007:喉元に突きつけられたナイフ
山道の途中の山小屋で老女に貰った香の入った袋を、両手でしっかりと握るクヒ。ぽつぽつと落ちてくる雨粒に濡れないよう、前屈みになりながら、前を歩く剣士の男に付いて行く。離れないように、近付き過ぎないように、距離を測り、前日の雨で出来た泥濘に足取られぬよう、気遣いながら、ゆっくりゆっくり進んだ。
岩砂漠の町アンカスに、もうすぐ短い雨季が来る。明るい日差しはなりを潜め、しばしの休息。雨水を待ち焦がれた街路樹も、花たち、道端の雑草たちも、鮮やかな緑を一杯に広げて雨を乞う。
そんな季節になると、それまで賑わっていた街道が、ひっそりと静まり返る。行商人にとって、雨季の山道通いほど辛いものはないからだ。南のノアルへと戻る者、東の細い獣道を通り、海岸沿いを北上する者、西の傾斜の緩やかな道を、宿場を伝って歩く者……、皆一様に街を去って行く。
この旅の二人もまた、人目を避けるように旅立った。街の誰にも挨拶することなしに、北の坑道へと続く、山道へと向かっていった。
北の王都ラージアへ続く坑道は、かつての金脈。採りつくされ、今ではすっかり赤い山肌に大きく開いた坑道の入り口が、時折吹き込む風の音で、びゅうびゅうと不気味な音を立てている。
坑道が開けるまで、王都へは、南の港町ノアルから大きく山脈を迂回し、海端を北上するしか方法がなかった。半月以上かかってしまう上、海岸からの強風と荒波が一年中押し寄せる断崖絶壁の道を、危険を冒して旅していたのだ。坑道は、念願の王都への近道だった。ところが、王都へ繋がって間もなく、魔物が巣食ってしまった。腕に自身のあるものと一緒か、でなければ、魔物が嫌うという香を四六時中焚きながら、守りの呪詛を唱えて歩かねばならない。いずれにせよ、道は険しく困難で、好き好んで王都へ向かうものなど、ないに等しいのが現状だ。
それでも、その旅人二人が坑道へ向かうのは、人には言えぬ重大な使命を胸に秘めているからなのだろう。濃紺の戦士服に黒いマントをなびかせた、金髪赤目の軽装の剣士と、薄い青色のローブに、銀髪の美しい魔女は、神妙な面持ちで山道を登る。
雨季の重たい雨雲が、徐々に頭上に延び、やがて視界全体に暗黒が広がっていく。生温い風が頬を掠め、砂を舞い上がらせながら過ぎ去るのを、剣士ディエガはいじらしく流し見た。
赤い岩山を上り、背の低い常緑樹の間を通る。視界に、平らに均された資材置き場の跡地が出現、その奥に広がる四方の大きな穴。湿ったひんやりとした風が、穴の奥から静かに吹いていた。
坑道の入り口に、二人は腰を下ろす。クヒはそこで、小さな丸い水色の香炉を、身に着けていた道具袋からそっと取り出した。老女に貰った香を数匙炉に入れ、火を点ける。香炉の蓋を閉じ、上部に空けられた、小さな花模様の穴々から、白い煙が立つのを確かめてから、ゆっくりと立ち上がった。つんと鼻につくハーブの香りと、どこか甘い幻想的な香り。その中に、毒々しい生臭さが混じっている。
「ちょっと、受け付けない臭いだな」
ディエガは鼻をつまみ、渋い顔。
「そうね、慣れるまでは、ちょっと、厳しいわね。だけれど、これがないと、この先進めないわ。行きましょう」
クヒは先ほどとは逆に、剣士の前に立って歩み始めた。洞穴の、奥へ、奥へ。
人が作り出した穴は、綺麗に四角に切り取られていた。落下防止の木枠が均等に、壁や天井に打ち付けられ、幾重の門を通過するかの如く続く。足元には、金山時代に土を運んだトロッコのレールが入り口から続いており、いくらかの段差がある。慎重に歩かねば、足を取られて転んでしまいそうだ。ふと視線を上にやれば、作業中に使っていたと思われるランプが、あちらこちらの壁で炎の熱を恋しそうにぶら下がっている。
