第57話:情報の防波堤(カウンター・インテリジェンス)
パリの奪還から数週間。街は平和を取り戻したかに見えたが、王の側近たちの間では、相変わらず「ジャンヌをどう扱うか」という不穏な空気が漂っていた。
「……ジャンヌ、気をつけろ。あいつら、直接文句を言えないからって、今度は『神の声なんて嘘だ』っていう変な噂を流し始めてるぞ」
ルイが、市庁舎の裏庭で数人の少年たちから報告を受けながら、苦々しい顔で呟いた。
高校の時、ネットの掲示板で部活の悪口を書かれたのを、一晩で特定して削除させた時のような、徹底した危機管理モードだ。
「……噂? 私が神様に選ばれたのが嘘だって、誰が信じるのよ。オルレアンもパテも、こうしてパリも救ったのに」
私は、訓練用の木剣を手入れしながら首を傾げた。実績は十分なはずだ。
「……中世の人間は、目に見える実績より『権威のある誰かの言葉』に弱いんだよ。……現代の……いや、俺たちのいた学校でも、成績がいい奴より、声の大きいインフルエンサーの言うことが信じられたりしただろ?」
ルイは、懐から「特製の回覧板」……挿絵入りの分かりやすい広報誌を取り出した。
「……だから、俺は先手を打った。……街の吟遊詩人たちに、君の活躍を『超カッコいい歌』にして歌わせてる。……しかも、ただの英雄譚じゃない。……『ジャンヌを疑う奴は、イギリス軍のスパイだ』っていう刷り込み(イメージ戦略)を混ぜてな」
「……スパイ!? ルイ、それはちょっと強引じゃない?」
私は驚いてルイを見た。
「……これくらいやらないと、あいつらのネガティブキャンペーン(足の引っ張り合い)には勝てないんだよ。……ほら、あそこの広場を見てみろ。みんな、俺が書いた歌詞をノリノリで歌ってるだろ?」
ルイが指差した先では、子供たちが私の名前を連呼しながら、イギリス軍をやっつける劇に興じていた。
「……これで、王様の周りの貴族たちも、下手に君を非難できなくなった。……『ジャンヌを悪く言うと、パリ中の市民から石を投げられる』っていう空気を作っちゃえば、彼らは黙るしかないんだ」
ルイは、満足げに腕を組んで頷いた。
高校生の彼が、文化祭の出し物の評判を守るために、アンケート結果を操作……じゃなくて、ポジティブな意見を拡散させていた時の、あの執念深いまでの「守り」の姿勢だ。
「……よし、外堀は埋めた。……これで、君を売り渡そうとする裏切り者たちの口も、民衆の声で塞いだぞ」
ルイが、私にだけ見えるように不敵な笑みを浮かべた。
歴史が用意した「裏切りによる捕縛」という悲劇を、二人の高校生は、世論という名の「防波堤」によって、跡形もなく消し去ろうとしていた。
「……さあ、ジャンヌ。……これで君の身の安全は確保した。……次は、俺たちの帰る『ルート』を、本格的に計算し始めようぜ」
「……ええ。……でもルイ、あなた、本当にこの時代の『広報担当』に向いてるわね」
私たちは、夕暮れに染まるパリの活気を眺めながら、ようやく訪れた「本当の静寂」を確信していた。




