王子がそれやっちゃマズイでしょ!気が付いたら家がなかった件
バレンタインに間に合わなかった…!
皆さんにささやかなバレンタインプレゼントと思ったのに書き上がらなかったよぅ。
しかも、バレンタインは全然関係ないしコメディ色も前より弱い。
大して嬉しくもないプレゼントですがご覧頂ければ幸いです。
王子が私の婿になると決まって1ヶ月。
あれから王子とは殆んど会えていない。王位継承権第一位を弟のベルナルド殿下にする為の引き継ぎや各大臣、貴族達への説明などやることが山積みで忙しいのだ。
私はと言えば、王子の引き継ぎが一段落付くまでは今までとさほど変わらぬ毎日を送っていた。
だが、王宮での騒ぎからやっと日常を取り戻せてきたかと息を付いたのもつかの間、私は家の前に立ちすくんでいた。
いや、家が有ったはずの場所にというのが正しいのか…。
「家がない…………」
おかしい。今朝までは確かに家が有ったはずだ。
朝、起きて身支度をして朝食をかきこみバタバタと職場に向かった時までは確かに有った。
なのに何故仕事を終え帰宅すると家が建っているはずの場所が瓦礫の山と化しているのだろう。
周りの家を見渡しても、我が家のような瓦礫と化している家は見当たらない。
空がオレンジ色に染まってカラスが帰路についているのか、カァーカァーと物悲しい演出をしている。
現状が理解できず立ちすくんでいると聞き慣れた声がした。
「あれ、ジャンヌ?」
振り向くと、そこには最近見かけなかったがよく知った人物、金に近い茶髪がふわふわと丸まった癖毛、大きい翠の瞳に緩く弧を描くぽってりとした唇の10人中5人はいい男と言うだろう男が立っていた。
「アレックス…」
そう、ジャンヌと付き合っていたにも関わらず、友人と浮気をしあまつさえその友人を孕ませた男。
アレックス・シートゥリー。シートゥリー造船所の三男だ。
彼とは両親がネホンや諸外国へ渡航する際、我が家の船のメンテナンスを任せていた会社の繋がりで恋に落ちた。
元々、我がフォルゲン家は海外貿易を主力とした豪商家で、日頃の功績を讃えられ凖男爵家になった。その為、貴族社会では末端も末端。一般市民に毛が生えた程度の爵位で、管理する領地も無い。だから家族もそれをひけらかさず、祖祖と生活していたし、アレックスとの交際も特に制限されていなかった。
だから、いつかアレックスと結婚してネホンに行き、子を産み育てるのだと信じて疑わなかった。
あの日、アレックスと親友に裏切られるまでは。
………なんでコイツが此所にいるのよ…。
衝撃の別れから1ヶ月。心の傷が癒える前に、王子とのアレヤコレヤですっかり忘れきっていたが、この男が私にしてくれた仕打ちは、未だに悲しみの氷釘と怒りの炎として胸の奥に燻っていた。
考えてもみて欲しい。13歳から付き合いはじめて11年。アレックスが「俺が一人前になったら必ずプロポーズするから」と二人で手と手を取り合い過ごしてきた。しかも、将来結婚するんだからと純潔を捧げ、仕事が忙しいながらも彼に弁当や仕事に必要な道具、果ては私服や外交で得た貴重品を贈ったりと尽くしに尽くしたのにも関わらず、どうしてもネホンの定期貿易を、結び纏め上げるために半年ほど離れていたからといって、親友と浮気をし、出来ちゃった結婚とは、いくら新しい恋をしたからといって許せるだろうか。
アレックスの事はもう愛してなどいないし、エレナのことも親友だとは思っていない。
ただ私の事をボロ雑巾のように使い捨てた事がムカつくのだ。正直、今私の目の前にいるアレックスに殴りかからないように自分を押さえるのが精一杯だ。
それなのに無神経な元カレは私に向かって話しかけてくる。
「うわぁ。ジャンヌの家どうしたの?瓦礫になってるけど、大砲でも撃ち込まれたみたいだ。それにしては近所の人も騒いでないし、なにがあったんだい?大丈夫かい?」
「……そんなこと貴方に関係ないでしょ……私に何か用なのアレックス?………」
ただでさえ家がいつの間にか無くなって動揺しているというのにこのクソバカは何しに来たんだ?
お前の家は我が家と真逆だろうがっ!さっさと帰れ!
と悪態をつきそうになる口を何とか叱咤して冷静に話そうとした結果、思った以上に冷たく低い声が出た。
「なんだよジャンヌ。そんな冷たい言い方しなくたって良いじゃないか。俺とお前の仲だろ?」
はぁ?!なにいいくさってやがるんだこのアホは。
お前と私の仲?そんなもんとっくにゴミ箱に突っ込んだ後、焼却炉の塵と化したわ。
「いいから、早く用件を言って。私、忙しいの。」
下手に騒いで怒ってコイツにまだ気があるのかと勘違いされるのも癪なので、冷静に、ゆっくりと話しかける。
「ああ。今日俺がお前のところに来たのは他でもない。結婚式の招待状を渡しに来たんだ。」
「……………はい?」
今、コイツは何て言った?!ケッコンシキノショウタイジョウヲワタシニキタ?!
目の前に差し出された可愛らしいピンクの封筒にはハートと薔薇の花束のイラストが書かれ、中央にはエレナの字で"ジャンヌへ絶対きてねV"と書いてある。
普通、親友から彼氏寝取ってデキ婚するからってその親友に結婚式の招待状を渡すか?!
っていうかその元カレが招待状を渡しに来るってどこのバカだよ?
あ、目の前にいるコイツか。
封筒と馬鹿を交互に見ているとふいに手を捕まれ、封筒を握らされた。
「エレナが君に"お幸せに"って言われてたのを凄くよろこんでいたよ。まさか君に祝福してもらえるとは思わなかったって。殴られる覚悟もしてたのに笑ってくれたのが凄く嬉しかったって。俺もお前には絶対許してもらえないと思ってたから、あの時祝福して貰って本当に嬉しかったよ。だから、周りの親や親戚達には止めろって言われたけどどうしても君に俺達の結婚式に参加して貰いたいんだ!」
「…………………」
今日の夕御飯は何にしようかな。
人は余りにも脳の処理作業が限界を越えると。食事の事を考えるらしい。
誰がオマエラの結婚を祝福したって?
祝福なんてするわけ無いだろ?!
殴られる覚悟もしてた?
腹に子供がいる奴を殴れるわけ無いだろ?!