金脈を探すために掘られた道は、何差路にも分かれ、地図なしに歩くことが出来ないほど入り組んでいた。ここでは、やはり老女に渡された、迷路のような坑道の地図が役に立つ。
ライトの呪文で淡く光る、クヒの杖先。松明代わりの明かりは、狭い空間には十分すぎるほど明るく感じられた。しかし、もう片方の手で香炉を持つ彼女の足取りは、どこか不安定。細い体が時折、つまづきそうになって揺れるのを、ディエガは危なっかしそうに思いながらついて歩く。しっかりしているようで、本当は頼りないのだと、──これは、本人にはいえないのだが、ディエガは知っている。
土からの湿気で、空気全体がカビ臭い。更にクヒの持つ炉からの香りと、延々と続く守りの呪詛が、脳みそを刺してくる。ディエガの視界は次第にぼやけ、視点が定まらないくらいの吐き気に襲われ始めた。喉の奥から何かが逆流しそうになるのをぐっとこらえ、右手で顔全体を擦る。臭いというものが、ここまで自分を追い詰めるのかと、そんな馬鹿な考えさえ浮かんでしまう。
雨粒が入りこんだのか、それとも地下水が漏れているのか、足元は濡れ、ぴちゃぴちゃと音を立て始めた。歩を進めるたびに等間隔で鳴る音は、まるで催眠術。ぼんやりしてきたディエガを、更に眠りに誘う。
首を振る。意識よ飛ぶなと、自分に言い聞かせる。目の前を歩く彼女の揺れる銀髪と、トンネルを反響する彼女の声が、振り子のようにスリープの魔法をかけてくる。霞む視界。次第に足がもつれ、壁へと寄りかかる。──その拍子に、ベルトにきつく結わえていたはずの腰袋がなぜか外れ、地面に転がり落ちた。命の次に大切な、聖遺物の入った袋。すぐに取らなくてはと、手を伸ばすが、ディエガの身体は言うことを聞かない。
『瘴気漂わせた半妖が』
山小屋の老婆の声が、頭に響く。
そうだ、自分の中の魔の部分が、香に反応したのだと、改めて思う。独特の香りが、身体中に入り込み、魔を追い出そうと暴れだしているのだ。
「やはり、俺は」
呟き、意識を失う。
『──わしには見える。若き剣士よ、お主の中に眠る魔が、この香で狂わされるのが』
視界に広がる暗がりの中で、老婆の言葉が増幅されていく。
しかし、魔女は気づかぬまま、ずんずんと奥へ……。
山小屋の老婆は魔除け香を袋に詰め、にたにたと口の端を震わせるように笑い、
「金に魅了された亡者と、恐ろしい魔物の巣食う穴に、瘴気漂わせた半妖が向かうのとは、正気の沙汰ではないのぉ」
と、剣士に囁くように言った。老女に小馬鹿にされ、ムッとしながらも、言われた剣士ディエガは無言で礼金を支払う。
「彼は、半妖などでは」クヒは我慢できず、口に出したが、
「いや、似たようなものだ」ディエガは彼女を制するように、勢いづくクヒの前を、腕で遮った。
「人間か、魔物か。容姿の問題ではない。その心の中に、魔が棲みついていれば、人とて魔になる。自らの力に溺れ、揮えば、後戻り出来なくなるぞ、若いの」
朽ちかけた丸太作りの山小屋に、まじない道具と獣の干物、野草やハーブから調合した香の匂いが混ざり合う。加えてカーテンや装飾物で、狭く薄暗い空間。ディエガとクヒは、鼻からの刺激に眩暈を覚え、麻酔にかかったような非現実的な感覚に陥っていた。
ゆらゆらと、ランプの炎が揺らめき、老婆の言葉と共鳴する。
「この香は、魔物の感覚を麻痺させ、狂わせる。獣はそれを嫌い、近付かぬ。──わしには見える。若き剣士よ、お主の中に眠る魔が、この香で狂わされるのが。押さえ込まれてはいるが、強い魔じゃ。香に魅了されることなく、無事、王都に着くことが出来るかどうか。心を強く持たねば、二人とも、穴の奥深くで果てるであろう」
おどろおどろしい老婆の言葉が、脳内を旋回する。
