第53話:ノートルダムの鐘(フラグ・キャプチャー)
朝靄が晴れ、パリの象徴であるノートルダム大聖堂の双塔が、朝日に照らされて白く輝き始めた。
広場を埋め尽くす市民たちは、昨夜の爆音と奇妙な光、そして「くさい煙」に怯えて窓を閉め切っていたが、私たちが一滴の血も流さずに整然と進軍する姿を見て、一人、また一人と表に出てき始めた。
「……ジャンヌ、見てみろ。あいつら、武器を構えるより先に、俺たちの『見た目』に圧倒されてる。……現代の……いや、俺たちが文化祭のパレードで一番こだわった『ビジュアル効果』の勝利だ」
ルイが馬を並べ、満足げに周囲を見渡した。
兵士たちは、ルイの厳命通り、煤ひとつついていない磨き上げられた鎧を纏い、略奪を一切行わずに整列して歩いている。
中世の野蛮な軍隊を見慣れたパリ市民にとって、それはあまりに現実離れした、神聖な光景に映った。
「ルイ、本当に誰も死んでいないわ。……かつてのパリは、死体と悲鳴で埋め尽くされていたのに」
私は、大聖堂の前に馬を止め、高く掲げた軍旗をゆっくりと振り下ろした。
すると、ルイが懐から取り出したのは、小さな、けれど遠くまで響く「特製の真鍮の笛」だった。
「……ジャンヌ、今だ。……『勝利のファンファーレ』、いこうぜ」
ルイが笛を吹くと、それを合図に、後方に控えていた楽隊が一斉に明るい行進曲を奏で始めた。
重苦しい軍歌ではない。ルイが記憶を頼りに中世の楽器用にアレンジした、どこか聞き覚えのある、けれど新しい時代の息吹を感じさせるメロディだ。
「――パリの市民たちよ! 恐れることはありません! 私はジャンヌ・ダルク、神の御名において、あなたたちを自由にするために来ました!」
私の声が大聖堂の広場に響き渡る。
すると、一人の老人が恐る恐る近寄り、私の白い鎧に触れた。
「……聖女様。……本当に、イギリス軍を追い払ってくださったのですか? あの恐ろしい火の粉と、光で……」
「……ええ。あれは神が授けてくださった……あ、いや、友人の知恵による奇跡よ。……もう、戦いは終わりです」
私が微笑むと、広場にいた人々から、地を揺らすような歓声が沸き起こった。
「ノエル! ノエル(万歳)!」の声が、パリの街中に波及していく。
「……よし、支持率一〇〇%。……これでパリは完全に俺たちの『ホーム』だ」
ルイが、少しだけ目尻を下げて笑った。
高校生の彼が、文化祭のフィナーレで全校生徒の拍手を浴びていた時の、あの達成感に満ちた表情だ。
「……ジャンヌ、見てろ。……今、大聖堂の鐘が鳴るぞ。……俺が昨日、鐘つき男に『このタイミングで鳴らしてくれ』って、裏でこっそり銀貨を握らせておいたんだ」
ルイの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ノートルダムの巨大な鐘が、重厚な音を響かせ始めた。
それは、イギリスによる支配の終焉と、二人の高校生が作り上げた「新しい歴史」の確定を告げる音だった。
「……ルイ、あなたって本当に、最後まで演出にこだわるのね」
「……当たり前だろ。……『いい終わり方』をしないと、また次のバッドエンドが来ちゃうからな。……さあ、ジャンヌ。……最高にカッコいい凱旋を見せつけてやろうぜ」
私たちは、歓声の渦の中を、一歩ずつ踏みしめるように大聖堂の中へと入っていった。
歴史の教科書が語る「パリ攻略の失敗」というページは、今、完全に破り捨てられた。




