第6話:秘密の鍛錬
ドンレミ村の朝は早い。
鶏の鳴き声が響き渡る前に、私たちはそれぞれの家を抜け出し、村外れの森へと集まっていた。
「……はぁ、はぁ……。この身体、思った以上に動かないな」
ルイが地面に手をつき、荒い息を吐いている。
今の彼は、まだ線が細い八歳の少年だ。
現代の高校生だった頃の体力貯金など、この中世の肉体には一滴も残っていない。
「仕方ないよ、ルイ。今はまだ成長期ですらないんだから」
私は木の幹に背を預け、冷たい朝露を含んだ空気を深く吸い込んだ。
私の身体も同じだ。
かつて重い鎧をまとい、白馬に跨って戦場を駆けたあの筋力は、影も形もない。
「でも、時間は待ってくれない。……見て、これ」
ルイが懐から取り出したのは、彼が自分で削ったとおぼしき二本の木剣だった。
歪ではあるが、重心のバランスを考えた、子供の玩具にしては凝った作りだ。
「現代の剣道やフェンシングの理論を、この身体に叩き込む。筋力がないなら、重力を利用して、最小限の動きで敵を制圧する技術を磨くしかない」
ルイの瞳には、現代の教室で見せていた穏やかさは微塵もなかった。
一度死に、愛する者を守れなかった悔恨。
それが、彼をストイックな求道者へと変えていた。
「私も手伝うわ。……といっても、私は我流の剣術しか知らないけれど」
「いいや、ジャンヌ。君の戦場での『勘』は、どんな理論よりも価値がある。俺が技術を形にするから、君はそれを実戦でどう使うか教えてくれ」
私たちは、朝日が差し込む森の中で、木剣を構え合った。
カツン、と乾いた音が静かな森に響く。
「……っ、ルイ、今の踏み込み、少し重心が後ろに寄ってる」
「……わかってる。現代の靴と違って、この革靴は滑るんだ。……でも、これに慣れなきゃ戦場じゃ戦えない」
泥にまみれ、何度も転びながら、私たちは木剣を振り続けた。
現代のスポーツ科学。
効率的な体幹の使い方。
そして、一度目の人生で私が培った「死線の潜り方」。
それらが混ざり合い、全く新しい「戦技」が、この名もなき森で産声を上げようとしていた。
「……ねえ、ルイ。時々、怖くなるの」
休憩中、隣に座るルイに、私は本音を漏らした。
「歴史を書き換えるってことは、私が知っている『未来』が役に立たなくなるってこと。私が処刑されない代わりに、もっと酷い何かが起きるんじゃないかって」
ルイは、自分の木剣の刃先をじっと見つめていたが、やがて私の小さな手をそっと握った。
「その時は、俺が全部叩き斬ってやるよ」
「……ルイ」
「歴史が修正しようとしてくるなら、それ以上の速度で俺たちが強くなればいい。君は旗を振って、民を導いて。汚い仕事や、得体の知れない運命は、全部俺が引き受けるから」
その言葉は、かつての私を絶望から救った「神の声」よりも、ずっと温かく、力強く響いた。
私たちは、まだ自分たちの非力さを知っている。
けれど、絶望はしていない。
「……よし、もう一本だ。次は、君の突きを捌く練習をさせてくれ」
「いいわよ。手加減はしないから」
小さな二人の影が、朝日に引き延ばされていく。
歴史という名の巨大な壁に、私たちは今、最初の一太刀を浴びせようとしていた。