ディエガは振り払おうと、何度も頭を振った。ねっとりと絡みついた蜘蛛の巣を払うように、身体を揺らす。やがて意識が遠のき、山小屋でのそれが記憶の中から浮き出てきたに過ぎないことを悟ると、今度は懐かしい、村での光景がディエガの脳裏に広がり始めた。
「インフィニティの継承者が、魔に侵されたと知って、放置しておけるほど、この世は甘くないのだよ」
小さなディエガの前で、しわがれた黒い魔女がにたりと頬を歪める。
村にひとつだけの、大きなレンガ屋敷。その一室に、魔女の部屋がある。様々な薬品の臭い、ぷくぷくと妙な音を奏でる不気味な液体。奥に鎮座する小柄な年老いた魔女は、黒いローブの下でディエガを嘲笑った。
椅子に縛られ、身動きすら出来ない自分に向けられる、数多の視線。広い部屋の中央で、晒し首にされているような感覚。顔面から火が出そうな恥じらいを吹き飛ばそうとしてなのか、彼は獣のような鋭い目で魔女を睨みつける。
「何、苦しいことなどない。あっという間よ。眠るように、死ねるのだから」
魔女の手の中で、銀色の筒がくるくると踊った。聖遺物インフィニティと名づけられたそれを、ゆっくりと愛でながら、部屋の両端に並んだ男たちに合図を送る。
表情のない男たち数人が、彼を囲んだ。うち、一人の手に、銀の杯。なみなみと注がれた、赤い液体が、ディエガの口元に寄せられる。必死に首を振り、拒否するが、彼らの恐ろしい力で、固定されてしまう。
「お主が死ねば、次の継承者が自ずと現れる。何十年、何百年先になるのかわからんが……、黒い瘴気を漂わせる狼のような男に、世界を託すほど、無謀ではないだろう。さあ、飲むがいい。そして、この世界から、消え去るのじゃ」
ディエガの唇の隙間に、液体が入り込む。熱く、苦い。血のような味がする。
「ファイ様、やめて、やめてください! お願いです、彼を、殺さないで!」
視界の外側で、必死に叫ぶ少女の声。魔女の部屋に単身乗り込み、取り押さえられていた。クヒだ。長い銀髪を左右に揺らし、青い瞳から、大粒の涙を流し、声の限り叫ぶ。
「彼が何をしたというのです、誰を傷付けたというのです? 私は知っています、その心が、美しく、気高いこと、誰よりも、人の痛みを知っていること。それでも、彼は死ななければならないのですか!」
ほほうと、また、魔女は笑う。
「では、クヒ。そなたは、この男を救えるのか。継承者の意思でしか動かない聖遺物、インフィニティを使わねば、魔を浄化できないのじゃぞ? 極限状態で尚、インフィニティに自らの運命を託す、など、この男に出来ると思うのか。それとも、他に道を探すか? 北のかの地まで、呪いをかけた張本人を探しに行くのか?」
「それは……」
「即答できまい。この婆の魔術をもってしても、解けない呪いじゃぞ。魔法を習い始めたばかりの小娘に、何が出来る。──さあ、杯を」
魔女は指差した。銀の器が、口に突き刺さるように押し付けられ、固く結んでいたはずのディエガの唇が緩んだ。液体が流れ込む、唇、舌、喉を通り、食道へ。もがこうとすればするほど、反射的に飲み込んでしまう。
空になった杯とともに、ディエガは椅子に縛られたまま、床に倒れた。赤い液体が、彼の口から吐き出され、疎らに足元を染める。身体が熱を持ち始めた。ジュウジュウと全身から煙が噴出、溶けていく、身体の内側から、どんどん溶けていく。
転げた姿勢で首を持ち上げ、ようやく視界に入ったクヒに、涙目で訴えた。苦しい、助けて、とでも、言いたかったのか。自分の姿を哀れんだのか。口を必死に動かしたが、言葉は出なかった。「あ」でもない、「う」でもない。聞き取れないほどの微かな声の欠片が、零れるか零れないかくらいの小さな吐息。それが、精一杯だった。
頭を抱えたクヒの悲鳴が、室内に響く。甲高い彼女の声は、ディエガの脳を激しく刺激した。胸がぎゅっと縮んでいく。動悸が早くなる。身体がぶるぶると震え、思うように身体が動かせない。
