第8話:見えない刃、研ぎ澄まされる意識
「……っ、そこだ!」
ルイの鋭い声とともに、木剣が私の横腹をかすめた。
わずかな衝撃。
けれど、八歳の子供とは思えないほど的確な一撃だった。
「……あ痛たた。ルイ、今の踏み込み、速すぎない?」
私は泥のついた服を払いながら、苦笑いして立ち上がった。
森の奥、木漏れ日が差し込む広場は、今や私たちの秘密の特訓場だ。
「現代の格闘技で学んだ『脱力』だよ。筋肉を固めず、打つ瞬間にだけ力を集中させる。これなら、この小さな身体でも十分な速度が出るんだ」
ルイは木剣を構え直した。
その構えは、中世の騎士が見せる重厚なものではなく、どこか現代の剣道やフェンシングを思わせる、合理的で無駄のないものだ。
「樹里……ジャンヌも、さっきの避け方、一回目(史実)の時より良くなってる。反射神経っていうか、空間を把握する能力が戻ってきてるんじゃない?」
「……そうかも。一回目は『神様が守ってくれる』って信じて、がむしゃらに突っ込んでいただけだったから」
私は自分の小さな掌を握りしめた。
一度目の人生での私は、確かに強かった。
けれどそれは、圧倒的なカリスマと、死を恐れない狂気に近い勇気があったからだ。
でも、今は違う。
「今は、死ぬのが怖い。ルイを一人にするのが、何より怖いから」
私の言葉に、ルイの動きが止まった。
彼は静かに歩み寄り、私の肩をポンと叩いた。
「……俺も同じだよ。だからこそ、俺たちは『技術』で生き残るんだ。奇跡に頼るんじゃなくて、確実に敵を仕留める手段を、身体に叩き込む」
ルイの瞳には、冷徹な計算と、それを裏打ちする執念が宿っていた。
彼は夜、家族が寝静まった後に、一人で現代の解剖学の図解を思い出しているという。
どこを突けば、最小の力で敵を無力化できるか。
どこを切れば、出血を抑えて捕虜にできるか。
「……残酷なことを考えさせてるわね、私」
「いいや、これは俺が選んだ道だ。君が『聖女』として光の中に立つなら、俺はその影で、君に届く刃をすべて叩き落とす『最強の盾』になる」
ルイは再び、木剣を構えた。
その背中は、まだ小さく、頼りない子供のものだ。
けれど、その内側にある魂は、どの熟練の騎士よりも鋭く研ぎ澄まされている。
「さあ、続けよう。次は、現代の特殊部隊が使う『視線の誘導』を試してみたいんだ」
「……特殊部隊? ルイ、現代でどんな動画見てたのよ」
「ははっ、男の子なら一度は憧れるだろ?」
そんな冗談を言い合いながら、私たちは再び木剣を交えた。
乾いた音が、森の静寂を切り裂いていく。
私たちは、神の声が響くのを待つ「羊」ではない。
運命という名の狼を、自らの牙で噛み殺すための「獣」へと成長し始めていた。
ドンレミ村の平和な風景の裏側で。
誰も知らない「最強」の種が、着実に根を張っていた。