てか、周りの親や親戚から反対されたんなら結婚式なんて呼ぶなよ!
などと脳内でスパークしている間にアレックスは「じゃあ、新居でエレナが待ってるから」と笑顔で去っていった。
アレックスの姿が消え、暫く経った後、握りしめていた封筒を思いっきり地面に叩きつけ渾身の力で踏みつける。それだけでは気が収まらず近くにあった我が家の瓦礫の棒をひっつかみ何度も何度叩きつける。
なーにーが、新居でエレナがまってるだぁ?!弾ぜろっオマエラ纏めて爆発してしまえ!!!
ひたすら不幸の招待状を殴り付けていると再び私に声が掛かった。
「あれ、ジャンヌ?」
先程と同じ台詞なのにあの馬鹿とは全く響きの違う愛しい人の声がした。振り返ると案の定、オレンジ色の夕焼けが金髪に反射しキラキラとした光を纏う蒼い瞳の麗人。
私の婚約者、アレクサンドル・ヴィ・クロスクロウ王子だった。
「そんな所でどうしたんだい?何を叩いていたんだ?」
「あっ!これはっ」
私が手に取るより早く王子が招待状を拾ってしまった。私が思いっきり踏んだり叩いたりしたから中身が出てきてしまう。
招待状の他にもエレナからの手紙が入っていたらしい。二つ折りの手紙でなく一筆箋に書かれていたようでその文面を見た王子の顔が曇る。
「ジャンヌ…この招待状の差出人はもしかして例の君の元交際相手と元友人かな?」
王子がニッコリと訪ねてくる。少しだけ首を傾げてサラサラの金髪が風に靡き非常に美しい。目は笑ってないけど。
「ハイ…。」
「…そうか。アレックスにエレナね……。なんだか僕の名前に似てるね。」
そう、そうなのだ。私の元カレの名前はアレックス。対して王子の名前はアレクサンドル。
アレックスの名前の元々の語源はアレクサンドルから来てるんだけど、もうほぼ一緒なんだよ………。
あんな馬鹿男と名前が似てるなんて嫌だよね。
「アレックス、アレクサンドル。この名前湯意味は"守る者"という意味だ。なのにアレックスは君を守るどころか深く傷つけ、今なお苦しめ続けている。そんな奴を僕は許せない。」
「殿下………。」
王子が私をそっと抱き寄せる。彼の首元から漂う涼やかな香りにササクレ立った心が溶けてゆく。
「ジャンヌ……僕はアレクサンドルの名に恥じぬよう、君を守るよ。」
ああ。なんてこの人は優しい方なのだろう。私のような、彼氏にフラれ酔った勢いでコトに及んでしまうようなどうしようもない馬鹿女を愛すると、守ると言ってくださる。
「殿下…私は幸福者です。私の名前の意味は"神は恵み深い"という意味だそうです。神は貴方という、とてつもなく愛しい方を私に授けて下さった。これがどんなに幸福なことか……貴方程誠実で愛情深く、お優しい方を私は知りません。」
「……ジャンヌ……。」
互いを熱く見詰め、自然と顔の距離が近くなる。
キスまであと少し………。
「ところでジャンヌ。この招待状を届けに来たのは誰だい?」
「ふぇ?」
ぎゃっ!てっきりキスするのかと思ってたのに変なこと聞かれたから間抜けな声がでちゃったよ!
「もしかして、アレックス?」
「えっ、ええそうですが…」
「招待状はどうやって渡されたの?」
「えーと、こう、私の左手に両手で手紙を捩じ込んで…」
「ふぅん。」
あれ?なんだか王子周りの空気が冷たくなったぞ?
なんで?私、なんかした?!
「じゃあ、ジャンヌの左手にそのクソバカが触れたって事か。」
えっ?!なに?左手?!っていうか王子!クソバカなんて下品な言葉使っちゃマズいでしょ!
「よし。家に帰ろうジャンヌ。帰ったら即刻石鹸で丁寧に洗ってアルコール消毒だ。」
「うええ?!そこまでするんですか?…………あっ!っていうか私の家!!!!そう、私の家が無いんです!」
そうだ、あの脳ミソ腐れお花畑馬鹿のせいですっかり忘れていたが私の家が瓦礫の山になっていたんだ!
どうしよう。今夜帰る家がない!
「ああその事か。それなら心配要らないよ。ジャンヌの家は僕が解体させたんだ。」
「はぁぁぁぁぁぁ?!えっ、な、な、な、なぜそんな事を?」
思い切り大きな声で叫んでしまった。至近距離での大声に嫌な顔一つせずニッコリと王子は笑う。
「そろそろジャンヌと一緒に住もうと思ってね。聞けばジャンヌは一人暮らしと言うじゃないか。そこで弟のシン君に頼んで君の家を見せてもらったんだ。流石フォルゲン家長女の家だね小さいながらも一軒家に住んでいてビックリしたよ。…………でも、この家にあの馬鹿男が上がり込んでいたことをシン君から教えて貰ったら、ちょっと虫酸が走ってね……。壊してしまったよ。」
イヤイヤイヤイヤ!ちょっと王子!いくら私の元カレが上がり込んだ家だからって壊すこと無いんじゃないですか?!
てか、私はこれからどこに住めば良いんですか?!
それよりも、私の服や荷物はどうなったんですか?!
あととりあえず、シンはコロス。
などと考えているうちに王子が笑顔で話続ける。
「とりあえず、君の荷物は必要そうなものだけシン君とピックアップして実家に送ってあるよ。ああ。この家を壊す許可はちゃんとご両親に断ってあるよ。僕がジャンヌの為に新しい家を建てますからって言ったら快く承諾してくださった。」
「えええっ?!そっそんなっ!でででででも、家ができるまで何処で生活したら良いんですか?!」
「ああ、その件なんだが……すまないジャンヌ。君は王宮には行きたくないと言っていたが、新居が完成するまでは王宮で過ごして欲しい。最初はジャンヌのご実家にお願いしようとしたんだが、警備の都合上難しくてね。シン君もジャンヌが実家に戻ってきたら騒がしくなるから王宮に行って欲しいと言っていた。それに、一応僕はまだ王子だし、弟への引き継ぎが山程有ってなかなか王宮から出れそうに無いんだ。今日も本当は外出出来なかったんだけど、護衛隊長を沈めてきたからなんとか来れたんだ。」
「えええええ?!」
もう、どこからツッこめばいいのか解らない。
とりあえず、王子は護衛隊長を沈められる程強いって事は解った。
体つきは悪くない王子だけど、あの熊みたいな護衛隊長を沈めるなんてドンだけ凄いんだよ。
あと、シンはコロス。冥界に行っても追いかけて三度コロス。
「さあ、そろそろ暗くなってきた。王宮へ行こうジャンヌ。」
そうして私は王子にガッチリとホールドされ近くに隠してあった馬車に乗せられ王宮に連れていかれた。
*****
「あらー。ジャンヌちゃんいらっしゃい。」
「ジャンヌさん久し振りね。………あら、少し痩せた?」
王宮入り真っ先に連れていかれたのは王子の部屋だった。
王宮正門前で熊みたいな護衛隊長が泣きながら王子に抱きつこうとしたところを再度王子に沈められ哀れな格好で伸びているのを尻目にそそくさと足を進め、気がついたら王子の私室の前まで来ており、扉を開けたら王妃のリン様と側室のファティマ様が居た。
「………っ!…これは王妃様、ファティマ様…ほっ、本日はお日柄もよく…」
うあああ。"お日柄もよく"ってなんだー。
急なことで挨拶なんて全然考えてなかった!!