「すぐには死なぬのか。抵抗しているのか」非情なファイの言葉。
「介錯を」
控えていた、鎧をまとった大男、ディエガのそばに歩み寄り、大剣を振り上げる。
「毒でも死なないとなると、あとは首を落とすしかないからのぉ」
笑いを含み、細く切れた鋭い目で、ファイはしっかりと振り上げられた大剣を見据えた。
鋭い剣先が、大きく目を見開いたディエガの視界の中央に差し掛かった、そのとき、
「ファイア!」
少女の声とともに、小さな炎の矢が鎧の男を直撃した。大男は体勢を崩し、大剣とともによろめきながら後ろへ倒れこむ。魔女を取り囲んでいた人垣に剣先が向かい、慌てて逃げ惑う能面の男たち。棚や机、瓶や壷をなぎ倒し、零れた液体に足を取られ、ガラスや焼き物の破片があちらこちらに飛散する。
「お前たち、何をしている!」
魔女の怒声。同時に大きく振り上げたその右手の指先。集められた魔法の力が、部屋の向こう側、少女の元へと一直線に向かう。
彼女はとっさに、シールドの呪文で攻撃を防いだ。未熟で不完全な穴だらけの盾から魔法が漏れ、柔らかい肌を何度も傷付ける。足りない魔法力を補うように両腕でしっかりと顔面をガードし、腰を低く構えるクヒ。魔女の攻撃魔法の緩んだ隙に、周りの男たちの足元を縫うように身を屈めて走り出す。
年老いた魔女は目を見開いた。衰えた身体が、ぶるぶると身体の奥底から波打った。うら若い銀髪の乙女が老婆の眼前に迫り、手に持った聖遺物の筒を奪い取っても、老体は硬直したまま動かない。
「何をする気じゃ」
両手を肩まで挙げたまま固まった魔女は、怒りに満ちた表情で睨み返すクヒに恐る恐る尋ねた。
「……幾らファイ様でも、やっていいことと、悪いことがあると思うわ。彼を殺して、それで全てが終息するとでも? 北の帝国は今も勢力の拡大を続けているのよ。十年、百年、現れる確証もない次の勇者を待てだなんて、そんなこと……、現実に出来っこない」
大粒の涙がクヒの頬を伝うのが、床に伏したディエガの視界に入った。か細い足が、びくびくと震え、振動が床を伝った。
「わ、わしに抵抗するということが、どれほど愚かしいことか、そなたは知らなさ過ぎる。正義感を貫くだけが生き方ではない。時には非情な決断も要る。ほら、わからぬか。死に損ないの魔力が、どんどん膨れ上がっているではないか……!」
ファイの言葉が終わるか終わらぬかのとき、床から大きく噴出す黒い気配を、クヒは感じ取り、慌てて振り向いた。直後、息を呑む。
ディエガの身体から黒い瘴気が溢れ出ていた。死んだようにぐったりとした彼の意識は、完全に闇に飲み込まれ、感じたことがないほどの暗く、重く、冷たい気配に支配されてしまっていた。彼白い肌がいつの間にか、どす黒く沈んだ色に変わり、ごつごつとした鱗のようなものに覆われてゆく。指先から、頬から、次第に変化し、力を余した異形は、括り付けられていた椅子を砕き、ゆっくりと立ち上がった。
「手遅れじゃ……!」ファイと手下の男たちは恐れおののき、後退りした。
ディエガの面影はなかった。真っ黒な悪魔が、生気を失った目でこちらを見ている。部屋の中央、黒い悪魔と、クヒ、二人だけの空間。蛇に睨まれた蛙のように、身動きすら出来ない。
どうしたらいいのか、考えあぐねていた彼女の手の中で、聖遺物インフィニティが僅かに振動を始めた。クヒは恐る恐る、右手に握っていた筒を眼前まで持ち上げる。振動とともに、光を帯びている。白く清らかな光が筒全体を覆い、まるで何かを訴えかけているかのように、更に大きく振動する。
「遺物が、聖遺物が反応している……。ディエガの心はまだ、残っているのね」
ファイの先ほどの言葉を思い出す。
『継承者の意思でしか動かない聖遺物、インフィニティを使わねば、魔を浄化できないのじゃぞ?』
