてしまう要素をこの蛇は持っているようだった。

 飼主が言って良いのか悪いのか判断に困る、子供に近い容貌をしているのも影響しているのかもしれない。

 その飼主がある意味、街での有名人の一人であるのも相まって、この蛇の魔物の認知と信頼度が妙に高まっているのが現状らしい。


 そうそう、蛇が一匹で買い物をしていた理由へ戻ろう。

 事は単純明快な方が良いと思われる。

 飼主であるアリエルに用事があったから、暇そうな蛇にお使いを頼んでギルドまで運んでくれと頼んだ。

 これだけで説明が事足りるぐらいに、他に理由は無い。

 準備として、メモ紙が容易されており、蛇はこれに従い買物をしていたらしい。

 という事はこの蛇は文字も読めるという事かと、冒険者はさらに驚かされた。

 ついでにそのメモ紙は、今回のドアバン事件でダメになった物を買い直す用として荒くれ達に持たせている。

 折角だから話してしまうが、この町の冒険者であれば誰もが知っている逸話の一つにこんなものがある。


 アリエルを怒らせた者には等しく何かを潰される罰を受ける。


 これが一体何なのか、冒険者も話に聞く程度の物ばかりだが、

 怒りに任せアリエルに掴みかかった冒険者が腰に下げていた、鉄製の剣を鞘ごと握り潰された。

 殴りかかった冒険者の拳が逆に潰された。頭突きをしたら額が潰された。

 何れもアリエル側の反撃による物なのでお咎めも無く、手当もされた訳だが。

 鑑定眼もさるたるもの。偽物の金貨を掴まさればその場で握り潰したという話もあった。

 中には話を聞いただけで、股座が引き締まる思いをする羽目になった事例も聞いている。

 そして現場は目撃こそしなかったものの、被害者の姿が冒険者ギルドに転がっていた事は数こそ少ないものの、彼の記憶には残っていた。

 かくいうドアバン荒くれ達もアリエルに絡み、その結果、何かを潰されたようで、それ以降逆らう事も無いんだそうな。

 以上の事から、素直に荒くれ達が従ったのも、アリエルの名があったからなのは言うまでもない。


 ところで、このような話を何故一介の冒険者が聞いているのかと理由が必要かもしれないが。

 此方も事は単純である。単なる時間つぶしであり、助けてくれたお礼をしたいというアリエル本人が来るまでの雑談レベルな会話であった。

 時は過ぎ、ヨルンという蛇が首を持ち上げ部屋の入口へ顔を向けた時。

 無い胸を張って、堂々とした態度にて入室するアリエルと、その後ろから追ってくるギルド職員。


 職員の慌てた様子から察するに、到着するなり強引に押し通ってきた、といった所だろう。

 物事には手順があるというのに、それをすっ飛ばされて後に怒られる事になるであろう者は実に不憫である。

 この場合はどうかしらないが、冒険者にはどうしようも出来ない爆弾が目の前にあるという印象しか得られなかった。


 大した事をした覚えは無いのだが、帰りたい衝動に駆られる冒険者は自己紹介をするだけに留め、考えを巡らせる。

 大物に取り入られるチャンスかもしれないと、少しでも思った自分を叱咤してやりたい。

 目の前のアリエルとやらは、どう見ても幼女ではないか。

 話には聞いていたが、種族としてダークエルフだとしても、一回り小さいと思わざるを得ない。

 種族と特徴は話に聞いていたのだが、目の当たりにしてみると本当に彼女がアリエルなのか?

 ギルド側の対応もアリエルならば仕方ないで済ませてしまう所を見るに、本物なのだろう。


 まじまじと観察してしまったが、当のアリエルは蛇のヨルンと何やら話している様子で、冒険者の事など気にも留めてはいなかった。

 やがて蛇とのやりとりを終えたのか、事情は理解したわと立ち上がり、冒険者達の話も聞かずに事の顛末の全てを言い当ててしまった。

 アリエルは魔物の言葉も理解できるのか、だが蛇の方はといえば、言葉等話していた様子もなく一方的な会話だった。

 アリエルは魔物の意思を理解できるのだろうと、驚きを通り越して、それなら仕方ないと皆が納得をした。

 そして世話になった礼と、冒険者へ手渡された四角い箱。


「うちの新商品よ。白金貨1枚分の回復アイテムが4つ入り」


 それは冒険者にとって目が飛び出る程の金額だった。

 それだけの金額があれば、一体どれ程の装備が整えられるだろうか。

 そもそもに、自身の稼ぎでどのぐらい働けば良いのだろうか。

 出来る事ならばそのアイテム分の金額を、白金貨そのもので頂きたかったのだがそれは高望み過ぎるだろうか。


 葛藤する冒険者を前にアリエルは言葉を繋げた。


「別に遠慮しなくて良いわ、いわゆる試作品って奴だからね。

 とはいっても効果は折り紙付きだから、心配はいらないわ。

 食べるだけで、面白い程に傷が塞がるけど注意点が一つ。

 一度に一つまでね。間隔は必ず開けて、一つ食べたら落ち着くまで次は口にしない事。

 個人差はあると思うけど、半日もあれば収まると思うわ。

 ちなみに守らないと死ぬ。これ嘘じゃないわよ。

 続けて食べる必要もないぐらい凄い効果だから心配ないと思うけど。

 とりあえずこれだけの効果があれば、冒険者には相当な助けになると思って作った訳。

 だけどコストが凄い掛かっちゃってね。分かる? 宣伝も兼ねてるからヨロシクね。

 あと繰り返し言うけど、一度に複数食べたら死ぬわよ。

 マジよ、絶対よ、メモも残してるから忘れないようにね」


 長い説明を聞いて冒険者は思う、これがアリエルなのかと。

 姿形に惑わせれていては本質を見抜くことは出来ないと分かってはいても、

 納得のいかない何かが残っていた。

 お土産のように持たされた箱の中身は、

 饅頭の様な高価な回復アイテムと複数食べたら死ぬぞというメモ書きのみ。

 そんな複数食べたら死ぬという部分が妙に印象に残り、

 他の事を忘れそうになった冒険者は、普段通りにギルドの中で依頼を探し始めた。


 板に張られた依頼を眺めながら冒険者は溜息をつく。

 この依頼を100回こなしてようやく、この饅頭一つの値段なのか。

 紙切れ一つを手に取った冒険者の中で、幾つもの常識が崩壊していくのは運が良かったのか。

 壁を破るには良い機会だと、謙虚に一つランク上の難易度の依頼を冒険者は受けるのだった。



   *   *   *

ギルド規則(嘘)

・腹パンは用法容量を守って使用しましょう。

・ドアバンは危険ですので真似をしないようにしましょう。

・アリエルには逆らわぬようお願いします。

・蛇のヨルンには餌を与えてはいけません。

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