「あらあら。ジャンヌちゃん、そんなに畏まらなくたっていいのよ。私達はこれから家族になるのだし、ファティマちゃんだってジャンヌちゃんにそんなに畏まられちゃったら寂しいわよね?」
私の的外れな挨拶は華麗にスルーしてくれた王妃様はニッコリと笑ってファティマ様に視線を移す。
「そうですよジャンヌさん。わたくし、アレク王子と血の繋がりはありませんが第二の母のようなものですのに、そんなに距離を置かれたら寂しいわ。」
王妃様に微笑みかけられこれまたニッコリとしたファティマ様は王妃様から視線をはずさずに私に話しかける。
「……母上……ファティマ様……何故僕の私室におられるのですか……?」
王子がしかめっ面で王妃様達を見据える。
あらやだ、そんな顔しても王子ったらいい男!
「えっ?あぁそうだわ。アレクが護衛隊長のラピスを叩きのめしてジャンヌちゃんの所に行った後、ジャンヌちゃんの家を破壊したって聞いたから絶対連れてくると思って待ってたの。ここ一ヶ月ずっと忙しくてジャンヌちゃんに会えなかった分、絶対私室に引き込もってジャンヌちゃんを愛でまくって4・5日は出てこなくなるだろうってファティマちゃんが教えてくれたから、そうなる前に会って話がしたいなって思ったのよ。」
「……チッ………流石ファティマ様ですね。よく僕の事をご存じでらっしゃる。」
えっ?今、王子ったら舌打ちしなかった?!
っていうか、私は王子の私室から4・5日は出してもらえなかったの?!
「わたくしとリン様でアレク殿下を育てたんですもの解らないわけないでしょ?何よりわたくしの愛するリン様の子供ですもの。全て想定の範囲内ですわ。」
うふふ…と美しく微笑むファティマ様。
何故だろう血は繋がってないのに笑い方が王子とソックリだ。
「ところでアレク、その手に持っているボロボロの手紙は何かしら?」
「あっ!それはっ……………」
ヤバイ!あのクソバカからの招待状、王子に持たれたままだった!
「ああ、これですか。ジャンヌへの結婚式の招待状ですよ。」
王子がヒラヒラと封筒を弄ぶ。
「あら、それにしては随分とボロボロねぇ。なにがあったの?」
「あっ……………それはっ、その……あの」
「ジャンヌの元恋人と元友人からの招待状だ。」
「「……………まあ。」」
王妃様とファティマ様がキレイにハモった。口に手をやるタイミングも見事に一緒で、私が「……まあ!」と言い無くなった。
「ねえ、ジャンヌさん。その招待状わたくしにも見せていただけないかしら。」
「えっ?あぁはい!どうぞ!」
私が許可をすると王子がファティマ様に招待状を渡す。それを受け取ったファティマ様は封筒の表と裏をじっくり見た後、これまたじっくりと中の招待状と手紙を見詰めた。
しばらく経って、手紙を王妃様に渡すと、王妃様が中身を読み終わるのを待ち、おもむろに私の方へ歩み寄った。
「ジャンヌさん、この結婚式の招待もちろん受けるわよね?」
「ええ、はい。もちろん受けませn…………はぃ?」
うんん?ファティマ様は今、なんて言った?!
この結婚式の招待を受けるわよね?と言ったか?!
ドウイウコト????何が悲しくて浮気した元カレと寝とった元友人の結婚式に行かにゃならんの?!
「そうね、ジャンヌちゃん。この結婚式の招待受けるべきだわ。」
「うん。僕もそう思う。この招待、受けて欲しい」
「なっ、なぜですか?」
「ジャンヌちゃん。この手紙よく読んだ?」
王妃様がエレナの手紙を差し出してくる。読んだかと聞かれれば読んだが、なにかおかしなところでもあったのだろうか?
王妃様から手紙を受けとりもう一度読んでみる。
『私の親愛なるジャンヌへ
お久し振りね。エレナよ!元気にしていたかしら?あれからあっという
まに一ヶ月経っちゃったわね。ねえ、聞いてよ!アレックスったら、本当に
ヌけてるのよ!結婚式を挙げるのに招待状を作るの忘れてたの!酷いわよね!
ケッコンシキよ結婚式!招待状を渡さなかったら、誰も来てくれないわ!
女の子にとって一生に一回の大切な日なのにね。私ずっとあこがれてたの
笑顔で大切な人達に祝福されるのが。勿論ジャンヌもその中の一人だわ!!
★だからゼーッタイ来てね!私待ってるから!愛を込めてエレナ★』
うん。とりあえず、頭の中がお花畑で虫酸が走る文って事は解った。
「ジャンヌ、よく見てごらん。この手紙の頭文字を抜き出して繋げると"おまヌケ女笑★"だ。」
はぁぁぁぁぁぁぁあ?!なんだそりゃ!でも、確かによく見ると王子の言っているとうりだ。おまヌケ女(笑)★ってことか!フザケンナ!!!!!!!エレナの奴どこまで私の事をコケにするつもりだ!