『極限状態で尚、インフィニティに自らの運命を託す、など、この男に出来ると思うのか』
クヒは意を決したように、筒を両手で握り締め、ぎっちりと目を瞑った。光の振動は徐々に形を変え、鋭いく長い両手剣へと変化する。輝く切っ先に想いを乗せ、唇をぎゅっと結んで、目を開ける。ゆらりゆらりと、噴き出す魔力に耐えられず、足元の覚束ない生まれたての悪魔の喉元へ、彼女はそっと、剣先を向た。
「インフィニティは魔を裂く物。あなたを救いたいと思うこの心が真実なら、きっと魔は断ち切れるはず──!」
「お願い、目を覚まして!!」
喉仏に当たる冷たい感触で、目が覚める。聖遺物インフィニティが作り出した小さなナイフの刃先が、ディエガを狙っていた。
視界に流れるような銀髪。魔法の作り出した淡い光に照らされ、キラキラと眩しく反射する。
「ちゃんと、前を見て。状況を把握するのよ。──また、あんな場面で意識を失って。あの老婆の言葉どおり、王都にたどり着く前に果てるつもり?」
唐突に浴びせられた台詞に、ディエガは一瞬、目を白黒させた。が、黒い何かが素早く、ひゅっと目の前を掠めて飛び去ったことで、現実に引き戻される。
洞穴だ。湿気と香の混じり合った空気、キーキーと獣の鳴き声がこだましている。香の煙の奥で、微かに光る無数の目。吸血コウモリ、ワーウルフ、ゴブリン……数え切れない。事態を把握し、慌てて体勢を立て直す。持ち上げた頭が不意に、壁を支える柱にぶつかったことで、ここがただの洞穴ではなく、王都へと続く坑道跡地であることを改めて思い知る。
背中の剣を慌てて抜き、構えた。
魔よけの香は、もはや全く用をなしていない。クヒの手から離れ、地面に転げ落ちているではないか。息を潜めていたはずの魔物が血気だったのは、意識を失っている間に自分の中から這い出た瘴気のせいだと確信した。そうでなければ、目の前の彼女が必死に、ミストの魔法で魔物を撹乱させておく必要がないはずだ。
「どれだけ、気を失っていたんだ」
突進してきた吸血コウモリに刃を下しながら、ディエガは問う。
「さあ、数十分……、かしら。私にとってはもっと長く感じられたけど」
ナイフに姿を変えたインフィニティを腰に差し、左の小脇に抱えていた杖に持ち替えると、クヒはサンダーの魔法をディエガの長剣へ浴びせた。金色に輝く雷の魔法剣が、闇を裂く。
「すまない。こんなことなら、最初からこうしておけばよかったんだ」
次々となぎ倒される敵の奇声、びゅんびゅんと風を切り、唸る剣の音で、その台詞は殆どクヒには届かなかった。剣の軌道の隙間を縫って、小さな炎の玉が飛ぶ。連続するファイア魔法、重なる死体。
「え、何か言った?」
攻撃の合間に、クヒが叫んだ。
壁際で魔法を唱える彼女から少し離れて直接攻撃をしていたディエガは、絶え間ない攻撃で魔物たちが怯んだ隙に、大声で答える。
「どの道、俺らは真っ当じゃない。何も普通の人間みたく、香に頼らず、俺たち自身のやり方でやってりゃ良かったんだよ」
「え、何?」
「き……聞こえないかなぁ。つまりさ、俺たちはやっぱり、戦いながら突き進む方が性に合ってるってこと!」
そうね、と、クヒが笑ったのを、確認すると、ディエガは再び剣を構えた。
あの日突きつけられた刃先と、さっきのインフィニティのナイフが、彼の脳内でリンクしていた。安全な道を進むなんて選択肢は最初からなかったじゃないかと、自分に言い聞かせる。互いを信じているからこそ、きっとどんな困難にも立ち向かって行ける。気絶していた間に立ち込めていた瘴気を振り払うように気合を入れ、彼は剣を振るった。
積み重なっていく死体を乗り越え、更に奥へと進んでいくと、次第に前方がほの明るくなってきた。王都ラージアへたどり着くまで、あと少し。