どうやら私は蛇になってしまったようだ
目を開けば別の世界。
自分の体躯の数十倍の木々が立ち並び。
草木ですらもが頭上の上に覆いかぶさる森の中。
脳内の知識という知識を漁るも答えは出ずに。脳内フリーズを引き起こす。
ガサガサ音をたて。
時には動物であろうか。鳴き声が時折どこからか響き渡り。
その度に恐怖に身を震わせている。
同じ場所に留まってもその恐怖だけが増長するので紛らわす為にも移動。
とにかく警戒に警戒を続けながらと、動く事にした。
草木の間から見通しは悪く掻き分けて進むも、そこそこな重労働。
見通しの良い獣道も確認できるのだが。
アレを見てしまえば、そそくさと元の草地に引き返す事になるのは仕方ない。
隠れ終えての数秒後。
現世で言う所の大型の車両。
重戦車といっても過言ではないであろう大きさのモノが
知覚を超えた速度で通り過ぎたのであろう衝撃を受け爆風が巻きおこる。
吹き飛ばされはしなかったものの、これで何度目であろう。
ファンタジーの中でしか見られなかった魔物が間近で闊歩するこの世界。
ただ呆然と立ち尽くす。
―――否
立ち尽くす足も無く。
剣を持つ手も。魔法を使う能力も無く。
それどころか人間でも無い。
元は人間であった筈であろう、かつての自分の姿を思い浮かべるも。
その考える頭すら無くなってしまったのであろう。
中途半端な記憶を頼りに。
今の自分の姿であろう本能の赴くままの行動も出来ず。
ただ、臆病に。慎重に。
なおかつ迅速に。
置かれた状況を完全に把握するべく行動する自分が居るわけである。
・一つ
手も無ければ足も無い
・二つ
体は長く鱗に覆われているようだ
・三つ
とても柔軟で良く曲がるらしい
単純に考えるのであれば我輩は蛇であるようだ。
蛇というには少し。つるつるしているような気もするが。
触れれば鱗のような感覚があり。
多少の弾力がある。随分と低反発系の身体のようです。
色合い的には視覚がぼんやりとしていて分かりづらい。
視力は悪いようだが、目を閉じても周囲の情報が分かるというのはなんとも奇妙な感覚だ。
そんな自身で確認出来る自分の腹は白く。
背中をぐるりと回転。捻ってみれば、線の様な赤い模様が刻まれてる。
ふむ、やはり魔物側の肉体。そんな印象を受ける。
元は人間である自分がである。
………これは夢だろう。
そう信じたいのは山々なのであるが。
既に日を数日跨ぎ、さらには空腹感が酷くなってきた。
走馬灯のように記憶が巡る中。
どうやら、人間として最期の時を迎えた瞬間。
何者かと争っていた。
刃物を用いた何者かと争っていた。
男だったか女だったか。
顔には黒い影。体格も不明。ただもやもやとした何かと争い。
殺されてしまったのだろう。
いや、もしくは拉致をされての妙な実験台にされたのかもしれない。
…等という馬鹿げた妄想が出来るぐらいには、まだまだ元気ではある。
そもそも、空腹だというのに。
動きは鈍った様子は無い。
それどころか、感覚は研ぎ澄まされ、素早く動けるような感覚がある。
ただ、何かを食べたいという欲求だけが膨らみ。
本能の赴くままに動くとすれば。
口に入るものであれば、なんでも放り込んでしまえ。
といった所であろう。
それに。この世界とやらに来る前に一悶着あったような気がするのだ。
確か。それは無機質な声だった。
理解が及ばない言語のような音が纏わり付き。
視界を染め上げる線が体内を駆け巡るという。
つまりは。
訳が分からない。
と思いきや。今の自分であれば思い返す事でそれ等が何か説明出来る気がした。
少し頭を捻りあの時の記憶を全て正確に思い出すまで考える。
時間にして数分。
約9割がた思い出し、残りの1割は流れに任せ推測してみよう。
まずは声の主だ。
言葉では分からなかったもの
意識に直接入り込む形の声を自己流で翻訳する限り。
―――この世界で望むものはなんだ?
