表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

二章 勉三さんとビン底眼鏡 ~その3

ついに、渦巻き盗賊団に関する有力情報を得る!

 私と南雲さんは、松方を下宿まで送り届けたあと、もう一度大学まで戻ってきた。事の一部始終を中山に伝えるため、協議会の事務所へと足を運んだ。


「すまん、という結果に終わってしまった。お前の信頼に応えることができなかった」


「そうか。良くやってくれたよ。ありがとう」


 さすが、中山である。すでにモニュメントが戻ってこない事を想定して、関係各所に手配しておいたようである。私には、関係各所とはどこなのかもわからないのであるが。


「署長、申し訳ありませんでした。すべて、オートマ限定だった相沢先輩の責任です」


 棚に上げた! 自分の頭文字○的な暴走を、華麗に棚に上げた!


「ところで相沢。今日、勉三さんに会ってから、南雲さんと一緒に松方の下宿に来てくれないか?」


「わかった」


「よろしく頼む」


 それだけ会話すると、中山は忙しそうに仕事に戻った。中山が忙しそうに仕事をする姿を見ていると、いつ自分の研究をやっているのか疑問に思えてくる。しかし、中山のことだ、そのあたりも抜かりないのであろう。


「先輩、勉三さんのところへ行く前に食堂に行きませんか? お腹がすきました」


 南雲さんは相変わらずマイペースであった。

 今日、私は南雲さんと随分共に過ごしてきたが、今のところ大いに振り回されている。確かに、松方の言うように彼女はマイペースで変わり者であると思う。しかし、なんだかんだ楽しいと感じている自分がいる。

 南雲さんと出会うまでの自分は、毎日が同じことの繰り返しのように感じられてつまらなかった。刺激が欲しいとか、自分探しをしたいだとか、漠然とした日常への不満や不安からくる願望を抱きながら暮らしていた。少なからず、ここ数日は楽しくて退屈していないのである。

 こんなに素敵な日々が続くなら、私の人生はどれだけ彩にあふれたものになるだろうかと思えてきた。そして、同時に南雲さんが誰かと一緒になると考えると、淋しさとやるせなさが湧いてくるのである。


 食堂で少し早い夕食を済ませた私たちは、いよいよ勉三さんに会いに行くべく、栗田研究室へと向かった。


「先輩、電気が消えていますね」


 私たちの前にある金属製の扉には、栗田研究室と書かれた表札がかかっており、大学の構内地図が貼られていた。その地図に、各自の名前が書かれた磁石が貼り付けられている。これで自分の居場所を示しているのである。今は、一つの磁石を除いてみな一か所に貼られていた。地図の欄外に設けられた、帰宅の欄である。そして、残った一つは、研究室に貼られていた。その磁石こそが、勉三であった。

 しかし、外から覗く限り部屋は暗い。本当に在室なのであろうか? 磁石を貼りっぱなしにしてしまっているのであろうか?


ドンドン!


 南雲さんが躊躇なく扉をノックした。しかし、中からの反応は無い。まさかと思いながら、ドアノブに手を添えた。以外にも鍵がかかっていなかった。

 私は、躊躇した。大学の研究室とは、研究内容に機密事項が含まれることが多く、そのため、データを盗まれることを恐れ防犯は抜かりなく行うものである。その常識が、勝手に他人の研究室に入ることを躊躇させたのである。

 当たり前の話であるが、なにもやましいことをしないにしろ、鍵が開いていたので他人の家に勝手にあがりました何も物色したりしていませんなどと、平気な顔ができる人はいないであろう。学校の部屋とはいえ、そういうものなのである。


「誰か居ませんかぁ?」


 南雲さんは、躊躇なく入って行った。恐ろしく常軌を逸しているように思えた。すぐに腕をつかんで彼女を引き戻す。


 ガタン!


 そのとき、中から大きな音と共に声にならないうめき声が聞こえてきた。


「先輩、誰かいますよ! あと放して下さい」


 と、言われたところで、そうやすやすと放す訳にはいかない。今、この子を放してはいけないと私の本能がそう言っているのである。

 私達が、放す放さないのやり取りをしていると、奥から勉三さんらしき人物の声がした。


「どちらさんダスかぁ?」


「すいません。私達、勉三さんにお伺いしたいことがありまして、来ました!」


「あぁ、勉三はワテのことダス。どうぞ、入って下さい」


 どうやら、勉三さんは本当に在室しているようである。南雲さんの顔が、ぱっと明るくなった。もう、部屋に入りたくてうずうずしているようである。


「先輩! 勉三さんですよ! 入りましょう」


そう言うが早いか、彼女は私の手を振りほどいて部屋に入った。私も続く。


「すんませんが、電気をつけていただけねぇダスか? 入口の左の壁にあるダス」


 勉三さんに言われ、入口の左手を探すと、電気のスイッチがあった。電気をつけると、今まで真っ暗であった室内が急に明るくなる。研究室には、壁際の長い机に、パソコンが八台並んでいた。