「ジャンヌさん。これは貴女に対する彼女からの宣戦布告よ。招待状でこれだけふざけた挑発文を送ってくるのだから何かしら結婚式で仕掛けてくるわ。」
ファティマ様が真剣な顔で私の手を握る。
それに続くように王妃様が両手で手を包み込む。
「あちらが仕掛けてくるのなら毅然とした態度で迎え撃って差し上げましょう。アレクの大切なお嫁さんだもの、私達が力を貸してあげる。………うふふ。楽しみねファティマちゃん。」
「ええ、リン様。後宮に蔓延る腐った謀を徹底的に二人で叩き潰した事を思い出しますわ。」
うふふ。おほほ。とお二人が笑っているが内容が怖すぎる。きっとドロドロの後宮に事情だったのだろう。うん、あまり深く考えないようにしよう。
「母上、ファティマ様。あまり過激なことはなさいませんよう。相手はただのいち国民です。ジャンヌを侮辱した事は許せませんが、あまり派手にやり過ぎますとジャンヌが萎縮してしまいます。」
やだ、王子も怖いこと言ってる!
「あら、大丈夫よ。それくらい私達だって理解してるわ。ただ、ちょーっとジャンヌちゃんがどういう立場で誰にケンカ売ったのか後悔させてあげるだけ。」
「そうですわ。ジャンヌさんはとりあえず、普通に結婚式へ参列してくれればいいわ。後は私達とアレク殿下が動くから心配しないで。ね、そうでしょリン様、アレク殿下?」
ファティマ様が二人に問えば二人共ニッコリと笑い頷いている。ひいいいいいい怖い!
「と、いうわけで結婚式にお呼ばれするのは一ヶ月半後だから、それまでめい一杯ジャンヌちゃんを磨きましょう!お仕事は毎日少しだけ早めに切り上げさせて貰えるようにフォルゲン順男爵に伝えておくわ。」
「えっ?!何故結婚式に呼ばれる側なのに私は磨かねばならないのですか?」
「ええっ!良いじゃないジャンヌちゃん綺麗になれるのよ!ダメ?それとも私達にそんなことされるのイヤ?」
王妃様が悲しそうな顔で問い掛けてくる。ファティマ様からは"リン様を悲しませたら承知しねぇぞ"オーラが出ている。これを断れる勇気を持った奴がいたら会ってみたい。とりあえず、私には無理だ。
「……滅相もございません……………よろしくお願いいたします……。」
そうしてあれよあれよというまに結婚式当日となった。一ヶ月半の間王妃様方にこれでもかと言うほど肌だの髪だの爪だのを磨がれ、ついでに宮廷マナーやらダンスやらも叩き込まれた私は王子から送られた薄紫色のドレスを着させられ、ぐったりと項垂れていた。
「おはようジャンヌ。僕が送ったドレス着てくれたんだね。まるで春風に揺れるライラックの花のようだ………美しい。」
ぅおふっ!そんな滅相もございません。目の前におられる王子の笑顔の方が何倍も美しいです。というか、頬を赤らめてキラキラ瞳で見ないでください。目が潰れそうです。
「あ、ありがとうございます。こんな素敵なドレスを頂いて、とても嬉しいです。…………それにしてもこの袖、凄いですねふ。まるでネホンの民族衣装の着物みたい。」
そうなのだ。王子から頂いたドレスは薄いシフォンの生地が幾重にも重なった柔らかいドレスで、肩を大胆に露出するオフショルダータイプだった。
特に印象的なのは胸元のすぐ下から20㎝程の太いリボンが帯のように巻かれており、袖は肩下から肘の上までが肌にピッタリとして肘から手首までが大きな円形の袖口にになっている。
「ああ、これはパゴダスリーブって言うんだって。ファティマ様の国でこの袖の小さい形のものが有ったんだけど、コレに合わせるにはネホンのキモノのように袖を長くした方が綺麗だろうって、ジャンヌの母君が仰ったから、デザイナーと試行錯誤して作ったんだ。」
そう言って王子はそっと紫色の髪飾りを私に手渡した。
「これ………………。」
「そう、君の髪飾りだ。シン君から聞いたよ。ネホンで一目惚れして買ったけど似合わないからつけられないと、荷物の奥底に仕舞ってしまったと。君の荷物を実家へ移すときに見つけて僕が預かっていたんだ。」
そう、この髪飾りはカンザシという。ネホンの伝統的工芸品でちりめんという生地を摘まんで組み合わせた髪飾りだ。花の形は藤という薄紫の小さな花が葡萄のようにいくつも並んだ形で髪に着け歩く度に先端に浸けられた小さな鈴がチリチリと音を立てとても可愛い。
ネホンの店先で見つけて衝動買いしてしまったが、いざ自分の、髪に着けてたら全く似合わずガッカリして仕舞ってしまったのだ。
「それを知って殿下はこの髪飾りに合うようにドレスを作って下さったのですか?」
「そうだよ。この髪飾りがジャンヌに似合わないんじゃなくて、来ている服と髪型がダメだったんだ。このドレスと髪を結い上げればこの髪飾りは絶対にジャンヌに似合うよ。」
「殿下……。」
「さあ、髪を結い上げよう。」
王子が手を手を叩くと、しずしず女官が入ってきて私を鏡台の前に座らせ、手早く髪を結い上げてゆく。途中でドレスと同じ生地を髪に編み込み最後に藤のカンザシを挿して止める。
「凄い………。」
以前着けたときは浮きまくって似合わなかったカンザシが、今はとても全体の雰囲気に合っている。
「うん。似合っているよジャンヌ。」
王子がそっと髪飾りを撫で私の頬に触れる。
感極まった私は王子に抱きついた。そっと抱き返してくれる王子の肩越しに、髪を結ってくれた女官さんが親指を立てウインクしている。ありがとう女官さん!
