わがまま
そこはこじんまりとしたカフェだった。
「俺は…あなたが羨ましいです」
そういうと青年というには、まだ幼さの残る彼は
うつむいた。
「僕は君が羨ましいけどね」
グラスを拭きながら、店員は苦笑いした。
「僕のことを美紅はずっと覚えているけど、
それは仲のいい近所のお兄さんとしてだ。
それを1日で変えることは難しいし、
僕が老いれば老いるほど、
彼女は僕を見るたび混乱するだろう」
「それでも…」
「君は美紅の日記を見たことがあるかい?
僕は美紅の母親から聞いたんだけど、
君のことはとても細かいところまで書いているらしい。
記憶できない分、美紅なりに頑張っているんだよ」
店員は、ポケットから青いハンカチを取り出すと
彼の前にさしだした。
「辛いのは僕と君だけじゃないんだ。
いっておいで、美紅が待ってる」
「…はい」
彼はハンカチで濡れたほほをぬぐうと
ぎこちないお辞儀とともに
お金をカウンターにおいて去っていった。