第65話:嵐の予感(エネルギー・ハーベスティング)
パリの城壁の上に、ルイは奇妙な「鉄の棒」を幾本も立てさせていた。それは先端が鋭く尖り、太い銅線が地下の実験室へと複雑に引き込まれている。
「……ジャンヌ、空を見てみろ。雲の形が、現代の……いや、俺のいた場所で見た『爆弾低気圧』の直前と同じだ。湿った風がセーヌ川を逆流してくる。……来るぞ、今夜だ」
ルイが望遠鏡を覗き込みながら、乾いた唇を舐めた。高校の文化祭の時、屋外ステージの設営中にゲリラ豪雨を予見し、真っ先に機材にシートを被せていた、あの病的なまでの「気象観察眼」が今、一世一代の賭けに向けられている。
「ルイ、これがあの『雷を捕まえる杖(避雷針)』なのね。……本当に、あんな空の怒りをこの細い針で受け止められるの?」
私は、不気味に低く垂れ込めた黒雲を見上げた。時折、雲の隙間で紫色の稲光が走り、地響きのような雷鳴がパリの街を震わせている。
「……物理の法則だよ。……高い場所に尖った金属があれば、電気はそこを目指して最短ルートを通る。……現代の……いや、俺たちが理科室で見たテスラコイルの実験の、一億倍の出力だ。……このエネルギーを、地下の結晶にブチ込めば、空間の歪みが再起動する」
ルイは、地下へと続く階段を指差した。そこには、数ヶ月かけて組み上げた「変換回路」が、唸りを上げる瞬間を待っている。
「……これ、失敗したらどうなるの? 爆発したり、私たちが消えてしまったり……」
「……計算上は成功する。……でも、もし失敗したら、俺たちはこの中世で一生、石鹸と下水道の管理をして暮らすだけだ。……それも悪くないけど、やっぱり君には、火あぶりの恐怖がない世界で、普通の女の子としてアイスを食べてほしいんだよ」
ルイは、私の肩を軽く叩いた。
高校生の彼が、難解な数学のテストを解き終えた後に「まあ、人事を尽くして天命を待つってやつ?」と強がっていた、あの時の震える笑顔。
「……ルイ。あなた、自分のことより私のことばかり。……でも、信じているわ。あなたの『計算』が、一度だって間違えたことはないもの」
「……ああ。……歴史の修正は全部終わった。……あとは、この世界から俺たちという『異物』を取り除くだけだ」
ポツリ、と大粒の雨が私の頬を打った。
次の瞬間、世界が真っ白に染まるほどの巨大な雷光が、パリの空を切り裂いた。
「――来たぞ! ジャンヌ、地下へ急げ! 帰宅のバスが、すぐそこまで来てる!!」
ルイの手を引き、私たちは唸りを上げる地下室へと駆け下りた。
歴史が用意した「聖女の終焉」を、二人の高校生は、天の雷をエネルギーに変えるという「物理の奇跡」によって、次元の彼方へと書き換えようとしていた。