という事だった。
そして混濁する意識の中で
それを中途半端に理解していた自分はこう答えていたのだった。
―――死んでたまるか!自分を殺す奴が死んでしまえばいいんだ!
という質問に対しての応えになっていない答え。
むしろ、質問を理解出来ていたかも怪しい。
一体自分はどんな殺され方をしていたのか気になる所ではある。
少なくても即死みたいな事にはならずに。
恨みを抱くほどに甚振られたと見るべきか。
こんなに冷静に状況を確認できる自分なのだから。
・承認 適応する固体を検索します
・確認
『-特性-不死の肉体』を得ました
『-ユニーク特性-蛇王の呪い』を得ました
『-スキル-危険感知』を得ました
『-スキル-追跡能力』を得ました
―――やり直す事が出来たらあの時に自分は…
・承認 固体の能力のキャパシティー内にて以下のスキルを獲得します
・確認 『ユニークスキル-セーブ&ロード』を得ました
―――残り容量限界まで残り僅か
キャラクターメイキングのようなそんな印象を受けた。
性格診断みたいなものではなさそうだ。
聞こえる言葉は、その意味だけで捉えれば、
相当に危ない能力が揃っているように聞こえるが。
少なくても現世においてこんな能力を持っていればの話である。
いや、ゲームとしても相当危ない能力か。所謂ボスクラスにも感じるレベルだ。
もしくはちょっと強めなアンデット系の魔物といった所かな。
とはいえ、自分の姿は蛇である。
…もしかして、蛇の形をしたアンデットなんて状態ではないだろうか。
空腹ではあるが、元気に動き回れるだなんて。
と、現状を予想してみたが、まだ先がある。
確か話は続いていたのだが。
この残りの容量限界という残りのなんとやらを使わずに保留とし
数日間の森の生活を得て今に至る訳だ。
思えば、この数日は何も食べていない。
何も飲んでいない。動くのにも苦労する体を慣らすのに数時間。
目の前の視界の違いに苦労すること数日。
使いこなせば快適なものの。
やはり、飲まず食わずの数日間を再認識してからの脱力感は半端なく。
動けはするものの。精神的に磨り減るものがあった。
自己分析を終え、これからどう動くべきかの方針なのだが。
知り得た情報によると思いつくのは。
『不死の肉体』
『セーブ&ロード』
この二つ。
ゲームを例えにするなら後者は特に重要である。
なにせ、セーブさえしていれば、やり直しが出来るのだから。
と考えるも、実際に出来るのかという不安がある
そもそも使い方も分からず、どう使えば良いのか。
それに不死の肉体というのも確認をするのも、恐怖感もある。
何より『蛇王の呪い』というのも良く分からない。
もしかして、呪われたから今の自分の姿が蛇なのかもしれないし。
せめて、この能力の数々に対して『ヘルプ機能』のようなものがあれば良いのだが。
…そう強く願った。無心になってそれ以外の事は頭になく。
―――承認 『解析・鑑定』を得ました
淡々とスキルを得たとの声が脳内へ直接響。
………まて、お前は誰だ?
と心の中で問い返すと答えはすんなり返ってきた。
―――確認 世界の意思 神の声 『』の守護 と称される存在
…『』の守護?
なんて言った?
―――確認 『』の守護 アナタに名前はありません
名前がない?
つまり今の自分の名前は。
思い出せない。という事は。記憶が無く。名前も思い出せず。
『』に入るは自分の名前という事か。
ところで、神だの世界だのつまり、お前はそういう存在?
そんな考えに行き着いた結果。お前呼ばわりしては不味い気がするような。
迂闊に逆鱗に触れるような事があれば、あっさり消し飛ばされるのではないだろうか。
―――確認
問題ありません アナタ自身の中に存在し声を伝える存在が私です
それ以外の一切の干渉をするコトは現時点でありません
…自我があるのか?
なんとなく淡々と話しているように思えるので一応。
―――確認 存在しません アナタの問いに答えるだけの仕事です
……はい。そうですか。ならば問題ないですね。
…とでも言うと思ったか?
