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一章 相沢治と南雲唯 ~ その3

視点が変わって、南雲唯のお話です

 私の生まれは大阪で、親戚一同みな住吉界隈に住んでいました。

 大阪の住吉区には、住吉大社という大きな神社があります。

 その昔は海沿いにあり、船玉神社と言われる船の神様が奉られており海運の神様として信仰を集めていたようです。

 一歩中に入ると、広々とした境内に木々が生い茂っております。

 その真ん中に池があり、そこに太鼓橋と呼ばれる朱色の橋が架かっております。

 この太鼓橋は、横から見ると、かまぼこの切り口のような形をしており、結果、渡りはじめと渡り終わりの角度が急なのです。

 私は、とかくこの橋を気に入りました。休みの日にはよく太鼓橋から池のカルガモを眺めたものです。


 今でも、鳥居の前を阪堺電車という路面電車が走り、古い町並みが残っております。私の家はそんな住 吉大社の近くで、豆腐屋を営んでおり、木造の二階建ての一階に店舗があり、奥に居間がありました。

 実家の豆腐屋は複数の弁当屋から定期的に注文を受けておりましたので、私も暇な時には、豆腐の配達などを手伝っていました。



 今日は、大学の先輩である相沢さんと新世界で串カツを食べて帰ってきました。

 家に帰ると、そのまま居間を横切り家族に顔を見せ、流しで手洗いうがいをすませると、自分の部屋のある二階へ上がりました。


 私の部屋は、六畳の和室で、ふすまを開けると正面に窓があり、そこに机が1つ置いてあります。

 窓を開けると家の裏が阪堺電車の線路になっていました。

 右手には腰の高さほどの本棚が置いてあり、その上にはテレビを置いていました。

 左手は押入があるのみです。


 私は、部屋がごちゃごちゃするのが嫌いでしたから、いらなくなった物は何でもポイポイ捨ててしまいました。


 部屋に入ると窓を開け、押入から新しい蚊取り線香を取り出して火をつけました。

 私は、蚊取り線香の香りが好きで好きで仕方ありません。

 季節を問わず、毎日かいでいると、今や蚊取り線香無しでは落ち着かない体になってしまい、こうして十一月を迎えようかという日にも蚊取り線香に火をつけるのが日課となりました。

 人から変わっていると言われる事もありますが、家では何の気兼ねもなくたしなむことが出来るので、家での生活には困りません。


 しかし、大学での生活には困りました。

 講義中に講義室で蚊取り線香を焚くわけにはいかず、入学当初は我慢していましたが、大学の講義は時間が長く九十分もありますから、しまいの方ではボーっとしてしまい、身になりませんでした。


 こんな事では大学に通っている意味がないと思い立ち、私は蚊取り線香の香りがする香水の開発に着手すべく「化学研究会」というサークルに入りました。

 毎日毎日、多種多様な香水や芳香剤を混ぜ合わせ、開発に没頭致しました。

 もはや学業そっちのけで開発にいそしみ、講義に集中するための芳香剤を作るために講義を休むという、まことに本末転倒な有様になりました。


 その結果、大学生の間で成績が振るわないことをその点数の低さから、成績の低空飛行と揶揄されることがしばしばありますが、一回生の春学期の成績は、低空飛行どころの騒ぎではなく、某鳥人間コンテストであれば確実に着水している結果となりました。


 しかし、春学期の成績を失ったものの、私は夏休みに入り、ついに蚊取り線香の香りを作成することに成功したのです。

 これで、私の大学生活は危機的状況を打開し、成績も中の上程度には回復致しました。

 