「殿下、本当にありがとうございます。もう、なんとお礼を言ったらいいか………」
「お礼なんて良いから、もういい加減僕の事を殿下と呼ぶのを辞めてくれないか?」
「ええっ、でも、殿下は殿下です。お名前で呼ぶなど……」
「僕たちはいずれ夫婦になるんだよ。そんなの関係無い。」
「で、でも…」
「い・い・か・ら・呼ぶ!」
うひぃ~。王子に怖い方の微笑みで言われてしまっては呼ぶ他あるまい。
「で、ではアレクサンドル様」
「うーん、なんだか他人行儀っぽいな。」
「では、アレク様と?」
「………いや、それではファティマ様と被ってしまう。ジャンヌだけが呼ぶ特別な呼び名がいいな……」
「特別な………では、アル様でいかがですか?」
「うん、それがいいね!でも、様は要らない。僕の事はアルと呼んでくれ。いいね、ジャンヌ?」
「はい、でんk…………アル。」
「うん。じゃあ支度も整ったし、彼らのところに行っておいで。僕も仕事が終わったら直ぐに向かうから。」
「えっ!でん…アルが結婚式に来るんですか?!」
「もちろん。だって僕はジャンヌの婿になるんだろう?婚約者なんだから行くに決まっているじゃないか!」
「でででででででも、一般人の結婚式ですよ?人も沢山来ますよ?護衛とかその他もろもろ大丈夫なんですか?!」
「ああ、その辺は母上達が立ち回ってくれてるから大丈夫だよ。さ!そろそろ時間が無くなってきた。」
尚もいい募ろうとした私の背中を押して正門前に停まっているの馬車に私を押し込むと、馬車を発信させ一路脳内お花畑馬鹿共の結婚式場に向かわせた。
教会に着くと既に沢山の人が、席に着いていた慌てて一番奥の目立たない席に座る。
しばらくすると新郎であるアレックスが神父様の後ろに次いで教会に入ってくる。
いつもは無造作にしている柔らかい髪を後ろに撫で付け白いモーニングコートを羽織ったアレックスは何時もより大人びて見えた。花嫁の入場する後ろの扉に向かい真っ直ぐに立つアレックスに女性からはため息が漏れる。
うん。確かにカッコいいわ。……………でも、王子程ではない。あぁ、私の目は王子のせいで大分肥えてしまったみたいだ。王子と出会う前の私ならアレックスの姿に滝のような涙を流して喜んでいただろう。だが、私を裏切り恥知らずにも私を結婚式にまで呼ぶような馬鹿には呆れこそすれなんの感情も湧いてこない。
神父様の高らかな新婦入場の声に皆が扉へと視線を向ける。緩やかなパイプオルガンの音色と共にエレナが父親にエスコートされしずしずと入場してきた。真っ白のウェディングドレスは大きく広がり、長く尾をひくトレーンの裾を小さな子供が持っている。顔を隠す薄いヴェールの下には美しく化粧をしたエレナが柔らかな微笑を浮かべている。
そして新郎の元へと辿り着くと父親のエスコートから新郎に移った。厳かに式は進行し、いよいよ誓いのキスとなった。良く結婚式でキスが重要視されるが、実は誓いのキスよりヴェールアップの方が重要なのはご存じたろうか?花嫁は新郎にヴェールを上げられるまで極力体の露出を減らして穢れなき処女の道を通り新郎の元へ向かう。そして新婦を覆うヴェールを新郎が上げることにより"貴方が処女である穢れ無き私の全てを初めて見る人です" という意味がある。そう考えるとなんともまあ、茶番だなと思える。なーにが初めてだよ。子供まで作っといて今更初めてもクソも無いだろうに。…まあ、わたしも人の事言えないけど…。
誓いのキス済ませ新郎新婦が退場となった時、壇上にたったエレナと目が合う。
ニッコリと笑うエレナの背後に"あら、本当に来たの?おマヌケ女(笑)"と文字が浮かんでいる気がする。
退場後のライスシャワーはエレナとアレックスの死角から渾身の力で米を投げつけてやった。
挙式が終わりガーデンパーティ会場へと場所を移し、参列者が思い思いに披露宴を楽しむ。
とりあえず私はあの馬鹿共と顔を合わせたくないので会場の隅っこのビュッフェコーナーに陣取り黙々と料理を平らげることにした。
「これはこれはジャンヌ様、お忙しい中愚息の結婚式にご参列下さりありがとうございます。」
肉汁滴る美味しそうなローストビーフにかじりつこうとした瞬間、アレックスの父親に声を掛けられた。…チッお肉が冷めちゃうだろうがっ!
「シートゥリー社長…。いえ、そんなことはございません。この度は誠におめでとうございます。」
アレックスの父、ベン・シートゥリーは周りに聞こえぬよう小声で話しかけてくる。
「私はてっきり、うちのアレックスはジャンヌ様と結婚するものだと思っていたのですが、四ヶ月前に、いつの間にかジャンヌ様と別れてエレナと結婚すると聞いたときは心底驚きました。」
「まぁ…」
あぁん?!四ヶ月前だぁ?!その頃はまだアレックスと付き合ってたわっ!別れてくれって聞いたのは二ヶ月半前のだっつーの!
「それにしても、エレナは妊娠しているんですよね?もうすぐお孫さんに会えるから楽しみじゃないですか?」
「え?エレナが妊娠しているのですか?それは初耳です。」
んん?どういう事だ?エレナは妊娠したからアレックスと結婚するんじゃなかったのか?
「そうなんですか?私はアレックスとエレナから妊娠したから結婚するので私と別れてほしいと言われて別れたんですよ?」
「そんな、私はアレックスからジャンヌ様がアレックスに別れたいと言ってきたと聞きましたぞ?」
お互いの会話が噛み合わなくなってきたところで人垣の向こうからアレックスとエレナがやって来た。
シートゥリー社長は他にも挨拶が有るからと離れて行き、私はアレックスとエレナに対峙した。
「ああ!ジャンヌ!来てくれて嬉しいわ!どう?アレックス素敵でしょ?!皆がアレックスと結婚出来たことが羨ましいって言ってくれるの!ジャンヌもそう思わない?」
エレナがアレックスの腕にこれ見よがしに抱きつき、幸せオーラ前回で私に問いかけてくる。へーへー。自慢したいわけですね。そりゃーよーござんした。あーカッコいいカッコいい。
「そうね。エレナもアレックスもおめでとう。」
「ありがとうジャンヌ!……私、アレックスと結婚出来て本当に良かった。もし、アレックスとジャンヌがずっと付き合ってたら私達の立場が逆転してたでしょ?私、そんなの耐えられない…」
をい。おんどれが耐えれないなら私はなんなんだ?!元カレにフラれた哀れな負け犬が地団駄踏んで悔しがってる様が笑えるってか?
「おい、エレナ…。」
アレックスがたしなめようとするがその前にエレナが再度喋り出す。
「私、アレックスがジャンヌより私の方が良いって言ってくれたのが凄く嬉しかったの。ねぇアレックス、今日のジャンヌ凄く綺麗よね?アレックスの友達が皆ジャンヌの事を気にしていたわ。」
アレックスが私を上から下まで見るとサッと顔を背けた。
「ああ、綺麗だと思う。」
なんだよこの野郎そういうことは相手の目を見て言え!
