第55話:引越し大作戦(キャピタル・リロケーション)
パリ奪還から数日。街の治安はルイの「炊き出し作戦」と「夜間パトロール」によって、驚くほど速やかに回復していた。けれど、肝心の新王シャルル7世は、まだランスやロワールの城に留まり、パリ入りを渋っていた。
「……あの王様、まだ『パリは怖い』とか言ってるのか? 現代の……いや、せっかくテストで満点取ったのに、職員室に答案を取りに来ない生徒みたいなもんだぞ」
ルイが、市庁舎の一室で山積みの羊皮紙を前に頭を抱えていた。窓の外では、市民たちが平和を享受し、活気に満ちた市場の音が響いているというのに。
「ルイ、側近のラ・トレモイユ卿たちが止めているみたいなの。パリに入ると、自分たちの権益が薄れるのを恐れているんでしょうね。……かつての私も、これで何度も足止めを食らったわ」
私は、窓際に立って遠くの空を眺めた。歴史が繰り返そうとしている「政治の停滞」という嫌な予感。
「……だろうな。あいつら、自分の財布のことしか考えてない。……だったら、その財布をパリに向けさせるしかない。……ジャンヌ、文化祭の時に『一番いい模擬店の場所』をどうやって決めたか覚えてるか?」
ルイが、不敵な笑みを浮かべて顔を上げた。
「ええ。一番人が通って、一番売上が出そうな場所にみんな群がったわね。……あ、まさか」
「そう。……俺は今、パリの主要な商店街の『営業許可証』を全部預かってる。……これを、王様と一緒にパリに来る貴族たちに優先的に割り当てるって、ラ・トレモイユに手紙を書いたんだ」
ルイは、羽根ペンをくるくると回しながら続けた。
「……『パリの不動産バブル』を逆手に取るのさ。……今パリに来れば、一等地の利権が手に入る。遅れれば、他の貴族に全部取られる。……そう煽れば、あいつら、明日には馬を飛ばしてくるぜ」
「……ルイ、あなた、本当に性格が……いえ、頼もしいわ」
私は呆れを通り越して、ルイの「欲望をコントロールする力」に感心してしまった。
数日後。ルイの計算通り、王太子……いや、国王シャルル7世の豪華な行列が、あんなに渋っていたのが嘘のようにパリの門をくぐった。
「おお……! これが、我がパリか! なんと活気のある、美しい街だ!」
王が馬車から身を乗り出して、整然とした街並みに感嘆の声を上げる。背後では、側近たちが「どこの店が儲かるか」と血眼になって周囲をキョロキョロと見渡していた。
「……よし、ターゲット入城。……これで『王の不在』っていう不安定なフラグも折れたな」
ルイが、群衆に紛れて私に親指を立てて見せた。
高校生の彼が、文化祭の最後に「やる気のなかった担任の先生」を無理やりステージに上げて、胴上げさせた時の、あの悪戯っぽい、けれどどこか優しい目。
「……さあ、ジャンヌ。……これで、君を売り渡そうとする奴らの口も、金と利権で塞いだ。……次は、イギリスとの『最終交渉』だ」
「……ええ。……もう、誰も私を捕まえることはできないわね、ルイ」
私は、王を歓迎する鐘の音を聴きながら、隣に立つ最高の相棒と拳を合わせた。
歴史が用意した「サン=ドニの惨劇」も「捕縛の罠」も、二人の高校生は、欲望という名の「力」を味方につけて、軽々と回避していった。




