第7話:小さな食卓の革命
「……これじゃ、身体が大きくならないよ」
森での鍛錬を終え、家に戻った私は、食卓に出された食事を見て溜息をついた。
目の前にあるのは、硬く焼かれた黒パンと、具のほとんどない薄いスープ。
中世の農村では当たり前の食事だ。
けれど、現代日本で「栄養学」という言葉を知ってしまった私からすれば、これはあまりにも貧弱だった。
「ジャンヌ、どうしたの? 食べないならお兄ちゃんがもらっちゃうよ」
兄のジャックが、意地汚く私の皿を覗き込んでくる。
「……あげる。その代わり、お父さんの手伝いに行ってくるわ」
私は椅子を立ち、家を飛び出した。
向かったのは、村の共有地にある小さな川のほとりだ。
そこには、すでにルイが待っていた。
「やっぱり、樹里……ジャンヌもそう思ったか」
ルイの手には、手製の仕掛け網のようなものがあった。
「現代の知識があれば、タンパク質を確保するくらいはどうにかなる。川魚や野ウサギ……村の大人は『魔女の仕業』とか言って怖がるかもしれないけど」
「ルイ、その網、どうしたの?」
「昨日の夜、こっそり麻紐を編み直して作ったんだ。現代の漁網の構造を思い出してさ。効率よく魚を追い込めるようにね」
ルイはそう言うと、冷たい川の中に足を踏み入れた。
八歳の子供の体力では、重い農作業は無理だ。
けれど、知恵を使えば、大人よりも効率よく「栄養」を奪い取ることができる。
「……捕れた!」
ルイが網を引き揚げると、そこには銀色に輝く川魚が数匹、跳ねていた。
「すごい……! これなら、身体を鍛えるための栄養が摂れるわ」
私たちは、村人に見つからない森の奥で、その魚を焼いて食べた。
味付けは、ルイが持ってきた粗末な塩だけ。
けれど、現代のアイスクリームや豪華なディナーよりも、ずっと力強い味がした。
「……ジャンヌ。俺、決めたよ」
魚の骨を器用に避けながら、ルイが真剣な顔で言った。
「村の大人たちに、少しずつ『衛生』と『栄養』の概念を教えようと思う。もちろん、未来人だってバレない程度にね」
「どうして? 私たちの準備に集中した方がいいんじゃない?」
「……いや。一回目の人生で、君の村が焼かれたのは、戦力差だけじゃないはずだ。みんながもっと健康で、もっと強ければ、村を守るための自警団だって機能したかもしれない」
ルイの瞳は、遠い未来……あるいは過去を見つめていた。
「俺たちが最強の騎士と聖女になっても、支える民が弱すぎたら、結局は同じ結末を辿る。土台から変えるんだ。このドンレミ村を、フランスで一番『強い』村にする」
その言葉に、私は驚き、そして納得した。
彼は単に剣を振るうだけではなく、軍師としての、あるいは統治者としての視点を持ち始めていた。
現代でルイが刺された時、私は自分の無力を嘆いた。
けれど今の彼は、その弱さを克服するだけでなく、周囲をも巻き込んで強くなろうとしている。
「わかったわ、ルイ。私も手伝う。まずは……川の水をそのまま飲まないことから教えましょうか」
「ははっ、それは難問だな。『呪い』じゃなくて『菌』のせいだって説明するのは骨が折れそうだ」
私たちは顔を見合わせて笑った。
泥だらけの顔。
粗末な服。
けれど私たちの心は、希望という名の炎で赤々と燃えていた。
中世の常識を、一つずつ壊していく。
それは、私たちの「反撃」の第一歩だった。