「そうよね!こんな綺麗なジャンヌよりも私の方が良いって言ってくれたアレックスはとても素敵だったわ。ジャンヌはいつも仕事が忙しくてなかなか会えなくて寂しいって言ってたもの。でも、大丈夫よ私はずっとアレックスの側にいるわ!」
うわ、一旦私を持ち上げておいて、それを踏み台にして自慢してるよ。長年付き合って来たけどエレナってこんなやつだったんだ…。
「それにしても、ジャンヌも大変ね…この年だとこれから結婚相手を探すのって骨が折れない?」
あ?行き遅れだから嫁の貰い手が無いだろ可哀想っていいたいのか?おあいにく様。嫁の貰い手がどころか、キランキランの王子が婿に来ますよ。
「ううん。そんなことは無いわ?」
「あら!じゃあ、婚約者が決まったの?もしかして政略結婚?……そんな、ジャンヌ可哀想…好きでも無い相手と結婚だなんて…。」
婚約者と言う言葉にアレックスが此方を見た。
「ジャンヌ、そうなのか?」
流石に婚約者が王子です。とは言いずらくて黙って居るとエレナが勝手に勘違いをしてまた私を哀れんでくる。
「きっとそうよ。ああ、なんて可哀想なジャンヌ!婚約者の方はきっと太って臭くて髪の毛が薄い気持ち悪い変態オヤジなんだわ。ね、そうでしょ?」
「いいえ、とっても素敵な方よ。」
失礼な!王子はそこそこ鍛え上げられた体とクラッとするような涼やかな香りで髪の毛はキランキランでサラサラ金髪だし、とっても誠実な18歳の青年ですよ。
「そんな、嘘をつかなくても良いのよ!私には解るもの。」
いやいや、まーったく検討ハズレですけど?
「あ、そういえば、私の婚約者が挨拶に来たいと言っていたんだけど良いかしら?」
「ええ、勿論よ!で?何処に居るの?」
「ああ、準備が出来たら来るって言ってたわ。」
「まあ、そうなの!…そうよね!少しでもお洒落して見れるような格好になってからじゃないと来れないわよね。」
エレナはどうあっても私の婚約者を目も当てられないオヤジにしたいらしい。
その時、ガーデンパーティの会場が、にわかにザワついた。女性の悲鳴も聴こえる。
「あら、もしかしてジャンヌの婚約者様かしら?」
エレナが面白そうに辺りを見回す。
程無くして、人だかりの山が割れるように道が開き、その中から金色の髪を太陽に反射させ濃紺の軍服を纏った麗しい男性が進み出てきた。
うん、王子だ。礼服である軍服を着ているせいか何時もの二割増しで格好良い。人混みを通りすぎる度にご婦人が腰を抜かしている。
「あっ!ジャンヌ、探したよ!」
颯爽と現れた超美男子に目を奪われていたエレナがギョッとして私と王子を交互に見る。
「あら、ごめんなさい。探してくれたの?アル。」
「ああ、人が沢山居たけど直ぐに君を見つけたよ。やっぱりこのドレスと髪飾り良く似合ってる。まるで草原に咲く一輪の高貴な百合の様に僕には君が輝いて見えた。」
私の手を握り熱っぽい眼差して私に話し掛けてくる王子は、どこの誰が見ても婚約者にベタ惚れな超美男子だ。
ついでに言えばサラッとこの王子は、私以外の人間、主役である新郎新婦をも雑草に例えやがった。
「ジャ、ジャンヌ…こちらの方は…?」
「ああ、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。この度はご結婚誠におめでとうございます。僕はアレクサンドルと申します。訳あって家名はお教え出来ませんが、ジャンヌの婿になるのでお気になさらないで下さい。」
王子は優雅に一礼すると、エレナとアレックスにニッコリと微笑んだ。
「…っ、ありがとうございます。私はアレックス・シートゥリーです。こちらは妻のエレナです。お忙しい中わざわざご足労頂きありがとうございます。」
アレックスが若干緊張しながら挨拶をしてエレナを紹介する。
「ああ、お二方の事はジャンヌから良く聞いておりました。とても仲が良かったと……。」
「ええ!そうなんですの。私達とーっても仲が良くって昔から良く遊んでましたの。ジャンヌなんかショッチュウ酔っぱらっては人に絡んでお転婆でしたのよ。」
エレナがにこやかに私の過去の汚点をさらけ出して来やがる。恥ずかしさに自然と拳に力が入る。
王子は然り気無くそっと私の右手に手を添え親指の腹で拳を解すように撫でる。
「そうですか。僕も酒には弱いので何度か失敗したことがあります。」
「まぁ…そうでしたの。所で先程ジャンヌの婿になると伺いましたがどういう事ですの?」
「ああ、その話ですか。最初は僕がプロポーズして嫁に来て貰おうと思たのですが、ジャンヌが僕の家に入るのは荷が重過ぎるからと言ったので、僕が婿になることにしたんです。」
うげっ!それって酔っぱらって話した事でしょ!!
この話だけ聞いたら私がとんだ我が儘女みたいじゃないか!
「ええ?!ジャンヌったらそんな事を言ったの?!信じられない!!」
ホラー。エレナが思いっきり蔑んできたじゃん!
「いえ、信じられないのは僕の方ですよ。しがらみだらけの僕に命を懸けて愛していると言ってくれた…。僕を婿に欲しいと父の前で高らかに宣言してくれたジャンヌはとても…言葉に言い表せない程輝いていたんです。」
「へっ、へえ…。そうなんですの…。」
「…なぁ、ジャンヌにプロポーズしたのは何時なんだ?」
先程までずっと黙っていたアレックスが急に話に入り込んできた。
「プロポーズですか?それならニヶ月半程前ですね。」
アレックスとエレナが驚きに目を見開く。
「おい、ジャンヌ。お前俺と付き合ってる間に浮気したのか?」
「は?何を言ってるのアレックス。私は浮気なんてしてないわ。浮気してたのは貴方のほうでしょ?!」
急に何を言い出すんだこの馬鹿は。自分の事は棚に上げて、私が浮気しててただと?!んなことするかっ!
「でも、アレクサンドル様にプロポーズ去れたのはニヶ月半前でしょ?アレックスと別れたのもニヶ月半前。二股でもしない限り、そんなに直ぐにプロポーズなんてされるわけ無いでしょ?!こんな素敵なアレクサンドル様を騙すなんて最低ね!」
ああ?人の彼氏を寝とったような女に最低なんて言われる筋合い無いわっコイツぶん殴る!!!!!!!
