第62話:地下の導線(アンダーグラウンド・インフラ)
「……よし、そこ! 勾配が足りない。あと五センチ深く掘れ! 水は低い方にしか流れない。物理の基本を忘れるな!」
パリの目抜き通りの一角。ルイが泥にまみれながら、職人たちに怒号を飛ばしていた。
彼は今、古代ローマの遺構を掘り起こし、現代の知識で再構築した「大規模下水道」の敷設を強行していた。
「ルイ、街のど真ん中を掘り返しちゃって……。王様や貴族たちが、馬車が通れなくて不便だって文句を言っているわよ」
私は、工事現場の脇で交通整理をしながら、眉をひそめた。かつてのパリは、雨が降れば泥と汚物が混じり合い、歩くのも困難な「悪臭の都」だった。
「ジャンヌ、不便なのは今だけだ。……いいか、地上の見た目だけ綺麗にしても、地下の処理能力が足りなきゃ、すぐパンクする。……現代の……いや、俺たちが学校のトイレの詰まりで大騒ぎした時を思い出せよ。あれ、地獄だったろ?」
ルイは、自作の水平器(水を入れた管)を睨みながら、設計図を修正した。
高校の時、文化祭の屋台の排水が詰まって、一人で裏庭のドブをさらっていた時の、あの「見えない場所の管理」への執着が今、都市計画へと進化している。
「……これ、全部繋げるの? パリ中の路地裏まで?」
「……当たり前だろ。……『一箇所でも詰まれば、全体が止まる』。……これがネットワークの基本だ。……雨水と生活排水を分けて、セーヌ川の適切な場所に流す。……そうすれば、夏場のハエも、冬場の伝染病も劇的に減るんだ」
ルイは、泥を拭い、満足げに掘り起こされた溝を眺めた。
高校生の彼が、部活動の部室の配線を「美しくまとめないと気が済まない」と、放課後遅くまでケーブルと格闘していた、あの職人気質なこだわり。
「……ルイ。あなた、本当にこの街の『心臓』を作っているのね。……でも、誰にも見えない場所なのに」
「……見えなくていいんだよ。……『当たり前に水が流れて、当たり前に臭くない』。……その当たり前が、この国の人たちの心の余裕を生むんだから」
ルイの目は、泥だらけの溝の先に、自分たちが去った後の「清潔なフランス」を確信していた。
歴史が用意した「疫病に蝕まれる都市」というシナリオを、二人の高校生は、土木という名の「環境上書き(パッチ当て)」によって、根底から書き換えようとしていた。
「……よし、次は『浄化槽』の設置だ。……川の魚が死なない程度には、綺麗にして戻してやろうぜ」
「……ふふっ。……プロデューサー、泥遊びも最後まで付き合うわ」
私たちは、土の匂いが漂うパリの地下道で、見えない勝利への確信を深めていた。




