第42話:リハーサル(場当たり)
「……待って、やり直し! 歩くスピードが早すぎるって。もっとゆっくり、タメを作らないと!」
ランス大聖堂の冷たい石床に、ルイの鋭い声が響き渡った。
まだ夜明け前。本来なら静まり返っているはずの聖域で、ルイは王太子シャルルとその側近たちを集めて、まるで部活の居残り練習のような特訓をさせていた。
「ルイ、もう三回目だよ。殿下だって、慣れないブーツで足がパンパンみたいだし、少し休ませてあげなよ」
私は、祭壇の脇に立つ王太子の疲れきった様子を見て、苦笑いしながらルイをなだめた。
「ジャンヌ、これは文化祭の劇の時と同じだって。……あの時も、主役の歩き方一つで、見てる人の反応が全然違っただろ? みんな『王様がどう歩くか』で、この国の未来を判断するんだから」
ルイは、手元の羊皮紙に書いた「段取り表」に目を落としながら、王太子の前に歩み寄った。高校生の彼にとって、相手が未来の国王だろうが、言うことを聞かない後輩だろうが関係ない。
「殿下、いいですか。胸を張って、視線はあっちのステンドグラスの少し上です。……自分がこの国で一番カッコいいんだっていう、根拠のない自信を顔に出してください。……猫背じゃ、誰も付いてきたくなりませんよ」
「……わ、分かった。ルイと言ったか……お前の言うことは、時々恐ろしく説得力があるな」
王太子が、必死に背筋を伸ばした。
私たちは、この「最高の舞台」を成功させて、自分たちの立場を有利にしたい一心だった。
「よし、次は照明の確認。……ジャンヌ、いつもの立ち位置に行って」
ルイの指示で、私は指定された場所に立った。
そこは、高い窓から差し込む朝の光が、ちょうど私の白い鎧に反射して、背後の王太子をキラキラと照らす絶妙なポジションだった。
「……完璧。これなら、見に来た貴族たちも『神様が本当にこの王様を選んだんだ』って信じるな。……あの時の文化祭の照明担当に見せてやりたいぜ」
ルイは満足げに頷き、ようやく休憩の合図を出した。
「……ふぅ。……ジャンヌ、マジで疲れるな、この時代の大人は」
ルイが私の隣の段差に腰掛け、水袋を差し出してきた。
「本当にね。……でも、ルイ。あの時みたいに、あなたが演出で、私が主役で。……なんだか、学校の放課後を思い出すわね」
「……ああ。でも、今回は失敗しても『先生に怒られる』じゃ済まないからな。……俺はただ、君がこの後、変な政治のゴタゴタに巻き込まれないように、王太子の『凄み』を最大まで引き出しておきたいんだ」
ルイの横顔には、疲れの中にも、二人でこの狂った時代を切り抜けようとする、真剣な光が宿っていた。
「……絶対に、成功させようぜ。……この儀式が終わった瞬間、フランス中が『ジャンヌと王様こそが正義だ』って、理屈抜きで認めちゃうような空気を作ってやる」
大聖堂の窓から、一番新しい太陽の光が差し込んできた。
数時間後、ここにはフランス中の権力者が集まる。
そこは戦場ではないけれど、一歩も引けない、もっと緻密な「勝負」の場所だ。
「……さあ、本番だ。……世界で一番贅沢な『文化祭』を、始めようぜ」
ルイが立ち上がり、埃を払った。
二人の高校生が仕掛ける、中世最大の歴史改変イベントが、いよいよ幕を上げた。