と、エレナを殴ろうと一歩踏み出す前に王子が私を抱き締める。
「あまり僕の婚約者を侮辱しないでくれるかな?ジャンヌはそんなことをする女性じゃない。君達とは違ってね。」
王子が、二人を鼻で笑う。顔は笑っているのに王子から垂れ流される冷気に私の怒りも冷えた。というか冷えすぎてびびっている。
「何だと?!俺達の事を馬鹿にしてるのか?!」
「ちょっと、アレックス!皆がこっち見てるわ!」
アレックスが王子の挑発に乗り激昂するとエレナが慌てて宥める。
「煩い、エレナは黙ってろ。おい、じゃあ何か?ジャンヌは俺と別れて直ぐにお前と出会って、お前はその会って間もない女にプロポーズしたってか?」
「そうだ。」
「ハッ!ってことはお前はとんだ馬鹿でジャンヌはとんだアバズレってやつだ。そうだろ?そんな会って間もない奴等が直ぐ婚約なんざ体の相性が良かったか、金に目が眩んだかだ。お前はジャンヌの嫁入りにそんなに拘ってなかった。要はジャンヌの持参金目当てじゃない。となれば、残るは後者の肉体関係だ。まあ、確かにジャンヌの体つきは立派だし具合も良い。……なあ、この意味解るか?」
アレックスが今まで見たことのない下卑た笑いで王子と私を侮辱してくる。
余りの言い種に怒りで私の頭が真っ白になる。
私の事はどうでも良い。でも、王子の事を侮辱するのは絶対に許さない!
そう思った瞬間、わたしの横を紺色の影が過り、王子がアレックスの胸ぐらを思いっきり掴んでいた。
「貴様…それ以上僕のジャンヌを侮辱してみろ。たたでは済まさぬぞ。」
王子がアレックスを睨み付ければアレックスも負けじと睨み返す。
「おい小僧、幾ら軍服着てようがそんな細い体じゃちっとも怖くねえんだよ。大方ナヨッチイ体を隠すのに虚勢張って着てきたんだろ。やれるもんならやってみろ。俺のお下がりの女で喜んでるガキが。」
アレックスが言い終わったとたんその体は思いっきり殴り飛ばされ後方へ飛んだ。
ひっ!!今、王子の拳が見えなかったよ!もしかしてあのパンチで護衛隊長を沈めたのかな?!
「これ以上は只で済まさないと言った筈だ。僕は嘘をつかない。今日は貴様の結婚式だからと寛大でいてやったが、僕のジャンヌを愚弄した罪、万死に値する。」
殴り飛ばされたアレックスへと足を向けた王子は腰に留められていた剣を抜き、アレックスの首元に剣先を当てる。
えっ?!ちょっと王子!!ここで殺人はマズイですって!!!
どどどどどどうしよう!どうにかして王子を止めなきゃ!
その時、どこかおっとりした聞き覚えのある声がした。
「あら、アレク。そんなに怒ってどうしたの?」
会場にいる人々が騒ぎの起きた王子とアレックスの方を見ていたが、急にかけられた場違いなおっとり声に視線を向けると、そこには豪華な王宮の馬車が三台と大勢の護衛官達に囲まれた。王妃様とファティマ様がいた。
一際屈強な護衛に護られた、このクロスクロウ王国のティアラを乗せた女性。
どっからどうみても王妃、リン様である。
急な王妃様の降臨で会場にいた人々は慌てて一斉に頭を垂れた。
「王妃様!何故ここに?!」
「まぁまぁジャンヌちゃんとっても綺麗ねぇ!アレクが何度も何度も試行錯誤して作らせたドレスなだけあるわ。とっても似合ってる!ファティマちゃんからのアドバイスでデザインしたお袖も凄く素敵ね。さすがファティマちゃんだわ!」
「まぁリン様ったら…。それにしても本当に可愛らしいわねジャンヌさん。ところでアレク殿下はなにをなさっておいでですの?」
なんとも場違いな空気を纏った二人が王子に問いかける。
「この馬鹿が僕のジャンヌを汚ならしい言葉で愚弄したので……。」
「まぁ!それは本当なのかしら?」
「はっ。それにつきましては私がご報告申し上げます。」
先程まで会場の配膳施行をしていたスタッフがササッと王妃様の所に向かい、事のあらましを伝える。どうやら会場に王宮の私偵がいたようだ。
王妃様はアレックス達が王子と私を侮辱したことを聞き、あからさまに顔をしかめる。
「あらあら。私の息子とその婚約者であるジャンヌちゃんにずいぶん酷いことを言ったのねぇ。どう思うファティマちゃん?」
「そうですね。仮にも王子のとその婚約者に向かって言って良い言葉ではありませんわ。」
「そうよね。でも、アレク?今日は彼らの結婚式だったのでしょ?いくらジャンヌちゃんを侮辱されたからと言って私刑は良くないわ。それに、一応今日の主役だし、一生に一回の結婚式なのよ?罪を問うなら後日然るべき場所で然るべき措置を取らなくてわ。」
王妃様の言葉に思いっきり顔をしかめた王子は渋々剣を鞘に仕舞う。
突然現れた王妃様達と王子の会話に皆が驚愕する。
「おっ………お前が、王子だと…………?!」
アレックスが信じられないと言うように問いかける。殴られたアレックスの側に寄ったエレナも同じように無言の疑問符を出し王子を見詰める。
「そうだ。僕の名はアレクサンドル・ヴィ・クロスクロウ。だが、先程も言った通り僕はジャンヌの婿になる。だから家名は言わなかった。」
まるで腐敗した生ゴミを見るような目でアレックスを見据える王子。
「バカな!ジャンヌの家は準男爵家だぞ!そんな一般人と替わらない下級貴族に第一王子が婿入りなんて出来る筈がない!」
アレックスが信じられない!と吠えれば王妃様がのほほんと答える。
「ああ、その件なら問題有りませんわ。ジャンヌちゃんは先程国王陛下より初の女性辺境伯の位を授けられることが決まりました。」
「えええええ!!!」
私の口から驚きの声が漏れたがそれよりも周りの人々の驚きの声の方が大きかった。
ちょっと待って!辺境伯ッテナニ?!どういうこと?!
「あのねジャンヌちゃん。実はジャンヌちゃんにお客様が来てるの。その方はとても大事なお客様でね、私達が陛下の代わりに港までお迎えに上がったんだけど、その方が直ぐにジャンヌちゃんに会いたいって仰ったから連れてきちゃった!」
え?え?話が全く見えない!!私の辺境伯の話から何故お客様の話になるの???
もうハテナマークが大量に乱舞している私を余所に二台の馬車からゾロゾロと人が出てきた。
よく見ると三人は私の父と母と弟。残りの五人はここにいる筈の無い人物。漆黒の髪を短く刈り上げ、この国では見かけない独特の民族衣装を身に纏ったネホンの第一皇子、輝来様とその補佐官と護衛官だった。
『こ、輝来皇子殿下?!何故此方に?!』
慌てて皇子殿下に向かい頭を垂れる。
余りの驚きに挨拶をすっ飛ばして問うてしまった。
「ひサシぶりだな、ジャンヌ。」
ネホン語で話しかけた私に対して皇子はクロスクロウ語で返事をしてくる。信じられない!まさか次期天皇の皇子がネホンに来るなんて!しかも、クロスクロウ語まで話してくるとは!