 その机の前に、学ランを着た人物が立っている。どうやら、椅子を並べて寝ていたらしい。椅子には毛布が敷かれており、端の椅子には枕まで置かれていた。

 この時、私は初めて勉三さんにお目にかかったのであるが、見た目から受ける感想は以外にも「なぜ学ランなのか?」ではなかった。なぜなら、彼はこの時、彼のもう一つの特徴である、ビン底眼鏡を外していたからである。

 人間の目は本当に、数字の3になるものなんだなぁ……。


「で、そちらさん達は、ワテになんの用ダスか?」


「はじめまして、私の名前は南雲です。渦巻き盗賊団を追っています」


 南雲さんは、勉三さんの目が数字の3になっている事を気にも留めていないようである。


「なんと! おたくらは渦巻き盗賊団を知っているダスか?」


「はい、私は大切にしていた手帳を盗まれました。それを取り返したいのです」


「なるほど。ワテは奴らに眼鏡を盗まれたダス」


 そういうことか。それでやむなく数字の3と化した目を露出しているわけか。そうと分かればどうしても聞きたくなってしまう事がある。


「はじめまして、相沢といいます。勉三さんはどうして眼鏡を作り直さないのですか? 不便ではないのですか?」


 彼は、私の問いかけに少し考え込んだ。


「何かのヒントになるかも知れないダスな。少し待つダス」


 そう言い残すと、彼はカーテンで仕切られた奥の部屋へと入って行き、何やら古ぼけた一冊の本を持って出てきた。


「これダス」


 彼は、その本を開いて私達に見せてくれた。そこには何も書かれていなかった。そう、白紙であったのである。まったくもって意味がわからない。それは南雲さんも同じであったようだ。


「この本、白紙ですね。この本と盗賊団がどのように関係しているのですか?」


「実は、この本は江戸時代にワテの先祖が書いたものダス」


 私は、いやな予感がしてならなかった。そしてその予感は的中することになる。


「この本は、ワテの眼鏡を通してしか読むことができないように書かれているダス。ワテは目が悪いのではなくて、この本を読むためにあの眼鏡をかけていたダスよ」


 やはりか。つまり、勉三さんは目が悪いわけではないのに目が数字の3になっているのである。


「実は、この本にはiピーS細胞から肝臓を作り出す方法が書かれているダス」


 なんとも信じがたい話である。江戸時代にすでにiピーS細胞が発見されていたことになるではないか。あと、iピーSでは、ピーが伏字になりきれていない。


「その内容を読み解いて、なんとか自分の研究として進めていっているダスが、盗賊団に眼鏡を盗まれて読めなくなってしまったダス。このままでは、卒業が危ういダス」


 この人、何かが間違っている。もはや、勉三さんの博士論文がどうこうという次元の話ではない事を理解していない。江戸時代にiピーS細胞が発見されていること自体が一大事ではないのか。


「少し、見せていただいてもいいですか?」


 南雲さんは、本に興味津々である。


「この本、江戸時代に作られたのに紙がフィルムでコーティングされているのですね」


 南雲さんは、本を私に見せながらそう言った。確かに、非常に薄いフィルムのようなものでコーティングされているような質感であった。と同時に、私の頭に電流が走った。


「勉三さん、少し待っていてもらえますか」


 私は、自分の研究室へ向かおうとした。が、栗田研究室を出る直前に、なぜか南雲さんを連れていきたくなった。

 なぜだろう、隣に彼女がいない不安感と、彼女を勉三さんと二人きりさせたくないというやきもちが入り混じったような気持ちである。私は、彼女の手を引き一階の実験室へと急いだ。


 私は南雲さんを連れて、実験室である物を探していた。


「先輩。どうしたんですか? 本を見たとたんに血相を変えて」


「南雲さん、あの本を読めるようにできるかもしれない」


「そんな事を言って、私を誰もいない実験室に連れ込んで、どうこうするつもりなんじゃないですか?」


 そう、冗談っぽく言う南雲さんの言葉に、一瞬ドキッとした。確かに、一人で探せない物ではないし、彼女が探せるものでもないのであるから、彼女を連れてくる理由は見当たらない。

