第43話:聖油の儀(ライブ・パフォーマンス)
大聖堂の巨大な扉が開かれ、地を揺らすようなパイプオルガンの音が響き渡った。
フランス中の貴族や司教たちが詰めかけ、熱気と香油の匂いが充満している。
「……始まったわね、ルイ」
私は祭壇のすぐ脇、最も目立つ位置で白い軍旗を握りしめていた。
隣に立つルイは、平然を装っているけれど、組んだ手の指がかすかに震えているのを私は見逃さなかった。
「……ああ。……ジャンヌ、合図を出すまで、絶対に動くなよ。一番いい光が差し込むまで、あと三分だ」
ルイは懐から、正確な時間を刻むための砂時計……の代わりに、自分が脈拍で数えた秒数を確認していた。
彼はこの日のために、大聖堂の窓から差し込む太陽の角度を計算し尽くしていたのだ。
王太子シャルルが、緊張した面持ちで祭壇の前へと進み出る。
沈黙が広がる中、大司教の手によって「聖油」が王の額に注がれようとした、その瞬間だった。
「……今だ。……ジャンヌ、旗を上げろ!」
ルイの低い声が飛ぶ。
私が一歩前に出て、軍旗を高く掲げた瞬間、計算通りに高いステンドグラスを突き抜けた直射日光が、私の白い鎧に直撃した。
キンッ、と音が聞こえそうなほどの反射光。
その光は、私の背後に立つ王太子を真っ白に包み込み、まるで天から光の柱が降りてきたかのような視覚効果(演出)を生み出した。
「「「おおおおおっ……!!」」」
列席していた貴族たちが、一斉に息を呑んだ。
ある者は十字を切り、ある者は涙を流して跪く。
中世の彼らにとって、それは理屈を超えた「神の証明」に他ならなかった。
「……よっしゃ、大成功。……あの角度、マジで完璧だったな」
ルイが、周囲に聞こえないような小声で、ニヤリと笑った。
高校の文化祭の時、演劇部の照明を手伝って「一番カッコいいタイミング」を何度も練習した、あの時の経験が今、フランスの歴史を塗り替えている。
「……ルイ、あなたって本当に……不謹慎だわ」
「いいんだよ。……これで、この王様に逆らう奴は『神様に逆らう奴』だってレッテルを貼られたも同然だ。……これが、俺たちの作った『最強のバリア』なんだよ」
大司教の手によって、王冠がシャルルの頭上に置かれた。
「フランス国王、シャルル7世」の誕生だ。
万雷の拍手と歓声が、大聖堂を揺らす。
王は、かつての頼りなかった表情を消し、私たちがリハーサルで叩き込んだ通りの、威厳に満ちた顔で民衆を見渡していた。
「……終わったな、ルイ」
「いや、まだだよ。……式が終われば、今度は『祝賀会』っていう名の、泥臭い根回しが始まる。……ジャンヌ、気を引き締めろよ。……大人たちの汚いやり方に、君を指一本触れさせないからな」
ルイは、喜びの中に冷徹な計算を混ぜた瞳で、拍手を送る貴族たちの顔を一人ずつ「スキャン」していた。
戴冠式という名の、世界最大の『文化祭』。
その余韻に浸る間もなく、二人の高校生は、次なる政治という名の「裏ステージ」へと足を踏み出していた。




