第50話:粉塵の咆哮(ダスト・エクスプロージョン)
深夜のパリ、サン=ドニ門。
湿った霧が立ち込め、視界は数メートル先も見えない。かつての人生で、私はこの門の前で矢に射られ、泥の中に倒れ伏した。けれど今、私の隣には、暗闇の中で冷静に時を待つルイがいる。
「……ジャンヌ、合図だ。……あそこの門の隙間に、特製の送風機をセットした。……今、中には細かく挽いた石炭と小麦粉の混合粉末が、濃密な霧みたいに充満してるはずだ」
ルイは、手元のストップウォッチ代わりの砂時計をじっと見つめていた。高校の文化祭で、スモークマシンのタイミングを計っていた時のような、極限の集中力だ。
「ルイ、本当にあんな粉だけで、この鉄の門が吹き飛ぶの?」
「……物理の法則だよ。……狭い空間に可燃性の粉が舞って、そこに火がつけば、体積が一気に膨張して爆発する。……化学室でボヤ騒ぎになりかけた、あの実験の巨大版だ」
ルイが、震える手で火矢を番えた。
彼は弓の素人だが、至近距離なら外さない。
「……あいつら、門の内側で油断して酒でも飲んでるだろうな。……ごめんな、中世の常識にはない攻撃で。……いくぞ。……着火!!」
シュッ、と短い音を立てて、火矢が門のわずかな隙間へと吸い込まれていった。
一瞬、静寂。
そして――。
――ドォォォォォン!!
内側から膨れ上がるような、凄まじい衝撃音がパリの夜空を震わせた。
頑丈なはずの木製の門が、内側からの圧力に耐えかねて、巨大な木片となって外側へとはじけ飛んだ。
「な、なんだ!? 何が起きた! 雷か!?」
「門が……門が粉々に砕けたぞ!!」
内側にいたイギリス兵たちの悲鳴が響く。彼らにとって、それは大砲の直撃よりも理解不能な、超自然的な現象に思えたに違いない。
「……よし、計算通り! 門の閂ごとブチ抜いたぞ! ジャンヌ、道は開いた。……ここからは、君の独壇場だ!」
ルイが、爆風に髪を乱しながら叫んだ。
煙の中から、私は白い軍旗を掲げて馬を躍らせた。
「――全軍、突撃!! パリの民を、今こそ解放するのよ!!」
私の号令とともに、待機していたフランス軍の精鋭たちが、粉塵の煙を突き抜けてパリの市街へと流れ込んだ。
かつての私が流した血も、届かなかった祈りも、ルイの「知恵」という名の爆薬が全てを塗り替えていく。
「……すごい。……本当に、門が消えたわ」
「……言っただろ? 物理に不可能はないんだ。……さあ、パリの街中を『制圧』しにいこうぜ、ジャンヌ!」
ルイが馬を並べ、少しだけ誇らしげに笑った。
歴史の教科書が語る「パリ攻略の失敗」は、今、物理の公式によって木っ端微塵に粉砕された。
二人の高校生は、燃える門を背に、フランスの心臓部へと足を踏み入れた。