自我がないというのなら、なんだよその答えは?
―――確認
繰り返します 自我と呼べるものは備わっておりません
私はアナタ自身の中でのみ存在します
つまり、スキルのようなものか?
―――確認 その認識で間違いありません
ではこの質問としては最後の質問だが。
会話は出来るのか?そちら側から話しかけてくる事があるのか?
―――確認
それがアナタの助けとなるのであれば
スキルの獲得。その他能力の変化があればお知らせ致します
なるほど、なるほど。
これは便利なヘルプ機能ではあるが。少し疑問の余地も残る。
だが、呼べば応える。必要に応じて向こうから何かしらのアクションもあると。
それなら、とりあえずお前の呼び名を決める。
『』の守護では言葉に出すことも出来ないし。
守護者と呼ぶことにする。問題ないな?
―――確認
守護者の単語を登録 以後変更がある場合は再度登録を
ただし 定着してしまった場合の変更は不可能です
神の声だの世界の声だの
自分は神も世界も大それたものに頼れるような人間ではない。
むしろ今はただの蛇だ。
どうせならドラゴンとかへの転生が良かったのだが。
そもそも、存在するのか否か。いるのであれば一度はお目にかかりたい。
そうでなくても、空を飛べる魔物に少しばかり憧れたりもしたものだ。
ともあれ 了解 今後ともよろしく
等と挨拶したところで。質疑応答のお時間を頂きます
ではまず初めに、スキルの内容をです…
ナ…ッシャーーーーーーー!?
それは突然だった。
草むらに隠れながら、自らの内に存在するであろう守護者に頼ろうとしたその時だった。
宙を舞っていた。
一体何故?どうして?
空を飛べる魔物に少し憧れたからだろうか?
飛ぶなら自由に飛びたいよ。
意識はあるものの、相当な衝撃だった。
HPがあるとしたら確実に減っている。
―――(HP6/18)
守護者からの答えが返ってきた。有難い。
が、これは一体? どういうこ………
サクッっとゆるい音がした
体は動かず思考も追いつかず
―――(HP0/18)
さらなる守護者の答えは。つまり。
死んだのだ。ゲーム感覚で言えばである。
訳もわからずに、不意打ちにて対応できずにHPを削りきられ。
そのまま死亡。これでゲームオーバーなんだな。
短い命であった。来世ではきっとドラゴンにー
・スキル『蛇王の呪い』
・スキル『不死の肉体』
―――(HP25/25)
さらに意味が分からない。
痛みはあった。止めを刺された感覚もあった。
が、目を開き周りを見渡せば何も無いではないか。
傷は無いようだが、じくじくと痛む感じが残り、気のせいではない事を示している。
この、じわじわ残る感覚は何度も受ければ頭がおかしくなりそうだ。
警戒するも、視界には何も無く。ただ草木に変わらぬ大地に。
そう。変わった事と言えば、地面が変な色をしていた。ぐらいか?
血だろうか。そうそう魔物の血は何色なのだろうか。
今すぐ自分の体に傷を付けて、
血を流してみたい衝動に駆られるが兎にも角にも警戒だ。
今すぐこの場を離れた方がいい。
一度はHPが0になったのだ。
こんな場所に居られるか!オレは帰るぜ!
なんて露骨に死亡フラグとも思える思考を、
あえてしながら、がむしゃらに走ったのだった。
だけど足が無いのに走るとはこれいかに。
まあ間違ってはいないだろう。深くは考えぬように。
そして無為に過ごしてきたこの数日を振り返る事により
今日が初めて、自分の蛇としての生が実感として沸いてきたのであった。
転生後はファンタジーな蛇生活…生き延びられるかねぇ。自分。
まだまだこの世界を知らない自分の心情は不安で埋め尽くされていた。
* * *
作品中の守護者と呼ばれる者の表記について
―――確認
とされる『確認』の部分は昔のRPGに良く見られた三角矢印をイメージしています。
他の表記が特に思いつかず『確認』(仮)表記のまま今に至りました。
故に今後も『確認』のまま続くようです。