屋上に響く嗤い声
コツッ、コツッ、コツッ、無人の校舎に足音がこだまする音を聞きながら彼、木本宗一は今更ながらに後悔の念に駆られていた。
「ふふ、いい雰囲気だ。これでこそ着た甲斐があるというもの」
そんな宗一の後悔を知ってか知らずか、隣を歩く少女はそういってフフフと笑いを漏らした。
夜の学校を覆う異様な雰囲気。
しかしこの少女にはその雰囲気こそが似合っていた。
少女の名は崎原唯別名上村高の魔女。
宗一とは小学校以来の腐れ縁である。
「やめろ、マジで怖い」
冷静にそういう宗一であったが目ざとい者なら気づいただろう、彼の腕が震えていることに。
実は宗一はかなりの怖がりである。
そんな彼がこんな時間に学校に居る理由は、唯の『オカルトウォッチング』につき合わされているからである。
出会った当時から極度のオカルト好きであった彼女は、その手のこととなると見境が無く首を突っ込む性格と、その雰囲気から現在では魔女の呼び名さえついている。
―彼女のほうもまんざらでもないらしいが、
「怖いか?」
唯がニヤッ、と口の端を吊り上げて笑う。
「ま、まさか……ハハ」
強がりもここまでくればたいしたものである。
若干引きつった笑い声を響かせながら、先を歩く宗一の背を見ながら唯は思う。
―呼んでよかった、と。
不気味な月明かりに照らされた階段を登り、理科室を覗き、見慣れているはずの見慣れない教室の前を通って、保健室にお邪魔して、音楽室のピアノで一曲引いた後、宗一たちは屋上の続く階段に差し掛かっていた。
「な、なあ、唯……やっぱ帰らないか?」
すでに取り繕う余裕も無くした宗一を唯はちらっと一瞥すると、
「一人で帰ればよかろう?」
と非常な一言を告げてさっさと階段を登っていてしまう。
当然、宗一にそんな度胸があるはずも無く、すごすごと結いの後を付いていく。
ぎぃ、と軋んだ音を立てて築三十年の校舎の戸が開く。
「………人?」
そこに居たのは三人の少女達だった。
全員が全員この学校の制服を着ている。
なにやら中央に置いた机に向かって手を突いている。
「え………っと、ここで何してるの?」
人が居たことに内心安堵しながら、宗一は少女達に声をかけた。
「こ、こっくりさんしてたら」
近づいてみると少女達はなにやら焦っていた。
机の上にはひらがなと鳥居などが書かれた紙が置いてある。
「こっくりさん?」
聞き返すと、少女の一人がうなずき、続きを口にした。
「指が離れなく……」
その言葉は尻すぼみに消えていった。
そんなはずは、と少女達の手に手を伸ばした宗一の耳に呆然とした声が聞こえた。
「宗一……誰と話している……」
振り返った宗一の背後で少女達が表情を変える。
焦燥感のにじみ出る表情から、一転、にぃっと笑う。
「これからが面白かったのに………」
その声は、さっきの焦った少女のものとは思えないほどに落ち着いた響きで宗一の耳に届いた。
「なっ……」
何が、とはいえなかった。
喉が干上がって声が出なかった。
カクン、とひざから力が抜けた。
腰を抜かした宗一に少女達が、少女達だったものが手を伸ばす。
その目は最早人のものではなく、ただ眼球が抜け落ちたように空白で、
そのにぃっとつりあがった口の中にはほんらいあるべき口腔は無く、ただ赤い色で漠然と塗りつぶせれて居るだけだった。
遠くで名をよばれるのが聞こえた。
同時に駆け出す足音。
しかしそれも宗一の耳には届かない。
「ふふふ、ふふ、ふふふふふふふふふふ、死ねばいい………みんな、死んじゃえ……」
少女達がいびつな声で嗤う。
ゆっくりと、少女達の手が首にかかる。
ふっ、
と消えた。
少女達の手が。
『ぴぎああぁぁぁぁぁぁ』
後に残ったのは怨嗟の声。
「……朝日?」
後ろから、唯の呆然とした声が聞こえた。
見れば、はるかかなたの山の間からわずかに陽光が漏れている。
「………助かった」
それだけつぶやくと、宗一は襲い来る睡魔に身をゆだねた。
後日、放課後の屋上。
宗一たちは、夕日差すそこに居た。
「結局、あの女の子達はなんだったんだ?」
すでに、唯にはあの時見えた物を伝えてある。
「おそらく思いの残りかすだろう」
「残りかす?」
オオム返しに聞き返す宗一に、「あぁ」と答えて唯は背中から手すりにもたれかかる。
「みんな死んでしまえばいい、そういったのだろう?だとしたらそんなところだ。何故自分だけがこんな目にあわなければならない?そう考えた誰か、昔の生徒の想い。それが何人分も積み重なってできた思念の残りかす、それがその少女達の正体だ」
「そうか」
宗一は、短く答えて唯の隣にもたれかかる。
「幽霊じゃなかったんだな」
「幽霊よりも、人のほうが怖い。そういうことだ」
そういうと、唯は喉の奥でくっくっ、と笑う。
「帰るか…」
そういって、宗一たちは階段を下りていった。
『ふふふ、ふふ、ふふふふふふふふふふふふふ』
誰もいない屋上に嗤い声が響いた。