第54話:平和の維持(ポスト・ウォー・プラン)
ノートルダム大聖堂の中に、私たちの軍靴の音が反響する。
高い天井から差し込む光が、ステンドグラスを透かして床に色鮮やかな模様を描いていた。外ではまだ、市民たちの地を揺らすような歓声が続いている。
「……ふぅ。ジャンヌ、ひとまず『パリ攻略』のメインクエストは完了だな」
ルイが、祭壇の前の段差にどっかと腰を下ろした。
兜を脱ぎ、汗で張り付いた前髪を無造作にかき上げる。その姿は、文化祭のステージ本番を終えて、幕間の袖で一息ついているクラスメイトそのものだった。
「お疲れ様、ルイ。本当に……本当に、誰も死なずに済んだわね。かつての私には、想像もできなかった光景よ」
私は軍旗を柱に立て掛け、ルイの隣に座った。重い鎧の感覚が、少しだけ心地よい疲れに変わっていく。
「……でも、ここからが本当の『運営』なんだよ。ジャンヌ、史実……いや、俺たちがいた場所の歴史じゃ、この後、王様たちが勝手にイギリスと手を組んだり、君を見捨てたりするドロドロの展開が待ってる」
ルイは、懐からボロボロになった自作のノートを取り出した。そこには、パリを制圧した後の「食料流通ルート」や「治安維持のシフト表」が、細かい字でびっしりと書き込まれている。
「ルイ、あなた、またそんな先のことまで……」
「当たり前だろ。……お腹が空けば、市民はまた不満を溜める。不満が溜まれば、イギリス軍を懐かしむ奴が出てくる。……現代の……いや、俺たちの学校の食堂が混雑しただけで、みんな不機嫌になっただろ? あれと同じだよ」
ルイは、立ち上がって大聖堂の入り口を指差した。
「……だから、俺はもう手を打ってある。……ランスから運ばせた備蓄の小麦を、今すぐ市場に放出させる。……『ジャンヌが来たらパンが安くなった!』って思わせれば、あいつらの支持は一生揺るがない」
「……パンの価格操作まで。……ルイ、あなた、本当に高校生なの?」
私が呆れて笑うと、ルイは少しだけ寂しそうに、けれど誇らしげに笑った。
「……ただの、負けず嫌いな高校生だよ。……君が火あぶりにされるエンディングなんて、俺の『論理』が許さないんだ。……最高のハッピーエンドを書き換えるまで、俺の計算は終わらない」
大聖堂の外から、さらに大きな歓声が聞こえてきた。
それは、ルイが手配した「炊き出しのパン」が配られ始めた合図だった。
「……さあ、ジャンヌ。……次は、やる気のない王様をパリに引きずり出すぞ。……『パリの不動産価値が上がりましたよ』って言えば、あの守銭奴の側近たちも、喜んで引っ越してくるはずだ」
「……ふふっ。……プロデューサーさん、次の指示をお願いするわ」
私は立ち上がり、泥に汚れながらも輝くルイの手を取った。
歴史の教科書が語る「ジャンヌの没落」というシナリオは、今、二人の高校生の手によって、最も鮮やかな「復興」の物語へと書き換えられようとしていた。




