第59話:帰還の兆し(ロスト・テクノロジー)
パリが落ち着きを取り戻し、街路に子供たちの笑い声が戻った頃。ルイは市庁舎の地下室に籠もり、怪しげな実験を繰り返していた。そこには、戦場で使った爆薬の残りや、壊れた望遠鏡のレンズ、そして彼が道中で拾い集めた「奇妙な石」が並んでいる。
「……ジャンヌ、ちょっとこれを見てくれ。……あ、触るなよ、まだ熱いから」
ルイがピンセットでつまみ上げたのは、半透明の、鈍く青い光を放つ小さな結晶だった。高校の化学部で、放課後に怪しい結晶を作って顧問の先生に怒られていた時と同じ、少し狂気じみた、けれど純粋な好奇心に満ちた目だ。
「ルイ、これなあに? 宝石……じゃないわよね。なんだか、見ているだけで吸い込まれそうな光だわ」
私は、煤で汚れたルイの顔を布で拭きながら、その結晶を覗き込んだ。
「……これ、俺たちがこの時代に飛ばされた時、あの神社の裏山に落ちてた石と同じ成分(波長)なんだよ。……現代の……いや、俺たちのいた学校の物理の教科書には載ってなかったけど、これに特定の振動を与えると、空間が歪む……気がする」
ルイは、結晶を自作の回路……と言っても、銅線と木枠で組んだ原始的な装置にセットした。
「……俺たちは、ただ過去に来たんじゃない。『バグ』で迷い込んだんだ。……だったら、そのバグをもう一度再現すれば、元いた場所……図書室や、ファミレスのある日常に帰れるかもしれない」
ルイの声が、少しだけ震えていた。
強気で、理屈で、この中世を塗り替えてきた彼も、本当は怖かったのだ。スマホも、コンビニも、家族もいないこの世界で、一人で「軍師」を演じ続けることが。
「ルイ……あなた、ずっと探してたのね。戦いの合間に、ずっと……」
「……当たり前だろ。……君を聖女にして、火あぶりから救うのが『前半戦』。……二人で無事に日本に帰って、アイスでも食べるのが『後半戦』の勝利条件だ」
ルイは、装置のネジを慎重に締め直した。
高校生の彼が、壊れたゲーム機を自力で直して「よっしゃ!」と叫んでいた、あの時の執念。
「……でも、エネルギーが足りない。……この結晶を活性化させるには、もっと巨大な……落雷みたいなエネルギーが必要だ。……現代の……いや、俺の計算だと、あと数ヶ月でこの地方に大きな嵐が来る」
「嵐……。……それが、私たちの『帰宅バス』になるの?」
私が問いかけると、ルイは不敵に、けれどどこか寂しげに笑った。
「……たぶんね。……でも、それまでにこのフランスを、俺たちが居なくても大丈夫なように、完璧に『自動運転』化しておかなきゃいけない」
ルイは、窓の外で平和に暮らすパリの市民たちを眺めた。
歴史が用意した「聖女の死」というシナリオを書き換えた二人の高校生は、今、自らの物語を「完結」させるための、最後の準備を始めようとしていた。
「……さあ、ジャンヌ。……最後の仕上げだ。……俺たちのいないフランスが、二度と暗黒時代に戻らないように、最強の『仕組み(システム)』を作ってやろうぜ」
「……ええ。……最高のハッピーエンドにして、一緒に帰りましょう、ルイ」
私たちは、青白く光る結晶を囲み、未来への確信を深めていた。




