第63話:防壁の要(ファイアウォール)
「……よし、角度固定! この石の積み方なら、大砲の直撃を受けても衝撃を横に逃がせる。現代の……いや、俺たちのいた学校の物理の教科書に載ってた『力の分散』ってやつだ」
パリの外郭、かつて私が負傷したサン=ドニ門の近く。ルイは職人たちを指揮し、城壁の一部を奇妙な形に作り替えていた。それは垂直な壁ではなく、滑らかな傾斜を持った「稜堡」に近い構造だった。
「ルイ、壁を斜めにするなんて、敵が登りやすくなっちゃうんじゃないの? かつての私は、ハシゴをかけられないように高く、高く作らせたけれど」
私は、積み上げられた石の斜面を不思議そうに眺めた。
「……ジャンヌ、これからは『高さ』より『厚み』と『角度』の時代なんだよ。……大砲の弾が真っ直ぐ当たれば粉砕されるけど、角度をつけて滑らせれば、威力は半分以下に削れる。……ほら、放課後に部室でやってたスマホゲームの『跳弾』の理屈と同じさ」
ルイは、自作の分度器で壁の傾斜を細かくチェックした。高校の時、文化祭の看板が風で倒れないように、補強材の角度を分単位で計算していた、あの執拗なまでの「構造解析」が今、難攻不落の要塞を生み出している。
「……これ、パリ中の門をこうするの? 莫大な費用がかかるわよ」
「……当たり前だろ。……『一点集中』が突破されたら、システムは崩壊する。……四方の門にこの『物理のバリア』を張っておけば、もし俺たちが帰った後にイギリス軍が最新の大砲を持ってきても、パリはビクともしない」
ルイは、満足げに分厚い壁を叩いた。
高校生の彼が、部活動の部室の鍵が壊れやすいと言って、自前で頑丈なラッチを取り付けていた、あの「セキュリティの徹底」。
「……ルイ。あなた、本当に一人でこの街の『盾』を作っているのね。……でも、誰にもその凄さは伝わらないかもしれないけれど」
「……伝わらなくていいんだよ。……『壊そうとしても壊れない』。……その事実が、この街の人たちに絶対的な安心を与えるんだから」
ルイの目は、石の斜面の先に、自分たちが去った後の「揺るぎないフランス」を確信していた。
歴史が用意した「容易に陥落する都市」というシナリオを、二人の高校生は、建築という名の「環境上書き(ハードウェア・アップデート)」によって、根底から書き換えようとしていた。
「……よし、次は『死角』の解消だ。……どこから攻めても反撃される、最強の迷路にしてやろうぜ」
「……ふふっ。……プロデューサー、石運びも最後まで手伝うわね」
私たちは、砂埃が舞うパリの城壁で、揺るぎない勝利への確信を深めていた。




