第52話:広場の包囲網(クラウド・コントロール)
パリの中心部、市庁舎前の広場。
そこには、門の爆発から逃げ延びたイギリス軍の残党たちが、最後の抵抗を試みようと盾を並べて固まっていた。
「……ジャンヌ、止まれ。あいつら、完全に『亀の陣形』を組んでる。下手に突っ込んだら、こっちの馬が脚をやられるぞ」
ルイが馬を止め、望遠鏡越しに敵陣を分析した。
高校の体育祭の時、クラス対抗の騎馬戦で「どうすれば相手のバランスを崩せるか」を真剣に議論していた時の、あの執拗なまでの観察眼だ。
「ルイ、あそこを突破しないと大聖堂には行けないわ。……でも、盾の壁は厚そうね」
私は軍旗を握り直し、隙を伺った。かつての私なら、ここで「神の加護を!」と叫んで、無謀な突撃を繰り返していただろう。
「……力攻め(パワープレイ)は時間の無駄だ。……ジャンヌ、これを使え。……俺たちが化学室で余った材料で作った、あの『くさい玉』の超強化版だ」
ルイが荷馬車から取り出したのは、陶器の瓶をいくつも繋げた奇妙な塊だった。中には、刺激の強い唐辛子の粉末と、鼻を突くような硫黄、そして揮発性の高い油脂が詰まっている。
「……中世版の『催涙弾』だ。……風向きは……よし、あっちに向かって吹いてる。……いけっ、投石班! 敵の足元を狙え!」
ルイの合図で、数枚の陶器瓶が弧を描いて敵の陣地に降り注いだ。
ガシャン! という音とともに、黄色い煙がモクモクと広場の石畳を這い回る。
「……ゴホッ、ゲホッ! 何だ、この煙は!? 目が……目が焼ける!!」
「鼻が曲がるぞ! 息ができん!!」
盾を並べていたイギリス兵たちが、たまらず陣形を崩し、涙と鼻水を流しながら転げ回った。彼らにとって、剣も槍も通じない「空気の攻撃」は、どんな悪魔の呪いよりも恐ろしいものだった。
「……よし、ディフェンス崩壊だ。……ジャンヌ、今だ! 威嚇だけでいい、一気に駆け抜けろ!」
「ええ! ……道をあけなさい! 争いはもう終わりよ!!」
私は煙の中を、白い鎧を閃かせて一気に突き抜けた。
混乱する敵兵たちは、もはや私を止める気力さえ失い、道を開けるしかなかった。
「……信じられん。……一滴の血も流さずに、あの堅牢な陣形を無効化するとは」
後ろで見ていた兵士たちが、感嘆の声を上げる。
「……無効化というか、ただの『環境上書き』だよ。……相手が戦える土俵を、こっちが変えちゃえばいいんだ」
ルイは、少しだけ誇らしげに鼻を鳴らした。
高校生の彼が、対戦ゲームで「相手の得意なフィールド」を封じる戦術を編み出していた時の、あの少し意地悪な、けれど合理的な笑み。
「……さあ、パリの心臓部は目の前だ。……ジャンヌ、最高の笑顔の準備はいいか?」
「……ええ。……あなたの知恵のおかげで、涙を流すのは敵だけで済んだわね、ルイ」
私たちは、朝日が差し込み始めたパリの目抜き通りを、勝利の確信とともに進んでいった。
歴史の教科書が語る「パリ攻略の挫折」は、今や一人の高校生が作った「くさい煙」によって、跡形もなく消し去られていた。