 下心が無いと言えば嘘になる。しかし、一つ断わらせていただきたいのは、私の下心とは、彼女の言うそれと意味が違うということである。ピュアーなのである、断じて。

 そうこうしているうちに、私はお目当ての物を見つけだした。


「その黒い板は、何ですか?」


「これは偏光子っていうのだよ」


 偏光子とは、光のある決まったものしか通さないという性質を持つもので、身近には3D眼鏡に用いられている。

 名前だけ聞くと聞きなれない方も多いかもしれないが、意外と身近なものなのである。私は偏光子を手に、栗田研究室へと戻った。


「勉三さん、ありましたよ。これを通して見れば、その本読めるかもしれません」


 私達は、本の上に偏光子をかざして覗き込んだ。


「わぁ! 本当に読めますね! 先輩、やる時はやるんですね、見直しました」


 彼女が大興奮で背中を叩いてきた。なんだかいいところを見せられて嬉しかった。人生で初めて、光学を学んでいて良かったと思えた。


「相沢君、こ、これは……」


「偏光子です。南雲さんがフィルムのようだと言ったので、偏光フィルムの類が貼られているのではと思いまして」


「助かったダス。これで、研究が頓挫せずに済むダス」


 勉三さんも喜んでくれた。また、違う意味で光学を学んでいて良かったと思った。


「勉三さん、良かったですね。では、解決したところで夜も遅いのでおいとましましょうか。先輩」


 そうだね……ってなるか! まだ、盗賊団の情報を何も聞いていなではないか。どうやら、南雲さんは興奮すると本来の目的をすっかり忘れてしまう傾向にあるようだ。


「南雲さん、盗賊団について、まだ何も聞いてないよ」


 そう言えば、中山が、勉三さんは犯人を目撃したらしいと言っていたことを思い出した。


「勉三さん、噂で聞いたのですが、犯人を見たというのは本当ですか?」


「んだ。今月のことダス。さっきみたいに椅子で寝てたダス。夜中の二時ごろだったダス。人の気配がして飛び起きたら、女があわてて逃げて行ったダス」


 どうやら、女だったようである。しかし、ここで疑問がわいてくる。今日、私達が初めにこの研究室に来た時は、電気をつけなくては人の顔は見えなかった。なぜ、女と断定できたのであろうか。それは南雲さんも同じであったようだ。


「今日、研究室は暗かったですが、本当に犯人は女だと目視できたのですか?」


「んだ。その日は満月だったダス。だから月明かりで人の顔が見えるぐらい明るかったダス」


 確かに、満月だったのであれば見えるであろう。その後、気付けば眼鏡が無くなっていたらしい。そして、犯人が女であったこと以外は、有益な情報は得られなかった。

 私と南雲さんは、中山との約束通り松方の下宿先に向かった。



              ×××



「で、何かわかったか?」


 松方先輩は、お茶を入れて下さいながら話を切り出されました。


「犯人は女だったらしい」


 蚊取り線香に火をつける私の横で、相沢先輩が答えます。


「なるほど、女か。ところで、犯行はいつ行われたのだ?」


 中山先輩はさすがです。必要な事をテキパキお聞きになります。


「しまった、今月としか言っていなかった。夜中の二時に研究室で寝ていたら、人の気配で起きたらしい。その時、女が逃げて行ったと」


「なるほど、しかし、本当に女なのか? 寝てたとなると、部屋の電気は消していたのだろう? はっきり見えるものかね」


「あぁ、私もそう思って聞いたのだが、満月だったそうだ。月明かりではっきり見えたと」


「なるほど、今月の満月は八日だったな。なら、八日前後ということか」


 中山先輩は、あっという間に犯行日時を割り出されました。本当に感服する限りであります。


「夜中に構内に入るためには、我が見回り組の管理する入館者名簿に記帳する必要がある。洗ってみる価値はあるかもしれないな」


 そう言うと、中山先輩は紙袋からデジタル腕時計を四つ取り出して配ってくださいました。


「何か役に立つかもしれないから渡しておく。この腕時計は、Gショックを改造したものだ。ボタンを押せば、私のパソコンに緊急信号と現在地が表示されるようになっている」


 そう言うと、中山先輩は、自分のノートパソコンを開いて、私達に見せて下さいました。


「南雲さん、試しに一度押してみてくれないか?」


 私は、こういったものを手にすると、試してみたくなって仕方ないので、喜んでボタンを押しました。


ブチン!


 先輩のパソコンに緊急事態を告げる警告が表示されると同時に、松方先輩の部屋のテレビがついてしまったのです。


「あれ? 南雲さん、もう一度押してもらえる?」


 中山先輩に促され、もう一度ボタンを押しました。


 ブチン!


 今度は、パソコンの警告表示が消えると同時に、松方先輩のテレビも消えました。後日、中山先輩から聞いた話では、どうやら私の時計の発する通信電波が、松方先輩の携帯電話に干渉するそうです。そして、松方先輩の携帯電話のリモコン機能が誤作動で働く結果、先輩の部屋のテレビがついたり消えたりすることが分かりました。

 しかし何たる偶然でしょうか。なんだか、特別な物を手に入れたような気分で、わくわくしました。

 この日は、勉三さんからの証言をお話して、特製腕時計を受け取ってお開きとなりました。


初めて小説を書いております。読んで下さった方はどんな些細なことでもけっこうです、ご指摘や励ましを下されば励みになります。何とぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