 生活にも、成績にも余裕が出てきた二回生の春には、目的を達成した化学研究会を退部し、海外協力サークル「ディスカバリー」に入会するにいたりました。


 そこで、松方先輩と出会いました。



 タタン、タタン、タタン、タタン……


 窓が小刻みに揺れ、家の裏を阪海電車が通り過ぎていきました。

 そろそろ、お風呂に入って寝ようかしら、などと思ったとき、机の上に置いた携帯電話が鳴りました。

 私は、無視してお風呂に入ってしまおうかと思ったのですが、急ぎの用であればいけませんからあきらめて電話を取りました。


「はい、南雲の携帯電話です。どちら様ですか?」


「あ、南雲さん? 中山です。夜分遅くに失礼。今、時間大丈夫ですか?」


 電話のお相手は中山先輩でした。


 中山先輩とは、大学の学生自治組織である学生協議会という組織の委員長をされている、とても立派な先輩です。

 先輩は、その成績の優秀さと正義感から、警察官僚に内定されました。


 中山先輩が委員長に就任されてからというもの、学内での事件、トラブルは次々と解決されていきました。

 日が経つにつれ、先輩は協議会内に、学生による自警組織「見回り組」を作り上げるまでに至り、その活躍ぶりとオーラは、どこぞの警察署長を思わせるものに感じられました。


 ですから私は先輩のことを「中山署長」とお呼びしています。

 はじめ、先輩は「署長ではなく委員長なんだけどね」などとはにかんでおられましたが、今ではすっかり定着いたしました。


 先日、私はその中山先輩に、ある相談をしに行きました。


 どこから話せば良いのでしょうか。

 話せば長くなるのですが、当時の私には憧れの人がいました。

 名を佐々岡さんといいます。


 佐々岡さんは、私の所属しているディスカバリーの部長を務めておられました。

 私より学年は4つ上の先輩で当時、大学院生でした。

 先輩は、積極的に海外へボランティア活動を行いに行きました。

 部のメンバーも同行しましたが、海外での活動には多額の費用がかかりましたから、全員参加とは行きませんでした。

 それでも、年に4回は海外協力に出ましたので、私も一度、同行させて頂きました。


 私がご一緒したのは、カンボジアの村に電気を送る工事でした。

 先輩はとても頼もしく、同行した私を含めた七人で二週間の作業を完遂しました。


 このボランティアで、私は佐々岡さんに憧れをいだくようになったのです。

 そんな年のクリスマス、佐々岡さんは私に手帳のクリスマスプレゼントを下さいました。

 茶色のブックカバーで留め金が渦巻き状になっており、そこに止め紐を挟むもので、留め金が蚊取り線香を思わせるデザインで私は大変気に入っておりました。

 しかし、ある日、その手帳は私の前から忽然と姿を消してしまいます。

 実は、それまで私は男性からプレゼントを頂いたことがありませんでしたから、無くしてしまったと思った私は、たいそう落ち込みました。


 しかし、最近になって大学の図書館へと続く道を歩いていると、その沿道にある木のベンチに腰掛けた学内自警組織「見回り組」の二人の口からとんでもない話を耳にしてしまいました。

 二人は中山先輩の悪口を言っていました。

 中山先輩の悪口なんて珍しいものなので、私はつい盗み聞きしてしまいました。

 二人の話はこうでした。


 今、日本中で渦巻き状のものが盗まれています。

 その犯人は渦巻き盗賊団という盗賊団であるらしく、渦巻き盗賊団は、渦巻き状の物や渦巻きの模様、螺旋状の物など渦巻きに関する品々のみを盗む集団のようです。


 その組織は、拠点を大阪にかまえる一大組織で、末端がいったいどこまで広がっているのか見当もつかないほど大きな組織であるようです。

 二人の話だと新世界の串カツ屋はみな渦巻き盗賊団の末端であり、彼らの売り上げは盗賊団の重要な資金源となっているらしいのです。

 しかし、そこで働いている店員ですら自分たちが組織の資金源となっていることを知らないようであります。


 被害は公共物から、個人の携帯ストラップにまで及ぶらしく、物の価値に統一性は見られず、唯一の特徴が盗まれる物の形状や柄に渦巻きが含まれていることだそうです。

 目的もはっきりしません。

 これまでに盗まれた物の数も半端ではなく、港の倉庫に収まるような量ではないそうです。

 いったいこれらの品がどこに行ってしまったのかもはっきりしません。

 まったくの闇に包まれた組織であります。


 そして、いよいよ我が大学にも盗賊団の魔の手が忍び寄りました。

 当初、中山先輩は見回り組に、学内に限り盗賊団の討伐を命じたそうです。

 見回り組の隊員も一生懸命働き、被害の事前防止に尽力を尽くしたそうです。

 しかし、討伐命令を出した一ヶ月後、先輩は討伐中止の命令を出し、盗賊団には一切関与しないよう方針を転換したのです。


 その理由が、先輩の内定先、要するに警察からの要請だったらしいと、その二人は話していたのです。


 見回り組の二人は、中山先輩も自分の正義や理念を組織による圧力に屈し、曲げるような人だったのだと嘆いておりました。

 もはや、本当の正義など存在しないと。

 中山先輩にだけは、本当の正義であって欲しかったと。


 この話を盗み聞きした私は、中山先輩が不憫に思えて仕方ありませんでした。

 また、同時に、私の手帳も渦巻き盗賊団に盗まれたのではないのかと思いました。

 そこで、中山先輩に直接相談に伺ったのでした。


「中山署長ではありませんか。こんばんは。いかがされましたか?」


「署長じゃないんだけどね……まぁ、いいや。以前話してくれた件なのだけど、相沢が協力してくれるよ。さっき会ったのだが、多分近いうちに相沢から連絡が来ると思う」


「そうですか、わざわざありがとうございます」


「で、相沢にも言ってあるのだが、勉三さんって化学科の大学院生を一度あたってもらいたいのだ」


「勉三……ってまさか、あの伝説の大学院生のことですか? 実在したんですね。驚きました」


 勉三さんとは、私の大学内でまことしやかに囁かれている伝説の大学院生のことで、八浪のすえ、私たちの大学に入学してきたそうで、分厚いビン底眼鏡をかけており、大学生なのに爪入りの制服を着ている人物だそうで、なかなか見ることができない幻の学生なのです。


「それが、化学科の栗田研究室にいるらしい。しかし彼、昼間はもっぱらバイトしていてね、夜に研究室に来ては独りで実験をやっているらしい。つまり、昼に尋ねても彼はいないんだ」


「なるほど、解りました。ありがとうございます。相沢先輩と一度訪ねてみます」


「うん、頼んだよ。あ、そうそう。相沢は頼れるやつだよ。迷った時は彼を信じなさい」


「はい、署長がそうおっしゃるのでしたら、そうします。それでは、ごきげんよう」


「うむ、報告を待っているよ」


 私は、電話を切ると、相沢先輩に明日の夕方、予定が開いているか問い合わせるメールを送信してから携帯を机に置き、お風呂に入りました。



今回、初めて小説を書いています。読んで下さった方はどんな些細なことでも結構です、ご指摘や励ましを下さいましたら励みになります。なにとぞよろしくお願いいたします。

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