萌葱色の束帯を優雅に揺らし輝来皇子は私の頭をそっと撫でる。
「我が国のミコがジャンヌのイル、クロスクロウ王国のへ向かえと予言がデテナ。フォルゲン氏の商船に乗せて貰ったのだ。事前に鳥で連絡していたのだが、ジャンヌを驚かせようとオモッテ内緒にしていて貰ったのだヨ」
皇子がさも面白そうに笑っているが、私としては事前に知らせていて欲しかったっ!
「そうなの!一ヶ月前にネホン皇国から連絡が有っってね、ジャンヌちゃんに内緒で準備してたの。本当はもう少し早くジャンヌちゃんに辺境伯の爵位を授けるつもりだったんだけど、折角だから皇子殿下がいらっしゃるときに式典を催しましょうって国王陛下に言ったの。」
国のトップ達の計り知れない話に私の脳は軽くキャパオーバでショート寸前だ。
「ということで、ジャンヌちゃん、アレク。申し訳無いのだけれど至急私達と王宮に来てくれないかしら?」
「わかりました母上。では、これ以上お客様を御待たせするわけには行くまい。行こうジャンヌ。」
「はっ、はい!」
私が慌てて返事をすれば王妃様達はニコリと頷いて馬車へと向かう。
私達もそれに続いたが、急に王妃様が振り返ってアレックス達を見据える。
「ああそうだったわ。アレックスさんとエレナさんだったかしら?今日は結婚おめでとう。折角の結婚式を騒がせてしまってご免なさいね。」
それに続きファティマ様も振り返る
「今日はこれで帰りますが、後日王子とジャンヌさんへの侮辱罪について王宮から召喚されると思いますのでよしなに。」
「首を洗って待っているんだな……」
王子がボソリと呟けば、輝来皇子が『君も何か言ってやれば?』と面白そうに話しかけてくる。
ええ?!言うって何を?!別にもう無いよ!皆が凄いことしてくれっぱなしで、なにも思い付かないよ…でも、言われた通り何か言った方が良いのかな??えーとえーとえーと…
「もう、二度と私達に関わらないで」
*****
それから私達は王宮に向かい、慌ただしく輝来皇子達の歓迎会を行い、皆の見守るなか初の女性辺境伯として、国王陛下から爵位を賜った。
どうやら互いの国で家一軒程の土地を交換し会う形で国交の長期安定を図ったらしい。そしてそのネホン皇国に住まう外交官兼辺境伯として私は任命されたのだ。
いや、もう、話に付いていくのが精一杯で身が持ちましぇん!
今日一日で色々な事が有りすぎた。
王宮から与えられた自室に戻ると着替えもそこそこにベッドへ倒れこむとドアが静かにノックされた。
扉を開けると王子が軽装に着替えて入ってくる。
「ジャンヌ、今日は君に不快な思いをさせてしまって悪かった。」
王子は私を腕の中に閉じ込めると夜会で出されたアルコールの香りがした。頬に瞼に唇にとキスの雨を降らせギュッと抱き締めてきた。王子の体温にひどく安心する。
「いいえ、私の方こそアルに対する侮辱を止められず申し訳有りませんでした。」
「君を守ると言ったのにちっとも守れなかったな……」
「そんなこと有りません。アルはしっかりと私を守ってくれました。私のような純潔でない女ためにあんなに怒って下さって……。」
「ジャンヌ、僕は君が純潔だろうがなかろうがちっとも構わない。君が君で居てくれさえすればそれで良い。それが僕の愛するジャンヌだから、君の全てを心から愛するよ。」
「……………アル……………」
ゆっくりと唇が重なり、抱き締められた体が柔らかなベッドへと縫い付けられる。
「こういうことをするのは久し振りだな…」
王子が苦笑しながら私の髪を撫でる。
「そうですね。お互い何かと忙しかったですから………。」
「……そうだな。ところでジャンヌ、先程ネホンの皇子から変わった本を貰ってな。"夜の48手大特集"というのだが、読んでみたところ我が国では思いもつかない技法が有ったのだ。それを全て試してみたい!」
「へ?」
いきなり何を言い出すんだこの王子は。
背中から取り出した本を見やるとネホンのR指定ピンク雑誌だった。
ちょっと待て!!!なんてモンを渡してくれやがったんだあの皇子は!!
仮にもネホンを代表する皇子だろう!そんな卑猥なR指定本を訪問国の王子に渡すか普通?!しかも親切丁寧にクロスクロウ語に訳してまである!
皇子がそれやっちゃマズイでしょ?!
「ジャンヌ、僕はこの燕がえ…「わーっわーっそれ以上言わないで下さい!!!」
慌てて王子の言葉を遮る。
やめてっ!王子がそんな卑猥な事言わないで!
「ふむ。僕がそういうことを口に出すのは嫌か…。では、もう言わないことにしよう。どうせ全部試すつもりだったし端からこなしていこう。」
「えっ?!ちょっ!まっ!……………………………!!!!!!!!!!」
次の日の朝日は黄色かった。
早く家に帰りたい。
Fin
ファティマ
「リン様の登場タイミング、バッチリでしたわね。」
リン
「ええ。元彼と友人から酷く見下され、それを救うために颯爽と登場する美麗な婚約者。それに嫉妬し元彼女を酷く侮辱する愚かな新郎と愛する女性を侮辱され激高する婚約者。そこに王妃の私達が真打ち登場!と婚約者の身分をあかし、自分がどれだけの相手を敵に回したか愕然とするお馬鹿さん達。………うん。まあまあのシナリオだったわね。」
ファティマ
「ふふ。それにしては随分と楽しんでらっしゃったのでは?」
リン
「そりゃあ、ファティマちゃんと久し振りに暴れまわれるってなったら楽しいでしょ?陛下もなんだかんだ協力してくれたし。アレクとジャンヌちゃんもますますラブラブになったし。バッチリじゃない。」
ファティマ
「そう言って下さればわたくしも嬉しいですわ。それにしても、ネホン皇国の輝来皇子もなかなかに面白そうな方でしたね。」
リン
「ええ、とても良いお友だちになれそうだわ。」
取り敢えず王妃コンビは最強って事です(笑)